第1章:「“ちいさなもり”」編
メモリー3:「始まった冒険〜ちいさなもりA〜」の巻
 バタフリーからの助けを引き受けたボクは、無我夢中の暴走を経て問題の場所へとたどり着いた。

 
 「ここだ……キャタピーちゃんが落ちたっていうほらあな……。思っていたよりも結構深いな……」
 「確かに……。これじゃキャタピーちゃんの力じゃ、上がってこれないのもしょうがないよね……」


 じっとほらあな……というよりは巨大な地割れの中を覗き込んでいるのは、ボクと一緒に行動するのを頑なに拒んでいたあのピカチュウである。


 「まぁ、とりあえずこんな場所にいつまでもいても仕方ない。早くキャタピーちゃんを助けに行かなきゃ……」


 どんだけ深いのかわからないけれど、ここは出たとこ勝負だ……と、覚悟を決めて地割れに飛び込もうとした……その時だった。


 「……待ってよユウキ!本当に行くの?どんなポケモンが私たちを攻撃してくるかわからないんだよ?……やっぱり、“救助隊”の人たちに頼んだ方が良いよ!!」
 「ほぇ!?“救助隊”だって?何なのさそれ?」


 ボクは勢いあまってうっかり足を滑らせて穴に落下しそうになったが、……その“救助隊”という言葉が気になりピカチュウに聞き返した。


 「“救助隊”って言うのは、自然災害で被害を受けたポケモンも含めて、いろんな人を助けている存在なの。その人たちならこういった危険な場所でも、突破できる力を持っているんだよ?」
 「なるほど……。要はその人たちにお願いすれば、自ら危険な目には遭う必要は無いってことか……」


 ボクは再び腕組みをして考える。
 ……確かに自分は良くこの世界のことは愚か、自分に起きたことさえもまだ理解してない。ここはピカチュウの言う“救助隊”に任せるのもアリかも知れないな……って!!!


 「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないよピカチュウ!!この穴のどこかでキャタピーちゃんは……、ボクたちよりずっと危険にさらされているんだ!!それに早く助けてやらないと、他のポケモンたちからも攻撃を受けて大変なことになっちゃうよ!!」
 「でも…………!」


 ピカチュウがまた頑なにボクの意見を拒もうとした……………その時だった!!


 ゴゴゴゴゴゴゴォォォォ!ドドドドド!!
 「うわっ!!」
 「キャ〜ッ!凄い地震!助けて!!」


 身動きを許されぬほど、激しく大地が揺れた。縦に横に大きく……全てを飲み込んで激しく大地が揺れた!!


 ………………………更に!


 メキッ……!!メキメキ!!メキメキメキ!!ガラガラガラ!!


 先ほどの地割れが広がり、ピカチュウの足元まで及んでいた……。このままだといつ崩れてもおかしくない!


 「イヤ……怖い。助けて……お願い早く……!!もうおさまって……!!」


 揺れへの恐怖心と突然の出来事にパニックになっているのか、ピカチュウは頭を押さえながら小さい体を丸めて震えていた。


 「ピカチュウ!危ない……!ちっくしょう!!」


 自分も揺れにほんろうされ、自由な身動きを出来ているわけじゃなかったが、何とか地面を這うようにピカチュウのもとへと近づいていった。



 (せめて……自分の勝手な行動に巻き込んだピカチュウだけは……崩れた時のダメージから守ってあげないと……)


 守らないと……その一心だけだった。それにしても記憶喪失だったり、地震だったり……なんて最悪なんだ今日は……。


 (よし……もう少しだ……もう少し……ッ!?)



 ガラガラガラ……バキバキバキッ!! 


 ピカチュウとボクの間は20センチもなかっただろう。……しかし大地は大きく引き裂かれ、次々と地上から姿を消していった。


 「うわぁぁぁーーーー!!」
 「キャーーーーー!!!」


 大きな轟音とともに、ボクとピカチュウも逃げる間もなく、あっという間に地下へと吸い込まれてしまった……。




 ………それからどれだけの時間が経ったのだろうか………。





 「…………キ!………ウキ!………ユウキ!…………ユウキってば!!」


 どこからか女の子の声がする。慌てるように心配してるような感じで……。


 「う〜ん……。ピ……ピカチュウ?ここは……そっか、地割れの下に落ちちゃったのかボクたち」



 まだぼんやりとしたボクの視界が捉えた風景は、先ほどとはうってかわって森なのか洞窟なのか良くわからない場所だった。


 「イッテテテ………思い切り背中を打っちゃったよ……」


 全身に強い痛みを感じる。やはりここは地上からかなり深い場所だったようだ。


 「ユウキ……大丈夫?ちょっと待っててね。確かもうひとつ……“オレンのみ”があったはずだから……」


 ボクの体へのダメージを心配するピカチュウ。何やら小さく青い木の実を手にしているようだが……。


 「ゴメンね……もうちょっとだから。このままじゃちょっとアレだから……」



 そうやってボクに一言伝えると、彼女はその小さな青い木の実をおもむろに地面へと置き、それをしばらくの間じっと見つめていた。


 (ピカチュウ……一体何をする気なんだ?)


 ピカチュウのやりたいことが全然理解できずにいたボクだったが、次の瞬間!!


 「…………えい!!」
 「!?」


 なんとピカチュウは小さな青い木の実めがけて、赤いほっぺたから電撃を繰り出したのだ!


 バリバリッ!!バリバリッ……!!………ジューー……。


 電撃を浴びた青い木の実からブスブスと煙が立ち上る。


 ピカチュウは再びそれをじばらくの間じっと見つめていたが、やがて笑顔を見せた。



 「ふぅ〜………もうこれで大丈夫♪待たせてゴメンねユウキ。この“オレンのみ”、食べてみて♪」
 「え?……わ、わかったよ」


 ボクはピカチュウに勧められたその青い木の実を、恐る恐る口に入れてかじった。



 (不思議だ……この木の実、甘い味も苦い味もすっぱい味もする………!?)


 かじっているうちに色んな味がするこの木の実。その不思議さに妙な気持ちになっていた次の瞬間だった。


 …………パァーーーーー……………


 (なんだろうこの光は……。気持ちがいいや……。痛みが……痛みが消えていく……。力が出てくるぞ……)


 不思議な現象だった。まぶしい光がボクを包んだと思うとだんだんと痛みが消え、逆に力が出てくるのを感じた。


 「良かった。これでもう平気ね♪」
 「うん。だけどこれは……?」


 ボクはこの小さな青い木の実の正体を、ピカチュウに聞いてみた。


 「さっきユウキが食べた木の実は、“オレンのみ”って言うの。色んな味がする木の実なんだけど、ケガをしたり疲れて力が無くなっているポケモンが食べると、その傷を治したり体力が回復する効果があるのよ♪」
 「そうなんだ……。だからボクも元気になったんだね……ありがとうピカチュウ♪」


 ピカチュウの説明を聞いて納得するボク。同時にピカチュウの優しさも感じて自然と感謝の言葉が出てきた。


 「そんな……私……大したことなんてしてないよ……」


 ピカチュウは照れくさくなったのか、顔を赤くしている。でもどうしてピカチュウは“、オレンのみ”に電撃を浴びせてたのだろうか。


 「……でも“オレンのみ”は、そのままだと凄く固い木の実なの。だからああやって電撃を浴びせて、柔らかく食べやすくしたんだよ」
 「なるほど……良く知っているんだねピカチュウ」


 先ほどまでは全く感じられなかったピカチュウの頼もしい姿に、ボクは少し安心した。何せ自分はこの世界のことを知らない。そんな世界で、むやみに変に動き回るのはリスクになるのは避けられない。


 だけどこのピカチュウの様子からは、そんな無知のボクに、危害を与えるようには見えない。だからこうやって一緒に行動してくれるのが、今のボクとしては心強いのだ。


 「………さてと元気になったことだし、キャタピーちゃんを探しにいきますか!」
 「えっまだ奥に進むの!?」


 ピカチュウはまたも困惑した表情を見せる。………相当イヤなんだな。


 でも今はどうしても彼女の力が必要になるから、ちょっとだけ頑張ってもらわないと……って考えていたそのときだった!!


    ドカッッッッッッ!!
 「イテッ!!誰だ!!ボクに急にぶつかってきたのは!!」


 ボクは突然の出来事にわけがわからなかったが、すぐさま後ろを振り向く。


 「おまえら、この場所を荒らしにきたのか?許さないぞ!!」


 そうやって興奮しているのは、ことりポケモンのポッポというポケモンだった。


 「荒らしに来た?……違う!ボクらはキャタピーというポケモンを探しに……」
 「問答無用!!“つばさでうつ”!」


 ボクはポッポに悪者で無いことを伝えたかったが、ポッポは最後まで聞くことなく、その翼を思い切りボクめがけてぶつけてきた!!


 「うわっ!!何するんだ!!……こうなったらこの燃えるしっぽで“たたきつける”!」
 「えっ!?」
 「!?」


 ボクは壁にぶつかった反動を利用し、体勢を立て直しながらそのままジャンプすると、勢いに任せて燃え盛るしっぽを降り下ろしてポッポへと突撃した!!!


 「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 「わわわわわ!!!」


 ポッポはボクのあっという間な動きに対処できず、ただ慌てるだけだった。


 ……………ドカッッッッ!!
 「う〜ん…………」
 「…………」


 衝突した次の瞬間、ポッポはその場に倒れて目を回していた。


 「ユウキ!!」
 「あっ、ピカチュウ」


 ピカチュウが慌てた様子を見せながら、駆け足でボクに近づいてきた。


 「大丈夫だった?ケガは無かった?」
 「うん、私なら平気だよ。……それより凄いねユウキ!ヒトカゲであんな強い攻撃なんて見たこと無いよ!ホント……びっくりしちゃったよ!!」
 「そんな……大げさだよ。ボクだって無我夢中だっただけなんだから〜」


 目をキラキラさせ、満面の笑みを浮かべるピカチュウのその驚きように、戸惑い照れてしまうボク。


 だけど今のちょっとしたバトルのおかげで、キャタピーちゃんを助けるために避けられないであろう課題、“我を失ったポケモン”の撃退に関しては、何とかなりそうな気がした。


 (たった一回うまくいっただけだからまだまだ油断は出来ないけど……でも自分に不安をかき消す可能性があるなら……前に進むだけだ。不安に感じてる今だからこそ……前に)


 …………ボクはもっと奥に進んだ。もちろんピカチュウも慌てた様子で、
 「ちょっと、待ってよユウキ!置いてかないで!!」


 ……と、ボクの後をついてきた。




 こうやって今になって振り返ってみても、その時の自分ははっきり言って……何で自分は人間からヒトカゲになったのか……、どうして名前以外の記憶を失ったのか……、どうやって自分は、このポケモンだけの世界で生きていけば良いのか……、どうやったらまた人間に戻れるのか……もう考えれば考えるほど、不安で頭が埋め尽くされていた。


 だからこそ、あんなポッポ一匹を倒しただけのことでも、なんだか大きな一歩を歩んだという自信になったのかもしれない。


 後はやはりピカチュウの存在が不安から自分の心を守り、助けてくれていた。


 (ピカチュウは自分に自信が無いみたいだけど……、朝や、さっき倒れていた見ず知らずの自分を心配してくれた。彼女のあの“自然災害の影響”の話が本当なら、こんな訳のわからないボクを……他のポケモンなら見捨てるか、あるいは攻撃してきたハズだ……。それにポッポを倒したときも、あんなに笑顔で喜んでいた……。今は誰がなんと言おうとピカチュウが……、自分の無知をサポートしてくれる………大切な“パートナー”なんだ!)


 だからこそ彼女には自分勝手で申し訳ないが、嫌でもついてきて欲しかった。


 彼女のバトルの実力はゼロだとしても、“誰かを思いやる優しさ”あるハズ………。あの時は何となく彼女が、今後何回も後先考えず無茶苦茶な行動をする自分の危機を、救ってくれそうな気がした。




 ………しかし、キャタピーちゃんを救出するため乗り込んだこの“ちいさなもり”には、ボクやピカチュウを最初の試練が待ち受けていたのを、その時のボクやピカチュウは知らなかった………。





             ………メモリー4に続く。

オレンジ色のエース ( 2014/05/14(水) 16:50 )