Vingt 作戦変更
Side ライト
『ライト、遅くなってごめん』
「ううん。わたしの方も危なかったから、むしろピッタリのタイミングだったよ」
テトラ達が駆けつけてくれたことで姿を変える事が出来たわたしは、その彼女達にありがとう、と一言付け加える。この事を気にしているらしい彼女、走ってきたことによって息が弾んでいるテトラに、気にしないで、とやさしく答えた。
謝るのはこっちの方だし、むしろ感謝したいぐらいだよ。あと一歩のところで本当の姿をさらしてしまう所だったから、むしろわたしはお礼の言葉を言いたい。だからわたしは、こんな状況だけどにっこりと笑いかけた。
『ハァ、ハァ…、私が、バテちゃったから…』
「ラフはひとりでずっと戦ってくれたから、それだけで十分だよ。コット君? も守ってくれてたし」
「えっ、こっ、コット? コットは…、コットは、無事なんですか」
『大分前から姿が見えないから、まさか…』
ラフも、そんなに気負わなくてもいいから! メガ進化した状態からいつもの姿に戻っているラフは、ゼェゼェと肩で息をしている。メガ進化が解除された反動で、見た感じ彼女は尋常じゃないくらいの疲労に襲われているらしい。首を起こすのもままならず、完全に脱力しきっている。意識を保つのがやっと、という感じ…。申し訳なさそうに、声を絞り出していた。
だからわたしは、後ろにいるカナちゃんを気にしつつ、ラフの努力を労ってあげる。わたしを含めたメンバーの中では、彼女が一番長い時間戦ってくれている。おまけにイーブイを背中に乗せながらだから、それだけでも普段以上に労力を使う。元々耐久力がある種族って言うのもあるけど、わたしはこの役割を、メンバーの中では彼女しか出来ないと思っている。だからわたしは、守ってくれてたイーブイの名前も挙げ、功績を称えたのだった。
わたし達の会話は部分的にしか聞こえてないと思うけど、あたふたしているカナちゃんは、パートナーの名前に反応する。大切なパートナーの姿が見えないから、凄く心配しているはず…。だからわたしの予想通り、気が気でない、といった様子で迫ってきた。直接顔は見てないから分からないけど、たぶんとんでもない表情になっていると思う。声色だけで、彼女の感情が手に取るように伝わってきた。
「うん。ティル…、わたしのマフォクシーが保護してくれてるから、安心して」
「マフォクシー…、あっ、あのポケモンですね」
「そう」
今コット君の傍にいるのはティルだけしかいないけど、彼なら何とかしてくれる。わたしよりも実力が上だし、何より彼はわたしのパートナー…。だからカナちゃん、大船に乗ったつもりでいて! 心配そうに迫ってくるカナちゃんの方に、わたしは横目だけでこう語りかける。小さく頷く事で肯定し、一度正面に見据える。引き続きラグナが戦ってくれている事を確認してから、今度はちゃんと彼女の方に振りかえる。目線でパートナーの要る場所を指し、彼らの無事を伝える。すると彼女もやっと分かってくれたらしく、強張っていた表情が緩む。ティルの足元にいる所を見つけたらしく、彼女はようやく安堵していた。
『ライト、こっちの状況はどんな感じか、教えてくれる』
「うん。わたし達の方は、ラグナが前衛で戦ってくれてる。相手が何匹いるかは分からないけど、たぶん地佐のメンバーを二匹倒してくれているよ」
向こうの功労者がラフなら、こっちはラグナだね。新人トレーナーへの安否伝達が済んだところで、テトラがわたしに尋ねてくる。ずっと待ってもらうカラチになったけど、彼女達は辺りへの警戒を緩めてはいなかった。頃合いを見てラグナに目を向け、わたしに視線を移す。それにわたしは、大雑把に彼の戦果を伝えたのだった。
『リーフィアもクズから守れてるみたいだから…、ライト達は…、順調みたいだね』
「うーん…、ラフは知ってると思うけど、ラグナはもう時間の問題かな。影分身を何回も発動させてるから、もしかすると、もうエネルギーを使い果たしているかもしれない。攻撃は殆ど食らってないけど、技を発動させてないから倒せない状況が続いてるよ」
『だって、私の方でも…、戦ってくれてたもんね』
「うん」
だから、ラグナも結構疲れが溜まってるはず。わたしはこう付け加える。ラグナに詳しい状態を訊けてないから分からないけど、あの様子だと、たぶん、そのはず。わたしが見る限りでは、テトラ達が合流したぐらいから、彼は防戦に移っている。適度な距離をとりながら様子を伺い、僅かに残ったエネルギーを影分身に充て、何とか相手の牽制をかわしている。いつもなら接近した時に雷の牙で攻撃しているけど、今はそれをしていない。通常攻撃で辛うじて立ち回ってる状態だから…、この後の事を考えると、良いとは言えないね。
「だからテトラ、闘える? ラフは、どう? 動けそう」
このままだと守れるものも守れなくなるから、早めに手を打たないとね…。そう悟ったわたしは、駆けつけてくれたふたりに今の状態を訊ねる。ラフはきっと戦うのは無理だと思うから、それを含めて尋ねてみた。
『私はまだまだ戦えるよ』
『…ごめん、私も戦いたいけど…、ハァ…、正直言って…、厳しいよ。だからライト、離脱しても、いい? 』
「…うん。ラフ、ありがとね」
訊かなくても分かってたけど、やっぱり本人の意思を尊重してあげないとね。わたしの問いかけに、テトラは気合十分、といった様子で応えてくれた。下のフロアでも戦っていたはずだけど、多分未だ不完全燃焼といった様子…。溌剌とした調子で、彼女は声を張り上げていた。
それに対し、疲労困憊といった様子で床に降りてきているラフは、悔しそうに首を横にふる。戦意の炎は消えてなかったけど、体がついてきていないと言ったところだろう…。チーゴの実を噛み砕いた時の様な顔をして、こう呟いていた。
作戦が少し狂うけど、ラフはここまで頑張ってくれたからね…。わたしは彼女の頼みを受け入れる事にし、こう感謝の気持ちを伝える。力なく彼女が頷くのを確認してから、わたしはバッグの外ポケットに仕舞っている彼女のボールを手に取る。それを作動させると、真ん中あたりから赤い光が発せられる。疲れ果てている彼女を包み込むと、そのままボールの中へと引き込まれていった。
なら、この後はどうしよう…。本当はラフにカナちゃんとリーフィアを逃がしてもらうつもりだったけど、この状態だからなぁ…。パッと思いつくのは、ラグナの代わりにテトラに戦ってもらう。それなら、カナちゃん達が逃げる時間を稼ぐことが出来る。…いや、それじゃあダメだ。信頼してない訳じゃないけど、今のラグナではリスクが大きすぎる。ある程度は殲滅したけど、やっぱりまだ敵は残ってる。それに対して、ラグナのエネルギーは底を尽きかけている…。ティルと合流できたら何とかなるけど、確実性に欠ける。避難させる途中でラグナがやられたら、守れなくなる! だから、この作戦はするべきじゃない。
他に考えられることといったら…、やっぱりアレしかないよね…。ラグナには絶対に叱られるけど、この状況なら、多めに見てくれるよね。これならリーフィアを安全な場所に避難させれるし、カナちゃんの事も守る事が出来る。他に良い作戦が浮かばないから、これが確実だから、許して、くれるよね?
ラフを控えに戻してあげてから、わたしはすぐに作戦を考え始める。すぐに案が浮かんだけど、それは呆気なく現状という作用によって否決されてしまう。腕を組んで、更なる良策を練り直す。すると思ったより早くそれが発現され、すぐに可決される。リスクが無いとは言い切れないけど、大したことじゃないから、それを実行する事にした。
「テトラ、闘い足りないと思うけど、このリーフィアを安全な場所に避難させてくれる? …いや、先にティルと合流して、塔から離脱してて」
『えっ、でも、それだとラグナがここに残る事になるよ。ライト、ラグナはもう時間の問題だ、って言ってなかった? 』
「うん、確かにそう言ったよ」
やっぱり、こうなるよね…。わたしの作戦を聴いた彼女は、予想通りの反応をする。それだと上手くいかないんじゃないの、とでも言いたそうにわたしに向かってくる。それにわたしは大きく頷き、さらに続ける。
『わたしだけではあの子も守れないから…、どうするの』
「そこは心配しないで。わたし達が何とかするから」
『何とかするって、ライト、正気、だよね』
意を決してこう言い、反駁する。わたしの言葉を察したのか、彼女は息を呑む。ある程度は予想してたけど、やっぱりテトラは、わたしの考えに反対してきた。
「もちろん。わたし
が時間を稼ぐから、その間に…」
『それだとライト、ライトが…。…わかったよ。ライト、無茶だけはしないでよね』
彼女に反論される前に、わたしは当然、という風に大きく頷く。真顔で彼女を見つめ返し、その意思を道草させる事なく送り届けた。こうすると決めたわたしは、抗ってくる彼女を真っ直ぐ見つめる。それでも彼女は、信じられない、とでも言いたそう…。全く反駁の手を緩めてはくれなかった。だからわたしは、力強くこう言い放った。
まだ彼女は何かを言いたそうだったけど、とうとう折れてくれた。はぁ、と一つため息をつかれたけど、彼女はその首を縦に振ってくれた。すると彼女は決心したように、鋭い表情になる。それはまるで、気持ちを切り替えて自らを奮い立たせる…、そんな感じだった。
もちろんわたしは、何の根拠も無しに言ってるのではない。カントーリーグを制覇してからの三年間で、いろんな経験をしてきた。もちろん何度もピンチになった事もあったけど、その度に何とか切り抜けてきた。結構無茶な事もしたから、その度にラグナに叱られたけど…。だからわたしは、この状況を切り抜けられると思う…、いや、絶対に切り抜けられる! この三年間で色んなことに遭ってきたんだから…、むしろ自信しかないよ!
「当然でしょ。じゃないと、任務が遂行できないよ」
わたしの作戦を聞き入れてくれたテトラは、これだけを言うとリーフィアの元へと駆けだそうとする。でもニ、三歩進んだところで一度立ち止まり、わたしの方にチラッと振り返る。それからすぐに正面に向き直り、リーフィアの保護に向かう。彼女がした行動に、何の意味があるのかは分からなかった。たぶん、任せたよ…、そう目で訴えていたような気がした。
「任務? 任務って、どういう事なんですか」
とそこに、テトラとのやりとりを不思議そうに聞いていたカナちゃんが、首を傾げながらこう尋ねてくる。テレパシーを使わずに話したから、疑問に思っているのはたぶんこの事だと思う。彼女の目線は、戦ってくれているラグナの方はもちろん、色んな方向を駆け抜けていた。
「この際言っちゃうと、わたしはエクワイルっていう組織の一員」
「そっ、組織って…」
「でも密猟とか、いわゆる悪の組織じゃなくて、社会側…。国際警察の末端組織だから。…ラグナ、いったん戻ってきて」
まぁ、こういう反応をするのも、無理ないよね。彼女は組織、という言葉に一瞬ビクッっと反応する。ウソでしょ、とでも言いたそうに、声を荒らげていた。だからわたしは明るく、こう付け加える。圧倒されて何も言えてなかったけど、これを言った時、心なしか彼女の強張りが緩んだような気がした。
とりあえず彼女に、わたしが味方だと分かってもらえたと思ったから、話しかける相手を換える。カナちゃんににっこりと笑いかけてから、正面に向き直る。喉に力を込め、戦ってくれているラグナにこう呼びかける。戦いの真っ最中だったけど、彼はわたしの方に僅かに振り返ってくれたような気がした。
ラグナ、リーフィアの安全は確保できたから、一度戻ってきて!
でもそれは気のせいだったらしく、彼が気づいた様子は無い。防戦一方の彼は、相手の攻撃を右に左に…、とかわす、それ止まりだった。だからわたしは、ちゃんと聴き取ってもらえるように、こう念じる。グラエナの彼を意識しながら言葉をイメージする事で、直接頭の中に語りかけた。
『ん? だがまだ戦闘中…』
「結構戦ってくれてるから、交代…」
『交代? ライト、テトラはどうした。さっきまでいたはずだろぅ』
流石に今度は気付いてくれて、彼は相手との距離が開いたタイミングで跳び下がる。そこでこう伝えると、彼は敵の追撃を警戒しながら退いてくれた。交代する、っていう意思は相手のトレーナにも伝えたから、多分攻撃される事は無いと思う。
わたしの元に下がってくれた彼は、控えのメンバーを探しているらしく、辺りをキョロキョロ見渡す。だけど今はわたしとカナちゃん以外、誰もいない。だから、彼は本来いるはずの仲間の名を口にし、ハテナをわたしに投げかけてきた。
「ラフは離脱したけど、テトラはリーフィアを保護してくれているよ。ティルと合流して塔から脱出してくれる事になってるよ」
『そうか。という事は、俺はこれから、お前とこのトレーナーと脱出、という訳か』
「ほぅ、ここで交代か。だが、お前の快進撃もここまでだな」
その問いかけに、わたしは手短に現状報告、という回答をする。すると彼は自分なりに解釈したらしく、推測を交えてこう頷く。わたしを挟んで後ろにいるカナちゃん、それから階段の方に視線を流し、こう続けてていた。
「ううん、ラグナはここで控えに戻ってもらうよ。潜入してから、ずっと戦って…」
『控えに戻る? ライト、この地佐とのバトルはどうするんだ。任務優先とはいえ、途中で切り上げるつもりか。それに、このトレーナーの保護はどうするつもりなんだ』
「もちろん、バトルは続けるよ。カナちゃんはわたしが保護するつもりだし」
ラグナなら、やっぱりこう考えるよね。彼のプランも一度は考えたけど、わたしはこの問いに大きく首を横にふる。彼の疲労の度合いも考慮して、わたしはこう指示をする。彼にはラフの次に長い時間戦い続けてもらっているから、明らかに肩で呼吸をしていた。だけどわたしの気遣いは、その彼の反論によって遮られてしまった。
確かにラグナの言う事もわかるけど、それではカナちゃんを避難させれる確率が低くなる。トレーナとして失礼な行為っていうことも、もちろんわかっている。だけどわたしは、そんな彼に構わずに主張する。後でラグナに叱られるのは目に見えてるけど、それでもわたしは、自分の意志を貫き通す事にした。
『続ける? ラフを戦わせる…』
「そんなつもり、全くないよ。わたしが…」
『ライトが? ライト、潜入する前に言ったよな、お前が戦う事は、ライトが狙われる事を意味すると…』
「だからだよ。そうすれば、コット君を避難させてくれている間の時間稼ぎが出来るでしょ」
当然、テトラ同様ラグナも真っ向から否定してくる。だけどわたしは、彼の剣幕にもひるまず、主張を続ける。そんなわたしに対し、彼は正論で対抗してくる。…確かにその通りだけど、わたしはそうすると決めたんだ。だから、わたしは彼の主張は一切気にせず、自分の想いをぶつけていった。
『それが問題だ、と言っているんだ。ライト、もう少しよく考えるんだ。このままではおまえg…』
「…ラグナ、そんな事、分かってるから」
だけど彼は、言葉をより一層強め、わたしを思い留まらせようとしてくる。ラグナの気持ちも分かるけど、わかるけど…、わたしにはそれ以上の秘策は、ない。彼には申し訳ないけど、わたしはこっそり、鞄の方に左手をのばす。このままでは埒が明かないから、手探りで探し当てたそれを起動させる。何かを言ってる途中だったけど、わたしは問答無用で彼をボールの中に戻した。
…ラグナ、ごめん。でも、こうするしか、なさそうだから…。任務遂行後の説教を覚悟しながら、わたしは彼が収まるボールを基の位置に戻した。
「えっ、ライトさん。戻しちゃって良かったんですか」
「うん」
「ほぅ、とうとう降伏したか」
「それとライトさん、ずっと思ってたんですけど、ライトさん、ポケモンと喋ってますよね? 何で、ポケモンの言葉が分かるんですか」
…あっ、カナちゃん、やっと気づいたんだね。たぶん、わたしの行動の意味が全く分かってないカナちゃんは、頓狂な声と共にわたしに尋ねてくる。直接見てないから分からないけど、おそらく彼女は驚かすをくらった時のような顔になっている。それに一応わたしは頷いたけど、それでも彼女の疑問の源泉は止まらない。信じられない、といった様子で、彼女はわたしを問いただしてきた。
「…ポケモンがポケモンと話したら、ダメかな…? 」
「いっ、今、何て…」
最初からそのつもりだったけど、わたしは一度、出かかったセリフを無理やり喉元に待機させる。やっぱり、やめたほうが良かったかな…、って一瞬思った。けど、わたしはもう心に決めた。こうしないと作戦が成り立たないから、わたしは意を決し、こう呟いた。
聴き間違いかな、彼女はもしかすると、そう思ったのかもしれない。明らかに上づった声で、こう訊き返してきた。
「ポケモンがポケモンと話す事なんて、普通でしょ」
「ライトさんが、ポケモン? ライトさんは人なんだから…」
「ううん、わたしは姿を変えているだけで、人間じゃない。コット君と同じ、ポケモンだから」
「でもそんな事、ありえないですよ! 人がポケ…」
それが本当なんだよ。ほら、わたしの声、カナちゃんの頭の中に響いてるでしょ。
「っ? じゃっ、じゃあ、本当に…」
「うん。テレパシーを使える人間が、いると思う? 」
「いない…、ですよね」
思いがけないことを耳にしたカナちゃんは、驚きから言葉を失っている。初めは信じてくれていなかった。けど、彼女の方に振りかえり、同時にテレパシーで話しかけたら、何とか分かってくれた。でもまだ半信半疑らしく、中々次の言葉が出てきていない。その証拠に、わたしの問いかけには、半ばうわの空でしか応えられていなかった。
「少なくとも、わたしは知らないよ」
「…ようやく終わったか」
「お待たせしましたね」
本当は一人知っているけど、彼女はその限りではない。だからとりあえず、わたしはその事を知らないって事にしておいた。
わたし達が話している間、おあずけを食らっていた相手は、待ちくたびれたという様子で呟く。延々と待たされたことに苛立ち、眉間にしわが寄っている。組まれた腕を解き、一定のリズムを刻んで床に打ち付けていた足を止める。彼の表情を見ずとも、動作でその苛立ちが伝わってきていた。
「一体いつまで待たせれば…。…まぁいい。手駒にお別れの言葉を残していた、という事にしておこう…」
「お別れ? わたしにはもう戦えるメンバーがいないって、誰が言いました? 」
「そんな事、訊かなくても分かるだろう。貴様の持つ手駒の数は、ソレを見る限り四。近くに無い貴様に何が出来る」
「…これだけ待っていて、聴いてなかったなんて、聞いて呆れますよ。それでも、組織の上層組員ですか? 重要な事を何度も言ったのに…」
本当に、呆れるよ。一体この間、何をしていたんだろうね…。上から目線の上層組員は、疲労の色を浮かばせながら語る。本当に聴いていなかったらしく、勝手な推測を、わたしに伝えてきていた。
それにわたしは、はぁー、と呆れの吐息を一つ、解き放つ。それを携えたわたしは、ため息を挑発に変換する。ラグナから教わった話術で、心理的な攻撃を仕掛けた。
「分かっていないあなたのために特別に言うと、敵対するエクワイルの一員…、いや、捕獲対象が目の前にいるのに、何故気付かないのか、って事です」
だけど相手からは、何の返答もない。七、八秒待ってみたけど、彼の口が開かれる事は無かった。なのでわたしは、痺れを切らせて種明かしをする。自分でも親切過ぎると思うほど、多くの事を語った、襟元のバッジを見れば一発でわかるのに、と思いながら…。当然、わたしの表情は暗く、声も抑揚のない状態で…。
「…わかりました。今回だけ特別に、正体を明かしてあげますよ。…カナちゃん」
「はっ、はい」
「これから起こる事は、誰にも言わないでね。もちろん、コット君とか、カナちゃんのメンバーにも」
やはりこの意味が分からないらしく、正面の彼は口をへの字に曲げている…。だからこの間に、わたしはカナちゃんの方に振りかえり、こう話しかける。
まさか話をふられるとは思っていないカナちゃんは、油断していたためか、素っ頓狂な声をあげる。急に話しかけたから、中途半端な返事しか出来ていなかった。
そんな彼女の事は気にせず、わたしは相手の方に向き直る。彼女を含めた二人の事は後で何とかするとして、正面を向いたまま目を閉じる。本来の姿をイメージしながら、意識を集中させていった。
Continue……