7.ぺリッパー連絡所
ぺリッパー連絡所は、街から少し離れたところにある。手紙や荷物の郵送、新聞の配達から救助隊の申請などを請け負うその場所は、街に立ち並ぶ建物よりも大きく見えた。
ぺリッパーの頭を模して作られた木製の小屋は、屋根が開いていてそこから何羽ものぺリッパーたちが行き来していた。そして、その建物は海沿いに建てられているため、見渡せば広がる水平線が広大に映る。雲ひとつない晴天と穏やかな海風にカレンは目を輝かせて深呼吸していた。
「ここがぺリッパー連絡所だよ」
「すごぉ……個性的」
カレンにとってはこの世界にある全てのものが珍しく見えるのだろう。キョロキョロと当たりを見回していて落ち着かない。
僕はカレンを先導して、開かれた入口から連絡所の中へはいる。ふわりと香ってくる木の匂い。屋根から出ていくぺリッパーたちの数は尽きず、忙しそうに飛び回る者と書類作業に勤しむ者に別れているようだ。
地面に落ちている白い羽を踏みながら、僕は一番声をかけやすそうなぺリッパーを探した。何しろ、みんな大量の紙束に何やら判子を押したり、何かを書きつけたりしていて僕らが入ってきたことにすら気づいていない者が大半のようなのだ。
そんな中、僕はひと仕事終えたのか紙束の脇で休憩している様子のぺリッパーを見つけた。
「あの、すいません」
「おん?なんだ」
「えっと、僕たち救助隊連盟に登録する申請をしたくて」
「あ〜なるほどなるほど」
気だるそうなそのぺリッパーは、頭を掻きながら引き出しを開けてごそごそと何かを探す。すぐに一枚の紙を取り出して、突き出すようにしてこちらに手渡してきた。
「それにメンバーの名前と救助隊名を書いて渡してくれよ」
「あ、はい……ありがとうございます」
「昨今はほんと、救助隊申請が多いねえ。まあ同じくらい救助要請も多いんだけどさ。君らみたいに若いのが救助隊ってのは、俺はどうかと思うけど」
「自然災害が多いですからね……いくらいても足りないんだと思いますよ、救助隊も。僕らは若い分、出来ることもあると思うんです」
「言うねえ。ま、頑張んな」
にや、と笑ったそのぺリッパーは初対面にも関わらず僕の頭をがしがしと撫でた。急なことで驚いたけれど、嫌な気はしない。
僕はそのぺリッパーからペンを貰い、近くの手頃な机の前まで行く。カレンはまだ物珍しそうに周囲を見回していた。
「この世界のポケモンたちって、皆あんなにフレンドリーなの?」
「いやぁ……別にみんなじゃないよ。あのぺリッパーが特別ってだけ」
それぞれ色んな性格があるんだよ、活発とか人見知りとか。そう教えると、カレンは「ポケモンにも性格あるのか……いや、まあそりゃそうだよなぁ」と一匹で納得していた。
ユウ、カレン、とペンを走らせて名前の欄を埋める。その下にある『救助隊名』の欄に僕はペンをとめた。
「救助隊の名前……何にしようか」
「え?決めてなかったの?」
「まあ、うん……僕ネーミングセンス皆無だし」
「じゃあ今思いついたの言ってみてよ〜」
「えー……」
カレンの無茶ぶりに僕は心底困ってしまう。この街に住み始めた最初の頃に、小さな子供たちの遊びに付き合った時このピッピのぬいぐるみの名前をつけて、とお願いされて『ピヨピヨちゃん』と名付けて笑われた記憶がある。せっかくの救助隊だからかっこいい名前を付けたい。候補として、思いついたものを言ってみる。
「ポケモンズ………とか」
「え、なにそれださいね」
「う………」
ほんとにネーミングセンス無いんだ〜と彼女は楽しそうに言うが、あまりにも率直に言われ僕は何も返せない。
「んーじゃあさ、私思いついたの言っていい?」
「どうぞ」
「『セラフィナイト』………どう?」
セラフィナイト。僕はその言葉を繰り返す。綺麗な言葉だ。印象はそれだった。
「確か宝石の名前でね。『人と人を繋ぐ天使の石』って言う意味を持ってたはず。記憶ないけど、知識は残ってるのかな、なんかすごい心に残ってるんだよねぇ」
「人と人を繋ぐ石かぁ……救助隊にはぴったりだな」
そうだ、救助隊は繋がりが大事だ。メンバー同士のつながり、困っているポケモンたちとの繋がり。それを考えると、とてもちょうどいい名前だと思った。
「いいね。救助隊セラフィナイト……うん、気に入った」
ペンを走らせて、救助隊名の欄にセラフィナイト、と書き入れる。改めてそれを見ると、ようやく救助隊になるんだ、という実感がふつふつと湧き上がってきて思わず口角が上がった。
「なに笑ってんのよ〜」
「いやあ、なんかやっとだなって感じがして……憧れだったから」
「そっかあ」
申請書を先程のぺリッパーに渡し、それに判子が押されるのを見る。ぺリッパーが「んじゃぁこれからよろしくな、セラフィナイトさんよ」と若干茶化し気味に笑うのを聞き、僕らは連絡所を後にした。