8.初依頼
「繋がり、かあ」
ぺリッパー連絡所なるものから帰宅し、ユウと名乗るアチャモと別れ、そのユウが私にくれた全体的に緑の家の中で、藁のベッドに寝転がりながら私は一人、ぽつりと呟いた。
もう夜は更けている。
ユウが自宅に帰る前に教えてくれた灯の付け方で煌々と萌えるランプが唯一の光源だ。夕食も、ユウが街で買ってきてくれた木の実のサラダとパンを自分でも驚く程に食べた。そうして辺りが暗くなり、こうして一人物思いに耽っていると、どうしても今この瞬間が現実なのかどうかわからなくなってくる。
全て今日の話なのだ。自分がポケモンになってこの世界に来たのも、ユウと出会ったのも、ダンジョンに入ってポケモンを救ったのも、救助隊を組んだのも。慣れてしまえば元から旺盛な好奇心が顔を出して違和感もなくなってくる。ユウと話している間は、そうだった。けれど一人になると違う。
自分は元々人間だった。その確信はあるけれど、でも記憶が無い。以前どこにいたか、どんな見た目だったのか、思い出そうとすればするほど靄がかかって何も掴めない。もしかしたら自分が人間だって思い込んでるだけの、記憶喪失のただのポケモンである可能性も捨てきれない。だとしたらそれは自分が変人であることに間違いなくなる。
もしかしたらこれは全部夢で、明日起きたら何もかもが元通り、なんてこともあるかもしれない。実際そんなことはないだろうな、と頭のどこかでわかっていながら、私は窓から覗く綺麗な星空を見上げた。
救助隊は繋がりが大事。そうは言うけど、身よりもなく何も分からない私に繋がりなんてあったものじゃない。この世界で生まれたポケモンたちはどんな生まれであっても必ず親がいて友人がいて、もしくは恋人なんかもいて、絶対に繋がりがあるのだ。それを考えれば私は誰とも繋がっていないこの世界で独りぼっちの存在なのかな、と虚しくなってくる。そんな私が「繋がり」を意味する「セラフィナイト」なんて、なんだか滑稽だ。
なぜその言葉が頭に浮かんできたのかは分からない。もしかしたら人間の私は石好きだったのかもしれない。どうやら、知識と記憶は別物らしい。おかげで日常生活では苦労しないし、元からポケモンにも詳しかったらしくその辺りの知識も問題ない。
藁の匂いが鼻腔を擽るのを感じながら、私は寝返りをうつ。
混乱しっぱなしの頭では眠気なんか来ないと思っていたが、色々あった疲れでそういう訳でもないようだ。ぼんやりとした眼でランプを消し、藁の中に顔を埋める。そうしている内に、次第と眠りに落ちていった。
***
瞼の向こう側がちらちらと明るい。
妙に清々しい気分で目を開けると、窓から差し込む太陽の光が部屋の中を照らしていた。普通に身体を起こそうとし、少し空回る。腕や足の長さが違うのだ。今までと感覚が違う。頭から生えている大きな葉がふわりと揺れるのを感じつつ、私は何とか起き上がった。
低い目線。小さな四つ足、薄緑の身体。私は依然、チコリータだ。
「わっ!?」
身体についた藁を払い、ひとまず外に出てみるか、と扉を押し開けるとすぐ目の前に橙色の羽毛が飛び込んできて私は思わず大声を上げてしまった。
眠っていたらしいそのポケモンは私の声で起きたのか、身体を跳ねさせてこちらを向く。
昨日のアチャモ、ユウだ。
「え?何してるの……?」
「あー……おはよう、カレン」
少し気恥しそうに笑いながらユウは頭を掻きながら謝ってきた。
「僕ちょっとワクワクしすぎて、朝早くからここにいたんだ。何か手紙とか来るかなって思って待ってたんだけど、いつの間にか寝てたみたい」
「ほ、ほう………」
何時から居たのかわからないが、いつの間にか寝るほどということはかなり前からいたのだろう。感心すればいいのか呆れればいいのかわからず、私は曖昧な言葉を漏らす。
「寝てた間になんか来てたかもしれない、見てみよ」
ぐん、と伸びをしたユウは、家の前に設置してあるくすみがかった緑のポストの前に立ち蓋のようなものを開けた。ユウはポストの中に手を突っ込み、かなり大きめな箱を取り出す。
「やっぱり来てた!」
「なに、それ?」
木製の箱であるそれは、中になにか入っているようでユウが動かすと微かに音がする。大してなんの特徴も無い箱だ。
「これはな、救助隊スターターセット。救助隊を連盟に登録したら、送って貰えるやつなんだよ」
言いつつユウはその箱を開け、中を確認しだした。ユウの脇から覗き込めば、持ち運べるそうな箱や羽のついた装飾品のようなもの、紙束などが入っているのが見えた。
「まずこれが、救助隊バッジ。これは救助隊の証になるもので、本当に大切なもの」
ユウが取り出した羽付きの装飾品のようなものを見る。それはちょうど二つ入っているようだ。玉の真ん中に埋められた石がきらきらしていて綺麗、という印象だ。
「それでこれは道具箱。ダンジョンで拾った道具とか木の実をしまえるものね」
持ち運び可能に作られた箱は、見るからに軽そうな素材で出来ていた。なるほど、道具箱。しっくりくる。
「で、これがポケモンニュース。救助隊に役立つ情報が書いてあったりする。これは毎日届くから、ポストで確認することが大事だね」
ユウが指した紙束には、写真や文字の羅列が載っており、少し見てみれば今日の天気やあるダンジョンの攻略アドバイスなどたしかに役立ちそうなものばかりだ。
「へぇ〜、さすが組織が存在するだけあるねぇ。こんな道具送ってくれるなんて」
「まあ、今じゃかなりメジャーな職業だしね。んー………他に手紙とかは、ない、かな………」
しげしげとスターターセットを眺める私の横で、ユウはポストをまだ覗き込んだり手を突っ込んで何かを探す素振りを見せている。しかしポストが空っぽなのは明白で、ユウは少し残念そうな顔だ。
「本当は救助依頼の手紙とかが来たりもするんだけど……流石に出来たばっかりだし、まだ知られてないしね」
「救助隊登録したの昨日だし、来ないのが普通だよ」
分かってはいるけれど一抹の希望は捨てられない、というふうに沈んだ声色のユウを慰めるつもりで声をかける。そりゃあ来たら嬉しいが、知られていないのなら来ないのが当たり前だ。
「だよね。………ん?」
空気が揺れる音と、舞ってくる白い羽根。すぐにぺリッパーがこちらに飛んでくる音だ、ということに気づいた。
ぺリッパーは、頭にクエスチョンマークを浮かべる私たちの前を素通りしてポストの上に止まると、固いものに手紙が当たる軽い音をさせ、すぐに飛び立っていった。
「手紙……」
再びポストの蓋を開ければ、きちんとした封筒に入れられた手紙がひとつ、入っている。興奮した様子を抑えきれず、ユウはその手紙を手に取って封を切った。
『ビビビ! キミタチノ事ハキャタピーチャンカラ聞イタ。
タノム、タスケテクレ。コイルガピンチナノダ。
洞窟二不思議ナ電磁波ガナガレタ拍子二……コイルトコイルガクッツイテシマッタノダ。
レアコイルトシテ生キテイクニハ一匹タリナイシ、コノママデハ中途半端ダ。
場所ハ電磁波ノ洞窟トイウトコロダ。
オネガイダ。タスケテクレ。ビビビ。
ーコイルノナカマヨリ』
「……電磁波の洞窟」
「ここからあんまり遠くないところにあるダンジョンだ。道もわかる」
初めての、自分たちに向けられた救助依頼。
ユウの目が使命に燃えるのを見た。
「行こう!」
「うん」
かくして私たちはコイルたちを助けるため、電磁波の洞窟へと向かう。