第1章
第13話 岩窟覇王の試練
 ぴょん、ぴょん、ぴょんっ! セキナは飛び石を軽やかに伝っていく。
 彼女は今、ポケモンジムに初挑戦しているところだ。
 ポケモンジムとは、ポケモントレーナーがポケモン同士を戦わせ修行を積む、言わば道場のような施設だ。
 挑戦者は、仕掛けを解いたりトレーナーと戦って勝ったりして、ポジション的には道場主である「ジムリーダー」に挑みに行くのである。
 ジムリーダーに勝つと、勝利の証であるバッジが進呈される。これを8つ集めると――つまり、ホウライ地方にあるすべてのジムのジムリーダーを倒すと、ポケモンバトルの殿堂・ポケモンリーグに挑戦することができるのだ。そこでチャンピオンを破り、殿堂入りすることが、トレーナーズスクールにいた頃からセキナが抱いていた夢だった。
 その夢への第一歩が、このシギシティジム挑戦である。
 仕掛けは、飛び石と断崖絶壁のアスレチック。
 かつて「ルチャブル少女」という異名を奉られたセキナにとって、こんなの子供騙しでしかない。ちょろいもんだ。
 その調子で、
「よっ、こら、しょっ、と」
 はしごを登る程度の気軽さでロッククライム。あっと言う間に、ジムリーダーの下へたどり着いた。
(この人がジムリーダーかぁ……)
 西洋某国の軍服を想起させる茶色いコートと帽子を身につけた、30代くらいかの男性。体格もがっしりとしていて、威風堂々とした雰囲気を醸し出している。ジム前の看板からして、彼こそが、このシギシティジムのジムリーダー・サガンだ。
(うっわぁ……話しかけづらいな)
 いつも元気なセキナが委縮していた。さすがは「岩窟覇王」の異名をもつだけのことはある。ジム前の看板に偽りなし。
「あのー、すみません」
 勇気を出して話しかけると、
「ん? おー、挑戦者か? そんなに縮こまらなくたっていいぞ。ほら、リラックス、リラックス!」
 思いの外ラフだった。しかし、声は大きく、いかにも豪放磊落といって感じ。理不尽なのは承知だが、そんな声で「リラックス」と言うのは少し矛盾している気がする。かえって「リラックスしなきゃ」という強迫観念すら湧いてくる。もちろん、本人にそのつもりはないのだろうが。
(ひー! だから、どうリラックスしろと……?)
 それが、セキナの正直な感想だった。
 目は口程に物を言うらしい。
「あれ? ここは朗らかに『頼もーっ!』って言うところじゃ……ああ、本当、どうやったら怖がられずに済むんだろうっ!?」
 サガンは「岩窟覇王」らしからぬ悲愴な声を上げたり「くぅぅぅっ……」と唸ったり、頭を抱えたりしていた。
 そういう残念な一面を垣間見て、セキナはようやく幾分か気が楽になった。


「なんかいろいろあったけど……俺はサガン。ここ、シギシティジムのジムリーダーで、使うのは岩タイプだ」
「あー、たしかに、そんな感じがします」
「……え?」
 今のは褒め言葉なのか否か? サガンの強面が戸惑いの表情を作る。だが、セキナはそれを察せるほど繊細ではない。
聞かなかったことにしよう、うん。そんで、君の名前は?」
 サガン、ここはなんとか堪えた。ジムリーダーは、あらゆるポケモントレーナーに模範を示す職業とも言える。だから、任命の際には実力だけではなく人格も厳しく審査されるのだ。それがよくわかる一幕だった。
「セキナです。よろしくお願いします」
 セキナが軽く会釈すると、
「へぇ。君が噂のセキナちゃんか」
 サガンは呟いて、意味深そうな視線をセキナに浴びせかけた。
「噂って……どういうことですか!?」
 セキナはサガンに迫る。
(まさか、ディアンシーのことも……!?)
 そんな使命感からくる懸念。
 しかし、彼女は気づいていない。露出の多いロンパース(傍から見ると水着か下着である)を着た少女が超人的身体能力で道路を駆け回ってはトレーナーにバトルを仕掛けまくっている時点で、噂にならないわけがないということに。
「あ、心配しなくていいぞ? そんなに広まっていないし」
 だが、サガンは今「心配しなくていい」と言った。
「えっ……その『心配』って?」
 セキナは心を読まれているような錯覚がして、ものすごく気がかりだった。ジムリーダーなのだから、ディアンシーのことを多少なり知っているのかもしれない。
(だとしても、どうして私と一緒にいることも知っているんだろう……?)
 という疑問も浮上したが、深く考えても無駄。というより、考えすぎかもしれない。「心配」という言葉が必ずしもディアンシーにつながるとは限らないのだから。
 今はジム戦に向けて心を落ち着かせることにした。
「ところで、ジム戦は初めてか?」
「はい。そうですが……」
「そうか。じゃあ、初心者仕様だな。でも、それはそれで手加減はしないからな――」
 バトルの話題になって、セキナは今更ながら緊張してしまった。ゴクリと唾を飲む。

「まあ、最初に試練に向けて、気ぃ引き締めておきな」


 岩場を模したバトルフィールドに足を踏み入れた時、セキナは自らの鼓動を聞いた。
「ルールはシングルバトル。使用ポケモンは2体……」
 審判の声どころじゃなかった。気を引き締めすぎて、ドキドキが止まらない。
(しっかりしなきゃ!)
 そう自分に言い聞かせ、両手で頬を叩いた。そして、右手でプレミアボールを握り締める。
「バトル開始!」
 審判のかけ声で、
「それじゃあいきます! ヌメラ、お願い!!」
「ああ、全力でかかってこい! 出番だ、ウソッキー!!」
 セキナの「最初の試練」が幕を開けた。相対する挑戦者とジムリーダーが、それぞれプレミアボールとモンスターボールを投げる。
 セキナの初手はヌメラ。ドラゴンポケモンだが、覚えている技は"体当たり""泡""吸いとる""守る"。ドラゴンタイプこそ覚えていないものの、"泡"は水タイプ、"吸いとる"は草タイプの技だ。どちらも、サガンが使う岩タイプのポケモンに相性抜群である。
 対するサガンの初手はウソッキー。木のような姿をしているが、それは野生の世界で生き延びるためのフェイク。やはり、岩タイプのポケモン……
「なんで草タイプ!?」
 のはずなのだが、セキナにそんな知識などない。
「? ああ、こう見えて、コイツは岩タイプなんだぞ?」
「ブラフは通じませんよ、サガンさん」
「いや、だから本当に……って、ネタバらしになっちゃったじゃないか!」
「ほら、今『ネタバらし』って言った!」
「いや、だからそれは……そうだ、図鑑! 図鑑見ればわかるって!!」

『No.185 真似ポケモン ウソッキー
 敵に襲われないように木のふりをする。両手は1年中緑色なので、冬は偽物だとすぐばれてしまう』

 そして、タイプ欄にはたしかに「岩」と書かれていて、
「……すみませんでした」
「いいっていいって。そういうポケモンだから」
 セキナはようやく納得した。サガンも苦笑いしつつ許す。
「じゃあ、気を取り直して……ウソッキー、"ウッドハンマー"!」
 今度こそ、本当にバトル開始。ウソッキーは両手を振り上げてヌメラに襲いかかる。
 "ウッドハンマー"は、全身を使った、草タイプの打撃攻撃だ。全身を使うため"捨て身タックル"と同様に自身も反動でダメージを受けてしまうが、その分強力な一撃だ。それに、このウソッキーの特性は、技の反動でダメージを受けない『石頭』。……それにしてもこのジムリーダー、初っ端からハードモードである。
「ヌメラ……えっと、"守る"!」
 最初からいきなり大技を繰り出されたものだから、セキナは動揺してしまった。相手の技を見てから、自分のポケモンに指示するまでのスピードが鈍っている。
「……ってことは、そのヌメラの特性は『草食』じゃないってことか」
「っ!? どうしてわかったんですか!? というか、『草食』って何ですか!?」
「ヌメラの特性は『草食』か『潤いボディ』。前者は、草タイプの技を受けると、ダメージや効果を受けずに攻撃が上がる特性だ。
 要するに、自分にとってプラスになるはずの攻撃を防いだってことは、そうじゃないってわけだ。そういうの、覚えといた方がいいぞ?」
 しかも、防いだはずの初撃で手の内がバレかけてしまっていた。さすがはジムリーダーと言ったところか。
(隠れ特性でよかった……)
 幸い、ヌメラの特性は『潤いボディ』ではなく『ぬめぬめ』だ。まだ、バレきっていはいない。ジムリーダーいえども、隠れ特性は予想の範疇に入っていないだろう。
 しかし、安心なんてしていられなかった。
「それだけじゃないぜ。ウソッキー、次は"物真似"だ!」
 そう。ウソッキーといえば、この"物真似"である。これは、相手が最後に使った技を模倣して覚える技だ。今の場合、ヌメラが最後に使った技は"守る"だから……
「ヌメラ、"泡"!」
 ヌメラが効果抜群の技を繰り出しても、
「ウソッキー、"守る"!」
 防がれてしまうのであった。
 初撃を防がれるという、一見低調な滑り出し。それを、サガンは自分の有利に変えてしまった。……それにしてもこのジムリーダー、初心者相手に知略用いまくりである。
(サガンさん、強い……! これで初心者仕様だなんて)
 セキナの顔つきは険しい。額から冷や汗が一筋。バトル序盤からこれだから、このジムリーダー、少し大人げないのかもしれない。
「でも、やられてばっかじゃいられないから! ヌメラ、もう1度"泡"!!」
 "守る"は連続して使うと失敗しやすくなる。ならば、使われた後がチャンスだと判断し、セキナは今度こそ攻撃に出る。
「だったら……"冷凍パンチ"!」
 サガンの指示を受けて、ウソッキーは木の形をした両手に冷気を纏い、
「"泡"を打ち返せっ!」
「!? 『打ち返す』!?」
 無数の"泡"にそっと触れて凍らせた。小さな氷の粒が出来上がりだ。
 それらを間髪入れずにスマッシュ。ヌメラの方へと飛んでいく氷の粒たちは、まさに氷の弾幕だ。1粒の威力は小さいが、たくさんあればそれなりの威力になる。塵も積もれば山となる、というものだ。
 しかも、ヌメラはドラゴンタイプ。氷には弱い。いつもなら点であるはずの目を「><」といった形に瞑りながら耐え忍んでいる。
「今だ、"ウッドハンマー"!」
 そこへ、氷の弾幕に身を隠していたウソッキーが再び"ウッドハンマー"をぶつけにきた。
 ウソッキーはあまり素早くない。大振りな"ウッドハンマー"も、普段のヌメラならかわせるはずだった。しかし、今はバトルフィールド一面、氷の粒の嵐。退路がないのであった。
 だから、ヌメラの脳天にクリーンヒットだ。
「ヌメラ……っ!?」
 氷の弾幕が治まった後にセキナが見たヌメラは、瀕死寸前だった。霜焼けのせいで体の節々が赤く腫れていて、"ウッドハンマー"を食らった脳天には痣ができている。
 だが、こんなに無惨な姿になってなおヌメラは――

 自身を心配してくれる主人に、点の形をした目を少しだけ細めて微笑んで見せた。

 ぬめり。
(そうだ……さっきの"ウッドハンマー"!)
 ヌメラの特性『ぬめぬめ』は、相手が接触した時に発揮される。
 サガンには、氷の弾幕のせいで見えなかったのだろう。この特性をもつヌメラは、通常のヌメラよりも段違いにぬっめぬめ。そのせいで、粘液が地面にこぼれてしまっているのだった。
 今、ヌメラの真ん前で、ウソッキーが粘液に足場を奪われている。すぐ近くで攻撃できる絶好のチャンスだ。
「ヌメラ、"吸いとる"!」
 ウソッキーが動きを封じられているその隙に速攻。しかし、
「ウソッキー、"守る"!」
 身動きがとれなくても、ウソッキーは攻撃を防げてしまう。
「なかなかやるな。氷の粒で打つ手なくしているように見せかけて、粘液に水たまりに誘い込むなんて」
 しかし、サガンが突然の粘液に驚いているのはたしかだ。
「あ、はい。ありがとうございます。……偶然なんだけどなぁ
 そして、セキナも驚いている。
「でも……それは、こっちも超至近距離で攻撃できるってことだ! ウソッキー、"冷凍パンチ"!!」
 粘液で足場を取られたウソッキーは、腕だけでも動かして"冷凍パンチ"を繰り出した。これを食らえば、ヌメラは間違いなく瀕死だ。
「ヌメラ、"守る"!」
 だが、元はと言えば、ウソッキーの"守る"はヌメラのそれを"物真似"したものである。模倣された側が使えないはずがない。
 ヌメラを守る緑色の球体が凍って散った。
 その瞬間、セキナは思考が急速に巡るのを感じた。
(これ以上攻撃されたら、ヌメラは倒されちゃう……でも、こっちが攻撃しても防がれる……次に"守る"を使ったら失敗するかもしれない……でも、さっきの"冷凍パンチ"で"守る"は砕かれていた……なら!)
 こういう時、セキナはリスクを顧みない。衝動的に口が動く。
「ヌメラ、もう守られてもいい。とにかく、全力で吸い尽くそうっ!」
 ポケモンと一体になって戦っている感覚に、心も体も突き動かされるのだった。
 ヌメラも、トレーナーのそんな姿に元気をもらったようで、口を大きく開けて"吸いとる"を繰り出す。
「何を考えているのかよくわからないけど……ウソッキー、もう1度"守る"だ!」
 サガンも、セキナがやろうとしていることが全く読めない。ただ、逆転の一手だということだけはわかった。
 ウソッキーも、本能か何かで空恐ろしさを感じたのだろうか? 若干焦りを見せながら"守る"を繰り出した。
 もちろん、ヌメラの"吸いとる"は阻まれる。が、
「まだまだ! ヌメラ、このまま続けるよ!!」
 ヌメラは、それでも技を出し続ける……いや、一瞬だけ息継ぎをしてはまた"吸いとる"を繰り出すという風に波状攻撃をしているのだ。
 対するウソッキーも、同じようにして"守る"を維持している。しかし、"守る"は続けて使うと失敗しやすい。
 それに、"物真似"で模倣した技には1つ大きな欠点がある。
 技にはPPという数値がひとつひとつに定められている。これはポケモンに過剰な負荷がかからない程度で、その技を使える回収を示したものだ。強力でな技であるほど、繰り出す時に多大なエネルギーを要するため、PPは低くなる。
 "物真似"で覚えた技を使う時、ポケモンは本来覚えていない技を即興で再現しようとするので、普通にその技を使う時よりも多くエネルギーを消費する。そのPP、たったの5。
 逆に"吸いとる"は威力が低い分、PPは25。たくさん撃つことができるのだ。
 だから、次第にウソッキーを守る球体に亀裂が入って……
 パリィン!
 砕け散った。その隙に、
「"泡"!」
 ヌメラは"泡"を発射する。それも、超至近距離から。
 ウソッキーは、直前まで"守る"を使うことに集中していたため、"泡"に対する反応が遅れた。足元はぬめぬめ。かわすこともままならず、効果抜群の水技を正面から受けてしまい、そのままふらりと倒れた。
「ウソッキー、戦闘不能」
 審判の声を聞き、セキナは胸を撫で下ろした。今思えば、大きな賭けに出たものだ。
「よくやった、ウソッキー。ゆっくり休んでくれ」
 サガンはウソッキーをボールに戻すと、セキナに向き直った。
「いやぁ、見事にしてやられた。まさか、こっちがこしらえた氷の弾幕を利用されるなんて」
 嫌味のない、さっぱりした笑顔で挑戦者を称賛する。
「ヌメラがチャンスを作ってくれたんです。でなかったら……たぶん、こっちが先にっやられてました」
 セキナは、今まで植え付けられてきた劣等感から、らしくもなく謙遜してしまった。
 しかし、ここはジムリーダー、
「まあ、半人前意識も大切っちゃ大切だが……もっと自信もっていいんじゃないか?」実力者の正論で、まだ未熟なポケモントレーナーを激励してやる。「『ヌメラがチャンスを作ってくれた』って言っていたけど……それは、ヌメラも『トレーナーの期待に応えたい』と思ってくれていたからだろ?」
 セキナは、なぜだか変な気持ちになった。
(『期待に応えたい』って思ってもらえている? 私が?)
 どうしても素直に受け入れられず、ちらりとヌメラの方に視線を投げかける。ヌメラの目は点だ。表情が読めない。ぬぼーんと、しかし真っすぐに次の相手を待ち構えている。果たして、本当にそんな真意を抱いてもらえているのだろうか?
「それじゃあ、バトルを再開するぞ」
 サガンに声をかけられて、セキナは我に返った。あと1匹。最後まで気を抜いてはいられない。
「いくぞ、俺の切り札……プテラ!」
 否、最後だからこそ気が抜けないのだ。
 サガンの切り札・プテラは、翼竜のような灰色のポケモンである。

『No.142 化石ポケモン プテラ
 コハクから取り出した遺伝子を再生して復活した、恐竜時代のポケモン。空の王者だったと想像されている』

 空の王者――その異名を冠するだけの威圧感を放っている。眼光も牙も鋭い。
 だが、それだけに挑み甲斐があるというものだ。
(ヌメラが作ってくれたチャンス、無駄にしたくない。このバトル、絶対勝ってみせる!)
 セキナもヌメラも、眼前の「空の王者」を睨んでいた。

■筆者メッセージ
 PPに関する説明は、あくまで想像です。つまり、捏造です。←
 サガンの名誉のために言っておきます。ホウライ地方はポケモンが発見されてからあまり年月が経っていないから、隠れ特性なんて予想できるほうが普通じゃないのです。


 Q.おい、岩技使えよ。
 A.いや、アニポケのメリッサも"催眠術"だとか、"鬼火" "サイコキネシス"で鬼火のリングだとか使っていたけど、あれゴースト技じゃないよな、と……。もう少し新しい比喩がなかったんですかね、私?

 Q.てか「氷の弾幕」って……?
 A.某氷の妖精とカブりましたが……それがどうしたぁっ!?(開き直っちゃったよ、この人!?)

 Q.最初のジムリが『石頭』+"ウッドハンマー"したり、わざわざ"冷凍パンチ"まで覚えているのは、やっぱり……?
 A.お察しのとおり、我がHNはつるみ。生まれ持っての天邪鬼畜(「あまのじゃきちく」と読ませます)だ!
つるみ ( 2016/03/28(月) 16:09 )