PART 7 <夢路>
僕らは、"でんじはのどうくつ"と言う名のダンジョンにて、電磁波によって離れられなくなっていたコイルたちを救助した。
でも、その道中での敵との戦いが、僕らのちょっとした油断が原因で苦戦して、心身共に堪えた。だけど、救助した事によってコイルたちが喜んでくれたから、それはそれで良いかな。
コイルたちが彼らの住み処へと帰って行った後、僕は一人空を見上げていた。
ダンジョンの中へ突入する直前までは快晴で、出たばかりの時は茜色に染まっていた大空は、気付けば夜の闇に覆われていて、数えきれない程の星たちと月がその暗さとは対照的に、淡く輝いていた。
そしてその時……、僕の視界に一筋の流れ星が、天井から遠くの山脈へと流れて行くのが映った。
「ねぇ、みんな!流れ星が降ってるよ……!」
「あぁ、本当だね……って、もう見えねぇじゃん……。言うの遅い。まぁ、興味無いけど……?」
「まぁ、仕方無いでしょ。あんなの落ちるの一瞬だもんね。」
「良いから、さっさと帰ろ……?眠い。」
「それもそうだね。もう夜だし、これ以上の長居は危険だよね。さぁ、行こうか。」
アサギとスイングが前を行く。僕は後を追いながら、何かを思い出そうとしていた。
遠い過去の記憶……。それは、何時の物なのか……、本物なのか分からない。
そんな曖昧な何かを思い出そうとしていた。
流れ星の降る夜に僕は誰かと逢った……。でも、それが誰なのかは、僕には思い出せなかった。
これ以上考えても、何も浮かばないのかな……?やっぱり記憶違いかな……?
僕は一旦思い出すのを諦めて、前を行く彼らを追いかける事に集中した。
だって、あの2匹を見失ったら、僕はこの暗闇の中で夜を明かす事になりかねないから……。
それに僕は"夜"が不思議と好きになれない。
寂しさとか、怖さとかじゃ無くて、別の何かが原因で"夜"が嫌いなんだ……。
だからこそ、僕は彼らを見失いたく無いんだ。
☆
僕らが基地へと辿り着いた時、周辺の明かりはもう無くて、僕らを包む夜の闇はより一層濃くなっていた。
昨夜と同じ様にスイングは、月の灯る暗闇へと姿を消した。
彼女の寝床は、恐らくあの大木の上だろうか……?朝はそこから滑空して来たから、そうなんじゃないかと思う。
別に聞いたところで教えてくれないだろうし、興味も無いけど、暗闇の中に1匹だけで溶け込んで眠るのは淋しく無いのかな……?僕には到底無理だし、考えたくも無い……。
そして僕らは、昨晩と同じく藁の塊の上にそれぞれ寝転がった。
窓から漏れる月の光が優しく、でも寂しく僕らを照らしている。
月の光は、僕の"夜"に対する恐怖を和らげてくれる様な気がする……。
でも、月の無い夜もやって来る事も確か……。時は過ぎているから、月も日に日に欠けていって、終いには見えなくなってしまう。
だとしたら、後いくつ日を重ねれば、月が見えなくなるのだろうか……?僕は天文学なんて知らないから、何も言えないけど……。
「ねぇ、ソラ……?」
「!?!」
突然呼び掛けられ、ずっと物思いにふけていた僕は、言葉が出せなかった。
月明かりに照らされたアサギの顔は、僕の反応を見て笑っている様だった。
「ごめんごめん。ちょっとさ、また何考えているのかなって思って、訊いてみようと思ったんだ。」
「あぁ、ちょっとね……。月が見えなくなるまで後どのくらいかなって……。」
「成る程ね、僕にも分からないけど……。まだ欠け始めてはいないんじゃないかな……?飽くまで予想だけどね……。」
「ふーん……。それじゃ、これから満ちて行くのかな……?」
「そうなんじゃないかな……?後さ、ボクらがこうして夜の世界で生きているでしょう……?でも、世界のどこかでは、朝を迎えている場所もあるんだよ。不思議でしょ……?そして、ボクらの様に救助活動をしたり、未開の地を探索したり、煌めく大量の財宝を求めてダンジョンを潜り込んだり……、異なる地で色々な生活を送っているポケモンたちが居るんだよ……。それもこれも、昼と夜が交互にあべこべに回っているからなんだ……。ボクたちは、そんな時間の流れの真ん中に居る。誰もが、それぞれの時間の上に立ってる。だから違和感無く昼夜を巡らせ、1日を終える……。ボクにはこう言う事が面白いと思うんだ……。他に理解されなくても……。」
「へぇ……。ごめん……難し過ぎる……。」
「まぁ、それが普通だから……。取り敢えず……寝ようか。じゃぁ、また明日……。」
「あ、うん……。お休み……。」
隣の藁からは、言葉がたち消え、静かな寝息が聞こえてくる。
誰もがそれぞれの1日を過ごすか……、やっぱり難しいし、分け解らん……。
そんな事を考えていると、不思議と睡魔が襲い、僕も眠りに落ちた……。
その頃、また夜空に流れ星が一筋流れ落ちていった。
☆
僕は不意に目が覚めた。
周囲を見渡しても、何も無い……。ただ無闇に変に歪んで曲がりくねった空間が広がっている。
黄色や桃色、橙色……それらの絵の具を綺麗に混ぜた様な空間に僕は立っている……。
ここは、僕の夢の中なのかな……。でも、どうして意識があるのだろうか……?
でも、その事を考える暇は無かった……。
1つの光の玉が目の前に現れたからだった。その球体は、とても目映く、僕は暫く目を開けることが出来なかった……。
その眩しさが弱まって、漸く僕は目を開けることが出来た。
でもそこには、さっきの眩しい光の玉の姿は跡形も無く消えて、代わりに別の生き物が立っていた。
薄い緑色の頭部に赤い瞳を持ち、そこから穢れの無い純白の胴体が伸びている。
その謎に包まれた生き物は、僕を真っ直ぐに見つめ、直立している。
「……キ、キミは誰……?」
「…………………………。」
僕はその生き物に問い尋ねた。でも、返ってくるのは、沈黙だけ……。
ちゃんと聞こえているのかな……?ただ単に僕を見つめるだけの、その生き物には、僕の言葉は届いていないのだろうか……?
よく見ると体は半透明だし、幻か何かなのかな……?
「…………………………!」
「えっ……?!何、もう一回言って……?」
突然、口を動かした、その生き物……。でも、口パクの様に何も聞き取れない……。
まるで、僕とその生き物との間に透明な防音の壁が築かれている様だ。
でも、確かに何かを言おうとしている……。
でも、どうしてだろう……?何も聞き取れない……。
そして……僕は本当に目を覚ました……。夢の中では無く。
結局、何も聞き取れなかったな……。でも、夢なのに鮮明に覚えているのは何故だろう……?
そしてあれは、一体何だったんだろう……。本当に"単なる夢"だったのだろうか……?
それは、今となっても分からなかった……。
気付けば、外は夜の終わりを告げていた……。
そう"夜明け"だ……。