第2章
第16話 昨日の友も、今日は敵
 焼け焦げた路地裏でセキナとミスズを叱ったのは――またお前か、というべきか――彼女らの恩師・ミナヅキだった。
「お久しぶりです!」ミスズは、恩師との再会に、喜色満面だ。「私、ついに旅に出られました!」
「ああ、確かミスズちゃんは、ポケモンと一緒に旅したかったのよね」
 ミスズは、良家出身のお嬢様だ。悪く言えば、いわゆる「箱入り娘」である。それ故、何かと束縛が多く、教えられることでしか知ることができない「箱庭の外の世界」を自分の足で歩き、体験してみたいと切望していた。
 そんな時、彼女は「ポケモントレーナー」という生き方に憧れを抱くようになった。
 ミスズの父は、捨てられたポケモンを見つけては拾ってきて、有り余っている財力を生かし、受け取り手が見つかるまで保護していた。ミスズはそれを手伝ったり、受け取り手としてやって来たトレーナーの体験談を聞いたりして、いつしか「ポケモントレーナーになって、ポケモンと外の世界を旅する」という目標を見出だしたのだ。
 幸い、そういう父の性格のおかげで、トレーナーズスクールへの入学は許してもらえた。
「だから、やるからには全力でやろうって決めていたんです」
 回想するミスズの表情は、どこか感慨深げだ。
「うーん……それはわかるんだけどねぇ」しかし、ミナヅキはなぜか微苦笑している。「その格好で旅は、ちょっとどうかと思うのよ」
 その「ちょっとどうか」と思われるほどのミスズの服装だが……

 まず、白の半袖シャツの上に、薄桃色のベスト。ボトムスは、ダークグレーの千鳥格子模様のスカート。足元に至っては、白いハイソックスに、まさかの黒ローファーだ。しかも、赤いモッズキャップまでかぶっている。

 どう見ても制服です。本当にありがとうございました。

「あ、その……できるだけ動きやすい服を選んだつもりなんですけど」
 お嬢様のワードローブは、一体どうなっているのだろう?
「悪いけど、制服とそう変わらないというか、まだ制服の方が動きやすかったと思う」
 確かにそうだが、セキナが言えたクチではない。彼女も、ミスズとは別のベクトルで旅の装いを間違っているのだから。
「あ、でも、このスカート、サスペンダー付いているよ!」
「ミスズちゃん、それ以前の問題よ!
 まあ、私も卒業後のことまであれこれ言うつもりはないけど。ほら……ここは、他の地方よりも危険なんだから」
 ホウライ地方は、まだポケモンが発見されてからあまり経っていない。だから、人間のポケモンに対する理解も決して深いとは言えない。つまり、ポケモンマフィアや、他の地方で名を上げていたプラズマ団やフレア団のような、ポケモンを利用して悪事を働こうとする組織にとっては、とんでもない穴場スポットでもあるのだ。
「それで……油断していたらこの有り様?」
「いや、そのぉ……これは正当防衛と言いますか何と言いますか」
 唐突に本題に戻され、この瞬間、セキナは究極の選択に迫られた。
 ミナヅキにディアンシーのことを話すか否か?
「先生、違うんです! セキナちゃんは私を助けてくれただけで……責任は全部私にあります!」
 しかし、必死に弁護してくれているミスズを見ていると、それが真実であろうがなかろうが、本当のことを隠すことに罪悪感がするのであった。
 セキナは、言うまでもなく感情で突っ走る性なので……
「先生、実はこれ、結構込み入った事情があって……」


「な〜んだ。そういうことなら、この前にでも言ってくれればよかったのに〜!」
 数分後。
 校舎の教材室に移動して、ディアンシーについて密談した結果、すべてを話し終える前にミナヅキは納得してくれた。
「え、その……信じてくれるんですか?」
 あまりの速度に、セキナも少し戸惑い気味だ。
「もちろん! 教師たるもの、生徒のことは信じてやらないとね。
 それに……教え子が困っていたら、手助けしてやるのが先生よ? 独りで抱え込んでいたのなら、尚更のこと」
 100点満点とかいう次元を軽く超えた、模範解答である。
「先生……!」
 セキナも感極まって、
「これで、貸しができたわねっ♪」
 2秒で後悔した。
 ミナヅキは、セキナに微笑み――というか、ニヤニヤしている。
 デジャヴは、あれで終わりではなかったのだ。
 しかし、気づいた時にはもう遅い。
 陰謀の臭いがプンプンしていた。


 放課後の校庭。
 セキナとミスズは、バトルフィールドで向き合っていた。
「セキナちゃん……。ミナヅキ先生は、私たちを戦わせて、後輩たちに見せたいのかな?」
 ミスズは訳もわからないまま連れて来られたのに、見事な推理である。
 放課後だったら、ほとんどの生徒が見に来ることができる。だから、この前セキナが「陰謀」に巻き込まれてここでバトルした時よりも、観客は段違いに多かった。
「たぶん、そうだと思う」セキナは、ミナヅキの計らい(計略)に若干呆れるも「でも、ミスズとはまたバトルしたかったんだ。ほら、いつもチーム組んでたけど、対戦相手として戦うのは久しぶりでしょ?」
 その実、喜びの方が大きかった。「母校」という思い出の場所で、親友とぶつかり合えるのだから。
「うん! 私もそう思ってた」
 それは、ミスズも同じ。
 昨日の友も、今日限りは敵。無垢な戦意を燃やして、少女たちは真向かう。
「よーし、頑張るぞ……って、審判いなくない?」
「あ、本当だ」
 熱くなりすぎていて、肝心なことを忘れていたが。
 と、そこへ、
「僕にやらせてください!」
 セキナには聞き覚えのある声がした。
 声の主は、つい最近戦った、優しそうな男の娘。
「ミナト君?」
 そう。この前セキナが「陰謀」に巻き込まれた時に戦った後輩・ミナトだ。しかし、以前とは何かが違う。弱々しい印象が緩和され、そこはかとなくしっかりとしてきた――少なくとも、セキナの目にはそう映った。
「先輩方のバトル、参考にしたいので。だって、審判するだけで、こんな特等席が取れるんですよ!」
 それもそのはず、彼の瞳には、前にはなかった輝きがあった。
「……あ、僕、何か熱くなっちゃって……すみません。それじゃあ、バトル始めましょうか」
 胸に芽生え始めた情熱とまだ上手く扱えていない、あどけなく一生懸命な後輩の姿、その微笑ましさに、少しクールダウンして、
「それじゃあいくよ、モココ!」
「チョロネコ、お願い!」
 お互い、最初のポケモンを繰り出す。
 セキナは、お馴染みのモココを。ミスズは……

『No.509 性悪ポケモン チョロネコ
 かわいらしい仕草で油断させて、そのすきに持ち物を奪う。怒るとツメを立てて反撃』

 種族名の通り、2本足で立つ猫のポケモン・チョロネコだ。
(ミスズが悪タイプ、しかも「性悪ポケモン」なんて……なんか意外)
 セキナに一瞬だけ雑念が入りかけて、ちょうどその時、
「先攻はもらうよ! チョロネコ、"砂かけ"!」
 バトルが始まった。
 チョロネコは、猫らしい、素早くしなやかな身のこなしで、モココの目に砂をかけてくる。目眩ましだ。
「やっぱり速い……! でも、これはどう? モココ、"電磁波"!」
 しかし、セキナのモココは"電磁波"に特性『静電気』と、麻痺状態にする手段を多くもっている。「いくら素早くても、麻痺させれば鈍らせられるはず」という、彼女にしては頭を使った算段だったのだが……
「え、効いてない……!?」
 チョロネコは全く痺れていなかった。確かに技は当たっていたはずなのに……
「私のチョロネコの特性は『柔軟』だもの。麻痺状態にはならないよ!」
 ミスズが対戦相手の立場から教えてくれた。
(……ということは、そこまでちゃんと考えてチョロネコを!?)
 セキナは、この時「格の違い」というようなものを見せつけられた気がした。
「じゃあ、ガンガン攻めていくっきゃない! モココ、"電気ショック"!!」
 劣等生なりに試行錯誤して、セキナは攻めに転じる。
「それなら……"猫の手"!」
 "電気ショック"を迎え撃ったのは……
「"怪しい光"……! なんで!?」
「"猫の手"でヒトモシの技を使ったの。今回は、ちょっと運が悪かったけどね……」
 ミスズの言う通り、チョロネコは味方の技をランダムに使う"猫の手"で、ヒトモシが覚えている"怪しい光"を繰り出したのだ。
 しかし、本当は特殊技で相殺するつもりだったらしい。"怪しい光"は威力をもたない変化技なので、"電気ショック"は防げず、チョロネコにヒットしていた。
 そして、"怪しい光"もモココに。
「げげーっ!? ただでさえ不利なのに混乱させられた!?」
 混乱状態では、訳もわからず自傷してしまうことがある。相手を麻痺状態にできず、こちらは混乱状態。セキナの圧倒的不利だ。
「友達相手でも全力で戦うのが礼儀でしょう? だから、もっとペース上げていくよ!
 チョロネコ、"砂かけ"で砂を撒き上げて!」
 再び"砂かけ"。しかし、今度は少し違う。砂煙が立ち上り、ただでさえ朧げなモココの視界を包み込む。セキナにも、モココの姿が見えなくなってしまった。
「"乱れ引っ掻き"!」
 その砂煙の中に、チョロネコが飛び込んできた。混乱しているモココに爪を立てて、1回、2回、3回……と連続で引っ掻いて、すぐに離脱。
 セキナは、煙の外へ突き飛ばされたモココを見て、初めて中での出来事を把握した。
(こっちの視界まで奪ってくるなんて……やっぱり、ミスズは強い!)
 などと呑気に考えている場合ではないのはわかっている。
 だが、モココは混乱していて、複雑な指示は理解できない。命令1つ理解するのが精一杯だ。
「こうなったら、当たって砕けろだ! モココ、もう1度"電気ショック"……あーっ、自分攻撃しちゃったぁ!!」
 こんな感じで。
 これまでに、モココは1回しかまともに攻撃できていない。そこへ、追い打ちをかけるように、
「チョロネコ、"追い打ち"!」
 ……追い打ちをかけるように"追い打ち"。洒落ではないし、セキナたちからすれば洒落にならない。
 しかし、その衝撃で、モココの目がぱっちりと開く。混乱が解けたようだ。
「よし、まだいける! モココ、もう1度"電気ショック"!!」
 セキナとモココは、これまでの鬱憤を晴らすように攻めにいく。
「なら、こっちだって……もう1回"砂かけ"!」
 チョロネコは、再び砂を撒き上げた。砂煙が、またモココの視界を奪う。
 が、
「何度も同じ手に嵌まってたまるもんか! モココ、全力で走って脱出するよ!!」
 そこは問題児。セオリーを知らないおかげで、機転が利く。
 それはポケモンも似てきたらしい。
 モココの猛進はだんだんと速度を増していき、ついには砂煙をも払ってしまった。
「今のは……"突進"?」
「え、そんなの覚えてたっけ?」ミスズに訊かれ、セキナが図鑑で確認すると「本当だ、覚えてる。やったね、モココ!」
 砂煙を振り切ったモココは、セキナの声でブレーキをかけて、彼女に笑いかけた。
「それじゃあ、早速。"突進"!」
 そして、チョロネコがいる後方にターンし、狙いを定めてダッシュ。
「チョロネコ……っ!?」
 ミスズが回避させようとした時には、もう既に時は遅し。無防備なチョロネコに、モココが激突してきた。急所に当たったようで、少し押し飛ばされてしまっている。
「大丈夫?」
 ミスズの気遣いに、チョロネコは少し重く頷いた。相当なダメージだったようだ。
 モココはセキナの下に帰ろうとした。と、その瞬間、ふらりと倒れてしまう。
「えっ……? あ、失礼しました! モココ、戦闘不能」
 "突進"は強力だが、反動で自身もダメージを食らってしまうのだ。ついこの前まで成績最下位だったミナトもそのことを忘れかけていたようで、ジャッジがぎこちなかった。
「すみません、先輩。まだ、ちょっと自信なくて……」
「大丈夫だよ。最初はみんなそうだもの。少しずつ慣れていけばいいのよ」
「そうそう、ミスズの言う通り。だから、ほら、リラックスリラックス!」
 まだ余分な卑屈さが残る後輩に、先輩2人は緊張をほぐしてやる。
「モココ、お疲れ様。最後の踏ん張り、すごかったよ」
 セキナは、瀕死のモココをボールに戻して、ミスズの方を見た。
(強いな、ミスズは)
 頼れるベストパートナーも、いざ相手にすると強敵だ。先程から、実力の差を痛感させられてばかりである。
(でも、ミスズは全力で戦ってくれているんだ。それなら、私たちも全力で返して、打ち勝ってみせる……!)
 だからこそ、燃えてくるというものだ。
 その一方で、ミスズもまた、
(『脱出するよ』かぁ……。そういうところ、やっぱりセキナちゃんには敵わないな)
 親友の才能に感嘆していた。
「1匹倒したからって、油断なんかしてられない。気を引き締めていくよ、チョロネコ」
 チョロネコに言い聞かせて、ミスズ自身も気を引き締める。いい意味で「何しでかすかわからない」セキナが相手なのだから、尚更だ。
「次はヌメラ、出番だよっ!」
 そのセキナの2番手はヌメラ。
「あっ、あの時の……!?」ミナトは、この前戦った相手に、審判席から声をかける。「あの時は、どうもありがとう」
 自分も知らなかった情熱に火を点けてくれて――しかし、ヌメラはぼんやりとした表情を崩さない。
(あはは、僕のヤドンみたい。でも、きっと伝わってるよね?)
 反応がないことに、ミナトはむしろ微笑ましさを覚えた。
 かつて「弱い自分」に打ち勝つきっかけを与えてくれたポケモンが、今回はどんな活躍を見せてくれるのだろう? 彼は楽しみで仕方がない。
 そんな期待に応えるかのように、セキナの声がした。
「それじゃあ早速、新技撃っちゃうよ! "竜の息吹"!!」
 ヌメラの口から、神々しい「気」のようなものを含んだ息が吐かれる。
 "竜の息吹"。ヌメラが初めて覚えたドラゴンタイプの技だ。"泡"や"吸いとる"よりも威力が高く、ヌメラのタイプとも一致しているため、覚えたてでありながら主力として重宝している。
 チョロネコに命中したそれは、セキナの期待通りそこそこ大きなダメージを与えた。ダメージが蓄積してきて、体勢を立て直すのが徐々に苦しくなってきている様子が見てとれる。
(次にあれを食らったら倒されちゃう。だけど……今度は私たちが踏ん張る番よ!)
 ミスズは、チョロネコに目配せする。「まだやれるよね?」
 その問いかけには、イエスが返ってきた。
「それじゃあ、トップスピード出していこう! "追い打ち"!!」
 指示に合わせて、チョロネコはすばしっこくヌメラに接近。翻弄しつつ、ヌメラに突進していく……その時!

 ぬめり。

 セキナのヌメラ、その代名詞と言ってもよい特性『ぬめぬめ』が、チョロネコの離脱を阻んだ。
「かかったね!? 私のヌメラの特性『ぬめぬめ』だよっ!」
 セキナもようやく『ぬめぬめ』を作戦に組み込めるようになってきたようだ。
 チョロネコは、粘液に足を取られて身動きがとれない。
「さあて、チョロネコだけにチョロチョロ動けないうちに決めるよ! ヌメラ、"吸いとる"!!」
 その至近距離、ヌメラが大口を開け息を吸った。吸気はやがてエネルギーをもったブレスとなり、チョロネコのHPを吸いとっていく。
 動けない隙に、文字通りHPを吸い尽くされたチョロネコは、その場でコテンと倒れた。
「チョロネコ、戦闘不能」
 今度はつっかえることなく、ミナトがジャッジを告げる。
「ありがとう、チョロネコ。よく頑張ったわね」
 ミスズは労いの言葉をかけ、チョロネコをボールに戻した。
 これで1対1。ヌメラは前の"吸いとる"で全快したので、ほぼ完全に同点だ。
「すごいね、セキナちゃん。チョロネコの素早さを逆手にとるなんて」
「さ、『逆手にとる』!? なんか、そういう難しい言葉使われると、すごいことしたような感じがするような……」
「『感じ』じゃなくて、本当にすごいよ! やっぱり、こういう型破りなところ、私には絶対真似できないなぁ」
 ミスズの賞賛にも、セキナはあまり動じない。このくらいのこと、彼女らにとっては造作もない些事なのだろう。
(一筋縄ではいかないってことだよね。私も、もっとしっかりしなきゃ)
 ミスズもまた、トレーナーとしての「格の違い」を見せつけられたような気がして、それから自分を奮い立たせる。そして、
「出番よ、ヒトモシ!」
 2番手のヒトモシを繰り出した。
 「ヌメラとはいまいち相性は良くないけど……それでも、勝ってみせる! いくよ、"はじける炎"!!」
 ヒトモシは、頭の灯か火の玉を放つ。
「"泡"で迎え撃って!」
 それは、ヌメラの"泡"に相殺され、爆発した。灰色の煙が、両者の視界を奪う。そんな中で先に仕掛けたのは……
「ヒトモシ、落ち着いて。今のうちに"スモッグ"よ」
 有毒の煙霧が、煙の中に溶け込む。セキナには見えないところで、ヌメラは"スモッグ"を吸ってしまっていた。
 ようやく煙が晴れた時、ヌメラはあまりダメージを負ってはいなかったものの、明らかな容態の変化があった。顔が青ざめていて、少し息苦しそうだ。
「毒……!?」
 セキナは、弱い頭で授業の内容を思い返す。
(たしか、時間が経つとどんどんダメージが溜まっていく状態異常だったっけ……)
 このままでは、ヌメラが倒されるのも時間の問題だ。
「じゃあ、ダメージが溜まる前に速攻かければいい! ヌメラ、もう1度"泡"!!」
 ヌメラは再び、ヒトモシに効果抜群の"泡"を繰り出した。が、
(セキナちゃん、焦ってるんだよね? さっきよりも粗くなってる)
 セキナもヌメラも、毒を浴びてしまったことで気が急いている――そこに隙がある。
「ヒトモシ、かわして"ナイトヘッド"!」
 だから、あまり素早くないヒトモシも、間を縫ってかわしつつ、ヌメラに接近することができた。そこから、反撃に転じる。
 "ナイトヘッド"は、使ったポケモンのレベルと同じ値のダメージを与える技。まだレベルが低くHPも育っていないヌメラには、かなり痛い一撃だ。
「っ……"守る"!」
 間一髪、ヌメラは攻撃から身を守った。しかし、守ってばかりでは埒が明かない。それに、"守る"は連続で使うと失敗しやすくなる。
(そうだ、回復!)
 セキナというポケモントレーナーは、お世辞にも守りを重視するとは言えないから、そういう袋小路には陥らなかったようだが。
 相性が悪くても、少しでも回復できるのなら――
「今度はこっちからいくよ! "吸いとる"!!」
 ヌメラが大口を開けて、大きく息を吸い始めた……その時、
「それを待っていたよ、セキナちゃん」
 ミスズは、ちょっとだけ悪戯っぽい微笑をたたえて、
「ヒトモシ……"スモッグ"!」
 勝利への王手をかけた。
 ヒトモシが放った有毒の煙を、ヌメラはもろに吸ってしまう。目が「*」になりながらむせて、そのままコテンと頭から倒れてしまった。
「ヌメラ、戦闘不能」
 3匹目の戦闘不能となると慣れてきたようで、ミナトのジャッジも前と比べてはっきりしている。
 しかし、それは同時に、
「あれ? ……ということは、ミスズ先輩の勝ち……? あっ、すみません」
 セキナの敗北も告げていた、はずだった。
「よって、勝者――」
 勝敗が確定する、まさにその瞬間!

「ちょっと待ちなさい!」

 最悪な救世主が現れた。
 確固たる意志のようなものを感じさせる、凛とした声。綺麗に輝くその姿は、おおよそ「最悪」という言葉とは程遠いだろう。
 しかし、もう少しTPOを考慮してほしい――セキナは心から溜息を吐く。
「ディアンシー……」
 それが、最悪な救世主の名前だった。
 追われているはずの姫様が、公衆の面前で颯爽と登場だ。
 観戦していた生徒達は、好奇でざわついている。ミナヅキが「あちゃー……」と言った感じに頭を抱えているのが見えた。
「えっと……まだ終わりじゃない、んですか?」
 まだ経験の浅い審判は、試合終了間際の飛び入り参加にペースを乱され、
「セキナちゃん、どういうこと?」
 それは対戦相手も同様……いや、尚更だった。
 しかし、世間知らずな姫様はそんなこと気にしない。
「不戦敗なんて、私のプライドが譲らないんだから!」
 どころか、その身を狙われている姫であることも忘れて楽しむ気満々である。今の彼女は、さながらやんちゃでおてんばな娘っ子の端くれだ。
「ちょっと待って落ち着いて! ここ学校!! 人がいっぱいいるの、わかる!?」
 その姫を守る側からすれば、たまったもんじゃない。「噂を知る者が増えれば、バレる確率も2倍に膨れ上がる」といった感じの考えに基づいて、必死で存在を隠匿していたというのに……。
 だが、
「じゃあ、セキナは全力出しきれずに負けて悔しくないの!?」
 ディアンシーの感情論は、
「友達が全力出してくれているのよ? それに全力で応えないで、何が『ベストパートナー』よ!?」
 いつも、反論を完封されるような熱が籠っていた。
 語気を維持したまま、
「審判!」
 今度は、審判に問う。
「え、あ、はいっ!?」
 未知のポケモンが、華麗な姿とは裏腹な気迫で話しかけてくるものだから、ミナトが戸惑うのも仕方がない。
「あんた、使用ポケモンの数は言わなかったわよね。つまり、これは総力戦ってことでいいんでしょ?」
「総力戦……? フルバトルのことでいい、のかな……?」
 バトルが「試合」ではなく「戦い」である野生のポケモンにとっては、手持ちのポケモンをすべて出しきって戦うフルバトルは「総力戦」と映っているらしい。ミナトでなくとも、このような異文化の言葉を出されたら、自分の知識に自信がなくなってしまうだろう。
「ああ、じゃあ、たぶんそれよ」
 逆に、ディアンシーは「フルバトル」という言葉に疑問をもたなかったようだが。
「そうですね。使用ポケモンの数を言わなかったのは、僕の不手際ですから」
 「もっと勉強しないと」ミナトは自嘲の苦笑を浮かべる。
(いや、ミナト君! そこは、もうちょっと強気になってもいいんだよ!?)
 そういうわけで、セキナの心の叫びも虚しく、
「それじゃあ、私が出ても異存はないわね」
 ディアンシーは、ついに堂々とバトルフィールドに出てきてしまった。
「なら、セキナの3体目は私よ、お嬢さん!!」
 それにしても今日の彼女、ノリノリである。
(いや、異存大アリだし、ディアンンシーも「お嬢さん」だよね!?)
 当のトレーナーはうろたえまくりだが。
「その、ミスズ……なんか、ごめん」
 とりあえず、反則ギリギリな暴挙を、ポケモンに代わって謝っておく。
「ううん、気にしないで。むしろ、3体目も大歓迎だよ」しかし、ミスズの返事は快い。「だって、セキナちゃんと戦うの、すごく楽しいんだもん!」
 どころか、直球で戦闘続行を望まれた。
「これは、戦わないわけにはいかないわね?」
 デイアンシーが下心丸見えなウィンクをしてくる。
 ここまでくると、良くも悪くも退く気が起きなかった。
「わかった。それじゃあ……いくよ、ミスズ!」
 ――だから、もうひた隠しにするのはやめよう。
「ディアンシー、"撃ち落とす"!」
 成り行きで箍が外れたこの時、セキナは初めて本物の「全力」をぶつけていた。
(そういや、ディアンシーに指示を出すのは初めてだな)
 上手く扱えるだろうか、今の自分はディアンシーに指示を出せる程度には成長できているだろうか……あらゆる感情がない交ぜになって込み上げてくる。
 ディアンシーが撃ったダイヤモンドの弾丸は、風を切って進み、ヒトモシを真正面から撃ち抜いた。
(ダイヤモンド!? ……ということは、このポケモンは岩タイプかな?)
 率直に言ってしまえば、この勝負、明らかにミスズが不利だ。何しろ、世間を知らないからこそ旅に出たミスズが、ディアンシーなんて幻のポケモンを知ってるはずがないのだから。
 逆に、セキナはヒトモシのことを知っている。ここを訪れる直前に共闘したばかりだ。いくら彼女がアホだからといって、こちらの手の内は知られていると考える方が妥当だろう。
 つまるところ、両者の情報量に差がありすぎた。
 "撃ち落とす"はヒトモシに効果抜群だ。もう、息も絶え絶えになってしまっている。
 それでも、ミスズは理不尽だと思わなかった。敗北感もしなかった。
「ヒトモシ、言ったからには私達も最後まで全力だよ!」
 ヒトモシも頷いてくれている。彼女(ミスズのヒトモシは♀である)も同じ気持ちのようだ。
「最大火力の"はじける炎"!!」
 だから、最後まで炎も闘志も燃えていた。
 しかし、ここで情報量の違いがものを言う。
 ヒトモシは、頭部の紫の灯を燃やしている。そして、ミスズが言う「最大火力」を出すには、ある程度「溜め」の時間が必要であるということを、セキナは直前のバトルで知っていた。
 それだけ知っていれば、機転を利かせるには充分だ。
「それなら……"岩落とし"!」
 溜めている間の大きな隙を活かして、頭の炎に岩をブチ込む。やはり、岩タイプの技なので効果は抜群だ。
 炎を燃やすのに集中していたヒトモシは、直下する岩をかわせなかった。いくら火力があったって、気体の炎は岩を迎え撃つことができない。
 岩が地面に落ち、砂煙が立つ。
 ……砂煙が晴れた時、岩の下敷きになっていたヒトモシの灯りは消えていて、線香のようなか細い煙だけを上げていた。
「ヒトモシ、戦闘不能。えっと、じゃあ、今度こそ……? よって、勝者・セキナ……先輩!」
 審判だからといって、先輩を呼び捨てにするのは気が引けたのだろう。ミナトは、セキナの名前を言った後、慌てて「先輩」と付け足していた。
「ミスズに勝てた、の……私が!?」
 セキナは、それをにわかに信じられなかった。今まで、自分にとっては雲の上、とまではいかないものの、ライバルと呼ぶには上手すぎる親友に勝っただなんて――
「私のおかげね」
 その感慨も、すぐにぶち壊されたが。まるで何もなかったかのように呟くディアンシーに、
「いや、だからって、勝てばいいってわけじゃないからねぇっ!!」
 言いたいことはたくさんあるが、とりあえず結論だけでツッコんでおいた。


「へぇ、そんなことが……」
 あの後、校舎の空き部屋で、
 もう隠しようがないと悟ったセキナは、腹を括ってミスズに打ち明けた。
 旅立ちの日、幻のポケモンだと知らずにディアンシーを拾ったこと。
 そのディアンシーがタナトス団――例によって、セキナは名前を間違えて伝えたが――に狙われてる身だということ。
 だというのに、成り行きから、ディアンシーと旅を共にすることになったということ。
 これら事実を聞いて、ミスズはまず、セキナが自分を助けてくれた時の言葉を思い出した。

『大丈夫。アイツらとは、いずれ戦うことになるんだから』

 トレーナーズスクールにいた頃の――よく知る友達のものとは思えなかった、重い声。
(だから、あんなに……)
 あれは、ディアンシーを守り抜くという覚悟の表れだったのだ。
(やっぱりすごいなぁ、セキナちゃんは)
 「ベストパートナー」としてセキナを見てきたミスズは、薄々勘づいていた。セキナは、成績なんかでは計れない何かを、たくさん持っている。例え幻のポケモンに出会えたとしても、大半のトレーナーは認めてもらえないだろう。だが、セキナは旅立つその日にそれをやり遂げてしまっている。
(なのに、私は……)
 下を向くと、ダークグレーの千鳥格子が見えた。
(そう。まだまだ甘えん坊で、世間知らずで……)
 おおよそ旅のトレーナーの服装とは思えないスカートの裾を、すがるようにつまんでみる。それでも、情けなさは募るばかりだ。
「ごめんね。こんな話、いきなりされても困るよね」
 セキナの声で、ミスズははっと我に返った。
「ううん、そんなことないよ! もし、私にできることがあれば……」
 言いかけて、気づく。
(私に、できること……?)
 そんなもの、今の自分にはないということに。
 言うだけならば簡単だ。気休め程度にはなるかもしれない。しかし、事は気休めなどではどうにもならない。それは、ミスズも充分わかっているつもりだ。
「ありがとう、ミスズ。でも、さすがに私も助けられすぎだよ」
 セキナは微苦笑を浮かべる。
(そんなことない……。だって、セキナちゃんは……)
 教室の片隅で独り静かにしていることしかできなかったかつての自分に、優しく声をかけてくれた。今まで誰かに頼りきりで、四面楚歌というものを初めて、そして痛いほど思い知ったミスズにとって、それは決して数で表せない、かけがえのない「助け」だった。
「違うよ、セキナちゃん……っ!」
 それを伝えようとして、経験不足故に貧しい語彙から必死に言葉を捻り出そうとして――
「セキナちゃん、大変なことになってるわ!」
 2人きりの空き部屋のドアが開く音と、闖入者の声に遮られた。
「ミナヅキ先生! 『大変なこと』って……どういうことですか!?」
 セキナの意識は、完全にそちらへと向かっている。
 たしかに、彼女にとっては、その話の方が重要だろう。ミスズは自らに言い聞かせて、言葉を飲み込んだ。
 乱入してきたミナヅキは、苦笑と言うには苦すぎて、当惑と言うには緊張感の足りない表情で、

「ディアンンシーの噂が、世界にかっくさーん! ……なんちて」

 冗談じゃない事態を、冗談のように言ってのけた。
「拡散って……」セキナは、唐突にショッキングなことを冗談として告げられ、感覚が麻痺しかけるところだった。「って、拡散!? え……先生、それ、笑い事じゃないですよね!?」
「うん、わかってる。笑えなさすぎて、笑うしかないわ。……ほら、『笑う門には福来る』って」
「先生、しっかりしてくださいっ! とりあえず、どうしてこうなったんですか!?」
 動揺しきったミナヅキから事態を把握できるだけの情報を聞き出すのは、かなり苦労した。
 どうやら、ディアンシーが出しゃばったバトルを見ていた生徒のひとりが、その写真をSNSにアップしてしまっていたらしい。
「バトルが終わってから厳重注意しようと思っていたら……油断していたわ。ごめんなさい」
 しかし、ミナヅキはここで誰も責めなかった。「生徒の落ち度は私の落ち度」そう言わんばかりに深く頭を下げる。
 敬愛する恩師に頭を下げられるとは思ってもみなかったセキナは、どう返せばよいのかわからなかった。何か言葉をかけようとしても、口から出るのは、言葉になりきらない言葉だけだ。
 頭を上げたミナヅキは、沈んだ表情をしたセキナの小さな肩にぽんと手を置いて、微笑んだ。
「でも『笑う門には福来る』というのは本当よ」説教の嫌味を感じさせずに「セキナちゃんがいつも笑っていてくれたから、ポケモン達もあんなに生き生きとしていた――私はそう思う」
 その言葉に、セキナもミスズも顔を上げた。
 セキナ共闘したポケモンは、勝っても負けても心底楽しそうな笑顔だった。彼女が一部の教師達に評価されていたのは、その事実のおかげだ。
 たしかに、言われてみればそうなのかもしれない。セキナは、突然に与えられた希望で、少しずつ元気を取り戻す。
「だから、ね? そんなしけた顔したら負けよ。どんな時も、笑顔がイチバンだってば! ポケモンも、人間も」
 「ほら、元気出す!」ミナヅキはいつもの調子に戻って、載せた片手でセキナの肩を少し強く叩いた。

『……ね? だから、さあ、元気出すっ! 成績なんて、気にしない気にしない!!』

 怖いほどあの頃と変わらない、その手で。


「ふぇ〜っ!? クレッフィがまた鍵盗んだ〜っ!!」
「今度は自分で取り返してよ、アサ」
「りょ、寮長!? そんな〜、お慈悲をください〜!!」
 そういうわけで、セキナは再び女子寮にいた。聞き覚えのある2人の声も、今は落ち込んだ気分を癒してくれる。
 なお、今回はきちんと睡眠のとれる環境が整っている。というか、宿直ではなく普通の生徒と同じ待遇というだけなのだが。そもそも、卒業生に宿直を押しつけることの方が普通ではないのだが、これもまた、その宿直を押しつけた張本人・ミナヅキの計らいだった。
『今日のところは、トレーナーズスクールが責任をもって保護します』
 彼女らしくない丁寧語がただ事ではないことを物語っていた。
 たしかに、女子寮はトレーナーズスクールの敷地内にある。外部の者はそう簡単に入れないだろう。公共の施設であるポケモンセンターに泊まるよりも遥かに安全だ。
 加えて、ほぼ2年もの間お世話になった場所だというのは、それだけで心が落ち着くものだ。
「セキナ先輩、バトル見ましたよ〜。幻のポケモンと一緒に旅してるなんて、さすがです!」
 何より、ここにいる生徒達には、もうディアンシーのことを隠す必要はない。
「こら、アサ! ……すみません、セキナ先輩。やっぱり、すごく重大なことなんですよね? それなのに、アサったら、他人の事情にずけずけと……」
 ついでに、鍵泥棒騒ぎの最中であるのにもかかわらず、アサやマカテが布団まで来て話しかけてきてくれるのも微笑ましかった。
「ううん、気にしなくていいよ、マッちゃん」
 そんな無邪気に慕ってくれると、セキナもまたいろいろ喋りたくなってくる。心のどこかで、話し相手を求めていたのかもしれない。
 いちばん話し相手になってくれそうな親友は、ここにいないのだから。
(まあ、一緒にいたら、また巻き込んじゃうかもしれないからなぁ……)
 ミスズは、ポケモンセンターに泊まっている。お互い、もっともっと話したかったのだが、事が事だ。排除できる私情は、排除しておかなければならなかった。
 その代わりに、
「そういや、先輩。ミナヅキ先生から聞きましたよ。ウチが見つけたタマゴ、もらってくれたんですよね!?」
 教え子が情報を拡散させてしまったお詫びと、またミスズと会う時の楽しみも兼ねて、ポケモンのタマゴをもらった。後者は、ほぼ同時期に発見されたタマゴからどんなポケモンが生まれ、再会した時にどれほど育ってるかを見合う、ということらしい。
「へえ、あれ、アサちゃんが? 」
「そうなんですよ〜! たまに中庭で見かけるんですよね、ポケモンのタマゴ」
 自分の話に興味をもってもらえたからだろう。アサは喜色満面だ。
「こう見えて、アサってすごいんですよ。育て屋の娘なんですけど、家を手伝ってたみたいで。どのポケモンとどのポケモンが気が合うのか、その時に磨いた勘でわかるとか……。
 おかげで、中庭のポケモンはみんな仲がよくって、タマゴも見つかるから、どんどんにぎやかになっていくんです!」
 マカテにとっても、よく苦労をかけさせられるとはいえ、アサはかわいい後輩らしい。自分のことのように誇らしげだった。
「そんな……照れちゃいますよ〜」
 そう言うアサもまんざらではなさそうだ。目をきゅっと瞑るようにして、くすぐられた子供のように笑う。
「そうなんだ。すごいね、アサちゃん」
「先輩まで……!? そんなことないですってばぁ!」
 セキナにも褒められて、言うことと表情が矛盾してしまっている。まさに「目は口ほどに物を言う」の図だ。
「と〜に〜か〜くっ! そんなことより、ウチ、その、でぃあんしー、だっけ? その子にお礼がしたいです!」照れきったアサは、わかりやすく話題を逸らした。「ほら、あのダイヤモンドの鍵をくれた子なんですよね? あれ、今もクレッフィのお気に入りなんです!」
 その時、セキナの脳に、ディアンシーが「っ!?」と驚いている声が聞こえた。
「わかった。ディアンシー、出てきて!」
(ちょ……まだ心の準備がきゃあっ!?)
 いつもの彼女と比べると冴えない念とともに、モンスターボールから出てくる。
「やっと会えたね! はじめまして、ウチはアサ。この前は、きれいな鍵をありがとう!」
「へ……私、そんな……」
 ディアンシーは、初対面の人間から真っ直ぐな好意を向けられるのに慣れていない。目を合わせるのに抵抗を感じ、少しうつむいてしまう。その頬は、紅くなっていた。
 要するに、今度はディアンシーが照れまくっていた。
「きゃ〜、かわいいっ!」
 しかし、アサはそんなことお構いなし。というより、構うも何も、照れていることに気づいてないようだ。
「こら、そんなにイジったら駄目でしょ! 恥ずかしがってるじゃない」
「え? 恥ずかしがっていたんですか?」
 ほら、この通り。マカテのフォローがなかったら、ディアンシーは耐えきれなかっただろう。
 しばらくの間だんまりを決め込んでいたディアンシーは、皆が忘れた頃にようやく口を開いた。
「そこの寮長」唐突にマカテを名指しして、「あのミナトって奴、あれからすごく成長していたわ。これからも、引っ張っていってやりなさい」
 そして、また人為的に話題が変わった。
 名指しされたマカテは、ビクリと固まること数秒……
「なんで知ってんの!? ……じゃなくて、えーとんーと……消灯っ! ほら、みんな寝るっ!!」
 大いに取り乱し、ふて寝した。


 次の朝。
 寮の生徒がぼちぼち起き始めるか起き始めないかといった早朝に、セキナは母校を後にした。女子寮で最も早起きなマカテに挨拶したら、脱け出すようにすたこらと。
 その隣には、ディアンシーがいた。
 しかし、セキナは気にしない。
 何のツッコミもないことに寂しさを感じたのだろうか?
「あのー……私、出てるけど、いいの?」
 ディアンシーの方から、叱責を求めていた。
 しかし、セキナは叱らない。
「だって、今まで出たがってたじゃん」どころか、笑いかけてきた。「もうバレちゃってるのに、隠れ続けるのもしんどいでしょ?」
 ディアンシーも、つられて静かに微笑み返す。
「……そうね」
 「一応、気遣ってくれていたのね」今まで、頭ごなしに外へ出るのを禁止されているのだと思い込んでいたことに対する自嘲も含めて。
「もっと外のことを知って、強くならなきゃ。私も、守られるだけは嫌だもの」
 そして、自らに言い聞かせる。
「うん、そうだね!」セキナも、さらに破顔して、肯定してくれた。「もっともっと強くなって、タナボタ団なんて撲滅だーっ!!」
「ちょっとちょっと! この前ブカブカローブに教えてもらったばかりでしょ? タ・ナ・ト・ス・団、ね。こんな間抜けな名前だったら、追われている私も馬鹿らしくなっちゃうわ」
 ディアンシーは、ほんのちょっとだけおどけた調子で指摘してみる。
「あれ、そうだったっけ……? あはは、私も、もう少しここをどうにかしないとなー」
 セキナは、頭を指差して言った。
 ――本当、相変わらずアホなんだから。
 やれやれ、とディアンシーは首を横に振った。
 しかし、こんな平和な、平和ボケした穏やかな時間も悪くない。
(そう……「これ」を守るために、セキナはあんなに……)
 セキナのことだから、そこまで深い考えはないのかもしれないけれど。
 それでも、こんな時間の貴さを知って、

 アホで、無鉄砲で、わかりやすくて、
 明るくて、優しくて、頑張り屋で――

 そんなセキナを、また少し、好きになれた。

■筆者メッセージ
 16228文字、だと……!? うん、2ヶ月以上更新まで間が空くわけだ(正当化乙

 ディアンシーの噂が世界にかっくさーん! されたことにより、物語は最初の節目を迎えました。達成感に酔しれているつるみです。
 さて、今後のDGは女だらけでお送り致します。え? 「それと節目は全くの無関係だろうが!」って? ……いやぁ、よく考えたら、しばらく男出てこないし、今回だって男の娘だし……←
つるみ ( 2016/09/19(月) 18:26 )