3.小さな森
「なに……?」
「地震だよ。先週もあったけど……これはかなり大きいな」
揺れがおさまってきた所で僕たちは同時に顔を上げた。この周囲には大した変化はなく、ほっと一息つく。地震ももう小さなものなら慣れたものだが、急に来られるとやはり肝が冷える。
混乱に混乱をプラスしたような顔つきのチコリータは『もう訳が分からん』という風に辺りを見回していた。
「怪我ない?」
「……ん、大丈夫……なに、今の」
「地震だよ。最近多いんだ」
「地震……」
記憶喪失だから地震とかそういう知識も無い?と思えば、そういうことは無いらしく『地震かあ』と納得したように呟いていた。
「えーっと……それで、さっきの話の続きなんだけど……」
「誰かぁーーー!助けてええ!!!」
明らかに女性のものである甲高い叫び声が響いた。また自己紹介を遮られたがどうこう言っている場合ではない。僕らが声の方を見ると、美しい蝶の形をしたポケモン、バタフリーが鱗粉を散らしながらこちらへ飛んでくるのが見える。
「ど、どうしましたか?」
「コリンちゃんが、私のコリンちゃんが!」
「とりあえず落ち着いて……!」
完全にパニック状態のバタフリーを一旦宥める。なんだか、さっきもチコリータに『落ち着いて』って言った気がするが。
「私のコリンちゃんが、さっきの地震で穴の中に落っこちちゃって……」
「穴の中に?」
「ええ、そう。地震の影響で向こうに地割れが出来てそれで……上がってこようにもまだ小さいからどうにも出来なくて、しかも中がダンジョンになっていて私じゃ太刀打ち出来ないの!嗚呼コリンちゃん……!」
「地割れ、ダンジョン……わかりました、僕達が助けに行ってきますよ」
「えっ」
「ほんと!?嗚呼ありがとうございます!!コリンちゃんはキャタピーなのよ。小さくて泣いてるかもしれないわ。できるだけ早く………」
「はい、わかりました」
僕は一つ返事でバタフリーの言うキャタピーのコリンちゃんを助けに行くと決めた。目の前で困っているポケモンを見て放っておくことなんてできない。隣のチコリータは変わらず唖然とした表情で目を白黒させている。彼女には申し訳ないが、ここは一緒に来てもらうしかない。
「……ということで、一緒に来てもらえる?」
「よくわかんないけど、あなたが来て欲しいなら……良いよ」
決まりだ。僕は出会って数分の、名前もまだ知らないチコリータと共に小さな森に出来たダンジョンへと走っていく。
*
「ねえ。ダンジョンってなに?」
地割れの中に広がるダンジョンに潜り込んですぐ、僕より低い位置からチコリータが聞いてきた。穴の中、といえど木漏れ日が差し込んできたりしていて明るい。こんな所にダンジョンがあったなんて、地割れが出来なかったら気づかなかった。
「ダンジョンっていうのは、世界各地に点在する迷宮みたいな場所で……今自然災害が多くてね、世界のバランスが崩れてるから出来てるみたいなんだよ。その中にいる野生のポケモン達が凶暴化して襲ってくることもあるんだ」
「迷宮……世界のバランス………凶暴化……?」
いまいち実感が湧いてないみたいだ。小さく首を傾げているのは、やっぱりとても可愛い。……じゃなくて。
「……そうだ、とりあえず自己紹介ね。僕の名前はユウ」
「私はカレン。元人間」
「んー、まあ君がそう言うならそうなんだろうなあ」
さっきもダンジョンのこと知らなかったし。信憑性はかなり低いけど嘘をついているようには見えないのだ。
「信じてくれた?良かった〜」
緊張と混乱が少しほぐれてきたのか、チコリータ……カレンは、へらりと笑った。
……可愛い。
苔の生えたふかふかした地面をなるべく足早に歩く。子供であろうコリンにとって、穴に落ちた上そこがダンジョンだなんて恐怖でしかないだろう。
「いきなり連れてきちゃってごめん」
「いーよ。あそこで放置されててもどうしようもなかったし」
「まあ、確かに、っ」
突然、草むらからヒマナッツが飛び出してくる。技をしかけてくる前に口から火の粉を吹いて撃退。レベルはさほど強くないみたいだ、良かった。
地割れによって出来たダンジョンだからか、今まで誰も外から入り込んでいなかったからか。あらゆる所から敵意が感じられる。縄張りを荒らしているのと同義だからそりゃそうか。
「えっ、何、いいの?倒しちゃって」
「倒さなきゃ僕らが攻撃されるからね」
伏せたヒマナッツを哀れそうな目で見るカレン。敵ポケモンに同情してちゃちょっと危ないかもしれない。彼女曰く元人間、らしいし、歩き方もぎこちないのだ。
「ねえ、技ってどうやったら出るのかな。チコリータだし蔓のムチとか……」
「技の出し方……?んーーー」
「わっ!」
そんなこと聞かれてもなあ、と考えていれば今度はカレンの方へポッポが飛んでくる。驚いた拍子にカレンは頭から生えてる葉を横凪ぎに振り回し、それが運良くポッポにクリーンヒット。一撃でのびてしまった。
「つ、強いね」
「でも今の技って感じじゃないよね。うーん、ごめんね、迷惑かけるかも……ごめん」
「なんで謝るのさ。全然迷惑じゃないから」
「…………」
本当だ。迷惑なんかじゃない。実際今も敵を倒してくれたし足手まといどころか普通に強さを感じる。ただ、技の出し方だけは僕じゃタイプも違うし役には立てなそうだ。
他愛ない会話を重ねつつ、僕らはさらに奥へ進んでいく。