第3章:「それぞれの物語」編
キーワード14:「それぞれの物語@〜“スーパーエース”目指し〜」の巻
 「これか……紅白戦のメンバーの振り分け表は。どれどれ……」


 キュウコン監督による“紅白戦の話のあと、僕たちナインズの選手は一塁側ベンチに集まっていた。


 ホワイトボードに掲げられた1枚の紙を見て、自分たちが赤組、白組のどちらに振り分けされたかをチェックするためである。


 「どうやらオレは赤組みたいだな。ん?……なんだ……“ラプ”も一緒じゃないか……良かった。オレは“ラプ”以外のキャッチャーのことは信用できないからちょうどいい。これでガンガン心置きなく勝負できる」
 「そうね。キュウコンさんは何を考えてるかわからないけれど、仮にも私と“ヒート”は“リーグNo.1”認められてるバッテリーなのよ。それなのに二軍やルーキーも混ざった……この紅白戦で組ませていいのかしら?まぁ私たちはやれと言われたら、やるだけだけどね。でも、やるからには手加減は一切しないわ」


 まず振り分けを確認したのは、今シーズン高卒12年目を向かえる右投げのピッチャーで背番号“1”を背負う、ナインズ不動のエース……リザードンさんと、大卒9年目を向かえるリーグ初の女性選手として活躍するキャッチャー(捕手)で背番号“5”を背負うラプラスさんだった。


 (うっそ〜……リザードンさんと、ラプラスさんの“バッテリー”が同じチームなの〜?もし相手だったらヤバイじゃん……)


 この“バッテリー”と言うのは野球の専門用語で、ピッチャーとキャッチャーのペアのことを意味している。



 そのリザードンさんとラプラスさんのバッテリーだが……ナインズファンはもちろん、リーグ全体でも知らないファンはいないほど有名だった。


 熱血ナインズファンだった僕もそのことをよく知っていたため、彼らが同じチームということに妙なプレッシャーを感じた。


 ………それもそのはず。彼らはナインズ最後の優勝となった8年前のペナントレースに大きく活躍した……いわばV戦士。


 特に当時高卒3年目だったリザードンさんは、炎のような豪速球と、1球1球に魂をぶつけて相手を仕留めるのがスタイルという……観る者の心を熱くさせる若手有望株の一人だった。


 ナインズに入団したときから“将来のエース”を期待されていたため、1年目から既に1軍の舞台で登板(投手が試合に出場すること)は果たしていたものの、先発(試合開始から投げる投手のこと)として、なかなか結果が残せずに苦しんでいた。


 その最大の要因はピンチを向かえたときの投球術だった。



 ランナーを出してない場面ではベテラン顔負けの投球術で、ガンガン三振を奪えたものの、いざピンチのシーンとなると、いつも冷静になれずに意地になって豪速球を多用し、力で強引にねじ伏せようとしてきた。


 ………でもプロの……優勝を狙って争っている1軍の舞台は甘くない。いつもその豪速球を打たれる度に、コーチや先輩投手陣、それからバッテリーを組んでるキャッチャーにも、その投球術について怒られ続けた。


 試合開始から3つアウトを取れば交代という1回のマウンド(グラウンドの中央に位置する小高い場所)で、1つもアウトを取れず、いきなり3本のホームランを含む7点を奪われたこともある。



 そのような不甲斐ないプレーで2軍に落とされる度に、彼は自分のロッカーをぶん殴っていたという。投球練習中に自分の愛用するグラブを、マウンドに投げつけたこともあった。


 ……しかし、プロ入り4年目を向かえた8年前、あることをきっかけに彼の運命は大きく動き始めた……。


 ……ムクホーク前監督の登場と、“ミスターナインズ”であったキュウコンさんの激励である。


 (もし辞めたムクホーク監督やキュウコンさんの言葉が無かったら、今のオレはいなかっただろう。)



 当時チームの伝統である“全力全員野球”で、リーグ連覇を成し遂げていたナインズ。


 ところが、当時のその主力を担っていたベテラン選手の引退が相次いでいたため、新しいヒーローの誕生を待ち望む声がファンから多くあった。


 そのためこの年指揮官となったムクホーク前監督は、ナインズの強さを確実にするためにも、チームの次代を担う若手選手の育成に力を注いでいた。 投手陣も例外ではなかった。特にリザードンさんの持つ力や、闘志溢れる投球スタイルには、舌を巻くほど評価していた。


 何せ報道陣の取材に合うたびに、ナインズのエースへと成長させると答えていたほどなのだから。


 「お前の1球1球全力投球する姿は、ナインズの伝統でもある“全力野球”にぴったり合う。2軍にいるのは宝の持ち腐れだ。例え周りがなんと言おうと、オレはお前のことを信用して1年間1軍で投げさせる。もしお前がオレを信用してくれるなら、1年間思いっきり出し惜しみなく腕を振ってくれ!!」


 キャンプイン直後、ムクホーク前監督から直接伝えられたこの言葉はリザードンさんの心に、決意とともにしっかりと刻まれた。


 更にムクホーク前監督からキャプテンに任命されたキュウコンさんにも、


 「新しいナインズを創るのは“ヒート”、お前だ。1球1球そのつもりで投げれば、結果はついてくれるはず。何も恐れる必要なんて無いぞ」


 と、チームメイトの間からつけられていたニックネーム……“ヒート”と呼ばれて激励を受けていたのである。



 彼はその日からどの投手よりも練習に打ち込んだ。


 あのチームいちを誇ったキュウコンさんよりも早く球場入りして黙々と走り込み、投球練習も腕がちぎれるぐらい続けた。例え日が暮れて誰もいなくなってもボールを投げ続けていた。


 (オレはナインズのエースに……イヤ、“スーパーエース”になる!)




 そんなある日、誓いに燃えるリザードンさんに更なる出会いを待ち受けていた。






 ……それがまさに、プロ野球史上初の女性選手としてナインズに入団した……ラプラスさんだった。 

オレンジ色のエース ( 2014/05/13(火) 17:40 )