PART 1 <遭逢>
頭が痛い……。どこだろう、ここは……。
気持ちの良い風が、全身を撫でるように吹いている。
━━………ぇ…………うぶ…………?━━
微かにだけど、声が聞こえる。でも、小さく儚く、今にも消えてしまいそうな声。
掠れていて、良く聞こえない。
随分と遠くから呼ばれているような感覚だった。
でも、その声の主が誰なのかとか……探る気がしない……。
ずっとここで眠っていたい。
この目蓋の中と言う、真っ暗な空間の中でいつまでも居たい。
でも、その安眠は叶わなかった。
━━ねぇ……、キミ大丈夫なの……?!━━
その声は、さっきとは違ってはっきりと聞き取れた。
その瞬間、眠気とやらは吹き飛んだ。可笑しな事だ……。
思い目蓋をゆっくりと開くと、そこには1匹の生物が心配そうに除き込んでいた。
虫のような緑色の大きな瞳を持ち、頭に触覚、菱形の翅が4枚。そんな異形の生物が僕の顔を見つめている。
何より気になったのが、この生き物が乗っていたのが、僕の体の上だった。
とにかく退かそうと思い、差し伸ばした腕に違和感を感じた。
腕は手のひらから肘に掛けて、黒い。指は3つ。
そして何よりも、短い……。
体の異変に気付いた時、他の箇所の異変にも気付く……。
頭部が何故か異様に重い……。ざらざらとした肌触りのその物質は、顎のような形。しかも僕の意思で、動く。
体は、薄い黄色で、はっきり言って短足……。
もう明らかに"人間"では、無かった……。
「ねぇ……?大丈夫なの……?クチート君……。自分の体に問題でも……?」
問題なんて物じゃ無かった……。頭部から爪先まで、ありとあらゆる部分が変化している。
それに、クチートなんて初耳である。
「えぇ?!ちょっと待って……、もしかして僕、人間じゃ無くなってる……?」
「さぁ、人間も何も、どこからどう見ても"クチート"だよ……?それより慌てすぎじゃない……?大丈夫なの……?じゃあ、どうしてキミはこんな森の真ん中で倒れていたの……?」
その虫は、苦笑いしながら、さらっと話を変える。
とにかく、もう僕は"人間"では無くなっている……。僕の姿は"クチート"と言うらしい。
第一、何でこんな所に倒れているかなんて知らないよ……。こっちが聞きたいくらい……。
あれ……?どうして僕は、こんな所にいるんだ……?
「どうしたの……?大丈夫……?」
「思い出せない……。」
「え……?思い出せないの……?」
僕の答えに戸惑う生物。困った時の癖なのか、翅をばたつかせている。
そう思い出せない……。今より前の記憶が消し飛んでしまっているよう……。
覚えているのは、何故か"人間"であった事。
本当に僕は"人間"だったのだろうか……。怪しくなって来た……けど、記憶の中に残っているのだから信じて良いんだろう。
「じゃぁ、名前くらいは……?名前くらいは覚えてない……?」
少し取り乱しつつも、聞いてくる。未だに翅ははためかせているが……。
名前…………。そう考えていた時、何かの記憶が脳内再生された。
──……ソラ……──
「ソラ……。」
頭に浮かんだ名前を考えもしないで言ってしまった。
でも、それが浮かんで来たのなら……それが僕なのかもしれない……。
それより、どうして、いきなりそれが浮かんで来たんだろう……?
失った記憶の一部なのかな……?まぁ、真相は深く考えても出てこないだろう……。
だから、これ以上考えるのは止そう。
「へぇ……。名前と人間だった事は覚えているんだ……。やっぱりキミ変わってるね。」
初対面の人に「変わっている」は、正直無いだろう。
でも、この生物に言っても無駄かな……?
そういえば、コイツ何て言うんだろう。生物呼ばわりじゃ可哀想だしね……。
「まぁ、お前にとってはそうなんだろうね……。そう言えば、お前って何者なの……?」
「え……?ボク……?ボクはアサギ。記憶喪失なら知らないと思うから、言っておくけど種族は、ビブラーバだよ。」
彼は、アサギと言うみたい。でも、とにかく羽音が五月蝿い事が第一印象だわ……。
記憶喪失……。どうやって生きていこうか……。
それより、何か忘れている気がする……。
一番大切な事……。
でも、記憶喪失の今、深く考えても時間の無駄だった。
いつか思い出せる日が来る筈だよね……。
「ソラは、何か深く考えすぎだと思うよ……?記憶喪失ならさ、その内思い出せるって……。」
そんな僕の様子を心配したのか、彼はまた緑色の大きな瞳で僕を見つめる。
そうだよね……。でも、それまでどうしようか……。
行く宛も無い……。する事も無い……。
否、あった筈何だけど……思い出せないから、今は良いかな……。
何も分からなくなって、僕は溜め息を吐いた。
「すみませーん!!」
どこからか、声を掛けられた……。