第05話 追憶の連鎖
落ち着かない。
ナイロン生地の粗のない滑らかな手触りはほつれを用いた手遊びすら許してくれず、かと言って白いパイピングに手を伸ばしてしまえば一筋の光明に追い縋るが如く羞恥心が爪を引っ掛け、居心地の悪さの根源を腕から引き抜いてしまうだろう。
それは駄目だ。純然たる誇らしさを、喜色満面の白肌にほんのりと桜色で仄めかしていた彼女を裏切ることは、一度受け取ってしまった以上は裏切りだ。
清潔に保たれたクリーム色の床を、当てつけのように何度も靴の底でスクラッチプレイする。うっかり力加減を間違える度甲高く上がるリノリウムの悲鳴に肩を跳ねさせ、しかし周囲の視線を窺うことは出来ない。過剰な自意識は空想の衆目に小突き回され、既にもがきのたうち瀕死の体だった。
弱り果てた少年は相棒のきつねポケモンをモンスターボールから呼び出し、膝の上に乗せた彼女の背中を無心で撫で回しだす始末。平坦に撫で付ける所為で手から分泌される皮脂が赤毛をやたら艶めかせているが、拠り所を失うことに怯えそれに気づくことはない。
その鬼気迫る必死さに、人間にとっての被毛の意図を正しく汲むことは叶わないロコンだが、事情は分からずとも一種憐憫の眼差しを送った。
首謀者である黒布とはもはや数十分身体を合わせあった仲だ。シンセイはパーカーの上に羽織った襟の立った黒い上着に目を落とす。
ごく普通の、白のラインが入ったフリースだ。その腕を通す長袖は二の腕の中間辺りで憐れにも切断され、短く切り離された生地が下層の白いパーカーの関節部を晒して腕抜きのように装着されていたが。
人を外見で判断してならないとは道徳の常套句だが、皮肉なことにシンセイは後悔という形でその人倫を克明に理解した。
カウンターで体力を回復したポケモンたちのモンスターボールを受け取っている少女はその溌剌と躍動する性質を具現化したように爽やかな服装だが。
油断した。特徴を目聡く捉えたファッションは、他の人間には適用されないようだった。
オレンジに燃えるコウコウタウンの隣町ビテンタウンに到着し、ポケモンの回復、トレーナーの宿泊などが行えるポケモンセンターを探しているときにその事件は起こった。
町の丈に似合った小さなブティックを閉店間際に発見したヨウリは、一つ"分野"に入ってしまうと男性を圧倒させる女性特有の蝶のような飛び回り方で、十字架に磔刑されたかのようにうっそりと連なった服たちを吟味した。
旋風に取り残されたシンセイが、優男風のカジュアルな出で立ちで目を刺す夕日に身体を晒して立ち向かう勇猛なマネキンたちに称賛の眼差しを送っているうちに、彼女はレジへと向かっていた。
カウンターの上でタグを切られている上着と思しき布の塊はごく普通で、シンセイは母に限らず女性とはこと服には賢明な選択をするものだと感心しながらレジに表示された金額を木彫りの皿に載せた。
今思えば決定打であったそれは、審判の判決のときだった。
早速とヨウリに試着室に追い立てられ、その短い袖に腕を通した。用途の分からなかった同色の二枚の布を手にぶら下げたままカーテンレールを開くと、極めつけと言わんばかりに腕に細いジッパーで締められ、さながらカスタムロボットのような様相にぎょっとした。田舎の老人界隈でのトレンド入りアイテムがファッションに活用されるなど、少なくともシンセイの流行知識の中には存在しない。
「おぉー、似合ってる似合ってる!かっこいいよシンセイ君!」
垢抜けていない十人並人間という自己評価にあまりに釣り合わないそれに一言申そうにも、腕抜きをつけた安っぽいロボットコスプレを、他意をまるで感じさせない喜び方で褒めそやす彼女に口が開かない。他者の芸術感というのは、人が最も触れにくいものなのだ。
洋服店を営むだけあって服装は落ち込んではいないが、外見は既に散り際といったところの女主人は、明らかに血の繋がりのない年頃同士の男女を口の端を持ち上げて見送った。自己認知を自ら底辺へ引き下げた少年がその意図を冷笑と取ったのは言うまでもない。
「シーンセイ君、おまたせっ」
俯いた顔面の変わりに面を向けた癖毛玉は身を丸めて自分を守る小動物のようで、愛護心を擽られて思わず手を伸ばしたくなってしまう。
自分のセンスに対する気負いの無さが呑気な発想を促し、発端人であるヨウリは気掛かりなど何もないといった声で毛玉に呼びかける。
恐る恐る警戒態勢を解き、露にされた彼の素顔には木枯らしのように薄らとした憔悴が吹き荒んでいたが、その彼にマッチしたコーディネートは酸素と同義の素晴らしさの箱に放り込まれ、残る可能性から彼女が導き出した原因は見るからに貧弱な彼の体格がもたらした、足から伝わる身体的な疲労だった。
そして答え合わせをする。『欲しくない答えなど存在しない』ときなら、直接質問するのが一番確実だ。
「疲れちゃってた?」
「いや……まあ、それもあるけど……」
「眠いとか」
「うーん、今は、そんなに?」
「ええー?んんん、ちょい待ち……。あっ、分かった分かった!お腹空いた、とか!あっ、ひょっとして靴擦れ?大穴でお腹痛い?頭痛?吐き気?目眩?貧血?」
彼女が外的要因に固執したままであるなら永遠とも言える、シンセイの配慮によって成り立った負のクエスチョン・アンド・アンサーに拝聴の価値はない。突飛な珍回答を提起するヨウリと、それに対して一々真面目くさった意見を差し出しているシンセイからは漫才のようにコミカルな匂いさえ感じる。
内輪のタネに介入できないロコンは主人の肉の薄い膝の上で交差させた前足に顎を預け、人が目の前に立つ度に平坦な身を滑らかに引くガラス板に注視した。
野生の本能が機械的な動きに異種への警戒心を発動させ、どうしようもなく気づけば目で追ってしまうのだ。
人間がなんの気なくそれらが服従していると確信し、薄っぺらい門番の口の間を通る度に一抹の不安が過ぎる。大自然に華奢な痩躯で立ち向かっていた祖先たちの血が遠くで叫ぶ。
また一人、透明な境越しに人間が門を平素の顔で威圧する。否、しかし呆気なく侵入を許した透明板の隙間から現れたその面は、前髪が落とした暗い影の中に鋭く光る金の瞳が、切るような厳しさを表していて──。
全身が押さえつけられたように硬直した。息をすることさえ、彼の目のあるうちは許されない気がして、気管が詰まる。
違う。違う。この腕は、この匂いは違う。主人の腕だ。主人の匂いだ。過去の反射的な記憶の残滓に半端に抗う呼吸器が不器用に二酸化炭素を吐き出して、けれと吸うことが出来ない。
海馬が極彩色に塗り浸される。激しい。痛い。苦しい。彼の喉を裂くような、声。
モノクロに書き換えてしまい込んでいた全てが解放され、身体を強制的にあの時に引き戻す。足が、瞳孔が、尾が、抵抗するかのように震えている。
「ロコン……?」
現主人より聞き慣れた少女の声が、人より発達した大きな耳孔を微かに震わせる。紙も揺らせないような囁きに、薄暗闇を漂って束の間浮上した音階は謎めきに出口を求める無垢さはなく、信憑性を確かめる響きだ。
何度も耳にした。何度も言わせた。自分が。あの時に。あの後に。
彼女の夜を閉じ込めた露のような目が、巻き戻った時に突き動かされて振り返る。何を思ったのか、感じたのか。華奢な肩の裏側から見ているこちらには、壁のように無感情な背しか見えない。だが、打ち鳴らす振り子の勢いで揺れた毛束が、音もなく心の激しさを教えていた。
現存地に留まる傍観者でしかない頭上の少年にとって、瞬間の一人と一匹の邂逅は異空間に過ぎない。今このときに置き去られた只の抜け殻である少女の背面を見つめ、無力な他の四感は捨てて目で意味など理解し得ない結果を、出来事を待っている。
そして時は進む。旧時に一人と一体を取り残したまま。『その人』を呼び止めた彼女を、その間に潜む繋がりの糸を知るロコンは非とは責められなかった。
「シラン」
明日には悲劇が生まれることを知り得てしまった前夜祭ほど、居た堪れないものはない。
朝日すら内包するような光に満ち満ちた声で、彼もその三つの音を舌に乗せ名乗ってくれた。
しかし幕開きの期待感に輝いた目で彼を見上げた己はもういない。
こちらへとてらいなく伸ばされるその手が、暫時の後にはどう歪んでしまうのかなど知りもしない無知の笑顔。
その後ろから、どす黒い後悔と緩やかな恐慌感が今にも爪をかけようとしていた。
聞き慣れない単語だ。
一見花や木の学名にも思えるそれが、清白なハイデックスユーゴの壁に囲まれたこの空間で発せられると、人為的な無機感を醸し出す。
だが奇形な言葉にほぼ反射的に呼応した相手を見て納得した。人間の名前は人間がつける。
花の名前も木の名前も人間が勝手に呼称したものだが、特徴をそのまま落とし込んだ『覚える』ための只のナンバーを名付ける親もそういないだろう。
しかし素性も心柄も見知らぬその少年はシンセイにとって景色と変わらず、只管黙する草花と同じだ。
人間であるシンセイは木と同義である少年を勝手に命名した。
『トサカアタマ』。
闇に近い暗さであるのに彩度を強く保つ濃藍の髪はざっくばらんに刺々しく硬質さを感じる。その強度が角度を維持できる秘訣なのかと問いたくなる前面に鎌のように跳ね出た前髪は、先端に行くにつれて自身の重みに耐えきれなくなったのか鼻先へと落ちている。
暗幕の間からこちらを覗くように『トサカ』に隠れた、彼方を見据えているような凛とした金色の瞳はもはや睨み付けるに等しい鋭さをしていて、見られているわけでもないのに獣の射程距離に入ったような居心地の悪さを感じた。
このシンセイが形容した言葉を、ポケモンをよく知る人ならば「まるで"もうきんポケモン"だ」と表現するだろう。
荒々しいヘアスタイルに、正しくもうきんポケモンムクホークを冠するといっても過言ではない鶏冠に酷似した前髪。そしてそこから見え隠れする眼光とくれば余りにピースが揃い踏みだ。
髪色に近いアカプルコのモッズコートに白のハイネックという、淡々とした夜空のようなスタイリッシュな出で立ちが大人びた冷たさを追加していて、幼さの残る白い顔は同年代のものであるのに隔絶されているかのように近寄り難い。
だが美しい絵ほど一定の距離を経て鑑賞することが美徳であるように、女子というものは自分から遠ければ遠いほど羨望する。表情の変化を汲み取れないトサカの中の鋭角の眉も、水墨筆で軽く一線したような薄い口元も評価に加点されることだろう。
そんな不可侵の空気を纏わせた美少年に、ヨウリは恐らく最も親しさのある呼び方をした。関係性こそ不明だが、すれ違いざまの一目惚れではないことは確かだ。
「ヨウリか」
手の中で眺めていた短小軽薄文化の代名詞とも言える薄平べったい通話機器をコートのポケットに突っ込むと、トサカアタマ、もといシランはひらりと手首にスナップをきかせながら軽く黒手袋の右手を上げた。
「まだこの町にいたんだ」
「今日出ようかと思ってたんだが、父さんから近くの洞窟に生息してるコロモリの巣の撮影を頼まれたんだ。こいつの回復をしたら次の街に向かう」
こいつ、と言いながらコートの腰あたりを数度叩く。恐らくはモンスターボールを装着できる専用のベルトを着用しているのだろう。
……断じて嫉みではないが、やや芝居がかって見えるほど涼しげな仕草が厭に様になっているのがルックスのお陰であることは明確で、シンセイは改めて外見がもたらす効果と格差をまざまざと実感させられた。
「お前は今日着いたのか?」
「うん。このままポケセンに泊まる予定」
気安い口調とテンポで近況報告をする二人はしかしそれ以上踏み込まない。疲れただとか、大変だったろうとか、感情の吐露は許されないと定められた上での会話。上澄みを掬いとることだけに終始しているような丁寧さは、淵に沈殿した澱みを逆に意識してしまう。
ヨウリはあくまで自然体であるつもりなのだろう。明るく軽妙な話し方も、次の下命まで大人しく『待て』の姿勢を取った指の一本一本まで。
だが一つ、大きな欠点があった。シンセイにとっての『ヨウリ』に欠けたものが。
「明日は町観光でもしようかな。名産のオレンの葉を使ったお菓子も食べてみたいし」
おちゃらけた言い回しも緩んだ語尾も、使い捨てのようにあっさりと消えている。
「今日はもう疲れちゃったし、部屋取って来ようかな」
彼に対しての意識下にある常の態度?だとしたら親密なあの言葉の応酬が、作り物の作業的な会話で成されていたことに違和感を覚える。
今だけは、他人として見たいとでも言うような。
「それじゃあシラン、またね──」
ヨウリは彼を突き放そうとしている。この一時だけ。
隠したいものがあるのだ。
この空間に存在するものに目を向けさせないと、その観察域を逸らそうとしている。
シンセイを照明の光から守るように、彼女の背中に影ができる。その身体の面積がやや右にぶれて、影の内側にすっぽりと包まれた。出し抜けたという確信の元の保険としては、それはやや早計すぎる行動だった。
「後ろにいるのは、ロコンか」
全方位をその目の中に映してしまえる鷹の目が、少女の腹を内側どころか裏側まで貫いた。
穴蔵にでも身を潜めたつもりなのか、少年の腕の中で息を詰めた赤毛の小狐に喉奥から脳へと黒煙が立ち上る。
それはもういい。過ぎた時間の中にやるせなせは残れど、齢の入れ物に過ぎない肉体ごと詰るのは短絡的だと分かっている。薄墨色の排気雲は郷愁にも似た呆気なさで何処かへと混ざり消えた。
その変わり噴き上がったのは、粘性の高い悪感。
トレーナーであろう少年は手持ちの異変にも気付けていなかったらしい。言い放った言葉を追いかけ、なぞった先の尋常ではなく震えている身体を発見したはいいものの、モンスターボールの中なり腕の中なり背後なり、逃げ場を作ってやることも考えられないようだ。
射竦められた獲物のように二の句が継げないヨウリの脇に立つと、ロコンは忠順にも顔を上げてみせた。愛らしい縫いぐるみに近い大きな目玉の中、野生の静謐な凶暴さの名残りである瞳孔がみるみる細くなっていく。
その身を蝕む時の移り行きの奥底に、ロコンには未だ止まった時計の針が残っている。
敬仰の象徴だったそれが畏怖に変化した瞬間と、今が残酷なまでに重なった。
左へと奔流する回想に右の手の甲の内側から痛みが響いた。広がった痺れは僅かだというのに、条件反射のように顔の中心へ皮膚が引っ張られる。
委縮したのは当の本ポケではなく主人の方だ。鼻から零れたような悲鳴は鳴き声に近く、標的にぎょろりとポインターを合わせると、引き攣った濃い紫の目と視線がかち合った。
メリープの綿毛を連想させるなよなよとした毛髪、攻撃性を感じさせない平凡な目付き、白を通り越して青白く見える不健康な肌色。
全身に小心者のレッテルを貼って喧伝しているような人間だ。弱さを盾にしたいのなら一刻も早くこの睨み合いに腹を見せ、尻尾を巻いて逃げ出せばいいものを目を逸らす根性すらない。
一方的な威嚇に為す術もないシンセイだが、無理もない。この両者の因果関係と全く関与せずに生きてきた十四歳の少年からすれば、意味も解せずにガンを飛ばされている今の状況はカツアゲと大差ないだろう。
彼がシランに敵視されてしまった落ち度はこちらにある。せめてこれがチンピラ宛らの不当な怒りではないことを分かって欲しいと、ヨウリは初対面の妥当なさわりである筈の儀式で両人の影の差した部分を目前に引きずり出した。
気分はまるで、敵国二つの間を取り持つ外交官だ。
「あー……っと、シラン。この子はシンセイ君。昨日博士からロコンを貰って、私と一緒にコウコウから出てきたんだ。私たちと同い年。十四歳」
「知ってる。父さんから聞いた」
無論これは捨てカード。シランは理由も整理できないまま突っかかっていくような短慮な少年ではない。
爆薬の範囲も威力も、頭の中でじっくりと調節してから導火線に火をつける。
充分な情報を煮込んだ結果、怒りを灯しての今なのだ。
そして、ルールも内容も伝えられずにテーブルに着いた混迷中のシンセイの前に伏せられた札を裏返す。彼にとっては強烈なジョーカーである一枚。
「シンセイ君、こいつはシラン。私たちより二日くらい前に旅に出た同い年で、因みにラクスイ博士の息子」
さらりと風のように追憶の海から二つの台詞が抜き取られる。
『同い年の子供がいて』
『父さんから聞いた』
絡んだ二本の糸が頭の中で深い藍に縺れ染まり、黄金を瞳に宿した二人の人物の頭を彩る。顔つきの印象こそ真逆だが、裏を返せば金属の混ざっているような髪質も色白な肌色も驚くほど差異がない。
だがそれ故に二重の人格のようにも思える性格の明暗の違いは明瞭で、強烈だ。
膨れた情報を懸命に咀嚼しているシンセイにとどめを刺すような硬い硬いメインディッシュを給仕する。ジョーカーは二枚組のカードだ。
「……ロコンの元トレーナー、なんだ」
この世の不条理の一切を呑んで済ませそうな尖りのない目は、見開かれようとやはり凡庸な円だった。
無学で、貧弱で、はっきりとした意欲もない、頼りない人生の落第者。
世の中の全人類を善人とでも信じていそうな父の言葉は、実際その人を観察してひねた己の審美眼と照らし合わせるといつでも期待外れだ。
いつからか表現された言葉を数段卑屈なものに置き換えるようになった。あの人の柔らかな価値観は、どうやっても自分の心には居心地が悪い。
彼はポケモンの世界を知らずに育った子でね。
──家庭だけが世の全てと錯覚した、世間知らず。
少し臆病な面もあるけれど、分からないものを懸命に理解しようとするんだ。
──人見知りの空回りだ。
柔軟な思考で、考えをどんどん広げていける。きっとこの旅の中で目標を見つけられる。
──所詮高望みで終わるさ。
一度折れた恐怖が強さに変わるかトラウマと化すかは、彼次第ではあるけれど……。
──内側に籠りきりだったのだったら、結果は分かりきったものだろう。
だからこそ、彼にはあの子が丁度いいんだ。
あの子は彼を必要とし、彼もいつかあの子がかけがえのない存在になる。誰かの為に成すべきことを見つけたときの人間は、強いよ。きっと彼らは……
──結局は傷の舐め合いだ。無知な素人を下に見て、秀でた力に魅せられ胡座をかいて。
追想の情景に対する虚無感も憤りもとうに忘れた。
だが紛れもなく、ロコンの産まれ今までの時空の流れの中にはあの時が存在している。
その『時』ごと手に入れた部外者に噴き上がった、夢の中で声も出ずに必死に訴えているような、届けられない、やるせない怒り。
既に整然と分類された人肌以下の感情は、味わってみれば微かな独占欲が舌を刺激した。