第14話 騎士の片鱗
前回のあらすじ
セキナは、シギシティジムにて初めてのジム戦に挑戦する。ジムリーダーのサガンは、岩タイプの使い手だ。ルールは、使用ポケモン2体のシングルバトル。セキナは、ヌメラの機転のおかげで窮地から逆転し、サガンの1番手・ウソッキーを倒すことができた。その調子で、2番手にして切り札であるプテラに挑む――
「ヌメラ、戦闘不能」
審判の言うとおり、ヌメラの目は「×」になっていた。満身創痍の証拠だ。
岩タイプといえば、重量級で攻撃力と防御力に秀でている分素早さが劣っているイメージだった。しかし、プテラはかなり素早く"泡"の間を縫いながら急接近し"翼で打つ"という芸当をやってのけた。
もともとウソッキーとの戦いでかなり傷ついていたヌメラは、その一撃でついに倒されてしまったのである。
「ヌメラ、ありがとう。絶対勝ってみせるから、安心して待っててね」
セキナは、ヌメラをモンスターボールに戻した。これで1対1。同点に戻っただけだと自分に言い聞かせる。
「メリープ、行くよ!」
そして、2番手としてメリープを繰り出した。
ジム戦勝利がかかっている大一番。メリープも燃えて……いない。
実は、ここのところメリープは懊悩していたのだ。見た目のこともそうだが、知らず知らずのうちにもっと深刻に悩むようになっていたのである。
――僕は、こんなのでいいのか?
シグレのコイキングと戦う前に誓っていたはずだ。「ディアンシーは、僕が守る」と。
しかし、よくよく戦歴を振り返ってみれば、その時以外にポケモンを倒せたことはなかった。他に戦歴といえば、海魔ことブルンゲルの捕獲補助、先程プテラに倒されたヌメラの捕獲……あとは、敗北したことくらいしかない。
たった1匹倒せたポケモンもコイキングだし、そのコイキングにも追い詰められた身だ。その勝ち星すら誇りようがない、苦い思い出だった。
とにかく、メリープは今、とてつもなくネガティブな気分なのだ。
そこへ、
(もしもし、聞こえる?)
聞きなれた声が、直接脳に響いてきた。テレパシーだ。わかろうと思えば、相手の考えていることもわかるようで、
(敗北や失敗は、勝利以上に多くのことを教えてくれるって。だから、今まであんたはたくさんのことを学んできているはずよ)
声だけは素っ気なく、温かいエールが人知れず送られてくる。
(だから、その……頑張りなさいよ)
ちょっと小声な一言。そのたった一言に、メリープは、受けきれずに溢れてしまいそうな元気をもらった。モフモフした体をふるふると震わせ、プテラを見据える。
「いい目じゃないか、そのメリープ」
「そうですか? よかったね、メリープ。褒めてもらえているよ」
人間にはポケモン同士のやりとりを知ることができない。これは、メリープとディアンシーだけの秘密だ。
「そんなに澄んだ目で見られると、こっちも燃えてくるな! プテラ、"撃ち落とす"!!」
しかし、彼らはやってしまった。ただでさえちょっぴり大人げないサガンというジムリーダーを燃やしてしまった。
プテラは、手頃な岩を撃ってくる。
「メリープ、かわして!」
だが、"撃ち落とす"という技のことは、セキナもメリープもよく知っている。守るべき者が覚えている技として。メリープにとっては同時に、憧れの存在が覚えている技として。だから、避けることは容易だった。
「"電磁波"!」
その勢いにノッて、プテラを麻痺状態にする。失速してくれるはずだ。
「なかなかやるな……じゃあ、一丁派手にやるか。プテラ、"地震"!」
しかし、安心したのは束の間。どんどんサガンが沸騰してきていた。
バトルフィールドが震撼する。技名どおりの"地震"が起きていた。たしかに、サガンの言うとおり「一丁派手」にやっている。やりすぎである。
メリープは"地震"の揺れでポーンと吹っ飛ばされてしまった。もともと、電気タイプは地面タイプの技に弱い。かなりのダメージだ。
「メリープ、大丈夫?」
倒れ伏しているメリープに、セキナが声をかける。メリープは微笑で答えた。まだまだ、こんなので終わってなんかいられない。そう言わんばかりに立ち上がる。
「うん、反撃しなきゃだよね。よーし……"電気ショック"!」
セキナも同じ意気だ。いつもどおりの明朗な声で、高らかにに反撃宣言。
メリープの気分が上がってきた。尻尾についた電球が金色の輝きを放つ。最大電力の"電気ショック"をお見舞いだ。
……と勇んだものの、
「上昇してかわせ!」
プテラには上方にも退路があって、ひょいとかわされてしまう。
セキナもメリープも「あ……」といった表情だった。メリープは、これ以上の高さに技を出せない。
「どうしよ?」
メリープは答えられない。ジャンプしようにも、モフモフの綿毛が邪魔で上手く跳べないから……プテラが接近してくる、その瞬間を狙うしかない。幸い、プテラは麻痺状態だ。動きは鈍くなっているはずだから、チャンスを見出せないことはないだろう。
「そっちが仕掛けてこないなら、こっちからいくぞ! プテラ、"撃ち落とす"!!」
とはいえ、プテラは接近せずに攻撃できる技を、"撃ち落とす"と"地震"と2つも覚えている。"撃ち落とす"は、前述のとおり体がかわし方を覚えているのだが、フィールド全体を巻き込む"地震"には対処しようがない。
メリープは岩をかわして考える。一体、どうすればいいのだろう……?
そんな中、
「そうだ……!」
セキナの声がした。
期待できる気がした。
「メリープ、ヌメラの時にやったアレ、できるよね?」
メリープはもちろん! と声が聞こえてきそうなくらい、元気に頷いた。
思えば、ヌメラを捕獲する時のバトルが、メリープの初陣だった。あの時、粘液で攻撃を防がれて打つ手なくした――そう思われた状況の中で、セキナがひらめいた逆転の一手。その奇跡を、今再び――
メリープは体をふるふると震わせる。すると、尻尾の先についた電球が再び輝き始めた。
「いいよ! そのまま、フィールドを走り回って!!」
セキナの意図するところは解せない。それでも、メリープは言われたとおりフィールドを駆け回った。セキナがよくわからないことをさせている時は、彼女独自の思考が冴え渡っている時だ――ポケモンなりにそう信じているから。
綿毛の重さを感じないくらい、体が軽い。心が躍っている。そして何より……セキナと一緒にバトルしているということが楽しくて仕方がない!
「サガンさん、捕まえてみてください!」
セキナが、サガンの方を指差して言い放った。
明らかな挑発だ。「そっちが逃げるなら、こっちも逃げる。捕まえてみろ、このノロマ」という。
「面白い! ……その挑発、乗ってやる! プテラ、メリープを捕まえるぞ!!」
こうして、プテラがメリープを追いかけてきた。麻痺しているが、やはり素早い。
だが、メリープは少しも怖いと感じなかった。毛と毛がこすれる度に、尻尾の先の電球は明るさを増す。それが、プテラを焦らせるのだろう。「まだ捕まえられないの?」今のメリープは、少しだけ意地悪だ。
そうやって走り回っているうちに、メリープの体に変化が起きた。綿毛から、ビリビリと火花が飛んでいる。こんなことは初めてで、メリープにも何が起きているかよくわからなかった。
「"充電"……!? プテラ、一旦メリープから離れろ!」
作戦失敗。プテラが接触した瞬間、溜まりに溜まった静電気を放出するはずだったのに。
だが、
「すごいよ、メリープ! "充電"覚えたの?」
失敗したのにもかかわらず、セキナが褒めてくれている。それだけで、曇りかけた気分も晴れてきた。
"充電"は、電気を溜めることで、次に出す電気技の威力を倍加させる技だ。
岩タイプの他に飛行タイプももつプテラに、電気タイプの技は効果抜群だ。サガンに危機感を煽らせ、プテラを退避させてしまったのも仕方がないと言える。
「でも、絶対に逃がしませんっ! メリープ、"電気ショック"!!」
退避されても電気は溜まったままだ。セキナは、このチャンスを決して逃さない。
「プテラ、かわせ!」
プテラは上方に旋回してかわそうとしたが、体が痺れて思うように飛べない。威力を増した"電気ショック"を正面から受けてしまい、墜落してしまった。
「大丈夫か、プテラ?」
サガンの呼びかけに、プテラはもう1度翼を広げ飛翔する。「まだまだ。勝負はこれからだ!」と言う風に雄叫びを上げた。
さて、セキナはここで痛恨のミスを犯してしまっていた。
「よーし、こうなったら力押しだ!」
それは、初心者相手に知略用いまくるようなジムリーダーに、こんなことを言わせてしまったことだ。
「プテラ、"地震"!!」
汚名返上したいのか、プテラは前に"地震"を使った時よりも気合いが入っている。
バトルフィールドがゴゴゴと揺れ動く。セキナもメリープも回避したいのはやまやまなのだが、フィールド全体を巻き込まれてしまってはどうしようもない。
メリープは、再びポーンと吹っ飛んだ。しかも、今回はバトルフィールドのラインを出て、壁にぶつかってしまった。幸い、壁にぶつかった時の衝撃はモフモフの綿毛が和らげてくれたが、もう虫の息だ。
立ち上がろうとしても、右の前足を痛めてしまったようで無理だった。
ガクリと倒れ込めば楽になるのではないかという捨て鉢な考えが心の中に芽生え、しかし「まだ戦えるはずだ」と腐りかけた精神を叱りつける。だが、体も心も萎えてしまっていて、どう頑張っても立ち上がれなかった。
痛む右足をねめつけると、涙が溢れてきた。「情けないぞ」だとか「根性なし」といった自責の言葉も同時に。
努力した。善戦もした。そうやってふて腐れた自分を正統化しようと試みたが、虚しさが募るだけ。できるならば、こんな軟弱そうな体でも貫禄のある「空の王者」を倒せるということを、誰にともなく見せてやりたかった。だが、この大一番の時に限って、精も根も尽き果ててしまったのだ。
意識が朦朧としてきて、視界がフェードアウトし始めた、そんな時――
(諦めようとしているんじゃないでしょうね?)
一閃の光が差すように、思いを寄せる相手の声が心に響いた。テレパシーだとはわかっているが、こんなに内心がバレバレだともはや脅威である。
(テレパシーなんか使わなくても、あんたの考えることなんて見え見えなんだから)
ディアンシーの声は溜息混じりだ。メリープも呆れられることは承知だったが、いざ叱責されると、やはり自分に腹が立ってきた。
(それにね……あのブカブカローブとのバトルでのアレ。私があんなに強い思いを聞き逃すと思ってた?)
びくぅっ!? 驚愕、羞恥心、その他諸々の感情が一気に湧き上がって、メリープは今度こそ意識を取り戻す。顔は真っ赤っかだ。
(今度から、生半可な気持ちで誓いなんて立てないことね)
メリープは「ごめんなさい……」とだけ返した。「全く……まあ、わかればいいんだけど」ディアンシーの言葉は、いつも表向きだけ素っ気ない。
(じゃあ……守ってくれる?)
その時、メリープは血潮の激流を感じた。
視界が開ける。もう滲んではいない。
足が1本動かせないのが何だ? まだ3本も残っているではないか。負け犬にしては、身なりが清潔すぎる。この程度で諦めていては、真に男が廃るというものだ。
『降参したら負けでしょうが! ここで引き下がって負けるくらいなら――』
『全力で戦って、ボロボロの傷だらけになってから、惨めに負けを認めてやる!!』
よろり、よろり。
立ち上がろうとするメリープは、闘魂の灯火を放つ。
少し地面が遠くなった。
足が2本になっている。前足はない。前足だったはずの部位を見ると、ピンク色だった。触れるとつるつるしていた。
風の流れを直に感じた。涼しい。体を覆う綿毛の量が減っていた。
「進化、したの?」
セキナが呟いた。
『No.180 綿毛ポケモン モココ
体毛の性質が変化するので、少ない量でも沢山の電気をつくりだせる。電気を遮るつるつるの肌を持つ』
セキナの言うとおりだ。今この瞬間、メリープはモココに進化した。
「この状況で進化……!? すごい根性だな。尊敬するぜ」
サガンも感慨深げだ。
モココは、2本足で立つ。痛めた右の前足は、右手になっていた。また、メリープの時と比べて体毛が少なく、さっぱりとしている。
(これなら、上に逃げられても――)
跳んで攻撃することができる。セキナがモココに視線を投げかけると、モココもセキナの方を振り向いていた。
目配せする。同じタイミングで頷く。「じゃあ跳ぼう」と。
「勝負はこれからです! モココ、"充電"!!」
モココはぶるんっと体を振る。すると、少なくなった綿毛から火花が飛び散った。図鑑が述べているように、少ない量でたくさんの電気が作りだせている。それも、一振りで。青色になった尻尾の先の電球が、こうこうと輝いていた。
「そのままジャンプっ!」
セキナもだんだん調子づいてきたのか、両足で跳んでしまっている。こういう時のセキナは、いつも冴えている。だから、モココも安心して跳び上がることができた。
目指すは、プテラの背中の上。
「させるか! プテラ、"翼で打つ"!!」
しかし、サガンもジムリーダー。このまま作戦どおりに、というわけにはいかないようだ。
プテラの大きな翼が、モココに影を落とす。
「モココ、もう1回"充電"!」
間一髪、モココは再び体を振った。青い光が明るさを増し、青白くなる。
深すぎる闇がそうであるように、強すぎる光も目に毒だ。
プテラは眩しさのあまり、攻撃を外してしまった。その隙に……
「はらわたに掴まって!」
モココが、左手でプテラにしがみつく。
「っ!? プテラ、振り落とせ!」
ぶらんぶらんと体が揺れる。手を離してしまいそうだ。しかし、やるなら今しかない。
「モココ、これで決めるよ……」
切迫感を感じているのは、セキナも同じ。彼女はぽつぽつ落ちる冷や汗を手で拭って、
「"電気ショック"!」
モココは、これまでの鬱憤を晴らすかのように、ありったけの電気をプテラにお見舞いした。
ピカッ! と稲光が走り、
ドーン! と落雷の如く。
その光輝は眩く、モココにすら何も見えなかった。でも、きっとやれている――確信した。
焼け野原になったフィールドの静寂を、ドサッという音が引き裂いた。
プテラが墜落したのだ。そして、動かなかった。
「プテラ、戦闘不能。よって、勝者……挑戦者・セキナ!」
セキナがジャッジの意味を理解するのに数秒。初めて理解できた時は、ぱちぱちとまばたきし、きょろきょろと辺りを見回し、びよーんとほっぺを抓って「痛い!」と叫んだ。
どうやら、夢ではないらしい。
「……………………やった……!」
らしくもない、静かな喜び。しかし、顔はこれまでにないほど綻んでいた。
「本物ですか!?」
「ああ、本物だ」
「マジかぁ……」
「そうだ。よくやったな」
「とったどぉーっ!」
「それはなんか違う気がするけど……」
セキナは、初めて手にするジムバッチに大興奮だ。傍から見れば取り乱しているように見えるほどに。
シギシティジムを突破した証・メテオバッジ。隕石を模した、茶色い正六角形のバッジだ。ジムバッジは光沢のある金属で作られているが、セキナの目には輝きが数割増して映った。
「戦えて楽しかったぜ。それにしても、すごい根性だったなぁ、あのメリープ……あ、今はモココか」
サガンは、笑って右手を差し出してきた。
「ありがとうございますっ! いいバトルでした」
セキナもまた右手を出した。そして、互いの手を握る。やはり、バトルの後はこうでなくては。
「こっちも、いろいろと勉強になったからな。ありがとうはこっちの台詞だよ。
それにしても、やっぱり噂どおりいい原石だな……」
「やっぱり結構広まってませんか、その噂!?」
「大丈夫、大丈夫。そんなに気にすることないって」サガンは、握った手を振る。「ていうか、どんどん磨いていけよな、その原石。そうしたら、唯一無二の宝石になれるから……なーんてな。臭いな、やっぱ」
最後まで「岩窟覇王」は「岩窟覇王」だった。
「おっ、そうだ。宝石といえば――」
ふと、サガンは目線を逸らした。握手を解いて、唐突に切り出す。
「よければ、見せてもらっていいか? その……ダイヤモンドの姫様」