第8話 青春は走る
前回のあらすじ
トレーナーズスクールでの恩師・ミナヅキに嵌められたセキナは、女子寮の宿直を押しつけられてしまった。さらに、1年女子・アサのポケモンであるクレッフィの悪戯で、宿直室の鍵を奪われてしまう。安眠を妨げられたセキナは、女子寮寮長・マカテのポケモンを借り奪還を試みるが……
「……で、クレッフィって、結局どんなポケモンなんだろう?」
(そこから!?)
セキナの呟きに、ディアンシーがわざわざモンスターボールの中から念を送ってツッコんだ。
「あ、ディアンシー? 今は出てもいいよ」
「ん……ありがとう。じゃなくて! 知らなかったの!? さっき、私に『鋼タイプだから〜』って言っていたじゃないの!」
「ゴメンゴメン。なんか、実習で苦戦した覚えはあるんだけど、鋼タイプだったことしか覚えていないや」
ディアンシーは思わず唸りそうになった。とはいえ、反対を押し切ってでもついていくと決めた人間だ。見限るような真似をしたら、あの時張った我が嘘になる。
「でも、絶対に取り返すから! 安心して見ててね」
「でも」だなんて言われると、ついさっきセキナに呆れていた本心を見透かされていたような気がして、あまりいい気ではない。
「……と、とりあえず、さっきポケモン借りていたけど、その子はどんな子か知っているの?」
「あっ、そういえばそうだ」
そうはわかっていても、ディアンシーの呆れは募るばかりである。
「ちょっと、失礼しまーす」
セキナが借りたモンスターボールをそっと開いてみると、小猿のようなポケモンが出てきた。尾が長く、その先が手のひらのような形をしている。
『No.190 尾長ポケモン エイパム
器用に動く尻尾の先を手のひらの代わりに使っていたら、反対に両手が不器用になってしまったポケモンだ』
奇しくも、鍵を分捕るのに向いているポケモンだった。
「技は……"引っ掻く""驚かす""猫騙し""砂かけ"かぁ。"驚かす"と"猫騙し"が使えそうだね」
「ちょっと! "猫騙し"は対峙した瞬間にしか効かないわよ!!」
「そうなの!?」
むしろ、人間の技量の方が怪しかった。
トレーナーズスクールの寮は、男子も女子も学年ごとに大部屋1つずつである。1階に生徒の大部屋が、2階に宿直室や厨房、物置などがある。
広い大部屋には逃げ場がないからか、クレッフィは2階に逃げていったそう。
セキナも2階へと向かうが、そこで予期せぬ出来事が――!!
「どうして男子がいるの……?」
一部の野郎による「覗き隊」との遭遇である。幸い、こちらには気づいていない様子。
(ヤバイ……ディアンシー、戻って!)
(どうして?)
(ああいう野郎は、かわいい子にあんなことこんなことしてくるんだから!)
(っ……「かわいい」って……? というか、「あんなことこんなこと」って何!?)
(えーと……その、とりあえず、
タナボタ団よりもヒドくてふしだらなことされる! それだけはわかる!!)
実態がわからないからといって、ディアンシーをボールに戻すためだけに、
勝手に間抜けな改名をされたうえ、勝手に変態扱いされるタナトス団。秘密結社に陰謀論などをはじめとした憶測はつきものだが、裏社会広し言えど、このような烙印を押された組織はそうないだろう。
(そんなことしそうな感じはしなかったけど……あと、タナトス団ね。とりあえず、怖いから戻っとくわ)
しかも、その組織の被害者であるはずのディアンシーが弁護することになる始末。
さて、ディアンシーをボールに戻したまではよいとしよう。
(たしか、一部の男子が夜な夜な女子寮に潜入して、寝顔の写真を撮って売買しているとか聞いていたけど……)
セキナは、学級委員長の友達にそのことを密告、「僕が言っても聞かないから」と頼み込まれて、女子寮に忍び込む思春期真っ盛りの青少年を撃退していたことがある。おかげで、彼女が在学していた2年間は「女子寮平静の2年」と伝えられているらしい。
しかし、今セキナは「先生」としてここにいる。生徒に鉄拳制裁を加えては、度が過ぎた体罰になりかねない。
(どうやって追い払おうかな?)
この年頃に厳重注意が効かないということは、セキナもよく知っている。自身も反抗しまくった劣等生なのだから。
……と、
(そうだっ!)
今は先生という立場にあるとはいえ、セキナも卒業したばかりの10歳。目には目を、歯には歯を、
(悪戯には悪戯をっ♪)
セキナは、この対処法に男子が目を丸くするのを想像して、思わず破顔した。
小さな声で、
「出てきて、ヌメラ!」
プレミアボールから現れたヌメラは、大きなあくびをした。
「夜遅くにゴメンね。この辺をちょっと這い回るだけでいいから、ちょっとだけお願い」
ヌメラは、言われたとおり、ゆっくりと2階を徘徊する。
エキサイトしていたリンドウの説明によれば、このヌメラは隠れ特性『ぬめぬめ』の珍しい個体で、通常のヌメラよりも段違いにぬっめぬめ。「なんと、粘液が床にこぼれ落ちちゃうのであーる!」とのこと。
だとすれば……
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」 女子寮の怪・ぬめぬめロード、完成。
(よっし! 驚いてる驚いてる〜)
作戦成功。セキナは暗がりでにひひと笑った。
今や、女子寮2階は阿鼻叫喚。
こうして、女子たちのプライバシーは、がっちりと守られたのであった。
が、
「先輩! 今、上から悲鳴がしたけど、大丈夫ですか!?」
寮長としての責任感からか、様子を見にきてくれたマカテも、
ぬめり。
とすんっ、と尻もちをついてしまった。仕方がない。
「ひゃっ……何このぬめぬめ!?」
「あー……ちょっと、プライバシー」
この上で普通に動ける人間はセキナだけなのだから。
「この格好で部屋に戻ると笑われるので」
寝間着を粘液まみれにしてしまったマカテは、そう言ってセキナに協力してくれた。
そして、ついに……
『No.707 鍵束ポケモン クレッフィ
気に入ったカギは絶対に離さないので、防犯のために金庫のカギを持たせるのだ』
「え!? 何、その……『絶対に離さない』!? 今までどうやっていたわけ!?」
ものすごい波乱を予感させる説明が聞こえた気がするが、ひとまずクレッフィとの邂逅である。
鍵の形に輪っかがくっついたような姿のポケモンで、その輪っかには5個鍵がかかっている。まさに、鍵の形をした、鍵の鍵。ちなみに、最後の「鍵」は盗賊の俗称(錠前を開ける意味からきた)である。
「ミナヅキ先生は、いつも"メロメロ"でポケモン通して服従させています」
マカテの答えから、クレッフィは♂だとわかる。ミナヅキの相棒は、♀のスワンナだったからだ。
「そうなの……? とにかく、エイパムお願い!!」
セキナは、マカテから託されたエイパムを出した。
エイパムは、夜でも元気溌剌。だが、振り返るといつもと違う主人。ぎょっとした。
ここは、本来の主人であるマカテに諭してもらって、
「大丈夫だよ……ほら」
セキナが、エイパムに手を差し出した。すると、エイパムは、手のひら形の尻尾をぽむと載せて、
「ありがと。よろしくね、エイパム!」
握手を交わす。
……が、握った手をを離そうとして、
「……離れない?」
見れば、クレッフィがケラケラと笑っていて、揺れる鍵がジャラジャラ鳴っている。
「先輩!? ちょっと待っていてくださいね。今、アサから事情を聞いてきます!」
マカテが1階に戻ろうとして走り出すと……
「あひゃあっ!?」
思春期迎撃用粘液で、再び転倒。
クレッフィは、戸惑う2人と1匹をさも愉快そうに笑いながら逃げていきましたとさ。
「りょーちょー……男子に何されたんですか? なんか、いかにもアヤシイ液体がついているけど……」
「アサ、いい加減黙って! だいたい、元はといえば、トレーナーとしてクレッフィを律しないのが悪いんじゃない」
「うう……そうっちゃそうですけど〜……」
再び、1階。
屈辱を受けさせられたマカテは、事の大元であるアサに詰め寄っていた。
「まあまあ、マッちゃん。アサちゃんはまだ入学したての初心者なんだし。それに、あのクレッフィ、結構ずる賢いけど、裏を返せば賢く育っているってことだし、すごいと思うよ?」
セキナは、今にもげんこつをお見舞いしたいですオーラが充満したマカテをなだめる。
幸い、セキナの手とエイパムの尾はすぐに離れた。しかし、その時には、クレッフィは逃走していた。
そんな不思議現象を起こせる技を、クレッフィは持っていたそうで。
「"フェアリーロック"?」
「はい。少しの間だけ相手を動けなくする技です」
用途は、おもに戦闘離脱妨害。しかし、そこで1つの疑問が生じる。
「でも、寮長のエイパムって、特性『逃げ足』ですよね? だったら、"フェアリーロック"は効かないと思いますが」
セキナは、いたたまれない気分になった。
――あの時、エイパムと握手していなければ。
「ゴメンね、マッちゃん」
「先輩は悪くないですって。むしろ、すごかったですよ!」
「?」
セキナは耳を疑った。褒められるようなことをした覚えはないのだが。
「あんなに早くエイパムと仲良くなるなんて、さすが先輩です! 何したんですか!?」
「別に、それっぽいことは何もしてないけど……あと、私、『さすが』って言われるようなトレーナーじゃないよ」
と、たしかそういうことだけでは何度か褒められたことはあった、と思い出す。「ポケモンと仲良くなるのが早い」と。「戦ったポケモンが活き活きとしている」と。
けれども、
「私の成績、306人中306位だったし」
問題児の烙印は消えなかった。
だが、マカテはこう言った。
「先輩。生意気なのは承知で言いますが……成績なんて、気にしたら負けですよ?」
達観している……というわけではないようだ。
マカテの視線は、セキナの方ではなく、どこか遠くに向いている。何かを焦がれるような、優しい表情で。
(マッっちゃん、どうしたんだろう?)
セキナが解せずにいると、アサが肩をぽんぽんと叩いてきて、
「寮長、ああ見えて、成績最下位の男子をすっごく気にかけているんです――ってか、あれは絶対恋してます!」マカテのプライベートを赤裸々にした。「いやぁ、やっぱり、私みたいなか弱い乙女とは母性が違いますね。『守られたい』じゃなくて『守ってあげたい』って思考なのが、いかにも寮長らしいです! なんか憧れちゃいます!!」
しかも、必要以上に。
が、おごれる者も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
「アサちゃん〜〜〜? 何楽しそうに話しているのかな〜〜〜〜〜?」
噂をすれば影と言わんばかりに、マカテが闖入。ヌメラの粘液で髪の毛ぬっめぬめになっているので、さながら「学校の怪談」である。
「いや、その……先輩は母性に満ちた素晴らしい寮長だな〜、的な?」
アサの顔は引きつっている。
「とりあえず……『私みたいなか弱い乙女とは母性が違いますね』ってさぁ……自分を『か弱い乙女』にしておいて、かつ
私は『か弱い乙女』じゃないってこと!?」
マカテの逆鱗に触れたのは、恋愛事情を赤裸々にされたことではなく、か弱い乙女として扱われなかったことらしい。この時点で、既に乙女である。
「で、でも、
夫がいたら乙女とは言えないでしょうっ!?」
「乙女」という言葉には、「少女」という意味のほかに「処女」という意味もある。
「お、夫ぉ!? なんでそんな、きっ、ききききき気の早いこと……」
でも、マカテの顔は真っ赤っか。彼女、割と本気だ。
「あー、もう! アサ、明日の放課後2階のぬめぬめ掃除してよね!!」
「寮長ぉ……クレッフィの技教えるので、今日のところは……」
「ふぅ……仕方ないわね」
しかし、直前の照れっぷりの割には潔い。
アサは顔をぱあっと輝かせ、「ありがとうございます!」と感謝しかけた、その瞬間、
「でも、今まだ11時! まだ日付は変わっていないから、
明日は掃除ねっ♪」
後悔した。
「ううううう……"フェアリーロック""泥棒""妖精の風""驚かす"ですぅ……」
それでも、マカテにクレッフィの技を教えたのは、彼女を先輩として慕っている証拠だ、とセキナは思ったのであった。
そうして、ラウンド2。今度は1階。
「いくよ、エイパム! "猫騙し"!!」
初手は上々。クレッフィは、怯んで動けない。
「いけますよ、先輩!」
「うん、今度こそ捕る! 次は"驚かす"!!」
セキナの指示を受けて、エイパムは手頃な柱を伝って天井へ。クレッフィの視界から外れた。
("驚かす"のやり方も上手いなぁ……)
セキナは、エイパムの無駄のない動きに感心した。今、彼女の傍らで戦況を見守っているマカテの手腕も相当なものなのだろう、と。
エイパムを見失ったクレッフィは、キョロキョロと辺りを見回している。
そこへ、ばあっ! と、エイパムが天上からぶら下がってきた。器用な尻尾で天井をつかみ、逆さまに。
技名通りに驚かされたクレッフィは、思わず鍵が吊るされている輪っかのつなぎ目を外してしまった。
「もらいっ!」
セキナの快哉と共に、エイパムが尻尾を振りかざし鍵を奪取。
勝った――はずだった。
エイパムがセキナたちのもとへ鍵を届けようとしたその時……!
バシッ!
ものすごい勢いで、鍵を奪い返された。
再び、鍵はクレッフィのもとに。
しかし、さっきまでエイパムのスピードに翻弄されていたクレッフィが、どうやってそのスピード差を覆したのだろうか?
「……"泥棒"」
マカテが、思い出したようにぽつりと呟いた。
"泥棒"とは、その名の通り、素早い動きで相手の持ち物を盗んでしまう技だ。
いくら分捕ろうと、この技がある限り奪い返されてしまう。このままでは堂々巡りだ。
「こういう時、2匹持ちしたっていう退学生たちが偉大に思える……」
「先輩、それ、一部の先生の前で言ったら呼び出し食らいますよ……」
途方に暮れる少女たち。
要するに、セキナたちの逆転負けだった。
しかし、この時、セキナはある作戦をひらめいていた。
かつて何度もお世話になった便所にて。
「ディアンシー、ちょっといいかな?」
「どうしたの? こんな狭い場所でコソコソして」
ディアンシーをボールから出し、密会。
「この前、剣造っていたでしょ? それで、鍵も造れないかな?」
セキナの作戦はこうだ。
まず、ディアンシーの力で鍵の模造品を製作。
「図鑑見たらね、クレッフィって20cmしかないの。かわいいよね!」
「ふーん……それで?」
「そんなに小さい体なら、持てる鍵の数も少ないはず。だから、ダイヤの鍵と交換なんてどうかな!?」
セキナの提案を聞いて、ディアンシーは初めて気づいた。
クレッフィは、鍵を5個持っていた。しかし、学校の鍵はそれぞれ木の札がついていて、普通の鍵より重く、面積をとってしまう。
(相変わらず、普通じゃないわね)
ディアンシーは、褒め言葉として胸中で呟いた。
セキナは、元の知識が乏しい分、図鑑を隅々まで読んで役立たせようとしている。でなければ、身長の情報なんて生かせない。
(あの
冴えないアラフォーも、意外と人を見る目あるのね)
ただし、推薦したリンドウのことは、心の中でも「冴えないアラフォー」呼ばわりだ。残念。
「どう? この作戦」
セキナは、ディアンシーに同意を求める。
答えは決まっていた。
「面白そうね。乗ったわ、その作戦!」
こういう時を待っていたのだ。守られるだけのお姫様ではなく、共に助け合い戦えるともになれる――そんな時を。
「それじゃあ、ディアンシーはトイレで鍵造りしてて。私は、マッちゃんたちに作戦伝えにいくから」
セキナがトイレから立ち去り、ディアンシーは1匹だけになった。
鍵のように、細かい凹凸がある物体を造るのは初めてだ。そもそも、この能力は、元々ダイヤの粒子を生み出すだけの能力だ。剣を造るのに時間がかかったのも、応用的な操作に手間取ったからだ。
(私もまだまだね……)
だから、鍵造りは、凹凸を再現する分、かなり時間がかかる。そして、技巧が試される。
でも、トイレの外から
「アサちゃん、クレッフィって、鍵に好き嫌いある?」
「いえ、特に。鍵なら何でもOKだと思います」
「よっし! それじゃあいける!!」
セキナの声が聞こえた。
(期待してくれているんだから、応えてやらなきゃ……!)
だから、頑張れる――いや、燃えてくる!
胸が高鳴ってきた。できる気しかしない。
やる気から、トイレの中から能力の発現たる石竹色の光輝が漏れ出しているが。
「先輩! あれ、何ですか!?」
「えっ!? ……たぶん、間違えてウォシュレットいじっちゃって四苦八苦しているだけだと思うよ、あははー」
アサにバレかけて、セキナは、とにかくはぐらかす。
そこへ、
「セキナ、できたわよ!!」
「!? ちょっと、勝手に出てきちゃバレるって……!」
ディアンシーが出てきてしまった。セキナは鍵だけ分捕って、必死に押し戻す。
「先輩、今の声は……?」
「初めての噴水にビビったんだと思う、たぶん」
けっこう苦しいが、これさえ出せば後輩たちの気を逸らせるはずだ。
「それよりも、これっ!」
セキナは、ディアンシーに造ってもらったダイヤモンドの鍵を見せた。
「きれい……」
「先輩……これ、ダイヤモンド、ですか……?」
後輩2人は、生涯初めて目にするダイヤモンドにしばし見惚れる。その姿は、無邪気な女の子らしさに溢れていた。
言えない。こんな無垢な眼差しを向けてくる少女たちに、さっきトイレからタダで採ってきただなんて、口が裂けても言えない。
「クレッフィ、絶対気に入ってくれますよ、これ!」
アサが太鼓判を押してくれた。本当のことなんて、死んでも言えない。
ともかく、準備は整った。
安眠まで、あと一息。
再び、2階廊下。
「クレッフィ、ほら、ピッカピカの鍵だよ〜」
今度はアサも動員された。
クレッフィとは、あれでも深い信頼関係を築いているようで、彼女がダイヤモンドの鍵をちらつかせると、クレッフィは一目散に駆け寄ってきた。あんな悪戯っ子でも、心の底では主人に甘えたいのかもしれない。
「交換日記の鍵、ロッカーの鍵、家の鍵、部室の鍵……あっ! 勝ってに宿直室の鍵もらっちゃ駄目でしょ!」
芝居開始。割と上手い。
それ以上に、セキナが気になったのは、
『気に入ったカギは絶対に離さないので、防犯のために金庫のカギを持たせるのだ』
そういうことである。
「アレ、全部アサちゃんのなんだ……」
一瞬、最初からアサが出れば万事解決だったのではないかと疑いかけるが、過ぎたことは仕方がない。今はアサの交渉を見守るのみ。
「他人の鍵を盗むような悪い子には、新しい鍵なんてあげませんっ!」
この時、セキナとマカテの表情がこう語っていた。「何だろう……この、お母さん感」
「ちゃんと元の場所に戻すこと。わかった?」
ジャリン、ジャリン、と弱々しい鍵の音。
交渉成立だ。
クレッフィが輪っかを外して、ついに宿直室の鍵が返ってきた。それを受け取ると同時に、アサはダイヤモンドの鍵をかけてやる。
「この鍵だけは、何があっても離さないで、大事にしてね」
ジャラン! 今度の音は溌剌としている。
それにしても、だ。
「私がぬめぬめになったのって、一体……?」
「マッちゃん……本当にゴメン」
「もう0時かぁ」
一件落着して、セキナは溜息をついた。
教員は、遅くとも朝の7時半には職員室にいなければならない、とミナヅキから聞いた。部屋の後始末と朝食の時間を考えると、6時には起きておきたいところだ。
が、セキナは8時半に着席しなければならないのにもかかわらず、8時20分に起きて、買いだめた食パンをくわえながらターボ全開で寮を出るような生徒だった。
果たして、ちゃんと起きられるだろうか?
――という心配は杞憂で、
「ひゃああああ! 遅刻遅刻〜っ!!」
案の定、起床時刻は7時10分だった。が、厨房に食パンを探しにいくと、
「あ、先輩。今、ちょうどトーストができたところなんです。よければ、食べていきます?」
マカテがいた。
「昨晩のお礼ってことで」
彼女は嘘が下手らしい。
――狙ってたんだ。
セキナは、わざわざ作ってもらったトーストをまじまじと見つめてしまった。染み込んだバターの黄色が眩しい。
「……ありがとう」
思わず、感謝の言葉も小さくなってしまった。
トーストをはむりとくわえると、
(あったかい……!)
口の中で、バターがじゅわりと広がる。
なんだか、今日は素敵な1日になりそうだ。
「言ってくるね!」
セキナはマカテに声をかけて、階段を駆け下りていった。
鈍器のような荷物がなかったので、校舎までは5分と少ししかかからなかった。マカテのトーストのおかげで最大ポテンシャルを引き出せたこともあって、足も速く動き、
「先生、嵌めましたね!」
その勢いで、職員室へ滑り込んだ。同時に、ミナヅキを糾弾。
「あ、バレた?」
当の本人は能天気だが。
「大変だったんですよ! 男子追い払ったり、クレッフィと鬼ごっこになったりで!!」
「やっぱり? でも、解決したんでしょ? さっすがセキナ! 私と博士が見込んだだけのことはあるっ!!」
「褒めればいいって思ってるでしょ!? もう、帰りますからね!」
セキナは、やっと解放される――と思い込んでいた。
が、ミナヅキの口から、衝撃の事実が告げられる。
「え?
まだ終わってないよ?」
美魔女の陰謀は続く。
陰謀その3――
「緊急企画、トレーナーズスクール・春の青空教室! どんどんぱふぱふー!!」