PART 8 <修練>
目の前で太陽が昇っていく。
山脈の間から拡がっていく光は、夜の闇を蝕みながら朝の訪れを告げる。
周りでは、僕以外の人影は見えず、昼間の様な騒がしさは未だ見えない。
強いて言うならば……、遥か上空でペリッパーが忙しく飛んでいるくらいかな……。
だからなのか、日の出の……太陽の昇って行く様子が神々しさを増している様だ……。
僕は、その光景を見ながらも、あの夢の事を考えていた。
あの謎多き生物は何者なのか……、一体何を伝えようとしていたのか……。
まず、あの夢はやっぱりただの"夢"だったのか……。ただの幻で今後の未来にも何も関わら無い事なのだろうか……。
考えれば考える程、謎は深まるばかりだよね……。
これも、僕のこの姿での存在理由の様に、考えるだけ無駄な事なのかな……。
やっぱり、良く僕には分からないよ……。まぁ、何時か謎も解けるかもしれないしね。今は考えるのは止そうか。
じゃぁ、さて、これからどうしようか……?もう目が冴えてしまったから、寝る気にもなれないし……。
依頼は何も来てないし……。まぁ、来ても僕には技も無いけどね……。
でも、どうして技が出せないんだろう……。どうせポケモンに姿が変わるなら、理不尽な物が付いてこなければ良いんだけどな……。悔やんでも、嘆いても、何も変わらないけど。酷い仕様だ……。
そう言えば、技が出せないのなら、飛び道具とか使うと良いとか、誰かが言ってたっけ……?
でも飛び道具の撃ち方何て、僕は知らないしなぁ……。練習したいけど……、ここだとポケモンの通りもあるから。怪我させたら大変だしな……。もっとも今の時間帯は、ポケモンの気配何て、てんでしないけど。万が一があるし……。
どこか良い場所は無いのかな……?
どこか……。
…………。
ーー「それと、ここは"マクノシタくんれんじょ"。ここでは、自分の力を高められるんだよ。ソラさんも救助隊なら、いつか来てみたらどうですか……?」
僕の頭に浮かんできたのは、昨日のキャピーの言葉だった。
マクノシタくんれんじょ……。その名の通り、とあるマクノシタが運営している道場で、数々の救助隊のメンバーが、自身の力を付ける為に通っている所みたい。
取り敢えず、そこに行けば、飛び道具の撃ち方の練習が出来るのかな……。
だったら、行くしか無いよね……。場所は確か……、広場に入って右の方の道を行った先だったと思うから……。
こうして僕は束になった鉄の刺を手に握り締めて、市街地へと道を駆けた。
☆
ポケモン広場へと着いた僕は、あまりの静けさに心細さを感じつつ、訓練所へと進む。
昨日見た時のような、和気藹々とした雰囲気は微塵も無く、皆未だ寝静まっているのか、人気は皆無に等しかった。
昨日キャピーと見たときの、カクレオン達の鬱陶しさの混じった接待もやっぱり無ければ少し寂しいよ。
路地を曲がった時、僕は唯一、この時間帯に営業している施設を見つけた。
"マクノシタくんれんじょ"。そう言う意味の言葉が弩デカく書かれているのだろう、看板は、施設内の暑苦しさとやらを想像させる。
でも、この時間帯にもうやっている事には、驚きつつも、僕は安堵したのだった。
…………
……
…
でも、僕は再び新たな問題に直面してしまった。
目の前に聳える、その暑苦しい様な建物を目にすると、何故か体が自然と震えてしまう。更に脚がセメントか何かで固められたかの様に動かないんだ……。
臆病な僕には、見知らぬ建物に……それも、この様な威圧感たっぷりの建物には、一人で入る勇気が出ない……。ここまで来て……、どうして一歩が進めないんだろう……。
そして遂に僕は、溜め息を漏らして、その場に座り込んでしまった。
そんなに勇気の要る事なのかな……。でも、脚が竦んでしまって、一歩が踏み出せないんだ……。
自分が情けないよ……。どうしてこうにも臆病なんだろう……。僕は一人じゃ何もできないのだろうか……。だったら、本当に情けないな……。
僕はもう一度、建物を見上げる。屋根の近くの看板には変わらず、謎の記号の列だけが単に書いてあるだけ……。何度見ても読めない……。
僕は、いつの間にか手の中の鉄の棒の束を強く握り締めていた。
情けなさで、涙が出そうだよ……。僕は一体どうすれば良いんだろう……。
「やぁ、君どうしたの……?そんな所で座り込んじゃって……?もしかしてここに入ろうとしてる……?」
不意に声を掛けられて、後ろを振り替える。本当に涙が出てないか心配になったけど、今はそれどころじゃ無かった。
後ろに立っていたのは、白っぽい色をした、青い一輪の花を抱えたポケモン。高さは僕の3分の1程。
そのポケモンは、中に浮遊しながら、僕を見ていた。彼女もこの道場へ入るのだろうか……?それとも通り掛かっただけ……?それは僕には分からないけど……。
「あ……そうです……。だけど少し勇気が出なくて……。どうしようかって悩んでいたんだ……。」
「そうなんだ。まぁ、始めてなのかな……?そうだとしたら脚が竦むのは分かるな……。良かったら一緒に来る……?」
クスリと笑いながら、そう語った彼女は、そう僕に問いかけた。
一緒に来る……って事は、このポケモンもこの道場に入るポケモンなのかな……?
まぁ、入れなかったから悩んでいたから、断る理由なんて無いんだけれども……。
「う、うん……。そうします……。」
「オッケー!まぁ、そんなに畏まらなくて良いからさ……。私はユーリだよ。一応救助隊やってるんだ。君は……?」
「えーと……僕はソラって言います。飛び道具の扱いの練習に来たんだけど……、ちょっと臆病で入れなくて……。」
「そっかぁ!奇遇だね。実は私も、飛び道具の練習に来たんだ。だったらね良いところがあるからさ着いてきなよ!」
そう言うと、颯爽と道場内へ駆け込むユーリ。置き去りにされたくないって言う一心で僕も駆け込んだ。
中では、道場の主であろう、マクノシタが床で眠っていた。自由に使えって事なのだろうか……?でも、無用心だよね……。僕だったら到底無理かな……?速攻で店仕舞いするかな。
そしてユーリが向かったのが、道場の部屋の奥へ進んだ所。それにしても、この道場はどうなっているのだろうか……。まるでダンジョンの様になっているよね……。まぁ、細かい事は気にしなくても良いか……。
そう言えば、彼女も飛び道具の練習に来たって言ってたっけな……。でも、彼女の方が確実に飛び道具の扱いに慣れているだろうね。教わる事はしっかり教わっておかないとね……。
「じゃぁ、この辺で良いかな……?君、見た感じ、飛び道具を使うの、まだ慣れてないよね……?」
「うん……まぁ、そうなんだけど……。」
「じゃぁさ、撃ち方から教えるね……。とにかく腕を一気に降り下ろすこと……。スナップを効かせて、真っ直ぐに撃つの。そうしないと、変な方向に曲がったり、上手く飛ばなかったりするからね……?」
彼女は、小さな体とは裏腹に、物凄いスピードで矢を撃っていた。
僕も言われた通りにやるんだけど、やっぱり上手くいかなくて、方向がずれたりと上手くターゲットに命中しない。
飛び道具の撃ち方がこんなにも難しいなんてね……。
横でターゲットに向かって矢を的確に飛ばしているポケモンがいるんだけどね。
「えっと……もっと腕を素早く降り下ろして……!」
「重力に任せる感じで、一気に撃つんだよ。」
そんな感じで、横から僕に様々なアドバイスをくれるんだけど、やっぱり尽く失敗してばかり。
そして漸く上手く真っ直ぐに撃てる様になる頃には、すっかりヘトヘトになっていた。
だって、疲れるのは、降り下ろしている腕だけだと思うんだけど……、僕の場合何故か体全体に疲労が蓄積するんだよね……。それは、ただ単に僕に体力が無いだけなのか、それとも、今までの投げ方に問題があったのか分からないけど、余りにも酷い有り様……。
そんな中々ここまで投げれるまでに、凄い時間を要した僕を、見捨てなかった彼女には、とても感謝してる。まぁ、向こうは向こうで、独自の投げ方に発展してたりするけど……。
「良し!ここまで出来れば、基本までは行けたね……。でも、ここからだよ……?飛び道具をマスターする為に大変なのは……。その内くたばっちゃダメだよ……?」
「分かってますから……。そんなに脅さないでくださいよ……。」
「脅したつもりは無いけどなぁ……。じゃぁ次!えぇと、飛び道具は、ただ単に投げつけるだけじゃダメなの。相手の弱点を見極めなくちゃいけないしね。取り敢えず、次の場所へ行こう!」
次の場所……そう言うと、また彼女は、別の部屋へと姿を消した。
そこは、さっきの部屋とは違う所が所々あった。
根本的に違う所は……。
「敵が出るなんて聞いてないですよ……ユーリさん?」
「まぁ、実際の敵が居ないと、練習にならないじゃん……?まぁ、とにかく実習だと思って……!」
僕らの目の前に鎮座するは、数匹のポケモン達。
訓練所と言うものは、こんなにも危険な場所なのかな……?横で何故か嘲てるユーリは、別に死にはしないと言っていたけど……。
「実習って、相手……ガチでダンジョンモンスターじゃ無いですか……?って言うか、何で相手、ドラゴンタイプばっかり……?」
「あぁ……それは、私の得意なタイプだから。万が一って時、一瞬で対処できるでしょ……?」
「あなたが出来ても……、他人には出来ない事もあるんですよ……?」
「ま……まぁ、大丈夫だって……!だって相手の強さ、まだランク1だし……?ついでに言っておくとランク5まであるからね。」
それは、笑顔で言う事なのかな……。ランク5って……。誰が相手にするんだよ。
取り敢えず、こっちが駄弁っている間に向こうのタツベイが突っ込む構え取ってるんだけど……?
一度に3体相手にする時点で間違ってるんだよ……。
「取り敢えず、相手の弱点を見極める事……!これが飛び道具使う上で大切だよ。頑丈な所にぶつけたって意味無いからね……?」
「分かってますよ……。タツベイは……腹かな……?頭は、見た目頑丈そうだし……。」
「任せるよ。さっき練習した投げ方ね……?」
取り敢えず、突進してくるタツベイを避ける……。
そして、向こうが体制を立て直している隙に撃つ……。
ピュッッ!!
「おぉ……。まぁ、良くなったんじゃ無い……?」
爽快感のある音と共に一直線に突き進んだ鉄製の矢は、タツベイの腹部を突き刺した。
その一撃が致命傷となって崩れるタツベイ。
でも、ダンジョンモンスターを哀れんでいる隙なんて無い……。次から次へと迫り来るから……。
「オッケーだよ。その調子!!でも、私なら胴体貫通するかな……?」
「口挟まないで下さいよ……。」
「分かったてば。ほら前見て!ミニリュウは、どこが弱点かな……?」
「腹じゃね……?」
「じゃぁ、やってみれば……?」
長い胴体をうねらせながら迫るミニリュウ。とにかく余所見は禁物。向かい合ってミニリュウと睨み合う。
先手を取ったのはミニリュウで、口から青白い炎の弾を吐き出す。
その炎の弾は、的確に僕の方に向かって飛んでくるが……。
「多分……、アサギの"りゅうのいぶき"の方が速いよ……。」
「誰それ……?」
咄嗟にミニリュウの"りゅうのいかり"を交わして、先程と同様に鉄の矢を撃ち込む。
だが、タツベイの様に脳筋でないミニリュウは、それを見切り、"たつまき"を発生させ、矢を別方向へ流した。
「うわ……。めんどくさい……。」
「ううん……。飛び道具使う上では、よくある事だよ。相当なスピードが無いと見切られちゃうから注意だね。」
「口を挟む前に、それを先に言って下さい……。」
気を取り直して、再びミニリュウと向かい合う。長くしなやかな胴体がうねっていて狙いを付けづらい……。
でも、胴が無理なのなら、脳天を狙えば良いんじゃないのかな……?
そう考えながら、ミニリュウと睨み合いが続くが、突如それを妨害する者がいた。
「"りゅうのいかり"」
「危なッ!」
「そういや、もう1匹いたっけ……?」
「あの、邪魔だから……。何とかして下さい……。」
「うーん……あまり気が進まないけど……、弟子の頼みだし……。聞いてあげても良いかな……?」
「僕は、いつからあなたの弟子になったのでしょう……?」
「まぁ、良いから。ソラは、目の前の相手に集中!」
邪魔を蹴散らして貰うことで、再び静かに睨み合う僕とミニリュウ……。
とにかく先に火蓋を切った方が有利なんじゃ無いのかな……?
だとしたら、悩むより行動に移す……。それが一番じゃないのか……?
そうと決まれば撃つのみかな……。
「腕を重力に逆らわずに降り下ろす……。だよね……?"てつのトゲ"」
「"たつまき"」
自分の元へ迫る矢を吹き飛ばそうと、たつまきを起こすミニリュウ……。
だが、矢のスピードは、大幅に落ちること無く、ミニリュウの眉間に真っ直ぐ突き刺さった。
疑問の念の籠った瞳で見つめるミニリュウ。
「えぇと。今のが不思議だと思っている……?でもね、ただのちょっとしたトリックなんだよね。キミの"たつまき"は、一回目に反らした時、僕から見て右方向へずれた。だから、態と右回転を掛けて、竜巻の風向きに逆らわない回転を掛けたんだよ……?」
だけど、僕がそう説明し終わった時には、ミニリュウは既に絶命していた。
弱点を見つけるって言うのは、こう言う事なのだろうか……。
相手の技の隙を狙ったり、利用したり……。そう言った事柄も含まれているのかな……?
「よぉ、弟子!まぁ、君にしては、良い判断じゃないかな……?まぁ、私は一瞬で貫いちゃったけど……?」
「経験の差でしょうが……。それと、いちいち言わなくて良いです……。」
「これにて、終わり……!!明日も、明後日も、否、毎朝居ると思うから、いつでも来なよ……?可愛がってあげるからさ……?」
「あぁ……。分かりましたよ……。じゃぁ、また。」
こうして、僕らの長い朝の、修行は終わった。
これを通して、僕は戦闘出来るように成ったのだろうか……?
それは、まだまだ分からないけど……、でも言える事がある……。
技が無くとも、十分生きていけると言う事だ……。
こうして、僕は道場を後にした……。外は、もう昼頃になり、ポケモン達の活発な声が聞こえる。
でも、1つ不思議な事があるんだよね……。それは、修行が終わった後なのに、ほとんど疲れていないんだ……。まぁ、ユーリとの修行は、それはそれで楽しかったから良いのかな……?
さて、帰ろう!僕らの基地へ……。