中章 帰省
「三年ぶりのマサゴタウン、やっぱりいつ来ても変わらないわね」
冷えた北風が吹き抜け、西の空が朱く色付き始めた頃、一人の女性が辺りの雰囲気への第一印象を呟いた。亜麻色で短い髪に乱れが一切なく、黒のスーツに身を包んだ彼女は懐かしそうに近辺を見渡した。疎(まば)らな建造物の入り口には門松がそびえ立ち、新年を祝う装飾がいたるところに施されている・・・。聴覚に意識を向けると、遙か遠くから凍てつく風が甲高い音を立てて疾走し、寒気という置き土産を残す。また、近くにある量販店からは行事に見合った音楽が年に一度の祝日を盛り上げている・・・。
『うん。この潮の香りが乗った風、相変わらずって感じだよ』
その彼女の傍に控える一匹のグレイシア・・・、つまり私はパートナーを見上げ、短毛を風に靡かせながら声をあげた。
―筆談じゃないから言葉は伝わらないけど、{懐かしい}っていう感情だけは分かってもらえるはず・・・―
「グレイシアも、懐かしいって思っているのね。私もよ」
―・・・やっぱり、ちゃんと伝わってたね―
『だって、ここに来るのってコトブキ大学を卒業して以来でしょ』
私のパートナー・・・、カナは私を見下(みお)ろしながら嬉しそうに言った。
その彼女に私も疑問符を鳴き声に乗せて揚々とした調子で答えた。
「・・・ん。グレイシア、どうしたの」
―本当は早くヤジロンに会いたいけど、まずはこの荷物を何とかしないといけないよね・・・―
私はカナに、注意を向けてくれるように右前足で彼女のズボンの裾を引っ張った。するとその事に気付いてくれた彼女は私に訊ねた。
{シンヤ達に会いに行くのは明日のほうがいいと思うよ。もう日も沈みかけてるし}
掴んでいた裾を放し、今度はその足で何もない空中に一単語ずつ文字を描き上げた。
―何も書くものが無い時はいつもこうしているんだよ。空書きなら紙も必要ないから、何かと便利なんだよ―
「ええっと・・・、そうだね。まだ五時前だけど居場所が分からない今はそうした方がいいわね」
カナは私の筆跡を見逃すまいと、文字を描く前足を凝視していた。描き終えて二・三秒の間何が書かれたのか考え、左腕に身につけている腕時計に視線を落としながら答えた。
『荷物も重いし、置いてきた方が動きやすいもんね。それに何のアポを取らずに行くと迷惑になるから』
―仕事でもそうだけど、何の連絡もなしに訪ねるのは値するから避けなければならない・・・。・・・それが常識でしょ―
私は彼女に言葉が伝わったことにホッと一息ついた。そしてそのまま首を縦に振り、肯定の意味を込めて声をあげた。
「・・・さぁグレイシア、日が沈む前に帰りましょ」
『うん』
私はもう一度頷き、こみ上げる懐かしさと共に笑顔で頷いた。
そして、カナは足元に置いていた大きな荷物を持ち上げ、しばらく止めていた歩みをゆっくりと進め始めた。
私も彼女に続き、後ろから追いかけながら思い出の詰まった一軒家を目指した。