2.音の行先
僕の住んでいる家の近くにある森は、森と言うには小規模だがだからといって林というにはまた違う。そんな中途半端な大きさであるから『小さな森』という安直な名前がつけられていた。
ざかざかと草をかき分けて獣道を通る。種族の中では背が高い方とは言え、もともと小柄な個体であるアチャモの僕からすると、普通に人型のポケモンの腰ほどの高さの草が丁度顔の辺りに来るのだ。ちょっとどころじゃない鬱陶しさ。だけどそんな事も昔からの事だったのでもう何か言うことでもない。
いつもなら、小さな森に用事なんてない。鳥ポケモンだったらここ辺りに住んでいることもあるが、僕には鳥ポケモンの友達なんていないし自分も森に住もうとは到底思わない。
そもそもこの村に、僕に友だちなんて居ないのだ。
なんて、歩きながらまた少し虚しい気持ちになる。
嗚呼もう、変に暗くなってしまうのは僕の悪い癖だ。普段から明るくいれば次第と生きやすくなるってわかっているのだから、もっと笑顔になれればいいのに。
___…………
また、何かが聞こえた。
家の前で聞いたのとおなじ音だ。とても綺麗で心が揺さぶられる。微かなのにしっかりしている。あくまで勘だけど、僕は音が聞こえるであろう場所へ近づいてるような気がしていた。
割りと奥までたどり着いて、やっぱりあの音はなにか勘違いか思い違いだったかもしれない、と思っていた時、僕の視界に何かがちらりと映った。
短い草の生えた地面と少し色が同化していて気づくのが遅れた。だけどそれは、はっきりとポケモンだとわかる。
「え……?」
僕よりも小柄で、少し丸みを帯びた新緑色の綺麗なポケモンだ。短い体毛が陽の光できらきら光っている。頭から飛び出た深緑色の大きな葉のような部分は、だらりとこのポケモンの身体に掛かっている。チコリータ、という種族だ。
「あー……あの、君?」
こんなところで眠ってる?この場所を選ぶなんて変わってるが、まあ確かに日向ぼっこにはぴったりかもしれない。誰もいないし。
だとしたら起こさない方がいいのかな?いやでも、好奇心が隠しきれない。それに、もし眠ってるのではなく何か緊急事態だったら困る。
「もしもーし……君、起きて……?起きてー」
たまらずゆさゆさとそのポケモンを揺さぶるが、一向に起きる気配がない。どうしよう。こんなに眠りが深い事ってあるだろうか。眠っているんじゃなかったら、ちょっとまずい状態なのか?
「ちょっと、寝てるの?それとも違うの?起きてってば」
どうにもこうにも何もわからない僕はとりあえず揺さぶることしか出来ない。これでも起きなかったら村の方まで連れていくか、と思い始めた時。
「……だ、れ?」
小さな声が下から聞こえた。その声に僕は、はっとする。このポケモンを見つける前にかすかに聞こえた音と同じような、いや丸っきり同じ綺麗さだったからだ。
「あ、えと……君、ここで倒れてたんだけど、どういう経緯で、」
「なんで、喋ってるの……!?」
「え?」
目の前のポケモンは、ルビーのようにキラキラした大きな目を見開いてまっすぐこちらを見ていた。そのチコリータの風貌が思っていたよりも格段に可愛くて、思わずドキッとしてしまったのは内緒だ。
「しゃ、喋ってるって……?」
「なんで、ポケモンが喋ってるの?どういうこと……?」
「は、はあ……?」
なんだかお互い意思疎通ができていない。僕はチコリータの口走った意味不明な言葉に疑問符を飛ばすことしか出来なかった。
「ポケモンが喋ってるって、そんなの当たり前だろ。君だってポケモンなんだから」
「……わたしが、ぽけもん……?」
チコリータはその手で顔を触ろうとして、手が届かず顔を下に向けた。そりゃあそうだ。チコリータは四足歩行かつ手足が短い種族で、あまり手を使うような事はしない。手の代わりに蔓のムチを使うと聞くが、そうなのだろうか。
自分の手足を見たチコリータは顔を上げて、茫然、とも混乱、とも取れる表情で僕の顔をじっと見つめてくる。
「私、今、何に見える?」
「……何って、チコリータだけど」
「チコリータ……?」
「なんでそんなに混乱してるの?」
「だって、私、チコリータなんかじゃない。人間なの」
「は?」
失礼だったかもしれないけど、唖然としてそう返すしかなかった。人間?何を言ってるんだろうこのチコリータは。
「人間、人間なの。人間のはずなの……だって私、この前……前?私、今まで何してて……まって、思い出せない………」
「ちょっとちょっと、え、なにそれ、記憶喪失ってこと?大丈夫?」
「大丈夫じゃない………全然」
目の前にいる小さな体のチコリータは、混乱と怯えで微かに震えているように見えた。明らかに悪いポケモンではないだろうな。得体の知れないポケモンだけど、信じていいかもしれない、なんて思い始めてる。
「とにかく、落ち着こ。えっと、君の名前は……あ、いや、先に自己紹介するよ。僕は……」
ドオン、と。地面の奥底から突き上げられるような衝撃を直に感じた。そして直ぐにグラグラと横に揺れる大地。唸る木々、遠くから聞こえる焦ったような鳥の声。
地震だ。状況が把握出来ていないチコリータを無理矢理伏せさせて、僕も頭を抱えてしゃがみこんだ。