Repeatの終点 - 第一章 開かずの部屋
一話 一人だけでの調査

 鬱蒼とした森に囲まれた、コガネシティのはずれにあるアンファンの研究所。
「二分、遅れている。時間」
 きれいに整頓されたデスクで、パソコンの書類整理をしている、四十代前半の男が言った。入室した寛也は開口一番の小言に、嫌な気分を隠さないで顔にだす。寛也は地毛の金髪のせいで、どこか軽い男の印象を受けるが、よれよれの白衣が、彼の誠実さを物語っていた。
 ゆっくりとした動作でデスクの前に立ち、黒髪が薄くなってきた男を見下ろした。座って行う仕事が多いからか、肥満になりかけている。
 電流が二人の間を駆けめぐった。
「なにか用ですか」
「そうだ」
 簡潔に肯定した上司の上沼は、茶色の大きな封筒を手渡してくる。
 受け取った寛也は、苦い顔をひっこめて、内心首をかしげた。封筒は持ってみて軽い。中身は紙束のようだ。
「なんですか、これは」
「お前は私達の研究所に、錆び付いて開かない扉が、あることを知っているか」
 質問が置いていかれる。慣れている寛也は、同僚が教えてくれたのを思いだし、かすかに頷いた。
「知っていますけど。それが何か?」
「先日、扉をこじ開けることに成功した。その部屋で、誰が造ったのかわからない機械を発見したのだ。それをお前に、調べてもらうことになった」
 いまの研究をやめて、ほかの方に移れってことか。勝手に決められて、寛也はむっとした。
「俺はいま研究番号二についての、実験をしているのですが」
 火花を散らして寛也が言う。
 番号二とは、もっとも組織のなかで、重要視されている研究のことだった。
 上沼はそこで、初めて寛也と目を合わした。火花ぐらい簡単に凍らす瞳がそこにあった。
「そこには違う奴をまわす。詳しい内容は、封筒の資料に書いてあるから確認をしておけ。さっそく明日から始めろ。以上だ」
 視線を画面に戻した上沼は、寛也に反論を言わせず、出て行けという仕草をした。
 もう何を言っても、無駄か。あっさりと諦め、ため息をはき出す。行きとは反対に、寛也は足早に部屋を退室した。
 文字を打つ手をとめて、それを上沼が横目で見送る。
 上司の部屋を出ると、新鮮な空気が廊下を漂っている気がした。
 封筒を持って、自分の部屋がある棟に向かう。窓から鮮やかなオレンジ色の光が射し込み、寛也は眩しさに赤い目を細めた。そろそろお腹が空いてくる、いい時間帯なのだが、食堂に寄る元気がどうにもでてこない。
 同僚の甘利がこちらに歩いてくるのが見える。くせのない黒髪が歩くたびに揺れていた。
 研究番号二のまとめ役をしている彼も、どうやら呼び出しをくらったらしい。寛也に気付いた甘利が、雨雲を背負ってきたかのように、暗い面持ちで話しかけてきた。
「よう、ヒロ。お前もか」
「まあね。そっちも、大変だな」
「ああ。まあな」
 眼鏡のずれを直した甘利は身震いをして、おそるおそる寛也に訊ねた。
「どうだった、上沼研究科長。今日、不機嫌だったか?」
 上から目線の上司の顔を、寛也は思い出す。不機嫌そうな顔しか出てこなかった。
「俺にたいしては、いつもそうさ」
 寛也はおどけて言うと、小さく甘利が笑った。いつもの彼が少しずつ戻ってくる。
「それは、お前がいけないんだろ。楯つくから、目をつけられるんだって」
「まあ、それはそうなんだけどさ。なんか、……ね?」
「……ね? じゃないよ。お前の気持ちは、わからないでもないけどな。けど、ほどほどにしとけよ」
「どーも」
 何気なく寛也は、甘利に言った。
「そろそろ時間、大丈夫か?」
「あ、やばっ。じゃあ、俺、行ってくるわ」
 寛也に軽く手を振った甘利が、急いでその場を離れる。それを見届けて、寛也は自分の個室に帰っていった。
 物が少ない、さっぱりとした部屋。寛也はドアポストに何かが入っていることに気付く。見てみると、黒い封筒があった。
 黒いギフト。定期的にアンファンから、子どもたちに贈られるもの。その内容は人それぞれ。ただ一つ共通していることは、良いものではない、ということだった。
 今日の午後は嫌なことばかりだな。重力が寛也にのしかかってくる。
 机につき、黒い封筒を先に開ける。家族の写真だった。買い物の途中だろうか、真剣な眼差しで野菜を眺める姉。その横で母と父が談笑している。楽しそうな家族の写真に、寛也は複雑な気持ちになった。
 それは警告だった。
 脳裏に、光を失い、倒れている少女が現れる。後ろにたたずむ黒い影が笑い、寛也の肩を掴んだ。大切な人が、のみ込まれたくなければ、おとなしくしていろ、と囁いてくる。幻だとわかっていても、すぐさま後ろを振り向いた。やはりそこには、見慣れた風景しかない。
 無意識に寛也は、棚の本に挟んでいる大事な書類を見た。
 あれから八年が経とうとしていた。いまだに、本来の研究は、うまくいっていない。どうにか時を戻して、あの人がいなくならない今を作ろうと、試行錯誤を重ねているのだが、なかなかうまくいかなかった。
 深いため息を寛也は吐いた。
 丁寧に写真を黒の封筒に戻し、引き出しに入れる。
 大きな封筒の中身を取り出し、文章に目をとおしてみると、寛也だけで調査をしなければいけないことが書かれていた。寛也は不思議に思った。たいていは数人で一つの研究をするのだが、滅多にない一人での仕事。
 なにか裏でもあるのだろうか。紙束を元に戻し、椅子に深く腰かける。
 彼の思考とともに、日が沈んでいく。



おなつお ( 2014/10/13(月) 13:53 )