ポケットモンスター ダイアジェネシス - 第2章
第17話 私を出口に連れてって
 ひびが 入った 岩だ!
 ポケモンの 技で 壊せるかも? ▼

 いわくだきを 使いますか? ▼

 ⇒はい
  いいえ

 セキナは
 いわくだきを 使った!


「だぁーっ!」
 セキナの気声が、暗い洞窟内に響き渡った。辺りに身を潜めていたこうもりポケモン・コロモリが驚いて退散していく。
 と、同時に、岩が粉々に砕け散った。
「……」セキナの傍らにいたディアンシーが、渋い顔で問う。「セキナ……あんた、人間よね?」
「失礼なっ! 私は正真正銘の人間ですっ!!」
 人間でありながら"岩砕き"を使ったとしても、だ。
 彼女らは今、ミヤコシティを北上し、高台をくり抜いて作られた抜け道を通過しようとしていた。
 だが、彼女の辞書に「慎重」の文字はない。
 ずんずんと進んでいったら、気がつけば出口の真反対、深奥部にいた。ここまで来て、セキナはようやく迷走していることを自覚した
 加えて、落石事故に遭った。
 ……清々しいまでに、泣きっ面に蜂である。
 そういうわけで、セキナは、落ちてきた岩を砕きながら、文字通り手探りで退路を切り拓いていたのだった。
 しかし、ここに住むポケモン達からすれば、セキナは迷惑以外の何者でもない。自宅に無断で侵入してきた見知らぬ人が突然奇声を上げて家具を次々に破壊しだした――彼らにとっては、そういう認識なのだ。
 これだから、住民も黙ってはいられない。
 セキナがまた別の岩を砕こうとした、その時……!
「あっ!」
 野生の キバゴが 飛び出してきた!

 このようにして、トレーナーは野生のポケモンとエンカウントするのだ。

『No.610 キバポケモン キバゴ
 キバで樹木に傷をつけて、縄張りの目印にする。キバは折れてもすぐ生える』

 分類通り、名前の通り、説明通り、キバゴの特徴は口から突き出た大きな2本の牙だ。しかも、この牙は折れてもすぐ生えてくるどころか、その度に強く鋭くなっていく代物である。
「セキナ、気をつけて! こいつは縄張り意識があって、進化した後なんか――」
 常に無鉄砲なトレーナーに、ディアンシーが野生のポケモンだった頃の経験から警告する。これはよくあることだ。
「わかった。それじゃあ行こう、ディアンシー!」
「!?」
 しかし、共に戦う者として名前を呼ばれるのは初めてだった。念願が叶ったはずなのだが、だからこそ戸惑ってしまう。
「あれ? フェアリータイプはドラゴンタイプに有利……なんだよね?」
 セキナは、着実に知識をつけていっている。少し前まで「ディアンシーって……フェアリータイプだったんだぁ」などと呟いてディアンシーをズッコケさせかけていたのだから、見事な成長だ。
(私も、負けちゃいられないわね)
 セキナの成長を知ったディアンシーは、静かに微笑を浮かべる。
「……そうよ。わかったわ。『一緒に』戦いましょう!」


 ディアンシーは、ダイヤの剣の血振りをした。
 その目の前で、キバゴが倒れている。
「『ワンサイドゲーム』って、このことを言うのかしら……」
 バトルの内容はディアンシーの言う通りだった。
 野生のキバゴは、馬鹿のひとつ覚えみたいに"ダブルチョップ"ばかり使ってきた。"ダブルチョップ"はドラゴンタイプの技。フェアリータイプを持つディアンシーに効果はないというのに。
(でも、もし私がフェアリータイプじゃなかったら、結構な威力だったわ。野生のキバゴに遅れをとりかけちゃうなんて……)
 しかし、このストイックな姫様は決して反省を怠らない。実は、最近まで戦えなかった分、腕がなまっていないか、などといった焦りも覚え始めている。
 その傍らで……
「だぁーっ!!」
 また1つ、岩が砕け散った。
「え、ちょ……切り替え早くない!?」
 セキナは、進むことしか考えていないようだ。
 彼女の背と同じくらいの高さまで積み上がった岩の山が、呆気なく崩壊する。ディアンシーは、ぼそりと呟いた。「そもそも人間って何……?」
 岩が砕け散り、砂塵に煙ること十数秒。ようやく晴れた視界に、セキナは女の子の姿を見た。

 ……女の子がいた。

 恐らく、事故に巻き込まれたのだろう。無情にも、彼女の背には壁がある。行き止まりだ。閉じ込められていたらしい。
 彼女は、口をあんぐりと開けたまま、その場に立ち尽くしていた。それもそのはず、目の前で身長140cmにも満たない少女が、その背丈と同じくらいの高さがある岩の山を粉砕したのだから。
 また、セキナも僅かの間ではあるが、普段の活発な動きを止めていた。なぜなら、相対した少女の雰囲気に不思議な感覚がしたからだ。
 そうでなくとも、少女の姿はセキナにとって異質だった。黒髪に青紫色のグラデーションが入ったツイン縦ロールに、金無垢の瞳。「美白」という言葉がぴったりな肌に、黒と白を基調にレースやフリルで飾り立てた――いわゆる「ゴスロリ」風の半袖ワンピースが映えている。下半身は、紺のタイツに黒いブーツ。
(きれいだなぁ……)
 実のところ、セキナは少女に見惚れていた。彼女の短い人生で、ゴスロリを目にするのは初めてだ。その中世風な、耽美的で幻想的な雰囲気に魅せられる。
 それに比べて、セキナ自身の首から下は、空色のロンパース。元々アウトドア派だったとはいえ、旅をしてから外にいることが多くなり、大分褐色に近づいた肌が存分に露出している。
 セキナは溜息を吐いた。積み上がった岩をも粉砕する彼女だって女の子なのだ。ゴスロリに魅了されるし、「小さいカイリキー」呼ばわりには傷つきもする。
 しかし、切り替えの早さはディアンシーのお墨付き(?)だ。
 セキナが初対面の少女に放った最初の言葉は――

「お願いです! 私を出口に連れてってください!!」



「はあ……そういうことだったの」幸い、少女は、飛び出してきた「小さいカイリキー」にも冷静に対応してくれた。「別に構わないけど。私も、あなたが来なかったら、あのまま閉じ込められていたかもしれないし」
 すぐに承諾してくれた彼女に、セキナは目を輝かせた。
「本当!? ありがとーっ!!」
 嬉し泣きもしていた。抱き着いてさえもいた。
 人間離れした怪力を持っているが、セキナだって女の子だ。ポケモンがついいぇいるとはいえ、洞窟で1人、文字通りの暗中模索を続けるのは、少し心細かった。
「っ……!? ちょっと、離れなさいよ……!」
 会って数分しか経ってない相手に抱きつかれ、少女は顔を紅くする。
「だって、怖かったんだもーん!」だが、セキナはそんなことお構いなしだ。「そうだ、名前は? 私はセキナっていうの!」
 その証拠なのか、切り替えの早さも相変わらずだ。名前も知らない相手に、よくこうも馴れ馴れしく接せるものである。
 それでも、少女は、セキナの異様な馴れ馴れしさに戸惑いつつも、微苦笑(微笑:苦笑=4:6)して答えてくれた。
「シャルロット。長いから『シャル』でよろしくね」
「うんうん、よろしくっ!」言って、セキナは右手を差し出す。「ほら、握手」
 飾りっ気のない満面の笑みはそのままに。
 シャルロット(以下、シャル)は、躊躇いつつも左手を差し出す。
 こうして、2人の少女の手は握られた。


 2人だけで真っ暗闇を探索する。その行為に、セキナは一夏の思い出を追想した。
「懐かしいなぁ」
 率直な想いが、口をついて出る。
「どうしたの?」
 シャルは、先程のセキナと比べて大人しい呟きに、思わず聞き返す。それに、身長が140cmもない少女が「懐かしい」と呟く様は、どことなく違和感がした。
(……まあ、私も他人のこと言えないけどね)
 シャルは、自身の首から下を見下ろす。
 セキナにあれほどフレンドリーに接せられていた彼女だが、実は16歳――そのセキナより6歳も年上なのだ。
 とはいえ、年齢の割に背は低めで、上から下までスレンダーなので、実年齢より年下に思われるのは無理もない。シャル自身も、それは承知していた。
 聞かれて、セキナは答える。
「トレーナーズスクールで『肝試し』っていうのが夏にあってね、それ思い出してた」
 肝試しは「夜の学校に潜むポケモンと触れ合う」という趣旨の行事だ。生徒は「夜」というシチュエーションに興奮するようで、数ある行事の中でも人気は高い
 知識を要求されない行事なので、セキナも気楽に楽しむことができた。数少ない、いい思い出である。
「元々『夜勝手に動き出すパソコン』とか『開かずの間』みたいな七不思議が多かったんだ。それでね、空き教室に入ったら、なんか火の玉みたいなのが見えちゃって……」楽しい思い出話に、言葉も弾む。「……と思ったら、ミスズのヒトモ、シ……?」
 話している途中で、セキナは何か引っかかるような気がした。思い出が、いやに鮮明に蘇ってくる。まるで、追憶の中の光景に放り込まれたかのように、懐かしさを肌で感じた。……と言えば聞こえはいいが、実のところ、少しお感がした。まさに、ヒトモシが背後にいるような――が、今、彼女の背後にいるのはヒトモシではなくシャルだ。
 事実を認識して、セキナは悪意なく、
「シャルちゃんって、なんか、その……ヒトモシっぽいね
 ……女子に向かってなんと失礼なことを。
 あまりに率直すぎたからだろうか? シャルは「びくっ!?」と言わんばかりに硬直した。
「ああ、その……よく、言われるのよね……。あんまり気にしなくていいよ、うん」
 だが、否定しなかった。肯定しているような、はぐらかしているような――いずれにせよ、あまり触れられたくなかったらしい。
 そこへ、気まずくなった空気を破るように、
「っひゃあ!?」
 セキナの真下の地面から、何かがズボッと飛び出してきた。
 地上から見える部分は20cmほどしかない、小さな小さなモグラのようなポケモン。
「ディグダね……って、セキナちゃん?」
 落ち着いて、飛び出してきたポケモンを言い当てたシャル。彼女とは対照的に、セキナはなぜか顔を真っ赤にしている。その異変に気づいて、シャルは声をかけた。が、
「こいつぅ……よりにもよって、私の又を……!」
 時既に遅し。
 同性に向かって「なんかヒトモシっぽい」などと吐かしても、セキナは女の子だ。スカートの中を覗かれたような感覚なのだろう。
「いや、その……とりあえず、落ち着きましょう」
 シャルが制するが、1度スイッチの入ったセキナには通じない。
「だって、だよ! の下だよ! なんだよ!!」
 ……ものすごく連呼しているが、それでもセキナは女の子だ、おそらく。
 しかし、感情的になるほど、思考力は鈍るものだ。セキナに鈍るほどの思考力があるかどうかというのが疑問だが。
「いくよっ、モココ!」
 実際、セキナは、電気タイプの技が効かず、また弱点を突くことができる地面タイプの相手に、モココを繰り出した。その迷いのなさに、シャルは心配になってくる。
「"電磁波"!!」
 そして、嫌な予感は数秒後に的中した。
 "電磁波"は電気タイプの変化技である。自身の能力を上げたり、逆に相手の能力を下げたり、状態異常を与える変化技は、通常、タイプ相性による威力の変化はない。だが、"電磁波"は例外で、他の電気技と同じく、地面タイプのポケモンには無効化されてしまうのである。
 シャルは溜息を吐きつつ、援護を試みた。
「タツベイ、お願い」
 セキナがつい最近敵対した種族が、今度は助太刀に参上する。


「いやぁ、ごめんごめん」
 結局、ディグダへの報復(と、セキナは捉えている)は、シャルのタツベイに委ねられることになった。
 セキナも、相性が悪ければ交代するつもりだったのだが、ディグダの特性『蟻地獄』に阻まれてしまったのだ。
「次は気をつけなきゃ。よくよく考えてみたら、今の手持ち、地面タイプが苦手な子多いし」
 この前、地鳴りを聞いて大人しくなったように、ディアンシーもまた地面タイプを弱点としている。
 幸い、ヌメラの技は地面タイプの弱点を突けるのだが、少々威力が低いのが心許ない。
「……そういや、シャルちゃんはどんなポケモン持ってるの?」
 と、ここで、セキナは相方のポケモンが気になった。一時的に共闘する相手の手の内は知っておきたい、などといった計算からではなく、単純な好奇心から。
「さっきのタツベイと、あと、ドンメルとムンナ――」シャルは答えるが、「大丈夫? わかる?」
 残念ながら、セキナの知識では、種族の情報からどんなポケモンであるか、ぱっと連想できない。
「ごめん。顔出してもらっていい?」
「もうお手上げ」といった表情だ。ディグダ相手にモココを繰り出す時点で、薄々予想はついたが。
 シャルは苦笑し溜息を吐くも、セキナが知らない2匹のポケモンを出してやる。
 1匹は、全体的に丸っこい体型をしたラクダ、といった姿のポケモン。
 もう1匹は、薄ピンク色の体に花柄模様の、浮遊している獏のようなポケモン。
 セキナは、左から順に図鑑で調べてみる

『No.322 鈍感ポケモン ドンメル
 1200℃のマグマを体に溜めている。水に濡れると、マグマが冷えて固まり、動きが鈍くなってしまう』

『No.517 夢喰ポケモン ムンナ
 人やポケモンが見た夢を食べる。楽しい夢を食べると、ピンク色の煙を吐き出す』

 2匹とも、まだ進化していないようだ。
「ドンメルとムンナかぁ。かわいいね、まん丸していて」
 セキナはニコニコしながらムンナとドンメルを撫でた。初対面の人間相手にも、2匹は顔を綻ばせている。そんな温かい光景に、シャルも釣られて微笑が零れた。
「シャルちゃんも、トレーナーになったばかりなの?」
 ムンナとドンメルにじゃれつかれた状態で、セキナが問うた。まだ進化していない面々から、自分と同じではないかと感じたのだろう。
「そうよ。ここには、友達の紹介で来たの」
「シャルちゃんの友達? どんな子なの!?」
 シャルが答えると、すぐに次の質問をぶつけてくる。好意と関心を持ってくれているのは嬉しいが、実は、シャルはこういうノリは苦手だ。
「なんだろう……色々すごいというか、チートな子ね」
「『チート』? やっぱ、バトルとか強いの!?」
 さらに目を輝かせて尋ねるセキナ。
「ちょっと待って、落ち着いて、ね……?」
 シャルも、そろそろ音を上げそうだ。
 そこへ、1つの音が迫っていた。
 地鳴りのような轟音。しかし、揺れは感じない。
 セキナとシャルに聞こえるほど近づいてきて、ようやくそれが異常だとわかる。
「シャルちゃん、聞こえる?」
 セキナはモンスターボールを握り、彼女自身もまた身構える。
「うん……何かいる」
 シャルも答え、まずはリラックスしているムンナとドンメルを臨戦態勢にさせる。
 しかし、音の正体がわからない限りは、下手に動くわけにもいかない。音が大きくなるにつれ、緊張が高まっていく。
「ええいっ、もう待ってられん! ヌメラ、あそこに"泡"!!」
 セキナが、そう長く緊張を保っていられるはずがなかった。構えたモンスターボールからヌメラを繰り出し、音の聞こえる方向を指差す。ヌメラは、緊張感のないのんびりとした動作。それとは裏腹に勢いよく飛んでいった"泡"は、あまり飛距離を伸ばすことなく弾けてしまった――否、弾かれた。
 そこに聳えるようにして立っていたのは、暗い灰色の体をしたポケモン。頭部が大きく発達しており、棘上の角が体の至る所に生えている。目は赤く染まっていて、このポケモンの凶暴さを物語るようだ。
「何あの頭でっかち!?」
 能天気なセキナにも、その雰囲気で察することができた。「これはヤバイ」と。

『No.409 頭突きポケモン ラムパルド
 鉄のように硬い頭蓋骨。ジャングルの木々をなぎ倒し獲物を捕らえる暴れん坊』

 図鑑の説明文を見て、ふと違和感を感じる。
(「ジャングル」……?)
 セキナが呆けていると、
「セキナちゃん、危ない!」
 ラムパルドが、今まさに頭突きをせんと突進してきていた。シャルの警告でセキナは我に返り、すんでのところで身をかわす。彼女が「ルチャブル少女」でなければ、今頃顔面にクリーンヒットしていただろう。
「っふぅ……ありがと、シャルちゃん」
「どういたしまして。でも、どうしたの? いきなりつっ立って」
「いや、ちょっと……後で話す!」
 セキナは、わからないことは積極的に質問するように心掛けている。しかし、口を開いた瞬間、ラムパルドはまたセキナに突進してきた。先程よりは余裕を持って避けることができたが、それでもラムパルドは止まらない。
 そのうち、奇しくもシャルと互いに背中合わせの姿勢になった。
「シャルちゃん、もしかして、私達……」
「獲物と思われているみたいね……」
 冷や汗が垂れる。
 かわされて壁に激突するラムパルドだが、その度に壁が、洞窟が崩れ落ちていく。セキナやシャルの手持ちポケモンとは比べ物にならないほどの攻撃力。彼女らの方に分がないのが明白だ。できるなら、戦闘は避けたいところだった。
 しかし、あちらから狙われてしまっては、逃走しようにもできない。
「戦うしかないみたい……シャルちゃん、協力してもらっていい?」
「もちろん。ここで下敷きになるのは御免だからね。ドンメル、一旦下がってて」
 セキナのヌメラ、シャルのムンナも互いの背中を合わせる。ヌメラはともかく、ムンナはラムパルドと睨み合っていた。
「セキナちゃん、ひとつお願いがあるんだけど……いい?」
 ムンナとラムパルドが様子を伺っているその隙に、シャルがセキナに耳打ちした。
「うん! 私にできることならなんでも言って!!」
 そんなやりとりに、トレーナーズスクールで唯一の女友達との共闘を思い出したセキナ。頼られる嬉しさは同じで、返事は快活だ。
 彼女の様子に安心して、シャルが切り出した。
「私のムンナ、"催眠術"を覚えているから、ラムパルドを眠らせることができるの。それで――」
「引きつけるんだよね? 了解っ!」
「!?」
 ディグダ相手にモココを繰り出すようなセキナが、言う前に作戦を理解して、シャルは驚きを隠せなかった
「あ、びっくりしたでしょ? 私、これでも引きつけるのは得意なんだよ!」
 セキナは、驚くシャルを見て、得意気にグーサイン。
「見ててね……ヌメラ、ラムパルドを引きつけて!」
 セキナの合図で、ヌメラは辺りを這い回る。最初こそのんびりとした動きで、ラムパルドとの距離はかなりギリギリだったが、徐々に距離が広がっていく。
 しかし、ヌメラは全く加速していない。
 代わりに、だんだんラムパルドの足が遅くなっていき、ついには追跡をやめのたうち回っていた。
 その足元には、ぬめぬめの粘液。
「はいっ、足止め完了!」
 セキナは、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。ちょうど、トレーナーズスクールの女子寮で男子を撃退した時のように。
 言うだけのことあって、なかなかの手際。シャルは素直に感心した。
(ただの鬱陶しい馬鹿ってわけじゃないみたいね)
 元の評価が著しく低かったからなのかもしれないが。「ほら、シャルちゃん、今のうちだよ」
 シャルの胸中など知る由もないセキナは、シャルとムンナを促す。
「うん、ありがとう。……いくよ、ムンナ。"催眠術"」
 ムンナの額から、不可視の波が放たれる。それは、暗示をかけるための催眠波。波はゆっくり進むため命中率は低いが、今のラムパルドは動けない。為す術なく深い眠りに落ちた。
「よし、逃げよう! シャルちゃん、出口はどっち?」
 セキナは、シャルの手を掴んで問う。
「ここを左に曲がって……って、ちょっと待って! まだムンナ戻してないし、もう少しスピード落として! 足引きずってるから!!」
 シャルが「左」と言いかけた瞬間、セキナはシャルの手を掴んだまま全力で逃走を試みて、シャルの足を引きずりかけていた。
「あ、ゴメン……っと、もひとつゴメン! 急ブレーキかけるよ!!」
 セキナは急には止まれない。軽くスライディングしかけながら、ブレーキをかける。
 眼前には、大きな岩が1つ立ち塞がっていた。
「危なかった……あと少し遅れてたら激突してたよこれ……」
 セキナが、さらりと恐ろしいことを呟いた。
 そこへ、ようやくヌメラとムンナが追いついた。
「ごめんね、ムンナ。置いて行っちゃって」
 シャルは、ヘトヘトになったムンナを撫でながら謝った。しかし、ムンナの表情からは焦りが消えない。
「嘘……ラムパルドがもう追ってきて……避けて!!」
 驚く暇もなく、灰色の剛体が突撃してくる。セキナとシャルは間一髪回避できたが、お世辞にも素早いとはいえないムンナがその頭突きを食らい、ぽーんと飛ばされた。ボールのような体はよく飛び、セキナ達の眼前にあった巨岩に叩きつけられる。
 洞窟そのものを壊しかけるような一撃を受けてしまったムンナは、やはり、もう戦える状態ではなかった。
「ありがとう、ムンナ」シャルは、少しの隙を与えてくれたムンナを労り、ボールに戻した。「次はあなたよ、ドンメル!」
 2番手はドンメル。ディアンシーと同じ岩タイプのラムパルドに、地面タイプを持つドンメルは相性がいい。
 ラムパルドはドンメルに目も呉れず、「次はお前だ」と言わんばかりにヌメラをギロリと睨んだ。常にのんびりしているヌメラは、怯まないどころかノーリアクション。しかし、ラムパルドの赤い双眸は、より凶暴さを帯びている。その様に、セキナは少しだけ身震いし、
(……ん?)
 1つの違和感を感じた。
「ねぇ、シャルちゃん。この頭でっかち、私達からは1回も攻撃してないのに傷ついてない?」
 目を凝らすと、ラムパルドの体には、軽傷が随所に見られる。
「たぶん、さっきムンナが受けたのは"諸刃の頭突き"。その反動でダメージを負った、んだと思うけれど――」シャルも、セキナと同じものを感じたらしい。「それにしては、すごく苦しそう……」
 先程からセキナ達に向けられる唸り。そこには、どこか苦しそうな、必死で声を押し出しているような響きがあった。
 それでも、ラムパルドは、嘆きのような咆哮をあげる。そして、ヌメラを狙って突進してきた。再び"諸刃の頭突き"を繰り出すつもりのようだ。
「来るよ、ヌメラ! 守る!!」
 ヌメラの体が、緑色の球体に覆われる。すんでのところで、"諸刃の頭突き"から身を守った。
 攻撃と攻撃の、間隙が生まれる。
 今のうちに、と、
「ちょっと揺れるわよ。ドンメル、"マグニチュード"!!」
 "マグニチュード"は"地震"とよく似て、地面を揺らして場全体を攻撃する技だ。"地震"との違いは、使う度に威力が変動し、時には"地震"を上回る威力が出ることもあること。
「いや……これ『ちょっと』なんてレベルじゃないよね!?」
 今回は、かなり威力が高い。洞窟の壁が、若干ながら崩れかけているし、近くにあった巨岩も砕けた。
「……ていうか、壁! 壁壊したら本末転倒でしょ!!」
「あ……ごめん。熱くなりすぎたかも」
 珍しく、セキナがツッコミに回る事態だ。シャルは、潔く頭を下げた。
「でも……」シャルはラムパルドの方をちらりと見やる。「ようやくダメージらしいダメージが入った。さあ、どんどん押していくよ!!」
 自らの熱を認めてなお、彼女は冷めない。
「うん! ヌメラ、"泡"!!」
 ヌメラも攻撃の態勢に入る。ラムパルドが苦手とする水タイプの技をお見舞だ。
 しかし、ラムパルドもやられているだけというわけにはいかない。態勢を立て直し、もう1度ヌメラに"諸刃の頭突き"。
「……ヌメラ……っ!?」
 守れなかったヌメラは、今度こそ目が「×」になっていた。瀕死状態だ。
「1発食らったら最後ってこと……!?」ヌメラをボールに戻し、セキナは一筋流れ落ちた冷や汗を拭う。「モココ、お願い!」
 彼女の2番手はモココ。ボールから繰り出された瞬間、凶暴な目をしたラムパルドに身を縮こませるが、目を瞑って体をぶんぶんと横に振り、なんとかボルテージを上げようとしている。そのうち、尻尾の灯が青白く光っていた。充電完了だ。
「じゃあ、攻撃できなくしちゃえばいいんだ! "電磁波"!!」
 ラムパルドは地面タイプではないので、"電磁波"はちゃんと効いてくれる。麻痺状態にして、少しでも相手が動ける可能性を減らそうというのが、セキナの算段だった。
「シャルちゃん、もう1発いっちゃって!」
「わかったわ! "はじける炎"!!」
「……あれ?」
 セキナは、思わず拍子抜けた声を出してしまう。
「いや、その……"マグニチュード"はモココも巻き込んじゃうから」
「あ、そうだった!」
「しまった!」といった表情のセキナ。
「でも、麻痺にしてくれたお陰で隙ができたわ。ありがとう」
 だが、シャルは誤算にツッコまず、セキナに微笑む。
「じゃあ、この隙に……モココ、"電気ショック"!」
「ドンメル、もう1発"はじける炎"!」
 実際、「やられたら負け」なこの状況において、先手を取れることによるメリットは大きい。動きが鈍ったラムパルドを、電気と炎のコンビネーションが襲う。
(ミスズのヒトモシも覚えてたっけ、"はじける炎")
 セキナは、その図から、もう少し長くいたかった親友の姿を思い出す。
 しかし、そうしていられるのも今のうちだけだった。麻痺状態は眠り状態とは違い、相手の行動を連続的に封じることはできない。
 体の痺れを振り切って、ラムパルドはまた"諸刃の頭突き"を繰り出した。次に狙われたのは――ドンメル。
『鈍感ポケモン』と分類される鈍く、体内にマグマを溜めているため重量もあるドンメルにはかわしきれなかった。頭突かれた部位が軽くへこんでいる。傷が深いのは、火を見るよりも明らかだった。
「お疲れ様、ドンメル」
 シャルは、倒されたドンメルをボールに戻す。セキナよりずっと落ち着いた性格である彼女も、声に焦燥感が滲んでいた。
 戦えるポケモンは、もうタツベイしかいない。
「シャルちゃん、大丈夫!?」
 それを知っているセキナは、シャルに声をかける。正直なところ、1人で戦うのはキツイし怖い。
「大丈夫、まだ勝機はある……! いくよ、タツベイ!!」
 シャルはあくまでも冷静に、しかし熱を感じさせる声で答えた。その熱につられてか、タツベイも気合充分だ。
 普段のセキナなら「おー、頭でっかち同士」と能天気なことを吐かしそうだが、状況が状況だ。タツベイの気合をおすそ分けしてもらったら、すぐにラムパルドへと向き直る。
「モココ、"電気ショック"!」
「タツベイ、"頭突き"!」
 そして、すぐ攻勢に戻った。やることはあまり変わらない。ひたすら技を撃ち込んでいくだけだ。
 ただ1つ変わったことは、ラムパルドがタツベイに怯んで、技を出せなかったこと。
「……何したの?」
 隙を見て、セキナがシャルに尋ねる。
「"頭突き"は、そこそこの確率で相手を怯ませられるの。たぶん、それのお陰ね」
 麻痺状態との相乗効果で、ラムパルドの隙がどんどん大きくなっていく。シャルが「まだ勝機はある」と言ったのは、そういうことだったのだ。
 それを完全に理解できずとも、
「へぇ、すごいね!」
 セキナは、未知の戦術に興味津々だ。
「友達の受け売りなんだけどね。『まひるみ』とか言ってたっけ。……その子は"身代わり"も足して『まひるみがわり』とかなんとか」
「お、おぉ……」
 ただでさえほとんど行動を封じているというのに、さらに"身代わり"という完封ぶりに、セキナは少し苦い感嘆の声を上げた。
 ともかく、その「まひるみ」戦法のおかげで、モココとタツベイは3回も攻撃することができた。
 が、
「モココ!?」
 ついにラムパルドが再び動き、モココがその犠牲となった。
 いくら「まひるみ」言えど、いずれは相手が攻撃してくる。互角のレベル同士でならともかく、相手のレベルが圧倒的に上であった場合、気休め程度にしかならないのだ。
 しかも、ラムパルドについている傷のほとんどが、"諸刃の頭突き"の反動によるもの。
「ていうか、何なのもう!? あれだけブチ込んで、やっと掠り傷程度って……!」
 セキナは、モココをボールに戻し、ラムパルドに舌打ちした。あまりに歴然とした実力差を目の当たりにして、思わず弱音を漏らしてしまう。が、諦めたわけではない。
 無言で、最後の1匹が入ったボールを見つめる。
 セキナの手持ちでいちばん強いのは、おそらく「彼女」だ。だが、そんな「彼女」でも、今回は良くて辛勝だろう。最強といえるのも、戦術の多彩さからであり、単純なレベルはモココやヌメラと大差ないと思われる。しかし……
(「ここで引き下がって負けるくらいなら、全力で戦って、ボロボロの傷だらけになってから、惨めに負けを認めてやる」……だよね?)
 芯の強さでなら、モココやヌメラと大差をつけている。1発食らえばゲームオーバーというこの状況でも、きっといつもの姿勢を崩さない――なんとなく、信じられる。
「後は頼んだよ、ディアンシー!」
 だから「彼女」に――ディアンシーにすべてを委ねた。
「ええ、頼まれたわよ、セキナ!」
 ディアンシーは、明らかに不利な戦いであろうと、決して怖気づくことはない。紅玉の瞳に確固たる意思を宿し、ラムパルドを見据える。
「ディアンシーって……あの『世界でいちばん美しい』っていう幻のポケモン!? どうしてあなたが……?」
 いきなり登場した幻のポケモンに、シャルは目を疑った。
「ごめん、それは後で話すね。
 ……そういや、ディアンシーって、なんかすごい防御の技持ってたよね?」
「いや、いくらなんでもアバウトすぎでしょそれ!?」
 ディアンシーの言う通り、とてつもなくアバウトなセキナだが、本人は大真面目である。
「たぶん、"リフレクター"のことね。それなら、あの"諸刃の頭突き"も1発だけなら耐えられるかもしれないわ」
 ディアンシーは普段通りに答えるが、「耐えられる」と断定してはいない。さすがの彼女も、あの"諸刃の頭突き"には脅威を感じているようだ。
 だが、セキナは、ディアンシーを信じる。
「なら、きっと大丈夫! ディアンシー、"リフレクター"!!」
 セキナの指示を受けて、ディアンシーは金剛の壁を張る。彼女自身だけにではなく、タツベイにも。
 この壁は、自らに来る物理技のダメージを半減させるものだ。その効果は味方にも及ぶ。
「"リフレクター"ね。助かるわ」
 シャルが何気なく言った時、ディアンシーは一瞬だけびくっとした。どうやら、この姫様は照れ屋な一面があるようだ。顔に淡紅色がかかったままであるにもかかわらず、シャルの方に振り返ってからの
「耐えられるのは1度きりよ。さっさと攻めなさい!」
 と、やけに必死になっている。
 そういう状況でないということはわかっているが、シャルは見ていて、少し微笑ましかった。
「わかった、ありがとう。タツベイ、"頭突き"よ!」
 数割の可能性に賭けて、タツベイはまたラムパルドの下へ走っていく。
 しかし、さすがにこれだけやられれば、ラムパルドも学習するものだ。
 痺れた体を重く動かして、突進してくるタツベイを頭突きで弾き返した。
 タツベイは"リフレクター"の恩恵で、辛くも耐えきった。しかし、呼吸も荒く、立っているのがやっとといった感じだ。
(次は私に来る……!)
 ディアンシーは唾を呑んだ。急所に当たりさえしなければ、1発は耐えられる。しかし、もしタツベイが先に倒されてしまったら、自身だけでは対処しようがない。
 ならば……

「来るなら来なさい! それとも、女如きにビビってるの!?」

 挑発し、敵対心を一身に引き受ける。
 だが、その時、セキナは見た。
 挑発に乗って、ディアンシーに突進していくラムパルド――に向かって、何かが飛び込んでくるところを。
 それは、赤く燃えていた。
「ディアンシー、逃げて――っ!?」
 と、セキナが叫んだ時には遅かった。
 飛び込んできた「それ」は、ラムパルドの硬い頭に激突すると同時に、爆発した 

 大爆発した。

 大事なので、2回言いました。
 何が起きたのかわからず、セキナもシャルも、爆炎の中で立ち尽くすしかなかった
 ただ、ディアンシーだけが、怒りと呆れがない混ぜになったような表情で、爆発した「それ」を見つめている。ジトッとした半眼で。
 煙が晴れた時、ラムパルドは倒れ伏していた。"諸刃の頭突き"の反動をはじめとしたダメージが蓄積されていたのだろう。至近距離で爆発されて、戦闘不能になっていた。
 しかし、ディアンシーが睨んでいたのは、爆発した「それ」の方だった。

「……メレ爺……」

 さぞ恨めしげに言い、「メレ爺」と呼ばれたものに吐きかけんばかりに、盛大な溜息を吐く。
 ディアンシーが「メレ爺」と読んだ爆発源は、ポケモンだった。逆三角形の岩に、輝く鉱物が点在する体……は、爆発四散してしまっている。

『No.703 宝石ポケモン メレシー
 生まれてから数億年の間、地底で眠っていた。洞窟を掘ると、たまに出てくる』

 セキナは図鑑を見て、ようやく気づく。
「メレシーって……あの、ディアンシーの……トツゼンヘンイのアレ!?」
 彼女にしては、よく覚えていたものだ。
 すると、
「佐用であります。まあ、齢数億の老いぼれなので、『メレ爺』とでも呼んでほしいのであります」
 自称「老いぼれ」なのに、なぜか軍人っぽい口調で返答された。
「すごい! メレ爺もテレパシーが使えるんだ!!」
 良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしいセキナは、細かいことなど気にしない。メレ爺に対して、普通に話している、
「もちろんであります! 伊達に数億年生きているわけじゃないのであります!!」
 誇らしげに語るメレ爺に
 が、
「誰が『伊達に数億年生きているわけじゃない』よ……! 精神年齢盛るのもいい加減にしたら!?」
 それを阻むように、ディアンシーが……叫んでいた。
 普段からツンツンしているディアンシーだが、今の彼女は、明らかに冷静さを欠いている。これまでに声を張り上げることは何度かあったが、その時のような凛然とした態度でもない。どころか、悲痛な音を含んでいる。
「ディアンシー……?」
 弱い頭ではあるが、強い感受性を持つセキナは、仲間に異変にすぐ気がついた。しかし、こんなことは初めてで、どうしてあげればいいのかがわからない。
 ディアンシーは、心配そうに自分を呼ぶセキナの声ではっとした。我に返ったのが、表情でわかる。
「……なんでもないわ。気にしないで」
 強がりであることも明白だった。
「でも……ディアンシー、いつもと違うよ。本当にどうしたの?」
 セキナが尋ねても、ディアンシーはだんまりを決め込んでいる。
 重い沈黙が流れた。
 十数秒でセキナが耐えられなくなり、何かしら声をかけようと口を開き、
「おーい、そこの君達、大丈夫?」
 これまた、突然の闖入者に遮られた。不意に差し込んだ、女性の声。
 すると、崩れた洞窟の瓦礫の山から、声の主であろう女性が「よっと」と飛び降りてきた。瓦礫は、かなり高さがある。それをよじ登ってきたらしい。本来なら、数人と数匹が目を丸くするような行為なのだが、
「え……あれを登ってきたの、あの人?」
 この場で冷静さを保っているのはシャルだけ――というか、彼女はよく知りもしないディアンシーの異変に、置いてけぼりにされているだけなのだが――だし、セキナも似たような真似をしかねない。目を丸くしたのは1人だけだった。
「ふふふ、驚いた? こう見えて、運動には自信があるの」
 シャルの呟くを好意的に受け取ったのか、女性は少し得意気だ。
 しかし、「こう見えて」と言っているが、実際のところ、彼女は褐色の肌をしていて、細身で背は高いが、発達すべきところは発達している。おかげで、所謂「ガリガリ」といった印象は受けない。むしろ、芯を感じさせる体つきだ。
 また、彼女も、シャルとは別の異質さがあった。
 肌の褐色も、日に焼けたような色ではなく、生まれもったものであるように濃い。ホウライ地方では、あまり見かけない肌の色だ。
 着ている服も、草木で染めたような、淡い紫色のシャツだ。ボトムスの黒いスキニージーンズは、高身長故の足の長さを引き立てている。
 しかし、セキナには、それ以上に気になるところがあった。
(この人も赤毛だ……!)
 セキナの周りに、赤毛の人間はいなかった。おかげで、トレーナーズスクールでは偏見を持たれたものだ。
 だが、目の前にいる女性の髪は、たしかに赤毛のハーフアップだ。セキナのそれよりも明度が低く落ち着いた色味だが、何色かと訊かれれば、迷わず「赤」とこたえられるだろう。
(私と違って背も高いし、胸もちゃんと出てるけどね……)
 相変わらず突起が見当たらない自らの胸に目をやってから、次に女性の体全体へ、好奇と羨望と嫉妬の眼差しを向ける。かなり不自然に、じろじろと。
「ん? どうしたの?」
 それに気づいた女性は、セキナに声をかける。
「いや、その……別に怪しんでいるわけじゃなくて……」
「そっか! まだ名前教えてなかったし、こんな格好でいきなり出てきたから、驚かせちゃったよね。ごめんごめん」
 しかし、セキナが答えきる前に自答した。間違ってはいない。
「あたしはジュネ。さっき、ここにメレシーが飛んできたと思うんだけど……って、ゑぇぇぇぇぇっ!?」
 ジュネと名乗った女性は、自己紹介中に奇声を上げた。結局、怪しさ数割増しだ。
 無理もない。
「なんで粉々になってるのメレ爺!?」
 文字通り「玉砕」したメレ爺と、
「そりゃあ、このメレ爺、姫のためなら粉骨砕身――」
「いや、文字通りすぎて心配になってくるから……って、『姫』ぇっ!?」
 幻のポケモン・ディアンシーがそこにいたのだから。
「ちょっと! その『姫』って言うの、いい加減にやめなさいよ!!」
 ディアンシーは、調子が狂ったままメレ爺に抗弁するが、
「え!? 『姫』ってことは……メレ爺って、ディアンシーの羊!?」
 セキナが割り込んだせいで、収拾がつかなくなってしまった。
「あー、もう、セキナまで……! たぶんそれ、『執事』の間違いだし、そもそも、こんな奴、私の執事じゃない!!」
 さらに、ディアンシーが怒声を上げた瞬間、バリン! という音がした。
「ぎゃー! メレ爺の体がちょっと砕けた!?」
 ジュネに至っては、もう思考が追いつかない。
「知っているでありますか……? ダイヤモンドは世界でいちばん硬いけれど、石目を叩くと粉々になってしまうのでありますよ……」
 メレ爺は、遺言のように語る。体も、ピクピクと痙攣していた。
「メレ爺はダイヤモンドじゃないでしょ! ていうか、どうしてひとりでに砕けるのよ!?」
 ディアンシーが、心底呆れたようにツッコむ。
「いや、その……今さっき、心の石目を叩かれたもので……」
「その程度でメンタル粉砕される!? というか、メンタルが粉砕されたからって、体まで粉砕されちゃうの!?」
 ディアンシーの叱咤は、セキナに叱咤する時とは比べ物にならないほど、苛烈だった。


 シャルを除いた2人と1匹の女性と1匹の男性との騒ぎが落ち着いて、ようやく話をまとめることができた。
 このジュネという女性は、セキナ達が今いる洞窟を抜けた先にある村の住民で、メレ爺のトレーナーであるようだ。

 つまり、出口への行き方を知っている。

 セキナの目が輝いた。
「お願いです! 私を出口に連れてってください!!」
 確実にゴールへ近づいているはずなのに、台詞は振り出しに戻っている。
「お安い御用よ! それで、隣の子。君はどうする?」
 セキナの急な頼みを、ジュネは快諾してくれた。シャルにも声をかけたが、
「いいえ、私は反対側に向かってるので……」
 そろそろ、お別れの時間がやってきたようだ。
「そっか……って、わざわざ反対側の出口まで送ってくれたの!?」
 セキナは、想像以上の親切心に、ただひたすら「ありがとう」の一言を繰り返す。
「『わざわざ』って言っても……ここ、入ってすぐ右折すれば、あとは道なりに進むだけで反対側に行けるんだけどね」
「……へ?」
 そして、想像以上に簡単だったという事実に、思わず拍子抜けた声を出してしまった。
「そうそう。本当は、ちょっとしたトンネルになるはずだったんだけど、元々ここに住んでたディグダが奥へ奥へと掘り進めちゃったみたいでね……今じゃ立派な洞窟よ」
 そこへ、ジュネが更なる真実を告げる。
「マジかぁ……」と、セキナは大きな溜息を吐いた。が、
「でも、シャルちゃんに会えたから、ま、いっか!」
 すぐに切り替え、にっと笑う。ディアンシーのツッコミ通り、相変わらず切り替えが速い。
 シャルも、言葉は口にしなかったが、くすっと優しい微笑を返した。
 そして、最後に……
「最後に悪いんだけど……ここの瓦礫、壊してくれない?」
「よっし、任せて!」
 セキナは、笑顔をより輝かせ、グーサイン。

「だぁーっ!!」

 暗い洞窟に、明るい気声が響き渡った。


「さて、それじゃあ、あたし達も行きましょうか」
 シャルが見えなくなるまで見送ったセキナに、ジュネが声をかけた。
「はいっ! 案内よろしくお願いします!」
 セキナは答え、早速"岩砕き"しようとする。しかし、ジュネはセキナの手首にそっと手を置いて、それを制した。
「駄目よ、無理しちゃ。手が赤くなってる」
 ジュネの言う通りだった。身体能力が高いセキナだが、さすがに皮膚まで強くはない。
「あっ……! でも、これをどうにかしないと出られないんじゃ……?」
 戸惑うセキナだが、その様子を見てジュネは微笑んだ。
「大丈夫。ここはあたしに任せて!」言って、手に取ったのはモンスターボール。「お願い、ムーランド!」
 ジュネが繰り出したのは、顔から大きく伸びた髭がマントのように体を覆う、大型犬のような姿のポケモン。

『No.508 寛大ポケモン ムーランド
 吹雪に閉ざされた山に入り、遭難した人を助ける。長い毛が寒さを防ぐ』

 そんなムーランドは、ボールから出てきて早々、ジュネにじゃれつきにいった。身長約1.2m、体重約61kgのそこそこ巨体に飛びかかられたジュネは「ちょっと、重いってばぁ!」と言いつつも、笑って受け入れる。ムーランドは尻尾をふりふりしながら、主人の顔を舐めていて、かなりご機嫌だ。
 セキナも、見ていて微笑ましい。同時に、あれくらいポケモンから信頼されたいと憧れる。
「すごくなつかれてるんですね」
「うん、それなりにね。……まあ、あたしが知っている人には、もっとすごいのがいるんだけどね」
(いや、これよりすごいって、どういう愛情表現!?)
 それ以上と聞くと、少し引いてしまうけれど。
 ジュネは、じゃれてくるムーランドを「どうどう」と宥めて、セキナに向き直った。
「この子に乗っていきなよ。君、体軽そうだから……おっと、そういえば、名前聞いてなかったね。名前、なんて言うの?」
「セキナです! えっと、その……本当にありがとうございます!!」
「『ありがとう』はこっちの台詞。あたし達の村、滅多に人が来ないから、むしろ大歓迎よ!
 ところで――」
 不意に、ジュネが囁くようにして尋ねる。
「もしかして、トレーナーズスクールでディアンシー使ってた子って、君?」
 セキナは戦慄した。
(え……なんでジュネさん、そのこと知ってるの……!?)
 しかし、彼女は覚えていない。トレーナーズスクールでディアンシーが独断で戦闘に出た時、生徒のひとりが不用意にこのことをSNSにアップし、世界に拡散させてしまったということを。
 そのせいで、ムーランドの背に乗ることを一瞬躊躇ってしまう。が、
(あんなにポケモンになつかれてるんだもん。……きっと、悪い人じゃないよね!)
 と、自らに言い聞かせた。
 速まる鼓動を忍ばせ、セキナはムーランドの背中にまたがった。
 彼女の脳内であらぬ疑いをかけられていることなど知る由もないジュネは、セキナの前にまたがる。
「どうしたの、セキナちゃん? なんか力んでいるみたいだけど……」
 と、問うが、本当にセキナが力む理由に心当たりがないようだ。それもそのはず、彼女を怪しむということは、完全にセキナの杞憂でしかないのだから。
 セキナは、返答に困って、さらに力んでしまう。
「……もしかして、ポケモンに乗るの初めて?」
 と、言われて、はたと思い出した。たしかに、セキナは、今までポケモンに乗ったことがない。「あっ、はい」と、普段よりも張りがない声で肯定しておく。
「大丈夫よ! あたしのムーランド、すごく足腰強いから、全然揺れないよ」
 しかし、かえって肩の力を抜くことができた。確証など最初からない不安よりも、「初めて」に対するわくわくの方が勝るものだ。少なくとも、セキナという猪突猛進な人間にとっては。
「でも、大丈夫です! 早く行きましょう、ジュネさん!!」
 答えるセキナの表情には、好奇心と冒険心に溢れていた。
 それを見て、ジュネも安心する。
「OK! それじゃあ、いくわよ――あたし達の村・ヒタキ村へ!!」
 彼女の掛け声で、吹雪に閉ざされた山もものともしない健脚が走り出す。
 目指すは、外界の光が差す、決して遠くはない出口。そして、そこを抜けた先にある、ヒタキ村へと――

■筆者メッセージ
 あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします(遅い  そして、俺達は生きている!(ジュプトルの兄貴と彼のファンに謝れ

 そういうわけで、タチバナ スズカさんから、シャルことシャルロットをお借りしました。ありがとうございます!
 ……共闘させたくなって、やられたら即死級の鬼畜イベントしか思いつきませんでした←
つるみ ( 2017/05/04(木) 11:41 )