第1章
第5話 手加減に全力尽くして
 前回のあらすじ
 海辺の小さな町・ソビタウンに突如現れた海魔。セキナは、それを捕える依頼のためにやって来たポケモンハンターの同級生・リョウゴと再会し、海魔捕獲に立ち会うことにする。
 次の日、ついに海魔が現れ――



 体長が2mを超える、青いクラゲのようなポケモン。これが、海魔の正体だった。
 セキナは、急いでポケモン図鑑を出し、そのポケモンへと向けた。
 図鑑は電子音声で、

『No.593 浮遊ポケモン ブルンゲル
 ブルンゲルの住処に迷い込んだ船は沈められて、乗組員の命は吸い取られてしまうのだ』

 とんでもないことを読み上げてくれた。
「「出たぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」
 10歳の少年少女にこんな説明したら、普通は戦意喪失する。
「まさか、ゴーストタイプなんかじゃないよな……?」
「うーん……『水・ゴースト』とか書いてあるけど、目の錯覚だよね……?」
 セキナとリョウゴは、仲良く身の毛をよだたせている。
「でも、ほら。『体のほとんどが海水』だって。たぶん水:ゴースト=4:1なんじゃないのかなー。あはは、大したことないじゃん」
 そう言うセキナは棒読みだ。それに、タイプに比など存在しない。
「要するに、ゴーストなんだよな? そう言いたいんだよな? 畜生……パラスじゃ駄目か」
 リョウゴの「パラスじゃ駄目」の意味は、「"峰打ち"が当たらない」ということである。セキナには、他にも奥の手があるということしかわからなかったが。
「それじゃあ、コイツだ。頼むぜ、ミネズミ!」
 そして、その奥の手なのだが、少し心もとない気がしてならない。名前に「ネズミ」とついているだけあって、小さい体。しかし、セキナは、外見で強さを判断するほど野暮ではない。彼女自身も「小さいカイリキー」なのだから。
 問題は、ミネズミのタイプである。
「えっと……ノーマルタイプ、だよね?」
 ノーマルタイプの技は、ゴーストタイプに効かない。ポケモンの相性でも、「炎水草」に次ぐ初歩的なことである。
「まあ、見てろって。ミネズミ、"見破る"!」
"見破る"とは、ノーマルタイプの技をゴーストタイプにも当たるようにする技だ。ゴーストタイプの正体を見破って、突破口を開くらしい。
「そういことかぁ。でも、これ、正体わかるのは見破ったポケモンだけなんだよね?」
「そうなんだよなぁ……まあ、あんまりわかっていいモンじゃないだろうけど」
 と、そこへ、
「ミネズミが言ってる。あのブルンゲルとかいうポケモンは、水子の霊が宿ったポケモンが、海で命をたらふく食べて膨張したものだ、って」
 ディアンシーがひょっこり出てきて、ブルンゲルの正体を教えてくれた。が、

うわぁ〜〜〜〜〜〜っ! 祟りじゃ〜〜〜〜〜〜っ!!
「げっ!? ……南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、臨兵闘者皆陣烈在前!!(※)

 やはり、10歳の少年少女にはショッキングすぎた。
※九字護身法は本来気安く使ってよいものではありません。ご注意ください。

「パラスっ、大至急"痺れ粉"!」
 リョウゴは必死になって指示を出す。
 パラスは、背中に生えた2本のキノコから、黄色い粉を噴射させた。この粉が"痺れ粉"。"電磁波"同様、相手を麻痺状態にする技だ。
 「大至急」とついているのは、何が何でもブルンゲルを動かしたくない一心の発露だろう。まだ10歳であるのにもかかわらず、下手すれば死に直面するような状況に在るのだから、無理もない。
 それほど素早くもなく、2mを超えるため的も大きいブルンゲルは、放たれた粉をかわしきれずに麻痺した。
「ねぇ、今すぐ"電気ショック"撃ちまくろうか!?」
「馬鹿! 倒したら捕まえられねぇっての!!」
「そうだ、祟られちゃうんだよね」
「うん……まあ、そういうことにしておく」
 セキナの理解力が乏しいおかげで、平静を取り戻しつつあるリョウゴだった。
 ともかく、下準備が済み、ここからが正念場。
「いくぞ、ミネズミ! "怒りの前歯"!!」
 技名のとおり、ミネズミは前歯を剥いて、ブルンゲルに切りかかる。
 この"怒りの前歯"は、相手のHP――つまり体力の半分になる程度のダメージを与える技だ。ノーマルタイプの技なので、本来ならゴーストタイプを持つブルンゲルには効果がない。しかし、先の"見破る"のおかげで、ダメージを与えられるようになっている。……ちなみに、「怒り」の割には手加減している点に、リョウゴはどうしても違和感がするそうだ。
 セキナのメリープがとっさに繰り出した"電気ショック"が、水タイプも併せもつブルンゲルに効果が抜群だったため、既に半分以上もHPを減らせていた。そして、ただでさえ少ないHPを、さらに半分。
 ここまでは順調だった。が、 陸に戻ってきたミネズミに妖気が漂っていた。
「なんか、その……ヤバイ?」
 リョウゴは、セキナにポケモン図鑑の情報を要請すると、
「んーと……ッ!?」
 セキナは、図鑑を見て、硬直しかけた。

「特性……『呪われボディ』」

 数秒、沈黙。
「生きろ! ミネズミ、生きろぉーーーっ!」
 少年、慟哭。
「『ダメージを受けると、ときどき相手を金縛り状態にする』って……『カナシバリジョウタイ』って何!?」
 少女も慟哭。
「あ? 金縛りだぁ!? 人騒がせな」
 そのおかげで、少年のほうは少し落ち着けたのだが。
「あのな、『金縛り状態』ってのは、最後に使った技をしばらく使えなくする状態……あ」
 そのはずが、説明の最後に余計な1文字が付け加えられていた。
「何もできねぇじゃん、これ!」
「何もできない!? どういうこと!?」
 事態が想像以上に急転していたことに気付いてしまった。
「ミネズミは"怒りの前歯"以外、攻撃覚えてねぇんだよ! パラスも、"峰打ち"だけだ!!」
 リョウゴのポケモンの技構成は、手加減が徹底されていた。ポケモンを捕まえる時、瀕死状態にしてはいけないからだ。
 それが祟って――いや、「祟られて」と言うべきか――ブルンゲルに反撃の余地を与えてしまったのである。
 ブルンゲルの手が、ミネズミに巻きつけられた。身動きのとれないミネズミは、手を通して、HPが吸いとられているようで、、次第にぐったりとしていく。自慢の前歯も、使えなければ意味がない。
 間一髪、
「"峰打ち"!」
 パラスの"峰打ち"がブルンゲルにヒット。ミネズミは、なんとか一命をとりとめた。解放されたミネズミは力なく落ちていったが、運良く浅瀬に着地。
「大丈夫か、ミネズミ?」
 陸地から、リョウゴが声をかける。ミネズミは頷くものの、息も絶え絶え。金縛りから解放されるまでの間、随分とHPを吸われたらしい。
(あのブルンゲル、よりによって"吸いとる"なんか覚えていやがる!)
 振り出しに戻された。いや、それどころではない。今度は、最初から劣勢だ。リョウゴは唇を噛んだ。
 現実は非情。
 ブルンゲルは、大きく膨らんで……

 頭上から、潮を噴き出した。

"潮噴き"。水タイプの技でも最高クラスの威力を誇る大技だった。HPが減っていると威力が発揮されきらないのだが、先程ミネズミのHPを満腹になるまで吸いとったブルンゲルには、そんな弊害など関係なかった。
 狙いは、瀕死寸前のミネズミ。周りは海。逃げ場がない。絶対絶命……その時!

 輝く城壁が、潮を阻んだ。

 それは、壁の割には派手すぎる光輝を放って、ミネズミをがっちりと守っている。
 セキナには、この現象の原因がわかる。
「ディアンシー!?」
「勘違いしないでよ? 私は、ただ戦いたいだけなんだから」
 姫様は、相変わらず素っ気ない。
 それでも、思いっきり「勘違い」できるのが、セキナという少女である。
「ありがと」
「ちょっと……だから、そういうんじゃなくて……」
「よしっ! それじゃあ、一丁派手にブッ放そー!!」
 セキナは、ディアンシーの否定を完全無視して、号令した。
「いや、ちょっと待て! 倒しちゃ駄目だって!!」
 即刻、リョウゴに止められたが。
「あ、そうだった。祟られちゃう!」
「……もう、そういうことでいいや」


 ミネズミの呪いが解け、再び攻撃のチャンスが訪れた。メリープの"電磁波"で、その狼煙を上げる。
 吸われる前に、捕る。噴かれる前に、捕る。
「あと、倒すなよ」
「うん。早死にしたくないもん」
「……」
 もはや、リョウゴはツッコむ気も起きなかった。今は、眼前の標的に集中するのみ。
「"怒りの前歯"!」
 まずは、ミネズミがHPを半分削る。ここまでは定石どおり。
 しかし、ここで上手くいかなくなる。
 また、ミネズミが『呪われボディ』の餌食となった。
(さっきは「呪われボディ」に動揺していた隙に、ミネズミをさらわれた。今度もきっと――)
 捕食せんと、襲いかかってくる。
 もう大丈夫だ。金縛りでポケモンは死なない。ただ、技が1つ使えなくなっただけ。
 ブルンゲルの手が振るわれる、その瞬間、
「パラス! "峰打ち"で払いのけろ!!」
 リョウゴの指示で、パラスが奇襲をしかけた。おかげで、ブルンゲルはHPを吸いとれなかったうえ、"峰打ち"のダメージまで受け、もう虫の息だ。
(今なら捕れる!)
 リョウゴは確信して、この時のために用意したモンスターボールを1個出した。普通のモンスターボールとは違い水色で、上半分には白い波模様が入っている。これは、ダイブボール。水中で暮らすポケモンを捕まえるのに長けたボールだ。……後ろで、セキナが「なあにそれ?」というアイコンタクトをしてくるが、とにかく、今は眼前の標的に集中するのみ。
 大きく振りかぶって、
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!」
 ダイブボールが、豪速球と化した。 ヒュン! と音をたてて、ブルンゲルの額に直撃。命中、ではなく、直撃である。
 これが、リョウゴの十八番。トレーナーズスクールでは、技の"とどめ針"をもじって『とどめ球』と名付けられた。モンスターボールを当てた時の衝撃がダメージになるほどの豪速球をHP残りわずかの目標に当て、瀕死状態になりかかった瞬間、モンスターボールが開いて、そのポケモンを捕える――要するに、HP0にしてポケモンを捕まえる裏技だ。これを食らってモンスターボールから出られるのは、よっぽどの敵意をもって抗うポケモンのみ。
 しかも、
「そういや、リョウゴがポケモンを捕まえる時って、ボールが1回しか揺れないよね」
「ん。まあな。俺なりにツボがどこら辺か予想をつけてるから」
 あの豪速球できちんとツボを狙っているのだから、「捕獲クリティカル」が発生しないほうがおかしかった。
 ボールは1度だけユラリと揺れ……

 カチッ。

 ブルンゲルを捕まえた。
「やったぁ! 海魔容疑者逮捕っ!!」
 セキナはぴょんぴょん飛び跳ねて、自分のことのように喜んでいる。
 しかし
「お前、気づいてねぇのかよ?」
 リョウゴは「やってしまった」と言わんばかりに海原を見つめ、溜息をついた。

「ボール、思いっきり海に流されてるんだが!?」

 そりゃあ、豪速球ですから。


 結局、ブルンゲルが入ったボールは、現地の子供たちに取ってきてもらった。彼ら曰く「ヒーローのお手伝い」とのこと。
「ヒーロー、か……」
 リョウゴは、思わず呟いていた。そんな突飛な褒め方をされるのは初めてで、こそばゆい。
 手には、びしょ濡れのダイブボール。此度の依頼をした爺さんは、あくまで、子供たちが安全に遊べる海を取り戻したかっただけで、捕まえたブルンゲルはリョウゴに譲渡してくれた。
 仕事を終えた時、あの爺さんが言い放ったトンチキな言葉。

『お前たちこそ、勇猛なるチキンじゃあ!』

 矛盾している。が、その後、彼が語ったことは道理に適っていた。

『最近のポケモンハンターとやらは、山ごと燃やして標的をいぶり出そうとしたり、悪の組織と結託して稼いだり……まあ、ろくなやつがおらん。しかし、お前は誰も傷つけなかった。そもそも、傷つける勇気もなかった。そうじゃろう?』

『だから、わしは子供のお前を選んだ。別に、ボケで間違えたわけじゃないから安心せい。むしろ、信用しとったわい』

 その言葉を聞いた時、苦し紛れで選んだ道でも、誰かを喜ばすことができるとわかって、とにかく、とにかく嬉しかった。同時に、危険な世界に踏み込んでしまったという事実も知らされたが、後悔はない。

 水が滴るダイブボール。そこに描かれた白い波が一瞬だけ光ったように見えた。


 次の朝。
「ねぇ、リョウゴ」
 セキナは、朝早くからリョウゴを訪ねた。
 正直、悔しいけど、今のままではいけない。彼を見て、そう思った。
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
 ――今からでも、這い上がりたい!



「私に捕獲を教えて!!」


■筆者メッセージ
 ブルンゲルが水子だというのは、進化前のプルリルが水子の霊だという都市伝説をどこかで見た覚えがあったからです。確かに、言われてみると、赤ちゃんっぽい……。
つるみ ( 2015/12/28(月) 17:33 )