第1章
エピローグ
 シギシティ、コンテスト会場。
「もう、博士ぇ! 後輩なら後輩だって先に言っといてくださいよぉ!!」
 観客席で、セキナは隣に座るリンドウに泣きついた。
「いやぁ、ジムリーダーだし信用できると思って……」
 リンドウは弁解するが……どうなのだろう? カントー地方には、ジムリーダーとして働く傍らで、強大なポケモンマフィアの首領として暗躍していたという輩がいたというが。
「だからって……私、怖かったんですよ! 耳たぶチョップしちゃったんですよ!!」
「せ、セキナちゃん!? それ、サガン君も怖かったと思うよ!」
 さて、なぜサガンがディアンシーのことを知っていたかという話をしよう。
 彼は、ジムリーダーであるとともに、リンドウと同じポケモン研究者だったのだ。しかも、大学時代の先輩後輩同士――リンドウが先輩、サガンが後輩――で、今でもときどき一緒にフィールドワークに行く仲らしい。
「彼、ポケモンと鉱物について調べているからね。ディアンシーのことを教えたら、興味津々でさ。それに、もしもの時に備えて、ポケモンリーグとも多少ツテがあった方がいいだろう?」
 まあ、そういうことだった。ただの交友関係で教えたわけでなく、リンドウなりの配慮もあったようだ。
「だから、ね。そんなに膨れないで……ほら、こんなチャンスは滅多にないんだから」
 セキナを驚かせてしまったお詫びが、このコンテスト観賞である。しかも、あの「トウィンクル・エンジェル」の2人による競演だ。
 今は、ノエルのデンリュウが七色の"プラズマシャワー"を会場にまき散らしている。
 セキナたちは2階最前列の中央辺りに座っているのだが、ステージ全体を一望できてパフォーマンスが見えやすい。しかし、このベストポジション……リンドウ、かなり入り浸っているようである。
 モココは、モンスターボール越しにパフォーマンスに……いや、デンリュウに見入っていた。「未来の自分はこんな姿なんだなぁ」と、感慨に似ているようで少し違う感情が渦巻く。
「あ、そうだ! 博士、これ、この前もらったんですが……」セキナはふと、ノエルからもらった不思議な石のことを思い出した。「何か知っていることありませんか?」
 白の中に、黄色い炎が燃えている――そんな模様の石を目にしてリンドウは、
「……ktkr……!」
 スイッチが入ってしまった模様。
「セキナちゃん、これ……メガストーンだよ!」
「め、めがすとーん?」
「そう。メガシンカに必要な石のこと。なんかホウライ地方で最近見つかるようになっているんだよね……それも、他の地方以上に! どうして急にそうなったのか? やはり、ポケモンの出現と関係があるのか? もう謎がいっぱいでねぇ、好奇心が止まらないんだよ!」
「えっと……すみません、博士。そもそも、その『めがしんか』って言うのは……?」
「あ、それね。メガシンカ……それは、進化を超える進化! ポケモンの秘めたる力を一時的に解放して、さらに進化するんだ。これもまだわかっていないことばかり……研究者として、謎の1つくらいは解き明かしてみたいなぁ♪」
 リンドウ、いい年して大はしゃぎである。しかし、セキナは消えることのない疑問符を頭に数個浮かべていた。正直、あまり理解できていない。
 しかし、モココは密かに聞き耳を立てていた。
 進化を超える進化。
 ノエルはたしかに、このメガストーンを「メリープに」と言って渡してくれた(この時はまだモココに進化していなかった)。もしかしたら、それは自分にメガシンカの可能性があるということを示唆しているのかもしれない。
 もし、本当にそういうことだったとしたら? モココの胸が高鳴る。
 そう――そのメガシンカを成し遂げる時こそが、今度こそ、あの誓いを守ることができる自分になれる日だ。

 ――ディアンシーは、僕が守る。

 こうして、メリープは前を向くのであった。












 シギシティは断崖絶壁に囲まれている、行き止まりの町だ。だから、セキナは再び、母校のあるミヤコシティに戻ることにした。
 それで、彼女が町を出た日の夜のことだ。
 そんな行き止まりの町・シギシティだが、サブカルチャーの聖地でもあるので、夜間人口は少なくない。セキナが町に着いたのも夜だったが、その時も呆れるほどの雑踏だった。
 今夜も、たくさんの人が行き交っている。そして、そこから人が流れ込んでくるポケモンセンターに、一際異才を放つ男がいた。
 無造作なようで、ほんのかすかに整髪料の香りがする茶髪。荒さと爽やかさが同居する面立ち。着痩せするタイプのようで、それなりの長身にカーキ色の長ズボンがよく似合っている。20歳くらいだろうか? ともかく、この「オタクの聖地」とは不釣り合いな、通俗の格好良さを備えた風貌だった。
 それだけでなく、まだ初夏だというのに白いタンクトップを着用しているし、そこから覗く腕は細さを感じさせない。腰に巻いた黒い上着も様になっている。どこまでも、この町に似つかわしくない男だった。
「ちょっくら出遅れちまったみたいだなー。かわいい姫様がいるっつぅから、はるばるやってきたってのに」
 ……中身はとても似つかわしいようだが。
 そんな男の背後から、
「それって……私のこと?」
 耳にすうっと入ってくるようなソプラノボイス。
 自尊心が強そうな問いかけだが、声の主ははにかんでいた。色白な小顔が、ちょっとだけ赤い。黒いロングヘアの先を落ち着きなく触っている。要するに、ものすごく照れていた。
「あ、わりぃ。そこは、かわいい姫様『たち』だったな」
 男は「わりぃ」と言っているが、全然悪びれいていない。
「もう……まだ思春期終わってないの?」
 女は皮肉で返すが、声に嫌味らしいものはない。冗談のような軽さだ。微笑んですらいる。この会話を心底楽しんでいるようだ。
「んー、思春期というよりも『いろごのみ』だな。ほら、あれだ『多くの女性を愛し、幸福を与え――』」
「『〜多くの子孫を持つことが、古代の帝王の備うべき徳のひとつであった』ね。いつの時代の人間よ? 平安朝の理想じゃない、これ。無理がありすぎ」
「いーや、無理じゃない。だったら、武士道はどうなるんだよ?」
「それも、基本的な理念は『主君に対する絶対的服従と忠誠』。今時、上の者に仕えるだけじゃ向上は望めないわよ? だいたい、武士道って『農工商三民に対する治者としての精神、行動を強調するもの』だから、平等の思想に反しているわ」
 だんだん、無駄に知的な夫婦漫才の色が濃くなってきた。この2人どういう関係なのだろうか?
「はいはい。俺が悪うござんした。けどよ……俺たちだって、こんな体でも上の者に仕えている身だぞ? 『向上は望めない』とか言っていいのか?」
「うう……だって、それはあなたが……」
 女は、その先の言葉を濁す。頬が再び桜色に染まっていた。
「まあ、いいけどな。俺もその考えは否定しねぇから」
 しかし、男は全く気にしていない。鈍い。
「ところで、だ。お前、見たんだろ? 姫さんを」
 この流れで、よく「ところで」で話題を変えられたものである。やはり鈍い。
「うん……。すごくあの子に懐いてた」
 女は肩を落として答える。声も少し沈んでいた。
「そうか……」男は常のような風に返し「けど、お前に手荒な真似はさせねぇ、絶対に」
 さっきまで「いろごのみ」がどうこう語っていた男とは思えない、毅然とした態度で言い聞かせた。
「だいたい、お前らをこんな吹き溜まりに連れ去っちまったのは俺だ。だから……せめて、これ以上はテメェらを巻き込むわけにはいかねぇ」
 今、男の二人称が「お前」から「テメェ」に変わった。女は知っている。これは、彼の感情に火が点いた証拠だ、と。
「それ以前に、俺は『いろごのみ』だから、女を不幸にするわけにはいかねぇわな!」
 悟られていることに気づいたのだろうか? 一転、男は先のようなお茶落けた態度に戻った。
「だから、お前は今までどおりでいい。俺がビシッと解決してやるからよっ! じゃあな」
 しかし、女にはその姿がとても悲壮に映るのだった。


『だいたい、お前らをこんな吹き溜まりに連れ去っちまったのは俺だ。だから……せめて、これ以上はテメェらを巻き込むわけにはいかねぇ』

 今日、初めて彼の心の声を聞いた。「心の叫び」と言う方が適切かもしれない。
(『あの時』から、ずっとそう思っていたの……?)
 思えば、彼は昔から必要以上に背負い込みすぎる悪癖があった。そのくせ、背負い込みすぎているという自覚が全くないから、非情に質が悪い。そのせいで、自分の心がすり減っているということにも気づけないのだ。
 この今も、そう。
「姫様」もとい、幻のポケモン・ディアンシーを強奪するという罪業を、1人で背負い込もうとしている。相変わらず、知らず知らずのうちに。
(だから……もう、彼には背負わせない)
 彼が去って、女は1人、涙をぽろぽろと落とす。
(私が、やらなくちゃ……!)
 細くて白い左手を、できる限りの強さで握り締める。
(それで、たとえみんなを裏切ることになっても)
 そして、自らを奮い立てるように、水色のシュシュで長い黒髪を結わえる。
(誰かがやらなきゃ、彼は止まってくれないから――)
 女は、顔を上げた。
 黒髪のポニーテール、色白な小顔、透き通った黒い瞳。「トウィンクル・エンジェル」のあーちゃんもといアリスにそっくりだ……というか、なんとびっくり、ご本人様だった。

 その先で、また――

 純粋すぎる願いは、一途な乙女を罪へと駆り立てる。

■筆者メッセージ
 プロローグが297文字、エピローグが3980文字。
 これを、300文字と4000文字として比で表してみましょう。

 300:4000=3:40

 なぁぁんというぅことでしょぉ〜〜!! プロローグでは少なかった文字数が、エピローグでは普通の1話分相当に……
 まさに、劇的ビフォーアフター←
つるみ ( 2016/03/29(火) 13:38 )