Treize 新人トレーナーの証言
Sideライト
「ええっとライトさん? ちょっと聞いても、いいですか」
「えっ、うん。いいけど」
ティルの事がひと段落してから、とりあえずわたし達は場所を移すことにした。移すと言っても、大それたことはしない。センターの入り口で話していたので、そこから少し離れたソファーへ…。そこに移動した時に、今日トレーナーになったばかりらしいカナちゃんが、徐にこう話しかけてきた。
突然話題を振られたことに驚きつつも、わたしはとりあえず頷く。空返事になったけど、それでも肯定の意は伝えることができた、はず。
その頃、わたし達の会話に入っていないテトラとラフはというと、また別に話し込んでいる様子。ボールから出たままのカナちゃんのメンバーと、何かについて語り合っているらしい。トウカ、という単語を辛うじて聞き取れたから、おそらくその場所についての話題だろう。
「気のせいかもしれないんですけど、ポケモンの言葉が解る人って、いると思いますか? わたしのイーブイは文字が書けるんですけど、イーブイが、もしかすると言葉が伝わったかもしれない、って…」
話題を振った彼女は、何かを考え、モヤモヤとした表情でこう呟く。彼女はこの事が引っかかっているらしく、表情が冴えない。腕を組みながら、話し相手のわたしに訊ねてくるのだった。
『言葉が解る、か…。もしかするとライト、お前らが言ってた、カントーの少年の事かもしれないな』
『俺達と合流する少し前に合ってたみたいだし、もしかするとそうかもしれないね』
彼女の疑問を、ラグナは自分に聴かせるように復唱する。視線を天井に向け、思考を巡らす。すると思い当たる事があったらしく、何かを閃いた表情になる。そして彼は、自身の推測を交えながら、わたしに話しかけるのだった。
そこにティルがこう付け加え、わたしに目を向ける。確信しているらしく、その表情は彼女とは異なり、晴れやかだった。
「うーん…」
まだ会ったばかりのこの子に、わたしの事を話す訳には、いかないからなぁ…。かと言って、嘘をつくわけにはいかないし…。
わたしも彼女と同じように…、とはいかないけど、腕を組む。自分自身に心の中で語りかけ、思考を巡らせる。何秒か考えた後、わたしはある結論に至り、こう口を開いた。
「わたしは、いると思うよ。…って言う前に、ポケモンの言葉がわかる人間は、いるよ」
「えっ? 」
「わたしの師匠? 友達? 一言では表せれないんだけど、その人、ポケモンの声が言葉として聞こえてるみたいなんだよ。その人が言ってた事なんだけど、地方の伝説に関わってる人は、結構な確率でポケモンの言葉が解るみたいなんだよ」
「でっ、伝説に、ですか」
「うん」
結論を導き出したわたしは、その人物の事を思い浮かべながら、こう断言する。当然、この返事が返って来るとは思っていない彼女は、頓狂な声をあげる。そこにわたしは、世間一般ではほとんど知られていない事を交えながら、こう説明してあげた。
結果的に彼の事を話しちゃったけど、これも事実だよね。これなら、わたしのことは含まれないからね。わたしは人間じゃなくて、ポケモンだからね!
「その伝説のことはよく分からないんだけど、もし気になるなら、コガネに行ってみるといいよ。その人、今はコガネ大学の助教授みたいだから」
『コガネ大学で友達、って事は、ユウキさんだね』
『直接は会ってないが、スーナの言う事なら、間違いないな』
これもちょっと前に知った事だけど、そうらしいね。って事は、シルク達もみんな揃ってるはずだよね。大学で教えてるなら、近くに住んでないといけないし…。
わたしが言った事で、ティルは誰の事か分かったらしく、声に出して確かめる。そこにラグナが加わる形となり、自分達で推測を確かめ合っていた。
ユウキっていう教授で、結構凄い人なんだよ。元々トレーナーとして旅してんだって。これは噂なんだけど、一番突破するのが難しいシンオウリーグのチャンピオンと、互角に戦えるらしいよ。
一通り語り終えると、ティルは言葉を念じて、わたしの説明に補足を入れる。質問してきた彼女の方を待っすぐ見、こう伝える。最後に蛇足だけど…、って感じで、以前耳にしたことを付け加えていた。
…間接的にしか聴いてないんだけど、多分そう。わたしが聴いたのは、ジョウト出身の学者が、四ヶ所目のリーグを制覇したっていう情報。連れていた種族はイッシュのがほとんど、って言ってたから、多分確実。シルクはジョウトでフライはホウエンだけど、オルトとスーナ、リーフとコルドはイッシュ出身。だから、ね。
「それ、わたしも知ってます! 一年ぐらい前にニュースでやってたあの人ですよね? その少し後に通ってたスクールに来たんですけど、シンオウで四ヶ所なんですよね? あの人のポケモンも、本当に凄かったです! 時間が無くて話せなかったんですけど、もう一回会ってみたいんです! 」
スクールに行ったって事は、バトル講座かもしれないね。ユウキくん、まだ続けてたんだー。確かお兄ちゃんがいるカナズミが、初めてだったっけ?
彼女はパッと明るい表情になり、目を輝かせる。ユウキくんの事をテレビで視て知っていたのか、弾けんばかりの声量でこう言い放つ。視た、というより、見た、って言った方が正しいかもしれない。そのくらいのニュアンスであると、わたしは感じた。
「会えるかどうかは分からないけど、もし会いたかったら、水色のスカーフを身につけたエーフィを捜してみるといいよ」
「エーフィ、ですか? 」
「うん。シルク、っていう名前なんだけど、彼女はパートナーでテレパシーも使えるから」
ジョウト中を駆け巡ってるみたいだから、どこかで会えるかもしれないね。
まだここでは会えてないけど、いつもそうだもんね。
イメージを今度は親友に変え、こう提案する。当然、カナちゃんは首を傾げ、わたしに訊き返す。さっきと同じ流れて、シルクの事を知るわたし達は説明していった。
「きっとね。…じゃあ、わたしからも訊いていいかな? 」
「えっ、お姉さんから、ですか? 」
カナちゃん、ユウキくんに会いたがってるみたいだから、とりあえずこれだけ言えば、分かるかな? …それより、そろそろわたしの方も訊いておいた方がいいかな。折角こうして話してるんだし。
彼女に代わって、今度はわたしが話題を提起する。地元の子だから何か知ってるだろう、そう思いながら、徐にこう訊ねた。
「うん。最近ジョウトで、物騒な事とかない? 」
「うーん、おとといヨシノで銀行強盗があったみたいだけど…」
「そうじゃなくて、ジョウト全体で起きてる事とか」
わたしの言葉に、彼女は首をひねりながら天井を見上げる。おそらく、最近見たニュースを思い出そうとする、そんなところだろう。二、三秒考えた後、視線をわたしの方へと戻すと、その事を口にする。
しかしそれは、わたしが欲しい情報とは異なっていたので、途中で遮る。全体、という事を強調して、もう一度彼女に訊いてみた。
俺達、ある事件を追ってるんだけど、ニュースとかで観てないかな? 野生のポケモンを見かけなくなった、とか、トレーナーが襲われた、とか。
「トレーナーが…? …あっ、そういえば、聴いたことあるよ」
「なら、詳しく教えてくれる? 」
「はい」
ここまで何人かのトレーナーに訊いてきたけど、やっぱり地元の人に訊くのが一番かな…。どの人も、ジョウトにはあまりいない種族、連れてたから。
ティルがストレートに話題を挙げると、彼女は期待通りの反応を示す。思い当たる事があったらしく、彼女は大きく頷いた、若干暗い表情をしながら。
わたしは彼女の返事に、手応えを感じる。こう調査を振り返りながら、新人トレーナーのカナちゃんが持つ真相に迫った。
「この一か月ぐらいでなんですけど、エンジュとアサギ、それからタンバでも、トレーナーが襲われてるみたいなんです。警察の人が調べてるみたいなんですけど、犯人はまだ捕まってない、って言ってました。毎日のように放送してたんですけど、捜査は打ち切りになっちゃったみたいです」
『そうか、だから俺達が派遣された、という訳か』
『打ち切りになるぐらいだから、ね』
「そっか…。うん、ありがとう」
ラグナ、いつも通り、頼んだよ。
『ああ。ライト、任せな』
この情報は、知らなかったよ。ジョウトの各地で起こってる、っていうのは聞いてたけど、具体的な街が出てきたのは初めてだね。しかもどれも都会。コガネが出てこなかったのは不思議だけど…。
彼女はスラスラ…、とはいかなかったけど、淡々と羅列していく。思い出しながら話していたので、彼女の目線の先には天井がある。言い終える寸前に、わたしの方に視線を戻し、言い切るのだった。
そこにラグナが、納得したように頷き、ティルが若干言葉を濁す。わたしも整理しながら聞き入り、同じく首を縦に振った。その後わたしは、出逢って間もない彼女の前なので、言葉を念じる事で指示を送る。指示を聴き取ったラグナは、当然、とばかりに頷き、ティルに預けている物を受け取りにいった。
同じ言葉をティルにも伝えたので、彼もそれに応じた行動に移る。斜めに提げている鞄から目的の物を取り出し、ラグナに手渡していた。
ティルが手渡したのは、別行動をした時に使っている、ノートとペン。ラグナの前脚だと物を持つのに苦労するけど、彼自身、それを苦としていない様子。器用に右前足の指にそれを挟み、地面に広げたノートのページにスラスラと描いていた。
「あれ? お姉さんのポケモンも、文字が書けるんですか? 」
この光景を見た彼女は、不思議そうにわたしに訊ねてくる。
「うん。書けるのはラグナだけ。ティルはテレパシー使えるから問題ないんだけど、あとのふたりは読めるだけ、かな。勉強中みたいだけど」
わたしは近くで話し込んでいる彼女達、テトラとラフの方をチラッと見てから、こう言う。どの段階まで覚えたのかはまだ訊いてないけど、知ってる限りに事を、わたしは話した。
「あっ、そうそう。例の事件なんだけど、この辺でも起き始めてるみたいだから、注意した方がいいよ」
「えっ、事件って、トレーナーが襲われる、っていうのですか? 」
字が書ける云々よりも、もっと伝えるべきこと、あるよね、彼女の場合。
わたしは咲きかけてた話題の華を無理やり抑え込み、別のものに切り替える。急に変えたから変な声をあげられたけど、わたしは構わずこう提起した。
「聴いたところによると、どのトレーナーも、野生ではあまり見かけない種族を連れてたみたい。だからカナちゃん、カナちゃんも襲われる可能性がある…。野生でイーブイはあまりいないからね」
ホウエンはそうでもないけど、ここならね…。
もう一度視線を別のグループ、テトラ達の方へ向ける。目でカナちゃんのメンバーのイーブイを指してから、こう警告した。できればそうなってほしくない、そう言う願いを込めながら…。
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