4.何もかもが初めて
爽やかな風が木の葉を揺らしてさわさわと音を立てる。頭上から降り注ぐ日光がぽかぽかと暖かい。こんな状況じゃなければ、昼寝をしたいところなのに。
私は少し前を歩くユウと名乗ったアチャモを見つめた。橙色の羽毛が柔らかそうだな、なんて考える。
目が覚めた時一番に木と青空が視界に入ったかと思えば、隣には喋るポケモンがいて。そして自分もポケモンになっていて。四足歩行になんて全然なれないし腕が短くて自由に動かせないし、視界も低くて動きにくい。自分の身体をこんなに扱いずらいと思うことなんて初めてだ。
最初は、とても怖かった。見知らぬ場所に放り出されていて眠りこけていたという事実も怖いが、それ以前に何も覚えていないことが。ここに来る前何をしていたのか、誰といたのか、どこにいたのか。私は一体、何者なのか。自分に関することが全て抜け落ちていて、何もわからなくて、自分自身が化け物みたいだとさえ思ってしまう。しかもポケモンが喋ってるし。このことに関して疑問を抱くってことは、私がこうやってポケモンになる前はポケモンは喋らないってことが常識だったのだろう。じゃなきゃこんなに驚かないはずだ。
一体どうして。どうして私なんだろう。
考え込んだって解決しないのだからうだうだ悩むなんて時間の無駄のように思えるが、早くこうなってしまった答えを見つけたい、と切実に思う。現実はそう簡単には行かないけど。
にしても、初めて出会ったポケモンがユウでよかった。技の使えない私を引き連れてダンジョンとかいう場所に来て、私が邪魔になってないか、それだけがさっきから不安だけど。
ダンジョンには階段があって、それを使って奥へ奥へと進める構造らしい。自然に作られたならちょっとすごい。
「あれ……もしかして」
階段を二、三個下りてしばらく歩いた時。ユウの指さす先を見ると、木の影に隠れつつキャタピーらしきポケモンの姿がちらりと見えた。
「コリンちゃん、かな?」
「そうかも」
私たちはコリンちゃん、と名付けられているらしいキャタピーのもとに近づいていった。野生のポケモンと普通に生きてるポケモン、の二種類がいるということにもまだ実感が湧いていない。
「……あ、」
コリンちゃんはかなり大きい声で泣いているようだった。それにつられたのか、脇から野生のポケモンたちが飛び出してきたのが見えた。この位置からじゃ間に合わないかもしれない。よぎる恐怖にユウの方を見ると。
もう、彼は私の隣じゃなくて、コリンちゃんの目の前にいた。
「はや………」
野生ポケモンのそばに走り込んだユウは、口から火の粉を吐き出して撃退する。そこまで強いポケモンじゃないらしく、火の粉を浴びたポケモンたちはユウの前に倒れ込んだ。強い。そして、早かった。
やっぱり私、迷惑かもなあ。
なんとなくネガティブな考えが頭の中をぐるぐる回る。
「ひえっ……だ、誰……!?うう、ぐすっ………」
「コリンちゃん、だよね?」
「そ、そうですけど……どうして僕の名前を……うう」
「君のお母さんに頼まれて、助けに来たんだ。もう大丈夫」
ぐすぐすと泣いているコリンちゃんの頭をぽんぽんと撫でているユウ。害のないポケモン、とはいえ虫ポケモンのこの風体にはちょっと、慣れない。申し訳ないけど。
「じゃあ戻るか。任務完了だよ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとうございます!」
涙混じりの顔で笑うコリンちゃんに私も微笑んで返した。私、ほぼ何もしてないけど。コリンちゃんを見つめながら達成感と優しさの混じった顔をしたユウは、すごく頼もしく見えた。
帰路はとても順調だった。行きと同じく時々野生のポケモンも飛び出してきたけど、やはりユウがすぐに倒していった。私も、行きよりは少し貢献できたかもしれない。小さな子供のコリンちゃんがいる、守らなきゃ、という意識が最初の頃よりあったからかも。
依然と技は使えなくて、コリンちゃんにも不思議な顔をされた。うーん、昨日まで人間だった(はず)のポケモンが技を使うのは難易度が高い。
せめて蔓のムチを使えれば、手の代わりになってもっと楽になるかもしれないのに。
コリンちゃんとも他愛ない話をして、結構仲良くなってきたかな、と思ってきたところ、このダンジョンに入ってくる時に通った大きな穴を見つけた。
出口だ。ダンジョンの中とは比べ物にならないくらいの明るい光が差し込んでいる。
こうやって、私にとって初めてのダンジョン、初めての救助は成功したのだった。