ポケモン不思議のダンジョン空の探検隊next〜想いを奏でるメロディ〜
一楽章 結成!探検隊
01  記憶をなくしたピカチュウ
−ザザー。−ザザー。
 活性化し始めた僕の脳に耳は波の音を伝える。規則正しく打ち付ける波の音はここを海と認識させた。潮の香りが鼻腔をくすぐった。ピクリと体をと動かすとジャリジャリと皮膚が地面と擦れてしたが砂だとわかる。

「・・・・・・ここは?」
 重い瞼を開く。憎たらしいほどの青空が広がっていて、太陽の光が僕を焼き殺すと言わんばかりに降り注ぐ。あまりの眩しさに開いた瞼を閉じてしまった。瞼を閉じても、顔はじりじりと灼かれる。
 あちこちが痛む体を無理矢理起こす。骨折ほどひどくはないと思うけれど、全身を打撲したように体中が動かすたびに悲鳴をあげる。上半身を起こすとオーシャンブール−とまではいかないけど澄んだ青色の海が広がっていた。上空から降り注ぐ太陽の光が反射して、海がキラキラと輝いている。僕がいる浜辺に波は襲ってきて、後一歩で僕を飲み込むところまでやってきては引いていく。それ以上でも以下もない、一ミリのずれもないと思えるほど規則正しく波は打ち続けていた。僕はその光景にしばらく見とれてしまっていた。
「それよりも、いったいここは・・・・・」
 僕以外誰一人いない静かな浜辺、辺りを見回しても誰かがやってきそうな気配は無い。この体勢で僕はやっと起きた脳をフル稼働させて現状の把握を試みる。
「えっと・・・・・」
 思い出せ。
「僕は・・・・・」
 なにか思い出すことはないのか。脳が焼け切れてしまいそうになる。
「確か・・・・・・」
 ナニカが引っかかる。
「なにをしていたんだっけ・・・・・・?」
 ダメだ、なにも思い出せない。よく考えろ。普通なら一人でこんなところに倒れているはずがない。なにかがあったんだ。なにかが・・・・・・・。
「何も思い出せない・・・・・・」
 これが記憶喪失というものなのだろうか。過去になにがあったかが全くわからないことに僕は不安を覚える。わかることといえば波に揺られてここまでやってきたということぐらいだ。ということは別の場所から流されてきたことになる。その流された場所がわかるといいのだけど、あいにく地図も持ち合わせていないし、潮の流れでおおよそを把握する芸当は僕にはできない。仮にそれができたとしたらきっと記憶を失う前の僕は名探偵だったのだと思う。
「ていうかここ本当にどこなんだろう。僕が住んでいたところは確か森のなか村・・・・・・だったはず・・・」
 記憶がないから確かなことは言えないけど。
「確か誰かになにかをされた気はする・・・・・・」
 これも記憶がないから確かなことは言えない。
「そういえば人は死んだら別の世界に行くっていうけどもしかしてここは死後の世界・・・・・・?」
 流石にそんな馬鹿げた話があるかと自分でつっこみをいれつつ、変な妄想へと走った自分の脳を冷やすために思考を一度止める。
「これからどうするか・・・・・・・はあ」
 ため息をつくと幸せが逃げるとはよく言うけどつくまえから既に不幸なのでもう意味は無いと思う。目が覚めたら見知らぬ場所でさらに記憶まで失っていて。事実は小説よりも奇なりとはまさにこのことだ。それにしてはやけに冷静だなってつっこまれそうだけどあまりにも突飛すぎて逆に冷静になってしまう。
 目を閉じて砂浜で胡座をかいて考える僕。周りに誰かがいたらきっと白い目で見ていたと思うけど、あいにくここには僕一人しかいないし誰かが来そうな雰囲気もない。
「とりあえず近くの人を探すしかないのかな。よし・・・・・・と?」
 目を開き、まだ痛む体をむち打って立ち上がる。そのとき、僕はあるものが目にとまった。存在していることが普通で、むしろいままでまったく気にもしなかったもの。それは『自分の体』だ。『黄色』の自分の腕と足を見て僕は違和感を感じる。まあ、黄色人種というのもあるけど、あれは黄色ともいいつつ実際にはだいだい色だし、真っ黄色な肌を持つ人間なんてまずいない。僕は変な病気でも患ったのかと体を確認する。
 やはり黄色だ。僕は自分の背中に手をまわす。上から撫でるように手を下ろしていく。するとなにかにぶつかった。ソレは僕の腰辺りから伸びているらしく、なんだかギザギザとしていた―間違いない。尻尾だ。
 黄色い体と尻尾。その正体に少し心当たりがあった。できれば外れていて欲しいのだけど、その心当たりを確かめるために僕は自分の頬に少し力を込めた。

―バチバチ!

 微弱ながら頬に電気が流れた。僕のこころあたりは確信へと変わった。それでもいまだにこの事実を受けとめきれない僕は揺れる波にうつる自分の姿を確かめることにした。
 黄色い全身。赤い斑点のような頬(おそらくこれがさっき電気が走ったところ)。後ろを向くとギザギザとした尻尾。頭に付いている耳。間違いない。僕はピカチュウになってしまった。なにをいってるかわからないと思うけど僕が一番分からない。
「う、うそでしょ・・・・・・」
 流石にこれには冷静ぶることはできなかった。
「き、きっと僕の見間違いだよ。はは。だいいち僕はニンゲンでポケモンじゃ・・・・・・な・・・・・・い・・・・・?」
 もう一度水面に映る自分を見る。紛れもなくピカチュウだ。僕が変なポーズをとると、水面に映るピカチュウも真似をするように同じポーズをとる。完全に僕です・・・・・・・。
 どうしてこうなったと思わず頭を抱え込んでしゃがみたくなる。
 とりあえず現状を再確認することにした。僕は元ニンゲンで今はなぜかピカチュウになっている。そして記憶喪失で自分に関することは殆ど全てと言っていいほど忘れている。幸いそれ以外のことは覚えているようだった。
「あぁぁぁぁぁぁ!これじゃ八方塞がりじゃないか。ほんとにどうしよう。泊まるところもないし、食べ物も僕もってないしお金は・・・・・・・当然無いか」
 完全に詰んだなと感じた。目が覚めて30分ほどで僕は死亡ルートへ直行するのか。さすがにそれは止めて頂きたい。そういえばピカチュウになったからか、前よりも視点が低くなった気がする。
 波は依然海岸に押し寄せてくる。しばらく僕はその光景を眺めながら再び考え込んでいた。
 いったい僕がなにをしたって言うんだ。記憶の無くなる前の僕は極悪犯罪者かなにかだったのか?もしアルセウスとかがここにいたとしたら本気で問いただしたい。
「・・・・・・ぐちぐち言ってても仕方ないから誰か人を探そう」
 最終的にこの結論にいたり、僕は自分から行動を起こすことにした。こんなところで野垂れ死ぬのは御免だ。とりあえず誰かを探して状況を説明して寝床とご飯の確保を―
「あ、でも僕いまピカチュウになってる・・・・・・」
 とんでもないことに気づいてしまった。僕は今、自分で言葉を話していると思っていたけど、これはきっとポケモンの言葉だ。ニンゲン目線で考えるとポケモンの鳴き声かな。誰かニンゲンを見つけて僕が必死に説得を試みたとしよう。多くのニンゲンはただポケモンが鳴いているとしか思わないだろう。むしろ追い払われるかもしれない。まあ、ニンゲンの言葉を話すポケモンがいたらいたで大騒ぎになると思うけど。
「結局振り出しに戻る、か。はあ」
 盛大にため息をつく。
「なにしてるの?」
「いえ、ちょっとこの先のことで・・・・・・ん?う、うわああ!」
 ごく自然に訊かれたからごく自然に返事をしてしまった。突然のことに僕は気が動転してしまい、尻餅をついてしまった。
「どうしたの?そんなに驚いて」
「ぽ、ポケモンが・・・・・・喋ってる!?」
 フワフワとした茶色の毛並み。思わず抱きつきたくなってしまうような尻尾。僕に声をかけたのはイーブイだった。興味ありげなその瞳はバッチリと僕のことを捕捉していた。
「やだなあ。あなただってピカチュウじゃない」
「え?ええ?」
 そうだった僕もピカチュウだったんだ。
「君、ここじゃ見かけないね。どこからきたの?」
「え、ええと」
 どうしよう。悪い人じゃなさそうだけど。
「そのまえに一つ訊かせて下さい。ここ・・・・・・は・・・・ポケモ・・・・・・ン」
 マズイ!僕の体は重力に負けたように地面へと落ちていく。
「え!ちょっと君、大丈夫?」
 あ、だめだ。瞼が重い。起き上がる力も入らない。僕の意識はそこで途切れた。

銀河の星 ( 2015/03/06(金) 22:09 )