Dix-sept 見えざる指揮官
Sideライト
『ライト、くれぐれも捕まるなよ』
『当たり前でしょ! 』
ずっとわたしの考えに反論していたラグナは、やっと折れてくれた。意気込むわたしにこう忠告し、彼も気持ちを切り替える。
当然わたしは、それに大きく頷く。その後すぐに加速し、彼を降ろすために目的地へと接近し始めた。
まず始めに、人間でいうところの、左肩を前につき出すようなイメージで、体を右に捻る。するとわたしの軌道は右に逸れ、少しだけ塔から遠ざかる。このままではなんのためにこの行動をしたのか分からなくなるので、同じ要領で左に捻る。そうすることで反時計回りに旋回…、塔の壁面と平行になるように進路を修正した。
『ラグナ! 』
『ああ! 影分身』
ラグナ、先発は任せたよ! ラフがいるから、正確には二番手だけど…。一直線に風を切るわたしは、心の中でこういい放ちながら、横目でチラッと彼の様子を伺う。
その彼はというと、窓まで四メートルと迫った地点で向きを変える。わたしとは垂直…、塔の窓を見据えるように、体勢を変えていた。
二メートルまで迫った段階で、わたしは必要最低限の合図を送る。背中の彼は、わたしの呼び掛けに大きく頷いてくれた。直後、視界の端で視線を合わせ、互いに小さく頷く。すぐに彼は前足に力を込め、勢いよく飛び出す。しかし、タイミングが僅かにずれたらしく、届かなかった。慌てて彼は、通過点に分身を出現させる。それを足場にすることで、何とか飛び移ることに成功していた。
『カナちゃん、無事でいてよね…』
流石にこんなことはないと思うけど、相手が相手だから、何をされているか分からない。だから、どうか…。祈りのも似た気持ちで、わたしは塔の中にいる彼女に対し、こう呟く。…いや、呟かずにはいられなかった、と言った方が正しいかもしれない。だから、自然とわたしの風を掻き分けるスピードは上がっていた。
そのためにも、わたしも早く助けに行かないと! 自分の感情が彼女への心配、焦りで満たされているわたしは、すぐに左に旋回する。それと同時に、潜入する準備に入った。
姿を消さなくても、この状況を切り抜けられる自信は、ある。この三年間で、二つの意味でいろんな事を乗り越えてきたんだから、絶対にいける! でも、しないで潜入すると、ラグナに何て叱られるかわかんないしなぁ…。みんなに心配もかけるし…。…こういう訳で、わたしは仕方なくそれを発動させた。
まず初めに、自分の意識を全身…、特に羽毛に、それを向ける。
次に、潜在的に持ち合わせるチカラを解放し、羽毛から少しだけ光を取り込む。それを基に、羽で辺りのありとあらゆる光を屈折させる。その結果、わたしは全ての光を反射する。その結果、一瞬だけ、反射させた影響で淡い光がわたしを覆う。すぐにそれは治まり、光を呼応するように、わたし自身も姿を消した。
姿を消した、と言っても、完全にその場から居なくなったわけではない。目では捉えられないだけで、その場にはいる。もちろん、この能力も万能ではない。発動させている間は、声を出せなくなる上に、かなりの集中力を必要とする。そのため、攻撃を受けたり、一瞬でも集中が途切れると、能力が解かれてしまうのだ。
そうこうしている間に、わたしは地面と平行に二百七十度旋回し終える。そのままわたしは正面の壁面、そこにある窓のうちの一つを見据え、大体の距離を測る。一瞬チラッと見ただけだから正確には分からないけど、およそ五メートルぐらい。そこから突入するのにかかる時間を計算し、その体勢に入った。
スピードに乗っているわたしは、まずは向かってくる疾風を減退させる。心なしか、耳元を駆ける甲高い音が、少しだけ低くなったような気がした。それから、翼を後ろに折りたたみ、滑空する姿勢に入る。このまま躊躇せず、三メートル四方の窓に突入した。…ビビッて一瞬だけ目を瞑っちゃったけど。
『
ならまずは、手助けを発動してくれる? ムーンフォース』
『なるほどな。どうりでラフがいつまでも出てこない訳だ。悪の波動』
事件の現場、塔の天守閣に突入したわたしは、中で少し浮上しながら減速する。全体が見える位置で浮遊し、意識が途切れないように注意しながら、辺りの様子を探り始めた。
真っ先に目に入ったのは、わたしと同じぐらいの高さ、床から二メートル半ぐらいの位置でフワフワと浮いているラフ。誰と話しているのかは分からないけど、自身の背中の方をチラッと見ながら、こう言っている。もしかすると、背中に誰か…、たぶん、さっき助けていたはずの、イーブイにかもしれない。きっとそのイーブイに何かの指示を出し、すぐにラフも技を発動させている、まさにその瞬間だった。彼女は空いている両方の翼にエネルギーを蓄え、それを丸く形成する。薄桃色になったそれを撃ちだし、近くを飛び回っていたズバットに命中させていた。
次に捉えたのが、わたしより先に潜入したラグナ。彼はあの後でさらに発動させていたらしく、分身の数が四に増えていた。彼自身はまだ敵勢力に気付かれていないらしく、窓際で様子を伺っていたらしい。彼なりに状況を整理し、群がる敵に奇襲をかけようとしていた。彼は分身達と壁を背に相手を見据え、それぞれの標的に狙いを定める。ほぼ同じタイミングで技を使用し、悪意に満ちた黒い波動を放出する。それも、ただ放出するだけではない。普通は放射状に百五十度ぐらい広がるそれを、四十度ぐらいまで範囲を狭めている。そうすることで波動の密度の増幅を図り、同じ消費量で威力の増加を実現させていた。
「だから、絶対に渡したりはしないよ! 」
『僕の事はいいから、早く逃げるんだ! 』
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはもう駒もないのに、そんな暇があるのかい? 」
このタイミングで、わたしから一番離れた壁面…、入ってきたのとは反対側の窓の近くから、大きな声が聞こえてくる。わたしは依然としてほかの人から姿は見られないから、飛び交う技に注意しながらその方へ向かう。あとちょっとでエアスラッシュが当たりそうになったけど、そこは何とか体を捻ってやり過ごした。
声がした方へまわり込む様に接近する。同時に、わたしはその場で何が起きているのか確認する。途中方しか聴いてないから、どうかは分からないけど、わたしが聴いていた中で初めに声をあげたのは、新人トレーナーの彼女。カナちゃんは大の大人三人に囲まれているけど、一切怯まず、まるで何かを守るように、手を広げている。彼女で隠れて見えないから分からないけど、その後ろにいる誰かを、本当に守ろうとしていた。
その直後、カナちゃんの後ろから、一つの声が聞こえてくる。カナちゃんで隠れて見えない事を考えると、後ろの彼は精一杯の声で呼びかける。伝わらないと分かっていても、言わずにはいられない、と言った感じで、声を荒らげていた。
そんな彼女達の抵抗を一切気にせず、密猟者達はじりじりと迫る。勝ち誇ったように挑発しながら、うっすらと笑みを浮かべていた。
ええっと、今の状況を確認すると、まずは、ラフは大勢の敵に囲まれている。イーブイを背中に乗せて、守りながら戦ってくれている。防戦、って感じかな? 隙を見つけてはムーンフォースとかを使って、相手を殲滅している。メガ進化してる状態だけど、数が数なだけに、苦戦してるね、あの様子だと…。
ラグナは、敵の注意を分散させるために、色んな方向に牽制している。牽制してるけど、あの様子だと一発で仕留めるつもりみたい。その証拠に、悪の波動が命中した相手は、倒れるのを必死に堪えている。ラフがこの状態を保ってるのも、ラグナが敵の数を減らしてくれているおかげ、かな?
最後に、カナちゃん。カナちゃん、大人三人に追い詰められてるのに、全然怯んでない。っていうより、今確認できたけど、リーフィアを守るために、必死になってる。こんな状況なのに…。今日旅立ったばかりだ、って言ってたから、本当は怖いはず。あのリーフィアとはどういう関係なのかは知らないけど、全く逃げ出そうとはしてない。もし同じ状況になったら、十四歳のわたしには無理かもしれないなぁー…。カナちゃん、凄いよ。
一通り見渡した感じだと、ティルとテトラはまだここにはいない。この人数からすると、天守閣に登るまでにも大勢いてもおかしくない。ふたりが遅れてるのも、多分このせい。でも、分かれてから大分時間が経ってるから、そろそろ、だと思う。
なら、わたしは何をするべき? ラグナに加わって、少しずつ減ってきている敵を倒す? …いや、それじゃあダメだ。いくらわたしの姿が見えないって言っても、技を使い続けていたら、いつかはバレる。ミストボールとか竜の波動を撃ちだした所から計算されて、“ステルス”を解かれるのがオチ…。
ラグナがダメなら、ラフに加担する? ううん、これもラグナと同じ。戦闘はラグナより、ラフの方がメイン。姿を隠しているわたしが行ったとことで、ラグナの場合と結果は変わらない。
っていう事は、カナちゃんを救出しにいく? これも、やめておいた方がいいかもしれない。カナちゃんを助けるなら、姿を見せて、更に人間の姿にならないといけない。おまけに、何にもない所に、突然人が湧いてくることになる。テレポートを使える誰かが一緒にいたら辻褄が合う。テトラがいれば、フラッシュで目を晦ませてくれている間に、姿を変える事ができる。でも今は、そのテトラがいない。おまけに、あのロゴからして“プライズ”と、今日出逢ったばかりのカナちゃんにも、わたしの正体を明かす事になる。“ステルス”で潜入した意味も無くなるから、これだけは、絶対に避けないといけない。
だから、わたしに残されているのは、アレしか無いね。丁度わたしは誰にも見られないんだから、この役割は最適。その間にもティル達と合流できるはずだから、こうしよう!
位置と見る方向を変えながら、状況と作戦を考えていたわたしは、ある結論に至る。それを実行すべく、すぐに行動に移った。
ラグナ、ラグナはすぐにカナちゃんを助けに行って! でも分身はそのまま残して、ラフの手助けに向かわせて!
言葉を伝えたい相手、隠密行動をしているラグナを強く意識し、言葉をイメージする。そうする事で彼の頭の中に直接呼びかけ、指示を出した。
『カナ…、昼に会ったあの少女だな? 了解した』
わたしの指示を聴き取った? いや、感じ取った彼は、その場で頷く。すぐにわたしの意図を察してくれて、攻撃の手を止める。刹那、その彼女の居場所を探り、居る方向へと駆けだした。
ラフ、お待たせ! ラフはとりあえず、そのまま現状を維持して!わたしはわたしで、みんなに指示を出すから!
『
じゃあ、そっちは頼んだよ。コット君、次はスピードスターを撃ち続けて』
『スピードスターを? …うん、分かったよ! スピードスター』
すぐにラグナの分身が助けに来てくれるはず。 ティルとテトラもすぐに来るはずだから、イーブイのその子と戦い続けて!
『
なら私は、敵の殲滅だね。竜の波動』
続けて、ラフにも同じように指令を出す。先に出したラグナへの指示も手短に伝え、彼女の答えを待った。
もちろんわたしの期待通り、彼女はすぐに返事をくれた。わたしが言った事を実践すべく、彼女もすぐに行動に移る。背中に乗せている彼女に指示を出し、自分もエネルギーを蓄え始める。
ラフから頼まれた彼は、突然の事に一瞬戸惑う。でもすぐに大きく頷く。口元にエネルギーを集中させ、それを実体化させる。彼によって撃ちだされたそれは、三つの星となり、別々に標的へと飛んでいった。
指示し終えたラフは、溜めていた技を解き放つ。薙ぎ払うようにブレスを放ち、彼女の言葉通り、敵を一掃していた。
Continue……