人間嫌いのエーフィ
また、無理だ。
住む場所をとっかえひっかえし、ある森で出会ったポケモンに都会が良い、と言われて約一週間。森より空気も食べ物も何にも恵まれていない都会は、私には最悪環境そのものだった。
大気汚染、という言葉を人間から聞くのはこれが初めてだったと思う。自覚があったのか、と少々驚いたが、いくらなんでも気が付くのが遅すぎるだろう。敏感な体毛が逆立って、吐き気を催すほどなのに。同時に明日の天気が晴れだということも分かったけれど。外れたけれど。
食べ物は、確かに豊富だった。人間が多く住む都会では、彼ら自身が出したゴミ同然のものが、私達にとっては大事な食料と成り得たからだ。だが、彼らの舌の具合はどうかしている。やたら塩辛かったり、逆に甘すぎたりと、とても食べられたものではなかった。唯一、美味しいと思えたものは、どこかの親切な老人がくれたお菓子だっただろうか。ガレット、という名前だった気がする。ここから近い大きな街の名前が冒頭についていたが、さすがにそこまでは憶えていない。ミ、なんとかかんとか。
これなら、食べ物もままならない森の方が幾分マシだろう、と結論が出てから数時間。私は、大都市に隣接するように寄り添って、都会を装って見た目ばかりが先走っている都会もどきを出発した。
天気を推測できる体毛を持った私は、紛れもないエーフィだ。人間にそう呼ばれているし、間違ってはいないだろう。別にエーフィに“へんしん”したメタモンではないし、これといった特徴もない。ただ、一つだけあるといえばある能力はある。
それは、「人語を理解することができる」ということだ。勿論、トレーナーや主をもつポケモンの多くは、技の名前を命令されれば、その言葉に対応することは可能だ。それが、私とは少し異なるところだった。私は、完全に人の言葉を理解できる。「元気か」と尋ねられればそれに答えられるし、「買い物に行って来て」と頼まれればスーパーに足を向けられる。誇らしい能力だ、と褒め称えるポケモンもいたが、これは実に不便な能力だと私は考える。
相手からの意思は伝わるというのに、こちらの意思はまったくもって伝えようがないからだ。どう足掻いても、彼らに私の声は「フィー」位にしか伝わらないだろうし、私はテレパシーを操れない。
「ま、別に構わないんだけどね」
そうなのだ。都会に一時暮らしてはいたが、私は大の人間嫌いなのだ。本当は見るのにも嫌悪感が私を襲う。元はトレーナーのポケモンであった私は、それにこっ酷く捨てられ、路頭に迷うこととなった。その思い出話をしても良いのだが、今はやめておく。
ふと、思考を逸らして空を見上げると、灰色のどんよりとした雲が空を覆っていた。その切れ切れには、薄く水色が混じっている。街の電光掲示板には、今日は晴れのち曇り、と書いてあった気がする。私の推測もあながち間違っていなかったようだ。
「おっと」
危うく蹴られそうになった。前を見ていなかった私も悪かっただろうが、今のは相手も悪かっただろう、と後ろを振り返ると、その相手は何事も無かったかのように先を急いでいる。手には端末機器。スマートなんちゃら。
先を急ぐ生き物を見たせいか、何故だか自分の気もいくらか急いている。若干早足になりながらも、この前いた森へとただいました。
懐かしい、と思えるほどこの森には世話になっていないが、この際だしと散策する。小高い場所に危なげに立つ木に、惹かれるようにして近づく。今の季節は人間がいう冬であり、一年の中でも特に冷え込む季節らしい。
だからだろうか。ふと見上げた先に、一人の少女がいるのを見たとき、私はしばらく口をきけないでいた。