1.さざめき
この世界はとても綺麗だ、と僕は朝起きる度に毎度思う。目が覚めた時一番に視界に入ってくるのが淡い金色の朝日だ。窓から漏れる朝日は僕にとって最高の目覚まし時計。光が当たって仄かに光る床を踏みしめて、ゆっくりと起き上がる。
がたがたと軋ませながら窓を少しだけ開くと、湿った匂いのした涼しい風がゆっくりと僕の隣をすり抜けていった。
上を見上げれば目の醒めるような青空が広がっている。終わりのない空を飛んでいるぺリッパーたちの小さな影、申し訳程度にぽつりぽつりと浮いている綿雲は、世界の平和を象徴しているように見えた。
まあそれも、風景だけ見れば、の話だ。
僕はひとつため息をついて、水たまりのできている床を見下ろした。藁のベッドが置いてあるところは床より一段高くなっていてどこも濡れていない。だけど入口付近から、室内とはおよそ言えないほど床が濡れているのだ。
半分くらいは雨漏りのせいだろう。僕は屋根を見上げる。元々古い家だから欠陥のあった我が家の屋根は割れ目の隙間から空がちらりと見えるほど穴が空いていて、そこからぽつりぽつりと不規則に雫が零れていた。
……どうしたものかなあ。
炎タイプの僕であるから、水掃除はなるだけしたくない。長い間使っていた住処がこんな有様になってしまったのは辛いけれど、まだ使っていない家もあるにはあるし。まああの家は、僕が住むにはちょっと合ってないのだが。
何はともあれ、お腹がすいた。僕は濡れていないところを選んでできるだけそこを進みながら、食糧のしまってある棚へ向かった。
家が水浸しになってしまったのは、昨日の昼から降り続けていた大雨のせいだ。雨だけだったらまだよかったものの、夜になるにつれ次第に風も強くなって。
記録的な大雨にも程がある。これは台風と変わりないじゃないか、と思っていたが予報によればこれはあくまで『低気圧による雨』らしい。
さすが自然災害時代だなあ。呑気に考えてもいられない。もしかしたらこの雨で、土砂崩れやら浸水やら新たな二次災害を生んでいるかもしれない。……まあ、大きな救助活動にはちゃんとチーム登録した救助隊しか参加させてもらえないんだけど。
なんとか無事だった食糧を引っ張り出して、僕は朝食の準備をする。一匹でも食事はちゃんととっていたいというのが僕のポリシーだ。
バゲットを小さく切って自分の炎で炙る。そこにモーモーミルクから作られた濃厚なチーズを乗せると、じゅわっと溶けて香ばしい匂いが辺りに広がった。こういう時、炎タイプって便利だ、とよく思う。
昨日市場で買ったモモンのジュースを木の器に注いで、バゲットと共に食べ始める。おいしい。一匹でも、美味しいものはおいしい。
「……ごちそうさま」
……やっぱり一匹はちょっと、寂しいかもしれない。
だけど、慣れたことだ。
溜まった水をどうにかするのはまだ置いとくことにして、僕は一度家の外に出た。昨日の雨は嘘のような晴れていて、陽の光が少し暑いくらいだ。ポストの中にはいつもの様に何も入っていない。
風の影響か、近くに生えている木からは何枚もの葉っぱがおちていて、紅葉の時期でもないのに地面に濃い緑がへばりついていた。
さて今日は何をしよう。
助けを求めているポケモンが近くにいれば救助に行きたい。だけどチームを組んでいないから遠出はできない。そろそろ切れてしまうチーゴとオレンの実を買いに行くのも必要だ。それから家の掃除。そんなところだろうか。
平凡。
至って普通な日常。
だけどきっと、それこそが良いんだろう。時々退屈だけど、悪くは無い。
風が吹いた。
葉が舞って、木がざわめいて、花が歌っていて。
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「……ん?」
耳をかすめるように、何かが聞こえた気がした。声、とは言い難い、音のようなもの。
「……なんだろ」
ただ、とても綺麗だった、ということが強く印象に残っていた。綺麗で透き通っている音。
意識していたわけではなかった。だけど僕の足は自然と早くなり、森の入り口へと駆けていく。
あの時の謎に高まった鼓動は、忘れようにも忘れられなかった。