第15話 2つの灯
セキナは、再びミヤコシティに戻ってきた。
この前は大雨の中駆け込んだのだが、今日は快晴だ。青い空と無彩色のビル群とのコントラストが映えている。
「次のジムは、ここから北に行って、東に行って、また北……」セキナはタブレットでタウンマップを見て、「と、遠い……」盛大な溜息を吐いた。
「こら。溜息なんてしたら幸せが逃げていくわよ」
その隣で、ディアンシーがありがちな迷信で叱咤する。
「だって、すごく遠いんだもん。なんか、途中に砂漠あるし……というか、勝手に出ちゃ駄目でしょ!」
「いいじゃない、砂漠。他では出会えないようなポケモンがいっぱいいそうだし」
「そこ、聞いていないフリしない! ここはツバクロタウンやソビタウンとかと違って、結構な都会なんだよ。即刻ボールに戻ること!」
やはりと言うべきか、今日もディアンシーの好奇心を巡って口論だ。ディアンシーは、新しく「スルーする」という技術を身につけたようで、今まで以上に頑固になってしまっている。
しかし、これでも追われている身。彼女は自由を望んでいるが、そのせいで捕えられてしまっては元も子もない。だから、今は我慢してほしい、というのがセキナの正直な気持ちだった。
「嫌よ! この前来た時も、3日くらいずっとモンスターボールに籠っていたのよ。今度こそ、その『結構な都会』を満喫したいの!」
だが、相変わらず姫様は強情だ。
そんな時、
ゴゴゴゴゴ…… セキナは、かすかな地面の揺れを感じた。
「ゴメン、セキナ。やっぱり、さっきのナシで……」
ディアンシーが急にしおらしくなり、モンスターボールに戻る。岩タイプなので、地面タイプの技には弱いからだ。
つまり、この揺れはポケモンの技によって起こされたものである。
しかし、バトルなら、近くにポケモンセンターがあるのだから、そこですればいい。
ついでに言うと、バトルフィールドは、"地震"や"波乗り"といった広範囲を巻き込む技に対し「ここまでなら巻き込んでいい」という基準を示す役割がある。こうして、技の威力を抑えることで、無関係な被害が出ないようにしているのだ。同時に「広範囲に撃てばいい」という安直な力任せの戦法を使いづらくし、ポケモンバトルにゲーム性を与える――殴り合いだけの「喧嘩」から、ルールの定まった「試合」に昇華させる役割もある。
小難しい話を抜きに、結論だけ言うと、「この大都会で野良バトル=裏がある」ということだ。
ゴゴゴゴゴ…… 再びの震動。
セキナは、嫌な予感がした。
しかし、彼女はそれで逃げるようなか弱い乙女ではない。
(助けにいく……? …………行こう!)
自問自答してすぐに駆け出すような、屈強な女丈夫だ。
ミヤコシティは、彼女の母校がある町だ。広いが、地理はよく知っている。
(この辺りで、野良バトルできそうな場所は……)
トレーナーズスクールから離れた、北の路地裏。
そうと決まれば、猪突猛進だ。
1人の少女が、端を食いしばっていた。
目の前に立ちはだかるのは、巨大な鋼鉄の蛇のようなポケモンと、碧眼のテントウムシのようなポケモン。
少女の下にいるのは、小さなろうそくの形をしたポケモン。
つまり、彼女は2対1の状況に追い込まれているのだった。
「大丈夫、ヒトモシ?」
ろうそくのポケモン・ヒトモシに声をかける。ヒトモシは窮地にあってなお、力強く頷いた。
(じゃあ、私も怖がってなんかいられない……!)
少女も、震えそうな手を落ち着かせ、口を開こうとした……その瞬間!
「"電気ショック"!」セキナとメリープが助太刀に参上した。「誰だかわからないけど、野良バトルなら飛び入りさせてもらうよ!」
格好良く決まった。
「……って、あれれ?」
と思いきや、とあることに気づいて調子が狂う。
「感電、してない……?」
"電気ショック"を当てたはずだった鉄蛇のポケモンが、びくともしていない。
「ハガネールって、鋼タイプだからそういう名前なんでしょ? どうして聞かないの!?」
セキナは慌てて図鑑を見る。
『No.208 鉄蛇ポケモン ハガネール
イワークよりも深い地中に住んでいる。地球の中心に向かって掘り進み、深さ1キロに達することもある』
改めて見直してみると、鉄蛇ポケモン・ハガネールは、図鑑説明文から察せるとおり、地面タイプももっていた。セキナは「鋼タイプだけ」と思っていたのである。
地面タイプに電気は効かない。よって、ハガネールは無傷だった。
「あ、ミスった……」
セキナは、それしか言えなかった。
が、彼女に助けられた少女は、
「セキナちゃん……!? 嘘……また会えて……助けてもらえるなんて……!」
すごく嬉しそうだ。
ウェーブのかかった、ブロンドのロングヘアー。湖面のような青い瞳。西洋風の、均整で優しげな顔立ち。
セキナも少女と同じで、嬉しかった。なぜなら……
「ミスズ……!?」
トレーナーズスクールで偶然同じ仕打ちを受け、リョウゴと共闘したものとは別の戦場を共に生き抜いた友がそこにいたからだ。
『あれ? もしかして、1人?』
『うん……。みんな「ムカつく」んだって。どうしてなのか、よくわからなくて……』
『大丈夫、大丈夫! 私もよく「劣等生のくせに馴れ馴れしくするな」って言われるけど、正直よくわからないし』
『えっと……それは言葉どおりの意味なんじゃないのかな?
でも、どうすればいいんだろう、私たち?』
『うーん……じゃあ、友達になる? 私とミスズで』
『……?』
『あー、やっぱり駄目?』
『ううん、そんなんじゃないよ! 呼び捨てにしてもらったの、初めてだったから……嬉しかったの。
セキナちゃん、だよね? もちろん! 友達に、なろう』
「え……何これ?」
ハガネールの巨体に隠れて見えなかったトレーナーが、怪訝な顔をしていた。
ピンピンハネハネの髪型が特徴的な男だ。鼻の頭にぺたりと貼られた絆創膏がトレードマーク(?)で、ちょっとした荒くれ者といった印象である。
「わからない? これは感動の再会的シチュよ、きっと!」
答えたのは、ハガネールと隣り合う虫ポケモンのトレーナーらしき女だ。レンズが厚くフレームも太い黒縁眼鏡をかけていて、レンズ越しの黒い瞳が、なぜからんらんと輝いている。
「おい、落ち着けウィル」
男はさぞかし嫌そうに言うが、
「こんなに素晴らしい友情を目の前にして、誰が落ち着いていられるものですか! いや、もしかしたら愛情かも……!?」
だが、ウィルと呼ばれた女は、彼の制止を聞かず、熱くなってまくしたてる。
「頼むから、今妄想するのだけはやめれ!」
「失礼ね。妄想じゃないわ。これは立派な創作活動です!
それにしても、いいわね〜。きっときれいな百合のはn」
「
ストップぅ! わかったから、創作はせめてこれが終わってからにしろ!」
絆創膏男は、相当扱いに苦労しているようだ。冷や汗の量から、それがいかほどのものか伺える。
「えー? じゃあ、ビューティホーなリリー……」
「英語にしてボカせばいいってモンじゃねぇ! いいか、お前! はっきり言って、お前はその嗜好のせいで友達少ないんだぞ!!」
文脈から察するに、ウィルは変わった嗜好をもっている――俗的に言うと「腐っている」ようだった。
「ジェイにだけは言われたくなかったわ、この昭和のガキ大将! あなたは空き地のパイプに仁王立ちしていればいいのよ!! というか、今時そんなガキ大将いないし、そんな奴の友達になりたがる奴もいないわ!」
が、そう言うジェイも友達が少ないらしい。
「うるせー、お前が人のこと言うな! 腐女子だって、世間一般の人々に否定的な目で見られているから『腐』なんだろうが!!」
全く説得力がないが、この男女2人組、黒ローブだった。
つまり、タナトス団団員だ。
「……ってか、あの妙に露出が多いちっこいのって……もしかして、シグレが言ってた、姫さんのトレーナー?」
「あ、ほんとだー」
とはいえ、この様である。やる気が感じられない。
「つまりこう言いたいんでしょ? 『いっそここで仕留めちゃう?』」
「今、俺はものすごーく動揺している。ウィル、お前、そんなに察しのいい人間だったか?」
そういうわけでもないようだ。
彼らにとって、割り込んできたセキナはまさに、飛んで火に入る夏の虫。この絶好のチャンスをみすみすと逃すはずがない。
「そこのちっこいの!」
さあ、宣戦布告だ。
「そこのちっこいの!」
その呼び方に、セキナはムカついた。
「あん!? 誰がちっこいって!?」
憤慨しつつ振り返って、初めて気づく。自分を呼んだ輩が黒ローブだということに。
しまったぁ! と、出来心で出しゃばってしまったことを深く後悔した。
けれど、そこに友がいる。
ミスズ−―トレーナーズスクールで唯一の女友達だ。セキナとは真逆で成績優秀、品行方正。おっとりとした性格のお嬢様だ。
教室は、時に冷戦の舞台となる。最悪、戦争が勃発する。そんな空間でもたった1人、支えてくれる友達がいる。それだけで、セキナは幾分か気が楽になった。
それに、ミスズは賢くて、ほんの些細な課題から、卒業がかかった追試に向けての勉強までと、いろいろな場面で助けてもらった。
(だから……今度は私が助ける番だ!)
セキナは左右の頬をぺちぺちと叩き、気合いを入れる。
「言われなくてもわかってる。倒せるモンなら倒してみなっ!」
こうして、売られた喧嘩をいとも簡単に買ってしまったセキナであった。
「!? 駄目だよ! 私、セキナちゃんを巻き込むくらいなら、いっそ1人で……」
しかし、ミスズもまたセキナを大切な友達と思っている。自分のせいで、友達を危険な目に遭わせたくない。悲鳴にも聞こえるような声を上げて引き止めようとした。
(2年も一緒にいればわかるよ……セキナちゃん、私よりもずっと勇敢で無鉄砲なんだもん)
だが、そこに返ってきたのは、
「大丈夫。どうせ、アイツらとはいずれ戦うことになるんだから」
ミスズが知っているセキナの声ではなかった。最後に会ったのはだいたい2ヶ月前だが、その時にはなかった重みがある。
自分が知らない空白の2ヶ月に、一体どんな転機があったのだろうか? ミスズは動揺のあまり、言い返すことすら放棄してしまっていた。
「詳しいことは後で話すけど……でも、絶対に大丈夫。アホな私にもついてきてくれたミスズは、きっとベストパートナーだから!」
セキナは何の恥ずかしげもなく言ってのける。この状況で、破顔しながら。
「ベストパートナー」。その言葉に、ミスズははっとした。唯一の友達がそう思ってくれていた――たったそれだけ。しかし、人一倍経験が足りない彼女の生涯で、これほど喜ばしいことは初めてだった。
(やっぱり、セキナちゃんは昔のままだ)
ミスズは、2年前から変わらないセキナが、かつて何度も心の支えになってくれた彼女の笑顔が好きだ。
――だから、私も暗い顔するのはやめよう。
「そうだよね! 私とセキナちゃん、2人でならきっと……ううん、絶対に倒せる!」
こうして、2ヶ月の空白をものともせずに、再び友情の花が咲く。
そうこうしている間も、
「……今のいただき……! 」
「黙れ変態腐女子。いい加減にしないと、ハガネールの下敷きにするぞ」
特異な嗜好丸出しのウィルのせいで、ジェイの頭痛は熾烈を極めていた。
『No.607 ろうそくポケモン ヒトモシ
ヒトモシの灯す灯りは、
人やポケモンの生命力を吸い取って燃えているのだ』
「出たぁーーーーっ!!」
「セキナちゃん、大丈夫だよ。この子は無闇に吸い取らないから!」
かのブルンゲルを想起させる、いかにもゴーストタイプらしい図鑑説明文に、セキナは10歳の少女らしく絶叫してしまった。
ミスズの手持ちポケモンで、戦える残り1匹はヒトモシ。先述のとおり、ゴーストタイプだ。また「ろうそくポケモン」という分類が示しているように炎タイプも併せ持っている。
「それは、トレーナーズスクールでも一緒だったからよくわかってるんだけど……改めて説明されると、ちょっと怖くって」
ミスズのヒトモシは、きちんと自律できる子だ。それは、セキナもよくわかっている。それどころか、ミスズは入学してから1度もヒトモシを巡ったトラブルを起こしていなかった。
このように、ミスズは成績優秀だが、特に「育成」の分野に強かった。
「……そうだ! この子に生命力を吸わ――」
「待てい!」
「やめて!」
「駄目っ!」
無邪気に恐ろしい提案をしちゃっているセキナに、被害者にされそうなジェイやウィルはもちろん、さすがのミスズもストップをかけた。
「セキナちゃん、HPと生命力は別物なんだよ! HPは、言い換えると『体力』でね……」
ミスズの特別講義が数分。
「いや……戦うなら戦えよ」
「あー、隣の虫ポケモンの説明読み終わってからフルボッコにしてあげるからちょい待ち」
「『ちょい待ち』!? まだちょい待たされるの俺たち!?」
セキナはあくまでマイペース。風景をカメラで撮るような気軽さで、碧眼のテントウムシにタブレットを向ける。
『No.166 五つ星ポケモン レディアン
星が沢山見える空気のきれいな土地には、レディアンが沢山住むという。星明りをエネルギーにしているからだ』
ヒトモシの図鑑説明文とはうって変わって、なかなかロマンチックだ。
「そういや、ツバクロタウンにもいたなぁ、進化前のレディバ」セキナは、まだそう離れていない故郷を思い出す。「窓を全開にしていたら『待ってました!』と言わんばかりに入ってきて、顔に"連続パンチ"食らったうえに、クッサーイ液散らかされて……」
ツバクロタウンは、限界集落というほどではないが、交通の便が悪く、施設があまり充実していないため過疎である。反面、まさに「星が沢山見える空気のきれいな土地」であるため、レディアンやその進化前のレディバも相当数生息していた。
と、そこでとんでもない事実が判明する。
「え……? じゃあ、私が
たまたま2階から傷だらけで落ちてきたのを拾ったこの子は……!?」
ウィルは言葉を濁しているが……セキナにも、それが意味するところは察することができた。密かに拳をぎゅっと握り締める。
「4年ぶりね……!」
因縁の相手が、すぐ目の前にいた。
「私はね、あの時『もっと強くなる』って誓ったんだよ! もうあんたにはやられない!!」
「ちっせぇ! しょうもねぇ! まさか、本当にそれだけで誓っちゃったのかお前!?」
もちろん嘘である。セキナは、怨敵との対峙というシチュエーションの毒気に当てられて、心にもないカミングアウトをしてしまっているだけだ。
「ちっさくもしょうもなくもないっ! そのせいで、ママが夜鍋して編んでくれた手袋が……。だから、その仇を討つの! メリープ、レディアンに"電気ショック"!!」
速攻の"電気ショック"は、レディアンに見事命中。虫タイプと飛行タイプを併せもつレディアンに効果は抜群だ。
だが、レディアンはほとんど傷ついていない。
「セキナちゃん! そのレディアン、"光の壁"に守られてる!!」
ミスズがセキナに教えた"光の壁"とは、自身と味方に来る特殊技のダメージを半分にする技だ。
「えっと……何それ? というか、そのなんかの壁に守られているにしても、堅すぎない!?」
とはいえ、ほとんど無傷というのはさすがに異常なのではないのだろうか? それは、あまり知識がないセキナにもわかった。
技が効果抜群なら、威力は2倍だ。それが半減されても、威力40。通常の威力に戻るだけであるはずだが……このレディアンには、通常のダメージすら届いていないように見える。
「……お前がそも図鑑とやらとにらめっこしているのが長いから、"泥遊び"した」
「うっわ、きたなっ!」
「『ちょい待ち』と言われて悠長にちょい待つ奴がどこにいるんだよ!?」
「ブカブカローブのチビとか?」
「あー、たしかそんな奴もいた気がする……。あれは例外」
……シグレのアホさ加減は「例外」のレベルらしい。
それはともかく、ジェイのハガネールが使った"泥遊び"とは、場に泥をばら撒いて、自分と味方が受ける電気技の威力を3分の1にする技だ。これに加えて、"光の壁"でのダメージ半減があるので、最終的な威力は……
40×1.5×2×1/2×1/3=20
威力20。相性抜群なのに、通常の半分しかない。
「20……!? この2人、意外と強い……!」
そんな計算ができるはずもないセキナに代わって、ミスズが威力の値を求め、驚愕した。
「『意外と』って何だよ!?」
「あ、その……2対1の戦いを突然仕掛けてくるような
卑怯者に強い人はいないと思って」
しかしこのお嬢様、ド直球である。
そんな中、
「えと、その……ありがと」
伏し目がちに、ウィルがジェイに小さく頭を下げていた。
それに対して、ジェイは、
「お前にはいつも助かってるからな……まあ、これくらいはしてやんねぇと」
動揺の色を見せつつ返し、
「それじゃあ、こっちの番だ! ハガネール、"地震"!!」
しかし、すぐに切り替える。
ハガネールの足元(?)を震源に、技名どおりの"地震"が起きた。
(さっきの揺れはこれか!)
セキナは歯を食いしばって、そして気づく。ついこの前のシギシティジム戦でもそうだったように、地面タイプの技"地震"は、モココに効果は抜群だ。いや、それどころじゃない。
「ヒトモシ……っ!?」
ミスズのヒトモシもそうだ。"地震"は広範囲を巻き込むうえ、炎タイプにも相性が良いのである。
広範囲を巻き込むのであれば、隣のレディアンにもダメージが及ぶはずだが、レディアンは飛行タイプ。地面タイプの技は一切効かない。
吹っ飛ばされたモココとヒトモシ。それでも、2匹ともそれぞれの主人の熱意に応えるべく、再び立ち上がる。
「大丈夫……みたいね。よかった……」
その姿を見て、ミスズはほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ……"怪しい光"!」
特殊技が効かないなら――ミスズは、相手を混乱状態にする"怪しい光"を放つが、
「させないわ! レディアン、"神秘の守り"!!」
標的だったハガネールは、レディアンによって、状態異常を防ぐ神秘のベールに包まれてしまった。
「危なかった……あんがとな」
「べ、別にそういうんじゃないだからね! あなたが倒されたら私が攻撃できなくなるんだから、もっとしっかりしなさい!」
だが、ウィルは下を向きつつ、飛ぶ唾が見えるくらいまくしたてる。やっと顔を上げたと重いきや「あー、もう! 調子狂うっ!」と盛大な溜息を吐いた。
「電気技が効かないなら……モココ、戻っt」
「ハガネール、モココに"通せん坊"!」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
次のセキナの番、彼女はモココを交代しようとしたが、それもハガネールの"通せん坊"で阻まれた。
そこへ、
「"ナイトヘッド"!」
前に出てきたハガネールを、ヒトモシが狙い撃つ。ヒトモシの頭部・紫の灯りから密度の薄い闇が広がって――なんとそれは"光の壁"をすり抜けた。
「ちっ……そういうことか」
してやられたジェイは、ミスズの意図するところを察して小さく舌打ちをする。
「え……何が起きたの?」
……ミスズのパートナーであるはずのセキナは、全く状況を理解できていないが。
「"ナイトヘッド"は自分のレベルと同じ値の固定ダメージを与える技なの。今の私たちは未熟だから、あんまりダメージは大きくないけど……」
ミスズはセキナに説明してやり、すぐに、対戦相手と向き直る。
「あなたたちが阻むなら、私たちはそれを突き破る。それだけのことです!」
彼女から発された言葉は、つい最近まで箱入り娘だった少女のものではなかった。
凛然と、堂々とした立ち姿。ブロンドの髪が、突風で揺れていた。
そこにあるのは、確固たる芯と闘志。
彼女の「ベストパートナー」を自負するセキナにはわかった。この後、ミスズが自分に何と言ってくるか。
ミスズはセキナと違って、考えなしに啖呵を切ることはしない。
(だから、いつもこう言ってくれるんだよね?)
セキナが想起した言葉と、ミスズがこっそり告げた言葉が、頭の中でハモった。
「『大丈夫。私に作戦があるの』」
モココは跳んで、体をぶるんっと横に振った。同時に、尻尾の先の電球が青く光る。
『モココには悪いんだけど、ハガネールの注意を逸らしてほしいの』
それがモココの役目。「モココには悪い」というのは、彼がハガネールと相性が悪いということを考慮したうえで懇願されたのだ。
もちろん、セキナはミスズのお願いを受けた。リスクを顧みていては埒が明かない。それは、あまり知識がないセキナにもわかる。
「ハガネールの頭に飛び乗って!」
ここで、先日使ったばかりの戦術が生きてきた。あの時、プテラの目を眩ませている隙に、そのはらわたにしがみついて、密着した状態から"電気ショック"を撃って……
ハガネールに電撃は効かないけれど、プテラよりも体が――しがみつける面積が大きく、かつ空を飛んでいないので、1度しがみつければこっちのものだ。
モココがハガネールの頭に着地し、
「"充電"!」
また体を振るう。
「まずい……。ハガネール、振り落とせ!」
体の上にいられては、相手に主導権が渡ってしまう。ジェイは、モココをハガネールから引き離そうとする。しかし、片腕だけでジムリーダーの切り札であるプテラに掴まって、振り落とそうとされたところを耐え抜いたモココだ。びくともしない。
「いいよ、モココ。そのまま、ハガネールに尻尾を見せてやって!」
ノリにノったモココは、"充電"でさらに明るくなった尻尾をハガネールの眼前に垂らす。
ポケモン図鑑の記述によれば、ハガネールは、深さ1キロに達することもあるほど深い地中に生息しているポケモンだ。暗い地中に住むハガネールにとって、モココの眩い光は目に毒だ。
(あとは頼んだよ、ミスズ……!)
時間稼ぎの準備を整えて、セキナはただただ「ベストパートナー」を信じる。
その一方で、ヒトモシとレディアンも別の戦いを繰り広げていた。
「攻撃、しないんですか?」
しかし、あまりにも静か。
ミスズの問いに、ウィルはだんまりを決め込んでいる。それもそのはず、
「……攻撃、できないんですよね?」
ミスズは正解を言い当ててみせた。
「……かわいくないわね」ウィルは観念したように呟く。「おっしゃる通りよ、お嬢様。レディアンが覚えている技は"光の壁""リフレクター""神秘の守り"、そして"マッハパンチ"。ゴーストタイプのヒトモシには、傷ひとつつけられないわ」
自嘲的に笑う。
セキナが参戦する前に倒されたミスズの1匹目は"リフレクター"でダメージを防がれ"マッハパンチ"で倒された。そのことから、レディアンの技を把握したのである。
しかし、
「だから、わざわざハガネールの注意を逸らしているんでしょ?」
反撃するように、ミスズの作戦を看破した。
「バレちゃってましたか……お互い様ですね」
「そうね、片や揺さぶりかけようとするお嬢様。こなた、子供相手にマジになって揺さぶり返そうとしている腐った女……」
「? 『腐った』?」
「……『ggrks』とだけ言っておくわ」
静かなのは、依然として変わらない。が、たしかにそこで、女同士の知恵比べ――1つ、余計な知恵が混ざっている気がしないでもないが――が静かに白熱していた。
「ハガネール、助けないんですね」
ミスズが揺さぶろうとするのに対して、
「うん、『まだ』ね」ウィルは揺ぎない姿勢を見せつける。「だって、ヒトモシをハガネールに近づけるわけにはいかないし?」
ついでに、ミスズの作戦は読めている、ということも。
「はぁ、参りました……」
今度はミスズが自嘲させられた。彼女が箱入りお嬢様なのに対して、相手は(いろいろな意味で)腐ってもタナトス団団員。経験の差は歴然としている。
(海千山千、ってことかぁ……)
しかし、ミスズはその程度で折れるほど温室ボケしていない。むしろ、セキナとともに、女たちの「戦争」を生き抜いてきたのだ。芯なら鍛え上げられている。
「それなら、作戦どうこう抜きで、あなたのレディアンを倒すまでです!」
言い放つ声は、見栄を感じさせなかった。
「やっと子供らしくなってきたじゃない。いいわ、その挑発乗ってあげる!」
ウィルも、負けじと気丈に言い返す。
青白い光が輝いたのは、ちょうどその時だった。
「畜生……目眩ましなんて」
ジェイはなす術なく立ち尽くしていた。
目に映るのは、未体験の明るさに目を瞑らざえるをえなくなっているハガネール。
(ゴメンな、ハガネール。どうにかしてあげられなくて)
モココはハガネールにダメージを与えられない。それはわかっているけれど……もがくハガネールの姿を見ると、一トレーナーとして胸が痛むものである。
「早く……早く助けてくれよ、ウィル……!」
心の叫びが声になる。
弱々しくも力強くあるそれは、どこかで届いていたのだろうか?
ちょうどその時、向き合うセキナは目にしていたのだ。
猛スピードでモココに横から突っ込まんとする、レディアンの勇姿を。
「モココ、危ないっ!」
気づいた時には、もう遅い。
レディアンの"マッハパンンチ"が、モココを突き落としていた。
幸い、落下の衝撃は綿毛が抑えてくれていたが、このレディアンの特性は『鉄の拳』。パンチはかなり強烈だった。
「大丈夫、モココ!?」
心配するセキナに、モココは無理して微笑んだ。だが、セキナの素人目にもわかる。あと一撃でも食らえば、瀕死は必至だ。
直後、"光の壁"が消えた。
『"光の壁"が消えた瞬間、ヒトモシがハガネールに"はじける炎"を撃つから』
ミスズはそう言ってくれたが、この場に彼女とヒトモシはいない。まだ、レディアンに追いつけていないのだろう。それは、つまり――
「悪いわね。こっちも仕事なのよ。レディアン、もう1度"光の壁"よ」
さっきよりも不利な状態で、また時間を稼がなければならないということだった。
(ミスズ、ごめん。私、ちゃんとやれなかった……)
セキナも諦めてしまっていた、その時だった。
"光の壁"を張ろうとするレディアンの体が、動かなかった。……痺れていて。
「『静電気』!? こんな最悪なタイミングで……」
ウィルが戸惑うように、これから"光の壁"を展開しようとしていた、まさにその時、モココの特性『静電気』で、レディアンは麻痺状態になってしまっていたのだ。
「セキナちゃん、ごめん……あれ?」
駆けつけたミスズの懸念も、杞憂に終わった。
「モココがいい仕事してくれたんだ。さ、さ、今のうちにドカンとかましちゃおう!」
セキナの言葉で、ミスズは状況を理解した。今が絶好のチャンスだということも。
「ありがとう、モココ。助かったわ。
それじゃあ、私たちも負けてられないよね! ヒトモシ、最大火力でいくよ……"はじける炎"!!」
ヒトモシは「待ってました!」と言わんばかりに灯りを燃え上がらせる。
「させてたまるかよ! ハガネール、"地震"!!」
しかし、このような危機的状況に何もしない者がいないはずがない。ジェイは渾身の声を振り絞って、ハガネールも一世一代の"地震"を巻き起こす。
ここで巻き込まれたら、ひとたまりもない――セキナは危機感切迫感諸々で対応策を見出せない。
しかし、彼女の声を聞かずとも、モココには今何をすべきかわかっていた。
"地震"が届くまでの僅かの間に、満身創痍の体に鞭打って走りヒトモシを抱きかかえると、再びハガネールの頭めがけてジャンプしたのだ。
助けられたヒトモシも、モココの腕の中で彼の顔を見上げた。一瞬だけぽーっとした表情を見せるが、すぐに"はじける炎"を撃つ準備に戻る。
ヒトモシを抱きかかえたモココは、ハガネールの頭に降りて、大きくよろめいた。しかし、それでも頑張って、ヒトモシを降ろしてやる。そして、息も絶え絶えになって笑いかけた。「あとはよろしく」そう告げるように。
ヒトモシは頷いて、さらに灯りを滾らせる。その力の源は、他ならぬ自身の生命力。この時、ヒトモシは文字通り「命を燃やして」いた。
体が痺れて動けないレディアン、なす術なくしたハガネール、傷だらけのモココ。3匹と3人は、もう固唾を呑んで成り行きを見守るしかできない。
残された1人と1匹は、その成り行きを動かす。
「発射ぁっ!!」
ミスズの号令とともに、技名どおり、炎がはじけた。いや、もはや「爆ぜた」と言った方が的確だろう。
煙と土煙が立ち昇り……それらが晴れた時、瀕死のハガネールが倒れ伏していたのが見えた。
レディアンがまだ残っているが、勝負はあったも同然だ。
それは、セキナを除いた誰もがわかっている。
「ウィル……っ!?」
ジェイは、どうにもならないことを承知で、それでもパートナーの名を呼んでいた。
「大丈夫」
彼の心境をわかっていて、ウィルは短く、しかし確かに返事した。
「……ありがと」最後に、小さく添えて。
「さあて、詰んじゃったわけだけど……」
それからは、振り返らずに。ただ勝負の相手を見据えて、
「いくら腐っていても、心までは腐っていないんだから!
全力で防いであげるから、2人とも、来るなら来なさいっ!!」
だが、この絶望的な状況は、レディアン1匹で打破できるようなものではなかった。
なんとか"光の壁"を再び展開することはできたが、相手は相性の悪い電気タイプと炎タイプ。もう、"泥遊び"の援護もなく、レディアン自身も麻痺状態だ。
それでも、
「"マッハパンチ"!」
必ず先制できる"マッハパンチ"で辛くも攻撃をかわしながら、HP残り僅かのモココを狙って、
「ヒトモシ、モココを庇って!」
しかし、格闘タイプの技が効かないヒトモシに阻まれた。
レディアンは、体が痺れて離脱できない。
「ありがとう、ミスズ、ヒトモシ。
それじゃあ……モココ、"充電"!」
その隙に、モココは残る力を振り絞って"充電"。そして……
「今度こそ決めるよ! "電気ショック"!!」
満を持して、今出せる最大電力をレディアンにお見舞いした。
"充電"のおかげで、威力は2倍。今度の威力は、
40×1.5×2×2×1/2=120
普段の威力の3倍だ。
眩しすぎる電撃は、この場にいる人間、ポケモンすべての視界を白く染め上げる。
……皆の視界に色が戻った時、ついにレディアンはふらりと墜落した。ついに、実質を伴った決着がついたのだ。
「お疲れ様、レディアン」ウィルがレディアンをボールに戻し、「いやぁ、もうけ物をしたわ」
最後の最後は腐っていた。
「いい加減、そういう妄想は懲りろよ……」
ジェイのツッコミも華麗にスルー。そういうことは日常茶飯事なのか、彼は「だよなぁ……」と溜息を吐くだけだった。
とりあえず手を引く――それが、タナトス団下っ端コンビが出した結論だった。
「まあ、これで一安心、かな?」
「うん。ありがとう、セキナちゃん!」
「いやいやぁ。ミスズにはお世話になったんだもん。これくらい、どうってことないよ」
仲睦まじく語らう少女たち。
しかし、彼女らは気づかない。
「こらー、爆破するなーっ! それ以前に、バトルはポケセンででしょうが!!」
先程のバトルで火力も電力も手加減しなかったため、
路地裏が焼け焦げになってしまっていたことに。
「あ、その、これは、えーっと……」
セキナは言い訳を考えつつ、
(しまったぁ! アイツらがあんなに都合良く手を引いたのは、これの責任を逃れるために……!?)
地団太を踏みたい欲求を抑える。
「違うんです! これは私のせい……ん?」
ミスズもセキナを庇おうと、たしなめた声の主の顔を見て、口が止まった。
不幸中の幸いというものだろうか? ミスズにはわかる。この人は、話がわかる人だ。なぜなら――
「……って、あらら? セキナちゃんにミスズちゃん?」
セキナも、この流れにデジャヴを覚えた。確か、前にこの町に来た時も、こんなことがあったような……
2人の少女は、驚きから声の主の名を口にする。
「「ミナヅキ先生……!?」」
……またお前か。