Dix-neuf 安心させるために…
Sideライト
「…手駒のいないお嬢ちゃんに何が出来る」
「そんなの、やってみないと分からないじゃないですか! 」
『ライト、あのトレーナーがそうか』
うん。ラグナ、プランFでいくよ!
立ちはだかる下っ端たちを蹴散らしていったわたし達は、ようやく目的の人物の元に辿りついた。今、わたしの視界に入っているのは、斜め下前方に、頭脳派のラグナ。三メートルぐらい先には、密猟組織の隊員の背中。自身のメンバーと思われるアズマオウを挟んだ正面にいる少女を、部屋の隅まで追い込んでいた。
一方の追い込まれた少女、救出対象であるカナちゃんはというと、絶体絶命、と言った様子。だが彼女に諦めの色は全く見られず、対峙する人物に力強く目を向ける。彼女の後ろにいると思われるリーフィアをチラチラ見ながら、威勢よく言い放つ。直接アズマオウの技を食らったのか、彼女の衣服はずぶ濡れ…。顔や腕にも擦り傷があり、それがここであった事を、わたしに嫌と言うほど伝えるのだった。
トレーナー自身に攻撃させるなんて…。噂には聞いていたけど、ここまで非道な集団だったなんて…。わたしは彼女の状態を把握した瞬間、行き場に困る怒りを感じる。だけど今はそんな事、思っている場合ではない。…なら何としてでも、カナちゃんをこの危険な戦場から逃がさないと! こう自分に言い聞かせる事で、湧きあがった怒りを使命感に変えていく。エクワイルの一員として、ではなく、一匹のラティアスとして、わたしは行動を開始した。
『あぁ、最初からそのつもりだ』
ラグナ、頼んだよ。わたしは彼に、心の中でこう呟く。それを察してくれたのか、姿の見えないわたしに対し、彼は小さく頷く。かと思うと、彼は急に左に跳躍し、進路を変える。彼は仁王立ちする戦闘員を迂回するように、行動を開始するのだった。
彼が左に行ったのでわたしは、体を右に捻る。彼とは反対方向に進路を変え、同時にエネルギーを蓄え始める。それを手元に集中させ、自信の属性に変換する。すぐに反時計回りに旋回し、対象との距離を測り始めた。
「手駒も持たない奴に出来ることなど、たかが知れているだろう。まぁいい、アズマオウ、やれ」
『はいよ…』
まっ、まさか…。まさか本当にトレーナーに攻撃させるなんて…。わたしの予想は、悪い意味で当たってしまった。トレーナーの風上にも置けない相手は、彼のメンバーにそう指示を出す。トレーナーがトレーナーなら、ポケモンもポケモンだ…。こう言われたアズマオウは、何のためらいもなく、口元にエネルギーを溜め始める。ここから見た感じだと、あれだけのエネルギー量はおそらく水の波動。彼女の後ろであたふたしているリーフィアもろとも、気絶させようとしていた。
『させるか! 』
『誰だ、き…、ックッ…』
『雷の牙』
アズマオウが頷いた瞬間、わたしは床スレスレまで急降下する。大きな動きだったけど、今のわたしは“ステルス”した状態。だから、わたし以外の誰からも姿を見られる事は無い。これを利用して、わたしは技を放とうとしている敵に奇襲を仕掛けた。
手元に集めていたエネルギーを、イメージを基に具現化させる。それを十センチぐらいまで肥大化させ、丸く形成する。安定化させた後、蓄えている手に力を込める。二メートルまで接近した後にそれを解き放ち、わたし自身は急激に浮上する。それは完全に油断しているアズマオウを捉え、それなりのダメージを与える事に成功した。
わたしの奇襲にあわせるように、ラグナも行動を開始する。彼はわたしと対峙するように進路を変えると、こう声を張り上げる。同時に駆ける四肢に力を更に込め、真っ直ぐ突き進む。彼が見据える先には、エネルギーを溜めるアズマオウ。アズマオウは新手にいち早く反応していたが、背後から放たれたわたしのミストボールのせいで、言い切る事は叶わなかった。
この隙に、ラグナは一気に相手との距離を詰める。タン、タン、ターン、とリズムよく踏み込み、斜め上に跳躍する。同時に自身の牙にエネルギーを蓄積させ、それを雷属性に変換する。その状態でわたしの奇襲に怯む相手の上をとり、電気を帯びた牙で思いっきり噛み砕いた。
「えっ、なっ、なに? 」
『ぐっ、嘘だ、ろ…』
「フッ…、野生のグラエナか。まぁいい、リーフィアついでのいい手土産だ」
「ぐっ、グラエナ? グラエナって確か、ジョウトにはいないはずだよね」
突然の奇襲に、相手はもちろんカナちゃんも狼狽える。ポッポが豆鉄砲を食らったような顔で、頓狂な声をあげていた。
そんな中で最初に立ち直ったのは、プライズ側。ラグナの存在に気付き、辺りをキョロキョロと見渡す。もちろんトレーナーであるわたしの姿は見えないので、相手はラグナの事を誤認する。にやりと黒い笑みを浮かべると、次のメンバーを出す為に腰のボールに手をかけていた。
あのグラエナは、野生じゃなくてトレーナー就きのポケモン。わたしのメンバーだから。
「えっ、だっ、誰? どこにいるの」
今は言えないけど、近くに居るから安心して。
とりあえず、第一段階は成功かな。なら次は、カナちゃんを安心させないとね。奇襲を成功させたわたしは、勢いをそのままに滑空する。途中ラグナとすれ違うと、弧を描いて浮上し始める。天井スレスレまで上昇してから向きを変え、床と平行に進む。今度は下を向く事で進路を変更し、降下。身体を捻る事で体勢を安定させ、慌てふためくカナちゃんの前に舞い降りた。
彼女の前で浮遊するわたしは、一度体勢を起こし、その人物を意識する。伝えたいことを頭の中で強くイメージし、それを言葉として彼女に伝える。結果的に彼女の頭の中に、直接語りかける事となる。突然現れたグラエナ、ラグナの事を優しく説明したものの、依然として取り乱していた。
突然“テレパシー”で語りかけられたカナちゃんはというと、その声の主がどこにいるか探るべく、辺りをキョロキョロと見渡す。だけど当然、わたしの姿を捉える事は出来ない。落ち着かせるべくもう一回語りかけたけど、彼女の状態は殆ど変る事は無かった。
「ちっ、近くにって…、密猟者とグラエナしかいないじゃないですか」
「とうとう嬢ちゃんも、この状況を理解できたか。ああ、そうとも。今ここにいるのは、プライズの中でもエリート、地佐の俺様だからな! それに対して嬢ちゃんはどうだ、使い物にならないリーフィアと、たかが野生のグラエナだけだ」
あぁ、だからわたしのミストボールだけでは倒れなかったんだね。七割ぐらい、だったけど…。
カナちゃんはわたしの言葉に答えたらしく、虚空を見上げながらこう尋ねてくる。それにわたしが答えようとしたけど、それよりも先に密猟者に先を越されてしまう。
彼は目の前の相手がようやく状況を把握した事に満足したらしく、如何にも悪役っぽい高笑いをあげる。自分の役職に酔いしれているらしく、上から目線で声を荒らげる。わざわざ自分の地位を公言しながら、彼女の状況を嘲笑っていた。
ううん、カナちゃんには見えていないだけで、ちゃんといるよ。それに、今わたしの声が聞こえているのは、カナちゃん、きみだけだよ。
「わっ、わたしだけ? 」
そう。カナちゃんの頭の中に直接話しかけてるから…
『くっ…』
「えっ、あれって、冷凍ビーム…? 」
カナちゃんの前で浮遊するわたしは、辺りへの警戒を緩めずに語り続ける。半ば種明かしみたいなことを言いながら、説明する。だけどそれは、途中で妨害されてしまい、最期まで語る事は叶わなかった。
わたしの解説を阻害したのは、戦闘の流れ弾と思われる深緑色の球体。今こうして話している間にも、ラグナは次なる相手と戦ってくれている。だけどそれを相殺しきる事は出来ず、彼の横を通過…。わたしが気づいた段階では、そんな感じだった。
あの色と形からすると、これはきっとエナジーボール。このままだと、わたしに命中しちゃうよね…。カナちゃんの盾になりたいところだけど、そうすると“ステルス”が解かれてしまう。なら、わたしも技で相殺するしかなさそうだね。
深緑の弾丸が一メートルほど進む間に、わたしはこんな感じで自分自身に問いかける。その甲斐あって、自分でも信じられないくらいの速さで策が浮かんでくる。それを実践すべく、即行で口元にエネルギーを集め始める。凍てつく氷の属性に変換し、ブレスとして解き放った。
よく狙わずに放ったから、薄水色の光線は目的の弾丸を撃ち落とす事は出来なかった。だけど、不幸中の幸いか、それを撃ちだした張本人、相手のウツボットに命中していた。
…っと、こんな場合じゃなかった! 一応敵は一匹倒す事は出来たけど、依然として弾丸がこちらに向かってきている状況に変わりはない。今のわたしは、冷凍ビームを放っている、それも、エネルギーへの意識を遮断し、技を中断しようとしている最中。余波を利用し、放つ向きを変えて、相殺とまではいかないものの、弱体化させる事は出来る。でもそれは、今の位置関係上不可能。何故なら、わたしとエナジーボールを結ぶ延長線上に、気を取られているラグナがいる。驚いてわたしの方を向いてはいいるけど、当然急には対処できない。だからといって、わたし自身が身をもって防ぐわけにもいかない。あぁ、しまった、ギリギリでも狙えばよかった。そんな後悔の念が、わたしを襲う事となってしまった。
『しまった…』
「野生に助けられた嬢ちゃんの悪運も、ここまでのようだな。グラエナしか…」
『誰がラグナしかいないって言った? ムーンフォース! 』
『ハァ…、ハァ…、ムーン、フォース』
対戦相手はわたしの一撃で脱落したものの、闘っていたラグナもやってしまった、と苦言をもらす。わたしの方に振りかえり、右の前足で頭と押さえていた。
この状況に自称上層組員の相手は、チェックメイトだ、とも言いたそうに笑みを浮かべる。もう訳が分からなくなっているカナちゃんを見るなり、高らかな笑い声をあげていた。
これはやられたな…。わたしはもちろん、たぶんラグナもそう思った瞬間、あまり遠くないもの影から、二つの声が割り込んでくる。活発な最初の声はこう言い放ち、ここにいる面子の注目を集める。声の意味は理解できていないと思うけど、カナちゃんと相手のトレーナーも、突然響いたポケモンの鳴き声にハッと目をやっていた。そんなわたし達には構わず、一つ目の声、それから切れ切れに聞こえてくる二つ目も、ほぼ同時に技を発動させる。両者ともが同色の弾丸を発射し、他色のそれを狙撃する。それらはちょうど一点で衝突し合い、衝撃音と共に消滅…。跡形もなく消えたそこは、わたしの目前、七十センチぐらいの地点だった。
『テトラ、ラフ、助かった』
『私達の方こそ、遅れてごめん! ライト、お待たせ。フラッシュ』
薄桃色のそれを撃ちだしたのは、わたし達の仲間の二匹…。ベストなタイミングで現れたテトラとラフが、減速しながらこちらに向かってきている所だった。一歩先に着いたテトラは、半ば焦りの色を見せながらも、こう声を張り上げる。チラッと辺りを見渡し、この場の状況を掴もうとしている。何となく把握したらしく、彼女は矢継ぎ早に次の行動に移る。両方の触手を前に掲げ、意識を集中させる。そこにエネルギーを凝縮させ、二つの光球を作り出していた。
同じタイミングでラフは、息を切らせながら着地する。ふらつく彼女は倒れないように注意しながら、慎重に床に脚をつけていた。わたしが見る限りだと、ラフは疲労困憊、と言った様子。それを表すかのように、彼女の声は天守閣に響いていない。誰がどう見ても、彼女は普段の姿に戻っている。“メガ進化”が解除された反動に襲われているらしく、彼女の意識はどこかへと飛んでいきそうな状態になっていた。
「うわっ」
「くっ、フラッシュか」
そうこうしている間に、彼女は右側の光球を解き放つことなく、その場で発光させる。内側から破裂するように弾けたそれは、辺りを白一色に染め上げる。この光は思わず目を閉じてしまうほど、強いものだった。
テトラ、本当に助かるよ。目の前でする彼女の行動の意味に、わたしはすぐに気付く。それはもちろん、目晦ましではなく、姿を消しているわたしのためにされたもの…。ある意味目を背けさせる、という意味では間違ってはいない。が、テトラのフラッシュは、大きさに関わらず一個につき四秒。それが二個なので、目晦ましにしては長すぎる。だがそれは、姿を変えるのに光を纏うわたし達にとっては、好都合。自身が実力をつけさえすれば、その時間でも余裕をもって変化させることが出来るからだ。
だからわたしは、一つ目の光球が弾けるとすぐに、人間としての姿をイメージする。同時に意識を集中させ、それで身体全体を満たしてゆく。すると、わたしからも眩い光が発せられる。テトラのフラッシュと同化するように、わたしはそれに紛れていく。二つ目のそれが光り輝くころには、わたしの光はヒトの形をかたどっていく…。完全に収束する時には、既にわたしは人としての姿で、その場に姿を現していた。
「カナちゃん、ここまでよく頑張ったね。あとはわたし達が何とかするから、安心して」
「らっ、ライトさん? 一体どこ…」
「ここからは見にくい物陰に居た、って事にしておいてくれる? 」
テトラを責めるつもりはないけど、やっと堂々と姿を見せれるよ…。閃光が収まったタイミングを見計らい、わたしは久しぶりに口を開く。彼女の前に立つことになったわたしは、背を見せたまま語る。当然目の前に一人の女の人、しかも何時間か前に会った人物が現れた事に、カナちゃんは驚きを顕わにする。腰を抜かしてしまったらしく、派手に尻餅をついていた。そんな彼女は当然訳が分からない、と言った様子で首を傾げる。こう言いながら彼女の方をチラッと見ると、開いた口が塞がっていなかった。
Continue……