PART 1 <過去>
キャピーの救助も終えた僕は、アサギと"救助隊"を組む事にした……。
未だに数々の疑問は残るが、今悩んでいても仕方が無いよね……。今は今を生きなきゃ。
「さて、そろそろ日も暮れるしさ……帰ろうか。案内するよ。」
そう言われて空を見上げると、もう昼間の様な明るさは疾うに失われていて、代わりに夜空が天を支配しようとしていた。
思えば、今日は色々有ったな……。目覚めて早々、知らない世界に居るし……、体はクチートに変わっているし……、それでいて救助依頼も熟してしまったし……。アサギとは、救助隊を組んだし……。
今日の出来事を思い返していると、アサギがもうここから離れた場所に居て、「早く」と手を振っている。
とにかく、見失ったら、それこそ帰る宛も無くなるんだ……。急がなくちゃ……。
☆
アサギを追いかけて行くと、僕は一軒の家の前に着いた。
その家は、木造で小さなポケモンが住むには十分な大きさだった。
ここがアサギの家なのかな……?でも、家には明かりが点いている……、他に誰かが住んでいるのかな……?
それにしても、一日中の疲れを溜め込んだ所為か、脚だけでは無く、体まで重い……。
まぁ、慣れない体で、一日中森の中を駆けたからね……。仕方が無いのかもしれないけど……。
「到着。ここがボクらの家だよ!まぁ、家と言うよりは"基地"なんだけどね……。ソラは、今日一日中動いたから、疲れたんでしょ……?とにかく中に入って!」
アサギに後押しされる形で僕は基地の中に入る。
基地の中は、思った以上に広かった。と、言うよりも、他に部屋が無く、大きな部屋が1つある感じだった。
でも、その大広間に家庭用品が一通り揃っており、普通の家の様と言われれば、そんな感じだった。
「お帰り、アサギ……。で、誰なの……?そのクチート。」
唐突に声が響いて、どこからか1匹のポケモンが出てきた。
体の外側は黒く、内側の顔から腹に掛けては白い色をしている。
また、頬や耳の内側、羽の内側にちらほらと黄色い色をしていた。
そして首には赤い色のマフラーを巻いている。
でも、中でも一番目立っていたのは、肩から腹に掛けて残っている、赤黒い古傷だった。大分時間が経っているのか傷から血は溢れてはいないが、生々しかった。
とにかく彼女に不審者扱いをされているよね……。絶対……。
「あ、いや……僕はソラと言います……。あ、でも、怪しい者じゃ無いですよ……?」
「あ、そう……。とにかくアサギ、今日は帰りが遅かったね……?どうかした……?」
疑いを晴らそうと必死に言ったが、素っ気無く流された。ははは……何とも言えない気分だよ……。
そっちも名乗ってくれれば良いのにな……。
「まぁ、少し色々あってさ。たまたま"ちいさなもり"に散歩に行ったら、このクチートに出会って、そのまま流れで……救助依頼を達成しちゃった。これが経緯だよ……。」
「ふーん。まぁ、でもアンタが仲間をもう1匹集めないと、アタシは救助隊を結成するのを認めないから……。」
「分からないなぁ。スイング……、その仲間と言うのが、このクチート……ソラだよ……?」
一瞬、スイングの冷たい視線が僕を睨む。僕、そんな悪い事したっけなぁ……。
何か、もやもやした何かが溜まってくるよ……。
でも、一体このエモンガは、何者なのだろう……。
もしかしたら……。その時、あの時のアサギの言葉が脳内再生される。
━━これであいつの許しもでるね……!!━━
僕の思考では、このエモンガは、あの時アサギが呟いていた"あいつ"に違いは無い。
でも、物凄く気難しそう何だけど……。大丈夫なの……?救助隊をやらせないとか言ってるし……。
「ふーん。こいつが?随分とひ弱そうな奴を連れてきたね……。まぁ、別にアンタが選んだんだから、アタシは口出ししないけど……?何れ後悔するんじゃ無いの……?」
「後悔何てしないよ……!それに、口出ししないって事は、救助隊再開しても良いんだね……?」
「まぁ、好きにすれば?」
その言葉にアサギは舞い上がる。余程嬉しいのかな……僕には分からないよ。
あれ……?再開とか言っていなかった……?
もしかしたら、アサギって元々は救助隊だったのかな……?
だとすれば、何故彼は救助隊を止めたのだろう……。それに、また再開って……。
何か、あのエモンガと何かが有ったんだろうな……。何かは分からないけど……あの目立った、大きな古傷……あれが、何か……。
☆
暗闇がこの世界を支配した様に、今夜は新月だった……。
月明かりが無い為に、辺りが見えにくい……。それにしても、あのスイングって何者なのだろう……。
無愛想と言うか、他人と関わるのを極端に避けている感じ……?
でも、同じ救助隊の仲間になったんだから……、早く和解したいな……。
そうじゃなきゃ……僕の心が折れちゃう……。だって、あの冷たい言葉攻めだよ……?初対面で……。
そう言えば、スイングやアサギはどこへ行ったんだろう……。もしかして、夜はどこかへ行っているのかな……?
僕だけが、この広い基地の中に取り残されている。
疲れてたから、すぐ寝れるかなと、思ったのに……なかなか寝付け無いし……。
「ただいま……。あっ、ソラまだ起きてたんだ……?」
唐突に背後から聞き慣れた声が飛んできて、振り返る。
そこには、やはり見慣れたシルエットが暗闇に紛れて立っていた。
「うん……。まぁ……。」
「どうしたの……?寝付け無い……?」
「ううん……。それもあるけど……。色々と考えてて……。」
「ソラは、悩みが多いね……。ボクには悩み何て無いのにね……。強いて言えば、スイングの心の傷かな……?」
スイングの心の傷……?!やっぱり何か有ったのかな……?
と、言うか、彼に悩みが存在していた事自体が意外だな……。
「あのさ……、もしかしてだけど……アサギって救助隊だったの……?」
「えっ!?どうして……?」
「ごめん……やっぱり違うか……。変な事聞いたね……。」
「否……、間違っては無いよ……。この際だから打ち明けようと思う……。」
急に彼の声が真剣な感じになった……。僕も釣られて、緊張感を得てしまう……。
「ボクとスイングは元々、1つの救助隊のチームだったんだ……。あの頃のスイングは、今の性格じゃ、考えられない程、明るくて、社交的、そして優しかったんだ……。ちょっと昔から起こり始めた自然災害で地形のダンジョン化だけじゃ無く、ポケモンの凶暴化まで起こってしまった……。元々の救助隊は、今みたいなダンジョンを探索する様な団体では無く、谷間に落ちたり、ただの洞窟で迷子になったりと、そんなポケモンを助けたりする団体だったんだ……。でも、そんな自然災害が起こる様になってから、救助隊はダンジョン探索を主に活動する様になった。そして、事件が起こった……、その日ボクらはいつもの様に救助活動を行う為にダンジョンへ行った。そして、ボクらは依頼主を見つけたんだ……。で、助けようとしたその時、依頼主が攻撃をしてきた……。多分、ボクら救助隊に恨みが有ったんだと思う……。そして、彼女はボクを庇った……。そして、数年経っても残る、深い傷を負ってしまった……。それから、彼女は救助隊を止めようと言ってきた……ボクは彼女の現状を知っていたからね……勿論承諾したよ……。仕方が無かったんだ……。それから、彼女は他人との交流も避ける様にもなった。それが、あの性格の元凶……。だけどね、最近彼女は突然ボクに言ったんだ……。仲間をもう1匹集めたら、救助隊活動を再開しようって……。で、キミを誘ったと言うわけだ……。また、その犯人は、今でも逃走中……。捕まっていない……。ボクは許さない……。許せないんだ……。スイングに肉体的な傷を負わせただけで無く、心にも傷を負わせた犯人が……!!」
そう強く言い放つと、どこかへまた行ってしまった……。
そんな過去が有ったなんて……。
そんなスイングの事を思うと、怒りが込み上げて来た……。背中の大顎もそれに答える様にガチガチと鈍い音を立てる。
今日は、もう寝よう……。疲れたよ……。
また、アサギがその後、独り泣いていた事は誰も知らない……。