メモリー6:「つかの間の喜び〜ちいさなもりD〜」の巻
「諦めない……だと?このヤロー……何をふ……ちょっとこっちが油断してたのをいい気になりやがって……」
ボクのいきなりの奇襲攻撃を受けたオニドリル。それでいい調子だった事を邪魔されたせいか、先程よりも更に殺気に満ちた鋭い目付きで、ボクの方を睨み付けていた。
バサッ!!バサッバサッバサッバサッ!!
「てめえみたいなチビに……勝機なんかねぇんだよ……オレをマジでキレされたこと……たっぷり後悔させてやる!!」
オニドリルは上空から態勢を整えながら、真っ赤に燃え上がるボクへ忠告……いや最期通告をしそのまま……
シュイイイイイイイイイイイン!!
今までよりも数倍もの速さで体を回転させ始める……最大のエネルギーをチャージして“ドリルくちばし”の準備をしていた!
「(“ドリルくちばし”!)ユウキ…………気をつけて!」
「!!」
ボクは一瞬後ろを向いた。
そこには全身至るところが傷ついてしまい、呼吸も荒々しくなっているピカチュウがいた。起き上がることすら出来ないほどの激痛のなか、彼女は必死にボクへ注意を促していた。
(くそ………ボクがちゃんとした行動をしていたら……ここまでピカチュウは傷を負わずに済んだのに……自分の“パートナー”を守れないで……何が……人を助けるだよ…………!)
ピカチュウの痛々しい姿を見て、ボクは自分に腹を立てていた。
例え実力がともわなくても、せっかく“助けたい”気持ちを持っている彼女が、ちょっとだけでも大きな一歩を踏み出せるチャンスだったと言うのに……後先考えない行動で潰してしまった自分のことに。
(あれだけ傷ついているなかでもボクをここまで心配してくれてる……。それなのに自分は……何一つピカチュウに対してまったく出来てないじゃないか……!自分こそホントの“役立たず”じゃないか!!)
目覚めてから今までを振り返ればそうだった。ピカチュウは人間としての記憶を失い、訳のわからないボクの意見を最初は嫌がりつつ、何かあれば無条件で優しく助けてくれた。
一方のボクは“キャタピーちゃんを助けること”ばかりに熱くなり、ピカチュウの事を守ることすら出来なかった。そればかりか弱気な態度ばかり見せる彼女に持論まで押し付けて……とにかく自分のことばかりに目を向けていた。
(こんなんでよく偉そうに“人を助けること”の大切さなんかを言って…………ボクはなんて最低なんだ)
とにかくボクにも、ピカチュウにここまで苦しい思いをさせてしまった一因があるのは確かだ。
(ピカチュウは何もわからないボクを、自分なりに工夫してここまでサポートしてくれたんだ……。それに応えてあげるのが、今の自分の役目なんだ!!)
ボクは強い気持ちを心に決め、凶悪がいる上空を見上げる。
(ボクが相手を倒すチャンスはきっと一度しかない……。受けたダメージの大きさを考えても……だけどたった一度だけ……そのチャンスが奇跡的に巡ってきた……だから諦めるもんか……!)
何度も言うように、ボクの傷は完全に癒えた訳ではない。逆になぜここまで力が……体や心からみなぎるのかわからなかったくらいなのだ。
だからこの一撃を決めなければ……きっとボクやピカチュウの運命は、残酷なものとなるに違いないだろう。……それだけ次の一撃はこの先の運命を決めるほど、大事だと言っても過言では無いのだ。
「覚悟しな!!“ドリル……くちばし”!」
オニドリルが上空からボクめがけて、一気に突っ込んできた!!
しかし、ボクはじっとその場で瞳を閉じたまま、何もしない。
「ユウキ!?何で……何で動かないの!?このままだと攻撃受けちゃうよ!!ユウキ……ユウキってば!!」
ピカチュウは慌てた様子で何度もボクに叫び続ける!!
「クククク……あのヒトカゲ……こんなギリギリのところでようやく状況を理解したのか?ま、所詮勢いだけのザコだったってことだったんだな……ガハハハハハハハ!!」
上空でキャタピーちゃんを鷲掴みしているピジョンが大笑いしている。
それでもボクに新たな動きは無かった。しかし決して諦めている訳では無かった。そればかりか気持ちが静かに燃え上がりを見せていた。
(絶対に………帰る!!バタフリーもキャタピーちゃんもピカチュウもボクも……みんな“笑顔”になるために!!絶対に……絶対に帰る!!)
「オレに歯向かったことを後悔しろ!!くらえ!!」
(燃えてくれ……燃えてくれ!!こいつらを一瞬に蹴散らすくらいに……)
「ユウキ!!ユウキイイイイイイイイ!!」
「クククク……勝ったな……」
ゆけ!……限りなく……燃え上がれ!!ボクのこの……“ちいさなほのお”よ………!!
グワアアアアアアアアアアアアア!!
「……………………」
「く……ちくしょう……」
「!!!?」
………一体何が……?
それが第一印象だった。私はもうユウキが負けてしまったと思い、“その瞬間”目を閉じてしまっていたので、今この目の前に広がる光景が信じられないでいた。
(オニドリルが……倒れてる?ホントに……ユウキが勝ったの……?)
私は彼の実力をちょっとだけしか見ていないけれど、それでも……私の知っているヒトカゲとオニドリルの強さを完全に覆していた。
(バトルが全くダメな私が言うのも変な話だけど……、あのヒトカゲは……ユウキは……強い……。あなた……ホントに元々人間だったの?)
「よし……倒した……。ヘヘっ……ワケわからなかったけど、思いきり炎をぶつけられて良かった」
「ユウキ!」
私はフラフラになってるユウキのもとへ駆け寄った。
自分もホントは立つのがやっとだったけれど、彼は絶体絶命の状態で、何も出来なかった私の分も頑張っていた……だから今度は私が何か頑張らなきゃ……!
そう思ったら自分の状態なんてどうでも良かった。そして何よりも……言いたかった。
「ユウキ!!」
「ピカチュウ……」
何度か呼びかける私の声に、ユウキが振り返る。
「どうしたのそんなに急いで……。ケガは大丈夫なのって……ほぇっ!?」
自分だってもうフラフラなのに、私の身を心配してくれたユウキの話。
その話が全て終わらないうちに、私は彼に無我夢中に駆け寄って……そして……、
「ユウキ……ごめんね!!」
「ななななな……なんなのいきなり!?抱き付いたりして……」
ほのおタイプゆえ、他のポケモンよりも暖かい彼の体に思いきり抱き付いて……言いたかった“ごめんね”を……伝えました。
「ピカチュウ。よ……よくわからないけれど……よ……喜ぶのはまだ早いよ!!まだピジョンがいるはず……だから……」
「あっ……………」
彼の言葉を聞いたとたん、無我夢中だったとはいえ、私は急に自分の行動が恥ずかしくなって………赤くなっていた。
(フ〜……。ビックリした。まさかピカチュウがあんなことするなんて思いもしなかったよ)
ピカチュウは、抱きついていたボクから離れたまま、その場でまだ赤くなったままだ。
出会ったときにも感じたけれど、基本彼女は感情豊かな明るい性格のように思える。
“ごめんね”が果たしてどんな意味だったのかわからない。
だが、あれほど「自分たちだけじゃあぶない」って言い、ボクと行動することを頑なに拒んできた彼女が……何か変化を見せ始めたのは間違いない。
いずれにせよ、ボクの“奇跡の力”とも言うべくあの力が、実力がかけ離れてるオニドリルを撃破したことで、ピカチュウに小さな成長が起こるというなら……ボクも“諦めない”で良かったと感じられずにはいられなかった。
だけど……まだ安心するのは早い。
いくらオニドリルを倒したとはいえ、上空にはまだピジョンが、がっちりとキャタピーちゃんを鷲掴みしているのには変わらないからだ。
「な………なんだありゃ……オニドリルが負けただと……しかもあんなボロボロのヒトカゲに……たった二度の攻撃で……!」
しかしピジョンは動揺していた。さすがにあれだけの出来事が起きれば、いくらかなりの実力があっても、すぐに受け入れるのは難しいのだろう。それでも……、
「なにもんだてめぇ……このいも虫を突き落としても良いってのか!?」
「くっ………」
そう。相変わらず優勢なのは上空でキャタピーちゃんを鷲掴みしているピジョンなのだ。
(どうやって……どうやってキャタピーちゃんを助ける……。相手は地上も上空も往来できるのに、果たしてさっきみたく一撃で仕留めること……そんなことが出来るのか?)
それよりも懸念されるのは、ボクの炎をピジョンが避けても、その足元には……キャタピーちゃんがいる。
万が一……そのキャタピーちゃんにヒットするような事があったら……。
(どうする……まだ傷が癒えてる訳じゃないから、そう何度も攻撃は出来ないし、それに……)
ボクはチラッと後方を振り返る。
そこには先ほどよりも、幾分元気を取り戻して……ちょっとだけ戦う姿勢をみせるピカチュウがいた……が、
(だからといってピカチュウも……ほとんどボクと似たような攻撃パターンの持ち主……どうする?)
一難去って一難とはこの状態を指すのかも知れない。
決して彼女の実力を気にしてる訳じゃないが、立体的な……しかも素早い動きが可能なピジョンに対応出来るのか……それだけが懸念材料だった。
(ピジョン単体なら、ピカチュウが頑張れる場面なのに……あっちにはキャタピーちゃんという“人質”がいる。キャタピーちゃんは何がなんでも無傷じゃないと意味がないんだ。どうする……どうする……どうすればいいんだ)
ボクとピカチュウの最初の“記憶”……。
それは、かすかにボクやピカチュウの運命が……たまたま自分たちの意識と逆に向かって動き始めたせいで、始まった物語だった。
にわかに信じられない……奇跡という方角へ向かって……
……メモリー7へ続く。