もう心配させない
「逃げてチャゲ!お願いだからはやく・・・早く逃げてっ!!」
「いやだっ。お姉ちゃんと一緒じゃないなら絶対に逃げない、僕が戦う!」
「ふざけないで。あんたが戦ったところで倒せる相手じゃないの何度言ったら分かるの?」
「そんなこと無い!こんなやつら僕が倒してやる。"体当たり"!」
「待ってチャ・・・・・・・・・・・・!!」
「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
外に水溜まりでもあろうものならあっという間に凍ってしまうような極寒の季節にも関わらず、イーブイであるチャゲは全身が生暖かい水にでも浸っているような感覚で目が覚めた。
「はぁ・・・また汗で布団が濡れてる。今日もまたあの夢か・・・」
いったい今までに何回あの夢をみたことか・・・。
まぁもう頻繁に見すぎてて回数なんて分からなくなってるけど、あの夢の。
あの日のことは今でもはっきりと、どんなに些細なことだって覚えてる。
そしてあの夢を見る度につい思ってしまう。
今見ていた夢は在りもしない幻想の世界で、夢から覚めたら大好きなスイお姉ちゃんが笑顔で笑っているのではないか、そう思いたかった。
けどどんなに期待していても、目を開けて見えるものと言えば静まり返っている家と空っぽの自分だけだった。
もう忘れよう、過ぎてしまったことは仕方ない。
そう自分に言い聞せようとしていた。
本当は忘れたい、でも忘れられたくない。
だって僕が世界で一番大好きだったお姉ちゃんと過ごした最後の一日だから。
確かあの日はむし暑かったけど晴れていて雲ひとつない天気の良い日だったな。
僕の唯一の家族であり、僕が世界で一番慕っていたお姉ちゃん。
グレイシアのスイお姉ちゃんと一緒に僕達が住んでいた村からちょっと遠出して二人でピクニックに行ってたんだ。
あの時は本当に楽しかったな・・・。
久しぶりの遠出で特に目的の場所とかは無かったけど、ただお姉ちゃんと話しながらぶらぶら歩いたり夏だったこともあって小川を見つけては一緒に水遊びとかして楽しかったな・・・。
あっ、そういえばお昼ご飯にお姉ちゃんが作ってくれた"オレン炒め"も一緒に食べたっけ。
あの味はひどかったな・・・まぁまずオレンの実を炒めてる時点で味は期待出来ないんだけど
でも凄い熱に弱いお姉ちゃんが火を使って僕のために一生懸命作ってくれたってことが嬉しくて凄い勢いで食べ終えたっけ。
お昼ご飯の後もかけっこしたり空を眺めたりして楽しんでたんだよね、これほど時間が経つのが早いって感じたのは初めてだったな。
でも夕方になり始めてたからそろそろ帰ろうとして村に向かってる時に事件は起きてしまった・・・・。
帰り道を進んでいるときに確かロケット団とか言う人間達に見つかったのが悪夢の始じまりだった。
なんであの人間達は僕らを狙ったかは分からないけど、見つかってほんの数秒後にその人間達が赤と白色の丸いボールをいくつか投げたかと思ったらいつのまにかさっきまで誰も居なかったはずの所、僕達の回りにいろんな種類の沢山のポケモンが居たんだ。
僕は今でもその時みたポケモン達の顔を思い出してはぞっとする。
だって普通はどんなポケモンにも心があって表情がある、でもそのポケモン達にはそんなもの無いように表情ひとつ変わらなかった。
いや、ただ言われたことをするだけの機械のような無表情みたいだったのを鮮明に覚えてる。
まぁ表情の事はいいや、それで囲まれた僕とお姉ちゃんにいきなりそのポケモン達が攻撃をしてきたんだ。
いきなりの不意打ちで僕もお姉ちゃんも油断してたけどなんとかぎりぎりで避けることは出来た。
でも攻撃はそれで終わることはなく次から次へと続き逃げる隙も、反撃する隙も無かった。
僕はなんとか避け続けてたけど、だんだん疲れて来て少しづつ動きが鈍ったいくなかでついに攻撃が当たってしまった。
1つ攻撃が当たってしまえば受け身をとってもどうしても僅かな隙ができる。
当然その隙を狙われてポケモン達が僕に向かって一斉に攻撃を放ってきた、そして僕は倒れるはずだった。
でも僕は倒れるどころか傷みひとつ感じなかった。
何故かと言うのは、顔をあげて目を開くとすぐに分かった。
僕はおそるおそる突き飛ばしてきた方を見ると、そこにはなんとボロボロのスイお姉ちゃんがいまにも崩れ落ちそうにたっていたからだ。
そしてそれを見たとたんに僕は僕を突き飛ばしたのが誰か、僕を庇って犠牲になったのは誰かを悟ってしまった。
そしてあとは今日見た夢と同じで、ボロボロになってしまったスイお姉ちゃんが僕に逃げるように言ったが僕はそれを聞かず無謀にも戦おうとしてしまった。
当然勝てるはずもなく逆に攻撃をくらって倒れてしまいやがて意識を手放してしまった。
それから何があったかは分からないけど、僕が意識を取り戻し起きてあがったのはもうとっくに日はくれ回りは闇に包まれていた。
そしてスイお姉ちゃんは僕に寄り添うように倒れていて、いくらか声をかけても、いくら揺さぶっても、僕がいくら泣いて呼んでも二度と起き上がる事は無かった。
「川にでも入って洗うか・・・・」
冬だというのに体は雨にでも打たれたかと思うほど大量の汗で濡れており、ふさふさの毛が体にベットリと付いていた。
さすがにこままでは気持ちが悪く嫌なので、重い体と心を動かし布団から這い上がると家から出て近くを流れる小川までゆっくりと歩いて行った。
やがて着くと水は極寒の冷たさにも関わらず、なんのためらいもなく真っ先に小川へと入っていく。
季節が冬で、この小川は流れもゆるやかなため小川はには所々に薄い氷が張っており、とても水に浸かっては居られない冷たさのはずだが不思議なことに寒いと感じることは無かった。
あの日僕が、僕が戦わなければ!
スイお姉ちゃんの言葉通りに逃げて助けを呼んでこれば!
もしかしたらスイお姉ちゃんは今も元気に過ごしていたかもしれない、そんな事しか考えられなかった。
しかし、いかに寒く感じないと言っても体は正常な反応を訴えて始めて次第に体が震えるようになってきた。
あぁ、そうだいっそこのまま水にでも浸かっていたら死んだスイお姉ちゃんに会いに行けるかな・・・・。
始めはただ汗を流すだけのつもりだったが、いつの間にかそんなことは忘れてしまいもうこのまま死のうかと目をつむり始めたその時。
「チャゲ」
誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声はとても懐かしく誰かを心配するような声で、僕が今一番聞きたかった声な気がした。
僕はまさかと思い目を開け顔をあげるとそこには朝、目が覚めたときとは違い期待度おり僕が一番会いたかったポケモンが僕をじっと見ているのが目に入った。
「ス、スイお姉ちゃん?本当にスイお姉ちゃんなの!?」
寒さからの震えるではなく、嬉しくて仕方なくて今まで必死にこらえていた寂しさが爆発しそうになってしまい、今にも泣きそうな声で震えながらそのポケモンの名前を口に出した。
「何してるのチャゲ!早く川から出て暖まらないと死んじゃうでしょ!」
目の前にいるポケモンは怒ったように怒鳴るように力強く叫んだ。
でも僕には本心から心配性するように、空っぽになってしまった僕を優しく包み込むように聞こえた。
「ごっ、ごめん。」
さっきまでは、このまま死のうと考えていたはずなのだがそんなことスイお姉ちゃんに会った瞬間に忘れており、そう言われるたあとすぐに川を出て冷たくなった体でスイお姉ちゃん近づいていった。
「えっ!?返事した・・・も、もしかして聞こえてるの!?」
スイお姉ちゃんは何故か驚いていたが、僕はそんなことはどうでも良かった。
あぁ、やっぱりスイお姉ちゃんだ。
いつも優しくいつも僕の事を心配してくれる僕の大好きなお姉ちゃんだ。
そう確信を持ちスイお姉ちゃんに寄りそうと、いつの間にか目から大量の液体が流れ落ちてくるが制御が出来ない、そしてどんどん顔がくしゃくしゃになっていってしまう。
「チャゲ・・・・」
そして僕につられてか、今まで僕が一度も泣いているところを見たことが無かったスイお姉ちゃんの目からも少しずつ液体をこぼし始め、しばらくすると二人の下には大雨が降ったと思われるくらい地面が涙で濡れていた。
「ねぇ、スイお姉ちゃんはその、あの日僕を庇って・・・」
しばらくして二人とも落ち着き、僕はようやく一番気になっていることの何故死んでしまったはずのスイお姉ちゃんが、居て僕と話しているのかをおそるおそる聞いてた。
「それが分からないのよ・・・。確かにあの日チャゲが気絶してしまったあとボロボロだった私は最後の力を振り絞ってチャゲを庇っているうちに、私は限界以上に攻撃を受けてしまって気絶を通り越して死んでしまったはずなんだけど・・・」
「やっぱり・・・。で、でもなんでかは知らないけど生きてたんだよね!ならこれからもまた一緒に暮らせるんでしょ?」
僕はもうまた一緒に暮らせるかもしれないということに対しあまりにも嬉しすぎて仕方が無く、少し早口になりながらも聞いてみた。
「ごめんねチャゲ・・・・。私はもう生きてないし多分一緒に暮らすことも出来ない・・・」
また一緒に生活出来るとかってな期待をしていた僕は、スイお姉ちゃんのその一言が耳に届いてから理解するまで少し時間がかかってしまった。
「え、なんで?でも今実際に生きてるじゃん!」
大好きなスイお姉ちゃんに裏切られた気がしてつい口調が強くなってしまった。
「あのね私はあの日倒れてしまってから、いや死んでから本当はもう何度もチャゲに声をかけたり触れようとしたりしたんだよ。でもチャゲには聞こえないみたいで触れても空気を掴むみたいにすり抜けて掴むことは出来なかったの」
「そんな・・・じゃあスイお姉ちゃんはもう・・・」
『もう』の後に"本当に死んでるしまってるの?"と言そうになったが言えなかった。
その言葉を言ってしまうと僕は、認めたくはなかったスイお姉ちゃんの死を認めてしまうような気がしたから。
「私はもう死んでしまってるのよ」
スイお姉ちゃんははっきりとそしてゆっくりと僕が一番聞きたく無かった言葉を発した。
僕はまた泣き出してしまいそうな気持ちになりなにも言葉が出なかった。
「ねぇチャゲ。確かに私はもう死んでしまっているけど何故か今は話せるしなんにだって触れられる。でも多分これは少しの間だけだと思うのだからせっかくのこの時間を無駄にしないように楽しも!」
励ますように優しく微笑んで泣きそうな僕を見つめてくる。
「・・・・うん。せっかくまた会えたんだしスイお姉ちゃんといっぱい話したい!」
そうだ、もう会えないはずのお姉ちゃんとまた会えたのにいつまでも泣いてたら心配性なスイお姉ちゃんを心配させるだけだよな。
「そうそう。泣いてるより楽しまないと損だよ」
笑顔で微笑んでくるスイお姉ちゃんにつられ僕も笑顔になっていく。
「ねぇスイお姉ちゃん、ここで話すのも良いけどとりあえず家に戻らない?僕体が冷えて寒くて・・・」
今になって寒さを感じるようになってきて若干震えながら家の方を前足で指す。
「あっそうね!さっ早く行きましょ、風邪でも引いたら大変だからね」
「うん!」
チャゲはもうスイお姉ちゃんに会う前えのような悲しそうな顔はせず、ただ笑いながら家へと歩いていった。
家に着いたチャゲはとりあえず冷えた体を暖めるために布団にくるまりながら、スイお姉ちゃんがいなかった時のことや昔の話、今流行っている噂やこの前あったことなどを楽しそうに沢山沢山思う存分話した。
そしてスイお姉ちゃんはと言うと、チャゲの話に耳を傾け何度も何度も一緒に笑いながら楽しそうに話を聞いたり話したりをしていた。
そんなこんなで話をしているうちに時間はあっという間に過ぎていき、気づけばチャゲは眠くなりウトウトし始めいた。
「スイお姉ちゃん・・・・。ごめん、もう眠くて。もっといっぱい話していたいのに・・・」
「うん・・・。そうだねもう夜遅いから寝よっか・・・」
「うん、スイお姉ちゃんおやすみ・・・」
チャゲは一緒に布団に寝転んでいたスイお姉ちゃんに寄り添うようにして、目をつぶり始めた。
「おやすみなさい、チャゲ・・・」
そしてチャゲはスイお姉ちゃんのその言葉を聞いたのちやがて本格的な眠りに落ちていき意識が遠のいていった。
「さて・・・」
チャゲが眠ってからしばらくして完全に眠ったと確信をもつと、チャゲを起こさないように静かにゆっくりと起き上がり、そして布団から離れた別の場所へと向かっていった。
「ねぇチャゲ、起きて。」
「ん・・・何スイお姉ちゃん?」
僕は寝てるところをスイお姉ちゃんに無理矢理起こされたため、まだぼーとしながらもゆっくりとまぶたを開け始める。
「ごめんねチャゲ・・・。これ以上もうチャゲとは話せないみたいなの・・・」
「えっ、どう言うこと?」
僕はスイお姉ちゃんの言っていることはぼーとしている頭で精一杯考えても分からず聞き返す。
「あのね、もうお別れみたいなの・・・」
お別れ?それってどお言う事?何をいってるの?そう不思議に思ってる事が顔に出てしまったのかスイお姉ちゃんは続けてまた何かを言い始める。
「私の体をよく見てみて」
「えっスイお姉ちゃん。か、体が・・・・」
僕は言われたとおりスイお姉ちゃんの体を見るといつも見ていたよりも何故か色が薄くなっていることに気がつき、そう気づいたとたん僕の頭は即座に覚醒する。
「うん色が薄いだけでなくて地面に触れてる感覚もさっきより感じなくなってきてるの。だからたぶんもう私は消えてしまうんだと思う」
「そ、そんな!でもまだ僕スイお姉ちゃんといっぱい話したいのに・・・」
唐突に別れを告げられ、また会えなくなってしまうと思うとまた目に涙が溜まってきてしまう。
いつかはスイお姉ちゃんが消えてしまうのは仕方がない事だと分かっているつもりだったが、まだ会ってから一日も経っていないのにもう別れなくてはならないと言われるとやはり消えないで欲しいせめてもう少しだけ一緒にいて欲しい、そう思ってしまう。
「泣かないでチャゲ。そんなに悲しそうな顔をされると私も消えるのが嫌になっちゃうじゃない・・・。もう会えないならせめて最後は笑顔でって思ってたのに私まで・・・」
さっきまであまり悲しそうな顔をしてなかったスイお姉ちゃんも今はもう僕と同じように涙をこぼしている。
だがもうスイお姉ちゃんがこぼした涙は床に落ちても床は濡れず、それどころか床に落ちる前に消滅している。
「スイお姉ちゃん。もう本当にお別れなんだね・・・」
「うん。もう本当にお別れなんだよ・・・」
スイお姉ちゃんは僕の頭に優しく前足を乗せるが、僕は頭に前足を乗せられている感覚はなかった。
それを感じ改めてもうこれで本当に最後なんだと思う。
「スイお姉ちゃん!」
「何チャゲ?」
もう会えないなら今しかない。
僕の思いを伝えるならこのチャンスを絶対に逃してはいけない。
そう思った。
「あのね、僕スイお姉ちゃんと一緒に生活して、色んな事をして、いっぱい笑ったり泣いたりしたけど本当に楽しかった。僕スイお姉ちゃんと一緒に生活出来て本当に良かった。ありがとう!」
僕はスイお姉ちゃんが死んしまってから本当に独りぼっちになって気がついたこと。
スイお姉ちゃんがいたときは当たり前だと思っていことが、独りになってから本当に幸せだと言う事に気づき、その幸せを今まで僕に運んできてくれたお姉ちゃんに心から思っていることを笑顔で伝えた。
「私も、私もチャゲと一緒に居れて良かった!もしチャゲが居なかったら私も独りだったはずだから感謝するのは私もなの。今まで本当にありがとう。これからも元気でね」
スイお姉ちゃんも笑って思いを伝えてくれた。
そして僕は今にも消えそうになっているスイお姉ちゃんに近づき抱きついた。
スイお姉ちゃんもそれに気づき消えそうな体に力を込める。
「スイお姉ちゃん、さようなら・・・」
「チャゲ、さようなら・・・」
そして二人はが別れを告げるとスイお姉ちゃんの体は薄くなりやがて完全に見えなくなってしまった。
ちゃんと別れる事が出来てもやはりもう居ないと思うと少し悲しくなってしまう。
「でももうスイお姉ちゃんを心配させないように頑張らないと!」
心残りがスイお姉ちゃんと会えたことで消えて無くなり、もう心配させられないと気合いを入れ、何気なく机の方を見るとふと何かが乗っている事に気づいた。
「何だろう?」
そう思い近づくとそこには、あの日食べたオレン炒めと何やら手紙らしき物が一緒に置いてあった。
「スイお姉ちゃん・・・」
僕は手紙を呼んでいるともうスイお姉ちゃんには心配させないと決めたにも関わらず、涙が止まらなかった。
そして顔はぐしゃぐしゃなのだが手紙をぎゅっと掴み、そして笑顔で笑った。