第3章:「それぞれの物語」編
キーワード15:「それぞれの物語A〜宿命を背負いながら〜」
 ナインズの背番号“5”を背負うキャッチャー(捕手)のラプラスさん。


 彼女はリザードンさん始め、ナインズの投手陣から絶対的信頼を誇るチームの“司令塔”であり、ナインズの最後の優勝となった8年前のシーズンに大きく貢献した、V戦士の一人でもあった。


 ……だが、今シーズンで大卒9年目となる不動の正捕手にとっても、その始まりから本日までの道のりは、決して平坦なものではなかった。


 なぜならラプラスさんは、これまでプロ野球の世界では存在しなかった“女性選手”としての宿命を、背負わなくてはならなかったのだ…………。




 「悪い悪い。ボールが滑ってキャッチャーミット(キャッチャーがはめる丸めのグラブ)じゃなくて、体に当たっちまった」
 「すまんな、バットを思い切り振ったらだけだ。悪気は無いからな新米」


 プロの世界に飛び込む以前から、キャッチャーとして完成していると評価を受けてナインズに入団したラプラスさん。


 ところがそこで待っていたのは、当時の先輩選手たちによる嫌がらせの連続だった。


 春季キャンプでも、ピッチャーが投球中にわざとボールをラプラスさんの体めがけて投げたり、定期的に行われる紅白戦でもバッターボックス(ピッチャーから見て真っ正面の位置の足元に描かれた、長方形の白線の枠。左バッターはピッチャーから見て左側に、右バッターは右側に立つ)に立ったバッターがわざと大振りして、ラプラスさんの体にぶつけていたりしていたのだ。


 何せラプラスさんは“女性選手”。男性選手でも生き残るのが難しいプロの世界なのに、“自分の実力を知りたい”と、強気の態度を見せていた彼女のことが面白くなかったのだ。


 ところがラプラスさんはこの理不尽さに、「ピッチャーに信頼されない私が悪い」とか、「ピッチャーのボールをしっかり捕れないのは、キャッチャーとして失格」とか、「打つために一生懸命なバッターだっている。そんなバッターが振ったバットなら、飛んで来ても不思議じゃない」などと、周りには何も気にしてないそぶりを見せていたと言う。


 (ラプラスの凄いところは他人を責めない点だ。高い知能を生かしてのリード面や、ホームに突っ込んでくるランナーを、しっかりブロックできる守備も魅力だが、他人を責めないというのは世代交代が必要なチーム作りには欠かせないな)


 当時の指揮官だったムクホーク前監督はまだ誰にも公表してなかったが、ラプラスさんを正捕手として起用していく方針を固めていた。


 度重なる嫌がらせの連続にも気にしてないそぶりを見せ、そればかりか当時のナインズのキャプテンだったキュウコン監督にも物怖じせず、打撃や走塁の技術を聞きにいく野球への姿勢から、“女性選手”としてのプレッシャーに負けていないと判断した結果だった。


 (ピンチになったらピッチャーというのは、不思議と打たれることが頭に浮かぶ。そんな状況の中で、ラプラスのような冷静で、強心臓を持つキャッチャーがアシストすれば、自ずといい結果が生まれるハズだ)


 キャッチャーというのは、本来的にとてもシビアなポジション。その理由として守備面で次の点が求められているからだ。


 @リード(インサイドワーク、配球)→ピッチャーがバッターに打たれないために、どんなボールをどのコースに投げされるか考えること。相手バッターやピッチャーの技術、状態、試合の場面等をしっかり把握して1球1球考えないとならない。


 A肩→ランナーに盗塁されないために、ボールをキャッチしてから素早く送球する技術、遠くへ投げられる強い肩が必要。盗塁を刺せないのは相手にチャンスを献上するも当然。


 Bブロック→ランナーにホームベース(バッターボックスの中央に置かれた五角形型のベース。これを踏むことで得点と認められる)を踏ませないようにすること。特に僅差の試合では、相手ランナーもキャッチャーを吹き飛ばす勢いで激突する可能性があるため、それを恐れず体を張って全力でホームベースを守り抜く強い気持ちが必要。


 C捕球技術→キャッチャーだったら当たり前だろうと言われかねないが、ピッチャーの投球をしっかりキャッチするのはとても重要。というのは、例えばランナーを背負った場面で、万が一ボールを後ろに逸らす(“パスボール”という)こと起きてしまうと、ランナーが次の塁へと進んでしまう。仮にホームベースの前である三塁ランナーがいる場面で、このような事態が起きれば、失点へと結び付いてしまうのだ。そのような事を防ぐ為にも、いかなる場面でもボールを、しっかりキャッチするのはとても重要。


 D野手への指示→@とも重なるが、試合展開やランナーの状況、打者の技術を加味してヒットを打たれないため、野手にどのような場所で守らせるかを指示することもキャッチャーの役目。それ故にキャッチャーは“チームの司令塔”と位置付けられるのだ。


 以上のことからキャッチャーというポジションは、非常に守備面での負担が大きいのが読者の皆さんにもお分かり頂けると思う。


 そのためキャッチャーの打撃力というのは、他のポジションを比較するとそれほど重要視されず、打線の中でも下位打線(7番打者〜9番打者)を打つことが多い。


 もちろんキャッチャーがホームランやヒットをたくさん打てることは、そのままチームの得点力にも左右するので、全く必要では無いとは言い切れない。
 だが、多くの場合はチームの失点を少なくするために健闘が期待されてるのがほとんどである。


 実際“強いチームに名捕手あり”と言われるほどである。それほどキャッチャーの力はチームの運命を左右しかね無いのだ。


 それにバッテリーとして組むピッチャーは活躍するほど、ファンの心を掴める華のあるポジションなのに対して、キャッチャーはピッチャーが打たれるほど、リード面で批判を浴びやすい苦しい立場。そのため、批判や試練を耐える強いハートの持ち主であることが必要なのである。




 「……………!」
 「とりあえず今年のキャッチャーはお前を中心に起用していきたいと考えている。このチームをより強くするためにも、新しいナインズを作るためにも、それからプロ野球に“女性選手”という新たな風を取り入れるためにも……頑張ってくれ」


 ムクホーク前監督の言葉に、驚きのあまり思わず目をまんまるくしたラプラスさん。


 (まさかルーキーの自分に……すでにプロとして活躍している先輩たちをよそに、スタメンマスクを任す意向があるなんて……)


 しかし、ムクホーク前監督は期待の意思を伝えるとともに、一つの課題もラプラスさんに伝えた。
  …………それは。


 「但し一つだけ条件がある。この春季キャンプの紅白戦、それからオープン戦の間、常にリザードンとバッテリーを組んでもらう。そのなかで三度リザードンを勝利投手にさせるんだ。それが出来たらお前を開幕1軍にしてあげよう」
 「リザードンを……勝利投手に……?」


 ラプラスさんが先程と打ってかわって緊張した様子を見せる。


 「そうだ。仮にこの目標が達成できなかったら……打撃や守備や走塁でいくら良いプレーを見せても、一年間2軍で過ごしてもらう。シーズン中の1軍昇格は無いと思うんだ。解ったな?」
 「は…………はい、わかりました」


 内心ではいくら自分が良いリードをしても、リザードンさんの調子が良くなかったら意味が無いと考えていラプラスさん。


 (でも決まったことは黙って従うしかない。これは自分がこの世界で生きられるか……試されていると思えば良いわ)






 “勝利投手”…………それは試合開始から投げる先発ピッチャーが、一番目標にしていることである。


 具体的に言えば試合開始から最低限5回まで投げきり、かつ味方チームがリードしているときにこの勝利投手の権利を奪うことができる。


 但し、そのあと他のピッチャーに交代しても交代しなくても、味方チームが同点に追い付かれたり、逆転されたりするとたちまちこの権利を失う。

 つまりいくらリザードンさんが好投しても、その間に味方が点数を入れないと意味が無いし、やっとの思いで権利を奪っても、万が一チームが逆転を許したら意味が無くなってしまう。


 リザードンさんががんばり、そして何がなんでも味方チームが勝たないといけないのだ。



 余談だが、この勝利投手に10回なること……10勝することを“二桁(ふたけた)勝利”といい、先発ピッチャーの良し悪しを判断する一つの基準となる。シーズン中15勝すれば一流のエース格、20勝すれば超一流といっても過言ではない。


 勝利投手とは逆の状態は“敗戦投手”と呼ばれる。これには次の条件がある。


 @ランナーがいないときにリードを許してしまった場面で投げていたピッチャー。


→例えば同点の場面で投げ始めたヒトカゲ投手が、相手バッターピカチュウ選手にヒットを打たれ、しかもピンチを凌げず、ランナーのピカチュウ選手がホームインした場合、もしチームが負けると敗戦投手はヒトカゲになる。


 Aランナーがいないときに投げ始め、ランナーを出して、そのまま交代し、次のピッチャーが打たれた場合。


→例えば@の場面で、ヒトカゲ投手がランナーのピカチュウ選手を出してから、チコリータ投手に交代したとしよう。
 この場合もしチコリータ投手が打たれ、ランナーのピカチュウ選手がホームインしたら、先程同様に敗戦投手はヒトカゲ投手になる可能性がある。
 逆にチコリータ投手が打たれずに、何とか3アウトになった場合はどうなるのか。
 例えば次の回にもし再びチコリータ投手が投げることになり、仮にそこで失点してリードを許したら、チコリータ投手が敗戦投手になる可能性があるのだ。


 このように敗戦投手というのはその時の様子にも決まるが、投手としては避けたいことなのだ。




 何はともあれ開幕1軍へ向けて、厳しい条件を課されたラプラスさん。心はすでに困難に負けじと前へ向かっていた。



 (とにかく、リザードンのボールを受けてみないことには始まらないわ……。結果はどうなるかわからないけれど、出来ることを精一杯やるだけ……がんばるわ!!)






 こうしてリザードンさんとラプラスさんのリーグNo.1と言われるバッテリーが、結成されたのだった………。

オレンジ色のエース ( 2014/05/13(火) 17:47 )