第2話 姫様のわがまま
ついに、青痣を大量生産されてしまったリンドウは、ほとぼりが冷めた頃を見計らってお説教タイムに入った。
「どうして、あんな危ないことをしたんだ! もし、相手が凶器でも持っていたら……」
「手首狙って蹴れば、どうにかなりますよね?」
「落としちゃえる、の……!? じゃなくて! もし、ダイレクトアタックされたら……」
「あー、あのポケモンたちの一部、私がどうにかしました」
「なぬ!?」
とはいえ、事実は事実。リンドウの語気が、どんどん弱まっていく。
これ以上言っても無駄。残る未練を溜息として吐き出し、本題に入る。
「……結局、どうしよう?」
セキナの部屋。その端にあるベッドで、目を覚ましたディアンシーがちょこんと座っている。
目配せされたセキナも、
「一応、博士が博士特権発動して保護すればいいんじゃないでしょうか……?」
あんな事件があった後、初心者の分際で保護するなど考えられなかったようだ。
が、その時、
「嫌だ」
確固たる意志を感じさせる、凛とした声がした。
人間2人は何事かとうろたえる。
「まったく……テレパシーも想定しないポケモン博士のお世話になるなんて、自殺と同じじゃない」
再び、未知の声。過剰に率直だ。
リンドウは――あまり嬉しくないのだが――声の主に合点がいった。
「ディアンシー……!? 君、テレパシー使えるんだ!」
「当然でしょ」
リンドウに称賛されても、ディアンシーは仏頂面だ。返答も、本当に「テレパシーは使えて当然」と思っているようで、自慢の色を感じさせない。
「あと、あんたみたいな
冴えないアラフォーに保護されるなんて、絶対に認めないから」
「さ、冴えない、アラフォー……」
再び毒を吐く幻のポケモン。リンドウに、効果は抜群だ!
「うーむ、的確」
「的確、なの……?」
セキナにも頷かれ、リンドウはさらなる追い打ちを食らった。
「だから、私は、あんたについていきたい」
とどめの一撃に、ディアンシーは宣言した。ビシッ! という効果音が入っても違和感がないくらいに勢いよく指差す。
「えっ……私!?」
セキナに向かって。
「ちょっと待って! 私、まだまだ初心者だよ? さっきだって、"電磁波"と"電撃波"をあべこべにしてたし……」
さすがに、セキナもそこまで大きな夢は見られなかった。追われている幻のポケモンを持てるほどの実力はない。それくらいは自認せざるをえなかったし、先の戦いでも、それが立証されている。
しかし、ディアンシーは、
「これから強くなればいいじゃない」
簡単に言ってのけた。
「えーと、ディアンシー、さん。一応、君は狙われている身なんだよ?」
「知ってる。あんたの意見は訊いていない」
「手厳しいですねー……」
リンドウは、セキナに助け舟を出そうとして、やはり玉砕した。ディアンシーに相当低い評価をされていることを悟り、がっくりと肩を落とす。
「狙われているから、あんたみたいな対人戦が強い人に頼っているの!」
ディアンシーは、セキナに迫る。
「た、対人戦!? でも、普通、トレーナー同士の争い事はポケモンバトルで白黒つけるもんだよ!」
このセキナの反論に、リンドウは「いや、君が言えることじゃないよね」とツッコミたかったのだが、今度こそ痣程度では済まない気がして我慢。
「理屈はいいの! 私も、一緒に戦っていて楽しいと思えるトレーナーと一緒にいたい!!」
まだ自身がなさそうなセキナに、ディアンシーは滅茶苦茶な好意をぶつけた。
たしかに、戦闘を終えたメリープは「いい汗かいた」といった表情で休憩している。疲労がやる気に昇華しているということは、誰の目にも明らかだ。
(そういうことかぁ……)
リンドウも、けちょんけちょんにされてなお、ディアンシーがセキナに好意を寄せる理由が理解できた。
トレーナーズスクールで、セキナと共に戦ったポケモンは、結果にかかわらずそういう顔をしていた。だから、わざわざ職員の反対を押し切って、彼女を推薦したのではないか。
本人は自覚していないが、でここまでポケモンと心をひとつにできる初心者は滅多にお目にかかれない。
出来心で
「連れていってあげれば?」
と言いかけて、
(いや、駄目でしょ、それ! また責任押し付けているよね、僕!!)
やはり、後悔した。
「博士ぇ! 結局どっちの味方なんですかぁ!?」
泣きついてくるセキナ。
リンドウは「やっぱり、今のナシで! 冴えないアラフォーが何わかったつもりなんだ的な毒舌をください、ディアンシー様ぁ!!」と取り乱す。
しかし、半泣きの人間たちをよそに、ディアンシーは
「ん……まあ、その……冴えないくせに、よくわかっているじゃない」
ちょっと嬉しそうだ。
このディアンシーは、いわゆるツンデレであるらしい。リンドウという、ポケモン博士にしては少しばかり特殊な嗜好の持ち主だからこその分析がなされた。
(ツンデレって、リアルで相手すると面倒だな)
半生、ずっと童貞を貫かされてきた彼は痛感した
「どうしてくれるんですか、博士!」
「いや、そもそもセキナちゃんがメリープとリアルファイトしたのが発端なんじゃないのかな……いや、なんでもない! なんでもないから、暴力反対!!」
屈強な乙女のマッハパンチが炸裂し、今度こそ、リンドウの頬が赤くなった……決して、照れたわけではない。
そうやって、人間たちが揉めている間、ポケモンはポケモンなりの交流をしていた。
休憩中だったメリープが、ふと、ディアンシーの方へと視線を投げかけた。突然のことに、ディアンシーは少し戸惑いを見せるが、彼(このメリープは♂である)はそんな彼女に近づいて、微笑みながら片方の前足を出した。握手しようとしているらしい。
ディアンシーは、躊躇いつつも、やがて
「……ありがとう」
出された前足に、ゆっくりと手を載せた。
その時、ぽむ、という小さな音で初めて、
「ちょっと、なんか、メリープが仲良くなっちゃってる!? ……うう、どうして、あんなに早く女子と仲良くなれるんだ!」
「博士、ポケモン相手に妬んじゃ駄目――じゃなくて! なんか、私が連れていかないとブーイング的な空気なんですけど!!」
人間は、事の重大さに気付く。
「くっそぉ……今時、いくら教養があっても武器にならないからって、チャラチャラした痴れ者が栄えやがって……!」
「博士……悲しい暴露しないでください」
気づいたものの、別方向に意識を持っていかれた者が、若干1名。
そこへ、メリープがディアンシーを手招きしながら、セキナのもとへ駆け寄ってきた。
(でも、あのコミュ力は……たしかに、すごいよね)
メリープは、かわいくても♂だ。にもかかわらず、気難しい――リンドウが密かに評するところ「ツンデレ」の――異性・ディアンシーと、早くも仲良くなっている。
セキナも、ここまで来てポケモンの希望を壊すような真似はできなかった。いや、というよりも、空気がそれを許してくれなかった。
「……そんなに言うなら、いいよ。後で『思ったより弱かった』ってなっても知らないからね」
セキナは投げやりな態度を隠さなかったが、ディアンシーとメリープの表情がぱあっと明るくなった。特に、メリープはセキナの胴体に駆け寄って、顔をこすらせる。
下衣がブルマー故に、存分に露出している
生足に。
「むー……ショタだからって……」
そんなうわごとが聞こえたのは、気のせいだ。おそらくは。
「……というわけなんだけどさぁ」
セキナは、1階のリビングにて、母にこの経緯を話した。
彼女の父は、遠くのイッシュ地方に赴任している。だから、母と2人暮らしだ。
「大丈夫よ。きっと、そのポケモンは、セキナがポケモンを守れるほど強いなんて思っていないだろうし」
「それ、慰めになってないよぉ!」
しかし、返答は思ったよりも厳しい。
「そういや、私にもそんなことあったなぁ……」
母は、ふと遠い目で呟いた。
と、
「へ?」
セキナは、拍子抜けた声を出してしまった。
(今、「そんなことあった」って?)
もし、彼女のカンが当たっていたとしたら――?
「えっと……お伺いしますが、まさかトレーナーだったりするクチですか?」
「そのまさかですよー。あれ、言ってなかった?」
「マジか」
まさかがまさかを呼ぶ展開。
「聞いてない聞いてない! ホウエン地方で生まれて『フエンタウンの笛吹小町』の二つ名を持っていたのは知っていたけど、その後は『おかげでモテまくって大変だった』としか言わないから……」
「それは、あなたが素直に聞かないのが悪いのっ。私は、本当にモテてましたーっ!」
母は依然として呑気だが、セキナは黙っちゃいられない。目の前に大先輩がいるのだから。
「聞かせて!」とねだると、母は「私がモテていたこと認めたら」とは言ったものの、真剣みを帯びた顔つきで、
「ある日、私が笛を吹いていたらね、見たこともないポケモンが聞きにきてくれたの。そのポケモンは、まるでガラスのような――」
語り始めた。が、
「セキナちゃん、図鑑の準備できたよー!」
玄関から、リンドウが声をかけてきた。
「あ、時間だ。それじゃっ、行ってきます!」
「って、ちょっと!? 話してほしいんじゃなかったの!?」
母のツッコミを無視して、セキナは玄関へ駆けていく。
「相変わらず、猪突猛進なんだから」
しかし、母は呆れたような、少し嬉しいような――そんな風に呟いた。
おかげで、セキナが母の経歴を知るのは、もっと先のこと。
科学の力は、すごい。今や、ポケモン図鑑はタブレット端末にアプリとして導入できるのだ。
「ほら、トレーナーズスクールでは、生徒に紙の図鑑持たせているだろう? あれ、重さが鈍器レベルだから寮からの登下校でも一苦労でさ。アマチュア時代から、コツコツ作っていた」
しかも、リンドウ1人で作ったらしい。天才と変人は紙一重なのだろうか?
「私の時も、これ作ってくれたら遅刻しなかったのに……」
「重量が鈍器のスクールバッグ持って、食パン食わえながら猛スピード走っていた女の子が言うことじゃないよね、それ。あと、ついでにマップとか諸々……。まあ、使ってみりゃわかる!」
「適当……バグらないですよね?」
「機械ってのはね、人柱がいて初めて改良されるんだよ?」
セキナは、少し不吉なことが聞こえた気がしたが、今更、後戻りできない。
「そういうことだから。行ってらっしゃい!」
リンドウは不吉なことを言っている自覚がないようで、全く気にせず、セキナの手の平にモンスターボールを2つ載せる。
それらを見ると、不思議と元気が湧いてきて、
「行ってきます!!」
セキナは、はじけるような笑顔を作って答え、世界へ駆けだした。