キーワード18:「それぞれの物語D〜ルーナ先輩〜」の巻
次々と“紅白戦”のメンバーの振り分けが進むにつれて、僕は徐々に自分の持つ意志が揺らいでいくのを感じていた。
(やっぱり今回の“紅白戦”には、僕みたいなルーキーじゃ歯が立たない気がする。いくらナインズが7年間優勝できてないって言っても、年間140試合もある長いペナントには、例えシーズン成績に結び付かなくても、絶対に苦しい修羅場があったはずだ。それを何年間も、何回も乗り越えてきたレギュラー陣を超えるなんて、無茶にも程があるよ……)
まだ赤組か白組かさえもわからないと言うのに、ここまで弱気になりかけていたのは、僕自身が“熱血ファン”という立場からリザードンさんはじめ……レギュラー陣の実力を何度も目撃してきたからに違いない。
ましてや僕は高校時代からにこの世界に飛び込む際、これといった華々しい実績を引っ提げて来た訳ではない。
あくまで普段の“全力”で練習する姿、試合に“全力”で臨む姿に将来性を感じてくれたからこその……奇跡的な結果なのである。
(ラグラージさんみたく、状況に応じて打撃ができる訳じゃないし、バクフーンさんみたく、ホームランが打てる訳じゃない。……かといってジュプトルさんみたく、面白いようにたくさんヒットを打てる訳じゃない。盗塁や守備だって……基本的な範囲。……僕の持ち味は……)
…………自分のできる全てを、可能な限り最後まで頑張ること……それくらいしか思い付かない。 そんな自分が……果たして“紅白戦”という場で、レギュラー陣を驚かせるような活躍なんて出来るのだろうか……。
しかし……そんな弱気になっていた僕に一つの出逢いが待っていた。
「ん……あれ?そこにいるのは……“カゲっち”と“ピカっち”か?……まさかとは思ったけど、ドラフトでナインズに入ってきたヒトカゲとピカチュウって……お前たちの事だったんだな!!」
「………?」
「……??」
僕とピカチュウは一瞬何が起きたのかよくわからず、その声のする方向を見るもキョトンとしていた。
「な〜にキョトンとしてるんだよ!!全く……オレを忘れたのか?“ゴーゴーズ”で一緒だったオレを……」
「まさか……」
「“ルーナ”先輩ですか……?」
“ゴーゴーズ”……それは僕やピカチュウが小学校時代に所属していた少年野球のチーム“おひさまゴーゴーズ”のことだった。
「ようやく思い出してくれたか……そうだよ。そこでキャプテンやってたルーナだよ。まぁ10年ぶりの再会だから無理もねぇか」
「……………」
「……………」
僕とピカチュウは不思議な……と言うか体の奥深くからジュワーと何かが沸いてくる感覚に陥っていた。
“ルーナ”先輩。彼は僕やピカチュウの4年先輩のテールナーという種族のポケモンだった。
そのときはサード(三塁手)を守り、大きなホームランを打ち、たくさん盗塁を決めてきた……全てに置いてあこがれの存在だった。
それだけじゃない。その“ゴーゴーズ”に入った際、何もわからなかった僕に……初めて野球のグラブやバットを、自分のお小遣いで買ってくれ授けてくれたり……一緒にキャッチボールをしてくれたり、球場に連れてきてらったり、とにかく野球のことを色々教えてくれた……自分にとっての“お兄さん”的存在だった。
僕に“カゲっち”、ピカチュウに“ピカっち”というニックネームをつけてくれたのも、紛れもないルーナ先輩なのだ。
「ピカっちも元気そうだな。相変わらずカゲっちと一緒なんだな。もしかして付き合ってるのか?」
「止めてくださいよ〜冷やかすの。たまたまずっと一緒にいられてるだけですよ〜」
ピカチュウ……いや、ピカっちがルーナ先輩の言葉に赤くなり、笑顔を見せながらも否定する。
小さい時も常に一緒だった僕とピカっち。無論その時のことをルーナ先輩は知っている。
「オレがゴーゴーズを離れてから野球始めたって聞いてはいたけど……まさかプロ野球にまで来るなんて……ビックリしたぞ。がんばったんだな」
「ありがとうございます」
少年野球“ゴーゴーズ”は、小学生専用チームだったので、ピカっちが小学5年生から野球を始めた、“野球選手”としての姿を知らない。その時ルーナ先輩は4年先輩のルーナ先輩はすでに小学生から中学生になってるからだ。
「オレの中のピカっちは、カゲっちと一緒に手繋いでグラウンドに来て、練習終わるまでずっと一塁側のベンチの近くにあった……あの大きな木に座って、カゲっちを見守ってる姿しか知らないからな……いやホントにビックリだ」
ルーナ先輩は感慨深そうに昔の話をする。
「でもビックリしましたよ。まさかナインズにルーナ先輩がいるなんて!!全然知らなかったですよ!!」
「本当。今までずっとナインズを応援してきたけど、ルーナ先輩の姿は見えなかったから……僕も全然気付かなかった!!」
「ハハッ……まぁな。色々あったからな……」
突然の“再会”という嬉しさに思わず興奮気味になる僕とピカっち。
…………だけど、まだその時は知らなかっただけだったのだ……。
………小さい時、いつも背中を追いかけてきた彼が………とてつもない“苦悩”の日々を過ごしてきたことや……そこから出ることが出来ず、もがいていることを……。
(オレがナインズにいるってわかった以上……、コイツらにムダな心配をかけさせるわけにはいかないな……。時には何も知らない方が幸せってこともあるしな……)
その時は僕やピカっちから彼の背負う“10”は見えなかったが、それからどれほどの時間……それが彼を示す目印になったのか……僕とピカっちは全く知らなかった。
「そうだ!後で友達に紹介しなくちゃ!!」
「だね……ルーナ先輩、僕たちまたたくさん友達出来たんだよ!!」
「おっそうか。それじゃ……このメンバーの振り分けが終わったら紹介してくれよ!!」
『うん!』
…………だけど、今だから言える……。この突然の“再会”が無ければ………恐らくあのまま不安と弱気で、自分は潰れていたかも知れない………。
………それほどこの突然の“再会”は、僕が厳しいプロ野球の世界で活躍するきっかけとなった……一つの“キーワード”となったに違いない。
「とりあえずオレは白組だった。ラッシーさんやラージキャプテンと同じだ」
「僕たちはどっちになるんだろう……」
「楽しみだね♪」
メンバーの振り分けはまだまだ続く!!