第一章 開かずの部屋
二話 歯抜けの書類

 研究所の地下二階。電灯の光しか射さない廊下は、人が行き来しないため、埃が積もっていた。ひときわ異様な、錆びついた扉の前で、寛也は立ち止まる。地図に視線を落とし、場所を確認した。
 ここが、開かないって言われてた部屋か。寛也はじろじろと、茶色に変色した扉を見た。
 錆がはがれかけている扉を、のろのろと開ける。手の錆をはらって、暗い部屋の中に入り、電球のスイッチを探し点けた。
 瞬く電球に、眉をひそめて、寛也は中を見渡した。
 それなりに広い室内は、左右の壁に紙束のはいった棚が並べてあった。積み上げられた段ボール箱が、不規則的に座っている。タイルの床は、嵐に荒らされたように、紙が散乱していた。
 探りを入れられたあとみたいだった。
 これじゃあ、歩きづらいな。寛也は床に落ちている紙を拾い、ひとまとめにして隅っこにおいた。障害物のなくなった床を、長い息をはいた寛也が満足げに見る。
 視線を前に戻すと、不思議な機械があった。大小さまざまな歯車が取り付けられた人工物。これは部屋の扉と違い、錆びた箇所は今のところ見当たらず、新品の商品みたいだった。
 調査しろと言われた物はこれらしい。
 本腰を入れようとした寛也の視界が、黒に塗りつぶされる。ついに電球が切れたようだった。
「……最悪」
 薄々感づいてはいたが、寛也は思わず呟いた。作業するまえに、電球を取り替えないといけないらしい。だけど、そんなものを、持ち合わせてはいなかった。
 寛也は白衣のポケットから、ペンライトを取り出した。白い光の筋が現れる。扉がある方に光を向かわし、立てつけの悪い扉を開けた。外の明かりが入室する。先ほどより視野が増しになる。
 少しでもあの機械が、どういったものなのか手がかりが欲しい。まとめておいた書き付けを持ち、外に出た。光量の明らかな違いを感じた。

 持ち出した紙束を、自室の机に置き、寛也は食堂のおにぎりを食べる。早めの昼食。さけ、こんぶ、たらこ、うめと順に食べる。最後にお茶を飲むと、ぱらぱらと紙束を捲ってみた。
 散らばっていた紙を適当に拾い集めたため、順番が支離滅裂になっている。寛也は黙々と順番をなおすことに専念した。
 数分後、所々の内容が歯抜けになってはいるが、順序どおりになった。
 寛也はそれに目を通した。
 最初は、シンオウ神話から始まっていた。時間と空間を操る伝説について、詳細に調べてあったが、途中でやめている。
 つぎの文章から、遺伝子操作の研究を、少し触れているところがあった。
 寛也は研究番号二のことを思い出す。
 ポケモンを自由に動かし、使うための研究。たしか操るために、遺伝子のことを調べていた班があった気がする。すべてのポケモンを、一つの機械で従わせることは不可能だが、特定のポケモンに言うことを聞かせるようにする、というのをその班は目指していた。
 そのあと、綺麗な森に姿を見せる、と言われているセレヴィの目撃情報が書き込んであり、現れる場所を把握しようとしているみたいだった。これも、結論に達するまえに、文章は途切れていた。
 そう言えば、何年か前に、自分もそんなことを調べていた。懐かしさと空しさが、寛也の心に染みわたる。
 感傷的な気分を絞り出し、気持ちを切り替えた寛也は、静かにそれを目視した。
 機械についての有力な情報はなかった。
 これを書いた人は、なにを研究したかったのだろうか、寛也にはわからなかった。いろいろなものに手をだそうとしたため、中途半端な状態で凍結している。
 寛也は椅子の背に寄りかかって考える。
 あの機械を作った人と、この書類を書いた人、同一人物とは限らないのかもしれない。
 部屋は調べられたあとみたいだった。だとしたら、置いてある書類に目を通してみても意味がないのでは。すでに知っていることを、調べさせようとする組織ではないと、寛也はわかっていた。
 乾いてきた喉を、お茶で潤す。
 まずは機械を調べてみないと、なにもわからないようだ。


おなつお ( 2014/10/13(月) 13:54 )