5.僕からの頼み事
「コリンちゃん!!」
「お母さーん!」
小さな森のダンジョンから脱出、地上で待っているバタフリーの所へ泣きながら駆けていくコリンちゃん。親子共々涙混じりの再会の光景で、僕は思わず笑顔になる。隣のカレンもどことなく嬉しそうだ。
最初は怯えていたからか動きが強ばっていたけど、緊張が解けると結構表情豊かな子だ。
「お二人共、本当にありがとうございます!」
「いえいえ、そんな」
バタフリーは興奮でばたばたと羽をふるわせていて、その度に鱗粉がぱらぱらと舞う。それが所々虹色に光っていて綺麗だ。
「私はこの森付近に住んでるバタフリーのフロアです。この子は息子のコリンちゃん。助けていただいてありがとうございました」
フロアと名乗った彼女は柔らかな動作でお辞儀をした。それを微笑ましく見ているカレンの表情もまた緩んでいる。
「お礼と言ってはなんですが……」
フロアさんがおずおずと差し出してきたのは、籠いっぱいの林檎やオレンなどの木の実だった。つやつやで新鮮なものだと一目でわかるそれらは、僕にとっては宝石のように見える。
「えっそんな、こんなにたくさん、」
「私の愛息子を助けてくれたんですから、これでも足りないくらいです。だけど今手持ちにこれしか無くて……」
話によるとフロアさんは家から少し離れたところに農場を持っていて、そこで木の実などを自家栽培しているようだった。そこからの帰り道で地震に巻き込まれた、ということらしい。
にしても、こんなにたくさん……確かに、今木の実のストックがあまり無くて今日買いに行こうと思ってたけれど。
「いいんじゃない?貰っても。ここで断ったら、フロアさんの気持ちも受け取れないってことになっちゃうかもじゃん」
「……うん、そうだね。ありがとうございます、フロアさん」
躊躇っていた僕はカレンの言葉に押されて、その籠を受け取った。
「最近地震とか地割れとか、すごく多いのでこれからも気をつけてくださいね」
「ええ、もちろん。そうだ、助けていただいたのだから、せめてお名前を……」
「嗚呼、僕はユウ」
「あ……私は、カレンっていいます」
「ユウさん、カレンさん……」
少し恍惚とした雰囲気を目下の辺りから感じると、コリンちゃんが大きな目をこれでもかというほどきらきらさせてこちらを見つめていた。
「か、かっこいい………」
この目は知っている。憧れの目だ。憧れを他の誰かに向けることは幾度かあったけど、自分自身に向けられるのは初めてのことで少し、いやかなり照れる。自然と口がにやけていたのか、カレンから変な目で見られている。ような気がする。
「今日はありがとうございました!ユウさんにカレンさん!」
「どういたしまして。もう落ちないでね」
『はい!』と元気な声で返事をかえし、フロアさんもまた何度も頭を下げながら僕らの目の前を通り過ぎて帰路に着いたようだった。
「……お疲れ様」
「ありがとー……ん?」
一緒に来てくれたお礼に、カレンに林檎とオレンを差し出した。カレンはそれを手の代わりの蔓のムチで受け取って………。
「あれ、出来てるじゃん!」
「え、あ?ほんとだ!」
首まわり、だと思われるところに出来ている緑色の突起物のようなものから、二本の蔓が伸びて僕の差し出した木の実をしっかり受け取っていた。何はともあれ、技が出ない、というどうしようもなかった難題はなんとかなったようだ。どうして今、出せるようになったのかは全くわからないが。
「どうして?なんかこっそり練習してた?」
「そんなことしてない!んー、今何も考えずに林檎とか受け取ろうとしたら自然と出てた……って感じなんだけど……」
出しっぱなしの蔓を空中でふらふらと動かしながらカレンは『あれ』と小さくつぶやく。
「でもなんか……変な、いや妙に綺麗な音色を聞いたような気がする。頭の中で鳴ってた感じ。そしたらいつの間にか蔓のムチが出てて」
「綺麗な音色?」
「そう」
綺麗な、音色。少しだけ、聞き覚えのあるような。カレンを見つける前、僕もそんなふうな音を聞いた。直接関連があるのかわからないが、ちょっと気になることではある。
「なんだろうね……まあでも、とにかく使えるようになってよかったな」
「ほんと!このままだったら手も使いにくくてすごい不便だったよお」
一件落着、ひと段落ついて、この後どうしようか、と一匹で何となく考えてみる。
おもむろに林檎を籠から取り出して齧りながら、さっきからずっと思ってたことをもう一度頭の中で反芻しながら切り出すタイミングに迷っている。
カレンに頼みたい事があるのだ。その内容も言い出す言葉も、まとまっているのに。
「……カレンは、そういや元人間、なんだよね?」
「ん?うん。そうだよ。てことは信じてくれてるんだね?」
「信じる以外他に方法もないしね」
僕に倣ってカレンも、先程習得したばかりの蔓のムチでつかんだ林檎をせわしなく口に運んでいた。
「この後、どうするか……ってのも、ないよね」
「無いよ、そりゃ。いきなり知らない世界にポケモンの姿で放り出されて、もうどうしよう」
林檎を食べながらのどかな雰囲気で言われても、あまり切迫感も伝わないが。
「………じゃあさ、カレン」
「なに?」
きょとんと小首を傾げるカレンの目を直に見る勇気はなく彼女の向こう側をなんとなく見つめながら、僕は息を吸い込んで吐き出すようにカレンへの頼み事を、声に出した。
「……僕と、救助隊を組んでくれませんか!!!」
「………救助、隊??」