キーワード17:「それぞれの物語C〜クールなスピードスター〜」の巻
“紅白戦”へ向けて、順調にメンバーの振り分けが進むナインズの選手たち。
不動のエースのリザードンさんと正捕手のラプラスさんの“黄金バッテリー”が赤組へ、4番打者のバクフーンさんとキャプテンのラグラージさんの“主砲コンビ”が白組へ………と、“最後のV選手”の所属先が決まるなか、彼ら同様に現在のナインズには欠かせないある選手がホワイトボードを確認していた。
「どうやら僕はヒートやラプと同じ赤組になるみたいだね……ちょっぴり残念だよ。久しぶりにヒートの投げるボールを打ってみたい気持ちがあったからね。でも……例え紅白戦でも、俊足巧打と鉄壁の守備を披露できるようにがんばるよ」
もりトカゲポケモンと呼ばれる種族のジュプトルさん。
今シーズンで高卒12年目のシーズンを迎える背番号“3”の彼は、リザードンさんやラプラスさん、バクフーンさんやラグラージさん同様に、現在のナインズを支える中心選手だった。
(ジュプトルさんは赤組に決まったのか……。毎年当たり前のようにヒットを打ち、50個以上の盗塁を決めて、外野の守備でもホームラン性の打球や、完全に間を破りそうな打球を捕ったり……天才プレーヤーの名を欲しいままにしている。そんな選手が“黄金バッテリー”と同じチームなんて……いくらラグラージさんや、バクフーンさんでも簡単にはヒットにさせてくれないような気がする……)
“盗塁(スチール)”というのは、送りバントや相手チームの守備のミスと関係無しに、自分の力だけで次の塁へ進むことを言い、主に走力に自信のある選手が行うプレーである。
その中でも一塁から二塁に盗塁することを“二盗”、二塁から三塁に盗塁することを“三盗”、三塁からホームに盗塁することを“本盗(ホームスチール)”、二人同時に盗塁することを“ダブルスチール”と呼んでいる。
この内“三盗”はキャッチャーからの距離が二塁と比べて近いこと、“本盗”は完全に相手バッテリーが油断していないと敢行するのは極めて困難である。(もちろん“二盗”も例え走力に自信があっても、相手バッテリーが警戒していると成功するのは難しいのに変わりはないが)
ところがジュプトルさんはそんな“三盗”や“本盗”を意図も簡単に決めてしまうほど、相手チームから嫌がれる“スピードスター”として知られていた。
おまけに外野守備でも、相手打者がガックリうなだれてしまうほどの華麗なプレーの数々を当たり前のように決めてしまう……。
もちろん打撃に関してもチャンスになればなるほど、狙ったボールを逃さず仕留める技術を持っていた。
だがなんといっても彼の場合、チームメイトがどんなに盛り上がっても笑顔を一切見せず、クールな表情で淡々と試合に臨む姿がナインズのファンの中でも……特に女性ファンの人気の的となっていたに違いない。
という“クールなスピードスター”のジュプトルさんだったが、ひとつだけこれまでの4選手とまったく異なる点があった。
実はリザードンさんたち“最後のV戦士”とは違い、彼は2年前のシーズンオフに……あの王者カムラーズから、ナインズに移籍してきた選手なのである。
(あのときはホントにびっくりしたよ。まさかカムラーズでバリバリのレギュラー選手が、“自分の力を認めてくれたチームのために頑張りたい”って、ナインズにやってきたなんて……信じられなかったもん)
プロ野球選手には入団したチームで、その選手生命を全うする者もいれば、自分の力を試し、更なる高みを目指そうと未知なる新天地へ挑む者もいた。
そんな新天地へ挑むための切符がいわゆる“FA(フリーエージェント)権”だった。
“FA権”………。それは入団してから1軍にいた期間が8年間に達したときに、その選手が今までのチームも含めて、リーグに所属する全球団に所属することを許される……つまりは一流プレーヤーの証とも言える権利だった。
しかしジュプトルさんの場合、通常であれば喜ばしいこの証を手にしてからは、完全に振り替えたくもない苦しい試練との闘いを強いられてきた。
(ナインズか……。不思議だな……まさかこのチームに自分がいるとはね……。もし、あんな事件さえ無ければファンの信用を失うことも無く、今まで通りカムラーズで頑張ってきたんだろうな。あの事件のせいさえ………!!!クソッ!!カムラーズでボクの野球人生はメチャクチャにされなければ……)
入団したチームを離れ、新たなチームを目指すことで、今まで支えてきたファンから色々と非難を浴びることもしばしば起こりうる“FA権”の行使。
……とは言え、ジュプトルさんの場合はそんな非難からも逃げず、一種の激励と受け止めて努力し、再びカムラーズとの試合の際は元気な姿を見せることが、今まで自分を育ててくれたチームとファンへの恩返しと考えていた。
しかし、ナインズの選手もファンも知らないひとつの“事件”により彼の運命はぐちゃぐちゃに乱されてしまったのである。
(嫌なことを思い出してしまったな……。とりあえず、帰ってトレーニングをしなくちゃな……)
ざわざわとにわかに賑わいを見せ始めるナインズの選手を尻目に、ジュプトルさんは荷物をまとめると、さっさとグラウンドから姿を消してしまった。
「“ジュジュ”!……まったく相変わらず不器用なヤツだなアイツは……。せっかくルーキーたちが一緒にトレーニングできるチャンスだと思ったのにな……」
ラグラージさんはジュプトルさんの立ち去る姿に不満を持ちつつも、いつものことと割り切り、引き続き紅白戦の選手の振り分けの様子を見守ることにした。
さて、このあとどんな展開が僕たちを待っているのだろうか……。