9.電磁波の洞窟
街から北へまっすぐ行ったところにある電磁波の洞窟。文字通り電磁波の発生が著しいからという理由でつけられた名前で、電気ポケモンや電気に耐性のある地面タイプのポケモンしか立ち入ることが出来ず、その過酷な環境からいつの間にかダンジョン化していた洞窟だ。
入口は普通の洞窟とあまり変わらない。岩の積み上がったその場所に、二体のコイルが佇んでいた。
見るからに途方に暮れている様子だ。きっとあのコイルたちが依頼主だろう。
相も変わらず辺りを見回して止まないカレンを引き連れ、僕はコイルたちに声をかける。
「あの、あなた達が救助依頼をしてきた……?」
「オオ、キテクレタカ、ビビビ!」
声色からは慌てている様子らしいが、正直表情がよくわからないのでなんとも言えない。コイルたちの話によると、電磁波によってくっついてしまった彼らの仲間は地下六階にいるらしい。ダンジョンの奥底で救助を待っているとは、さぞ心細いだろう。
「わかりました。迅速に救助します」
「ヨロシクタノム、ビビビ!」
洞窟内からの空気が揺れているのを感じつつ、僕はカレンを連れたって中へ駆け込んでいく。
洞窟内は薄暗いが、ここのダンジョンは比較的レベルの低い場所なため、今までに訪れた救助隊の誰かが壁に松明を設置していてくれたようで、視界に困ることは無い。
レベルの低いダンジョンということはつまり、新参の救助隊も慣らしのために訪れることが多く立ち入りが頻繁に行われる。未開の地ほどレベルが高く、自分たちで開拓していかなければならない、というのは救助隊の中では知られている事だった。
「ねえ、そういえばカレンって技使えないんだっけ……」
「ん?あー……そうだね」
技が使えないということは、彼女が思っているよりも深刻な事態だ。僕たちポケモンは、大体物心がつく頃から技の使い方というものが既にわかっていて、感覚的にそれを行っている。意識して使うものでは無いから、出し方という方法を説明するとなると難しいのだ。
チコリータという種族は四足歩行なため、二足歩行のポケモンのように自由に手が使えない。攻撃するためのものではなく日常生活のために蔓のムチだけでも使えるようになった方が彼女のためだ。
「技の使い方とかってわかる?」
「んー……ほんとに感覚的な話になるんだけど……」
僕は、いつもどんな感じで技を出しているのか考えながらカレンに説明しようとした。けれど、どう頑張っても擬音語が多くなって適切に伝えられている気がしない。『体内にグッと力を溜めて、それを辺りに放出するイメージ』とそれなりにまとめて口に出すも、カレンはいまいちピンと来ていない様子だ。
「えぁー……一生懸命説明してくれてるのはわかるんだけど……」
「だよなぁ……」
はは、と苦笑いしながら歩き続ける。と、ころ、と石が転がる音が微かに耳を掠めた。
「カレン、下がって」
「へ?」
唸りながら岩陰から飛び出てきた体躯はポチエナだった。小柄だが剥き出された牙から獰猛さが感じられる。
だが、このくらいのレベルなら動揺することも無い。僕は思い切り空気を吸い込み、それを火の粉として吹き出した。炎の明るさは岩壁を照らし、ポチエナは焦げ臭い臭いをさせて倒れ伏す。
「さっすが」
「あー、今何となく『技を出す』ってことを意識してみたけど、やっぱタイプが違うと説明出来ないなぁ……」
「無理しなくていいよ。私も自分で出来る限り考えてみるから、あんま考えすぎないで。申し訳ないし」
「う、うん、わかった……」
大丈夫、と誤魔化すように笑う彼女の笑顔は相変わらず柔らかいのだけど、なぜだか心がチクリとした。何故だろうか。その痛みも一瞬で過ぎ去ってしまったから、よくわからない。
このダンジョンは名前の通り、電気タイプも多く生息している。洞窟が発する電磁波に惹かれているのかそれを力にしているのかわからないが、厄介な種類が多い。
例えばビリリダマ。触れれば痺れる静電気の特性に、力を貯える充電という技。レベルは低いが麻痺状態になれば面倒なことこの上ないのだ。
「いたぁ……痺れる」
「あんまり不用意に触れない方がいいよ!」
技が使えないから頭の葉を振り回して攻撃しようとするカレンは、ビリリダマの特性をもろに食らってしまったのか動きが鈍くなる。こういう敵に物理攻撃は相性が悪い。口から火の粉を吹き出して彼女の代わりに倒す。
「ありがと……」
「ううん。技使えないんだから、もっと頼っていいからな」
「うん……」
口を動かしつつもふと前方に目を向ければ、オレンの実が転がっているのが見えた。怪我も治してくれるし体力も回復してくれる、おまけに腹も満たしてくれる、といい事づくめの木の実で、いくつあっても邪魔にならないものだ。
「カレン、こういう木の実は……」
まだこの世界に慣れていない彼女に、実の効力を教えてあげようと振り返って、目に入る。彼女の背後から飛びかかろうとする大型のエレキッドの姿を。
「カレン!!」
間に合わない、と、瞬時に諦めが脳裏に瞬いた。木の実を拾うために先をいっていて、彼女とは距離が空いていた。火の粉の射程距離とは程遠い。
エレキッドは電気を纏った腕を振り落とす構えで、呆然としているカレンに狙いを定めていた。ビリリダマから受けた静電気の効果はもう薄まってはいるはずだが、完治はしていないはずだ。
まずい、と思った、のだが。
「え………」
瞬きするほど僅かな時間、カレンの周りにオレンジ色が灯ったような気がした。けれどそれも気のせいかと目を細めた瞬間に消え去り、轟音と共にエレキッドは地に伏せていた。
呆然とする僕の目に映ったのは、カレンの首元から生えゆらゆらと宙を漂う蔓のムチだった。
「これ、蔓のムチで合ってる……かな?」
まるで今の様子が当たり前のようにへらりと笑う彼女に、僕は「あ、うん」としか返せなかった。
どうしてだ?さっきまで技の出し方なんかまるで分からないというふうに身体諸共ぶつかりに行くような攻撃しかできなかったのに。戦いの中で僕からコツを学んだのか?いや、それにしては早すぎるし、もしそれが出来るなら僕が教えた時に出来ていたはずだ。
何故急に技が出せたのか、それはカレン自身もわからないようだった。気付いたら蔓のムチが出ていて、反射的にエレキッドに当てたのだと。
原理は不明だが、技が使えることで状況が悪くなる訳では無い。カレンも戦えるようになったということは、ダンジョンの攻略は今までより楽になるだろう。
「出せる技は、蔓のムチだけ?」
「わかんない……チコリータが使える他の技って……」
「葉っぱカッターとかかな?頭の葉から、刃物みたいな葉を撒くような技だけど」
「なるほど、やってみる」
結論から言うと、カレンは今のレベルのチコリータが使える技は出来るようになっていた。まだそこまでレベルが高くないので威力も普通より高いぐらいだが、このぐらいのダンジョンではちょうどいい強さだ。
彼女に関しては謎が多すぎて少しもやつくが、まず元人間という時点で普通では無いのだ。考えすぎてもドツボにハマるだけだとダンジョンの攻略に集中する。
「ここ、かな……?」
地下六階、階段五つを下ってたどり着いた所はあまり敵の気配がなく開けた場所だった。おそらく最奥部だ。
「あ、あの人たちじゃないかな!」
手の代わりにもなるため未だふよふよと漂っているカレンの蔓のムチが、岩陰を指した。そこには、怯えたように隠れているコイル二匹が。確かにくっついている。この洞窟に流れる電磁波が彼らに影響を与えているのは本当だったようだ。
「救助隊です!助けに来ました!」
僕とカレンはコイルたちに駆け寄り、その身体を引き離そうとする。けれど、あまりに引き寄せ合う力が強いのか離れそうになかった。仕方ない。これはくっついたまま引き返すしかなさそうだ。
「それじゃあ戻ろう。救助隊バッジを翳して」
「わかった」
カレンには事前に、救助隊バッジはダンジョン内から外までワープさせてくれる機能がついているのだと説明していた。カレンの翳す救助隊バッジが光り始め、妙な浮遊感が身体を襲う。
初の依頼は、成功に終わったのであった。