Dix-neuf 選手交代
Sideコット
『古いよしみだ、特別に俺の実力を見せてやろう』
相手が言った事、さっきあった事、この二つを思い出したぼくは、ある結論を出す。それは、空中で羽ばたいている紅い敵、ハッサムはただ者じゃないって事。その証拠に、ちょっと前に僕をみねうち一発であそこまで追い込んだ。だから、こう考えるのにあまり時間はかからなかった。
『まぁ、いいだろう。だが、このバトルで勝つのは俺だ。お前に勝ち目は無いな』
完全に上から目線の相手に対して、グラエナのラグナさんも言葉で抗う。売り言葉に買い言葉、っていう感じで相手を挑発している。うっすらと笑みを浮かべながら相手を仰ぎ見、こう呟いていた。
『なっ、何か、凄い』
この瞬間、ぼくには空気が一気に張りつめたように感じられた。今まで感じた事ないような、フサフサの毛を通してでも伝わってくる、ピリピリとした空気。ラフさんの背中の上から見ているだけだったけど、このプレッシャーによってこれだけしか言う事が出来なかった。
『
コット君、ラグ兄のバトル、よく見ておくといいよ』
『ばっ、バトルを、ですか』
『
うん』
――ラグナさんの、バトルを? さっき戦ってるのを見たから、あの通りだと思うんだけど――
ぼくと同じで会話を聴いていたラフさんは、突然背中のぼくに目を向ける。横目で見てきたぼくに、徐に話しかけてきた。
急に話しかけられたから、ぼくは思わず変な声を出してしまった。そのせいで中途半端にしか返事できない。だからぼくは、とりあえず、うん、って頷くだけの余裕しかなかった。
――バトルって事は、きっと技の使い方とかかわし方、かな? ラフさんの戦い方なら結構見たけど、ラフさんは空を飛ぶ種族。ラグナさんの方が僕の種族と身体のつくりが近いから、きっとそう言う事かもしれないね――
『貴様が勝つ、だと? 愚民に成り下がった貴様に、俺が倒せると思っているのか、シザークロス』
ラグナさんが言った事が癪に障ったらしく、ハッサムは一瞬、口元を吊り上げる。相当頭にきたらしく、荒々しく声を張り上げる。両方の鋏を身体の前で交差させ、力を蓄える。背中の羽を凄い速さで動かして、一気に距離を詰める。その標的は、もちろん話し相手。ラグナさんを思いっきり睨みつけながら、攻先制攻撃を仕掛けてきた。
『お前も相変わらずだな。昔の俺以上に短気なのも、そのままだな。進化した事は十分な成果だと思うが、まだまだだな』
一方のラグナさんは、相手とは正反対。全然感情的になっていない。それどころか、風が吹いていない水面みたいに、感情の起伏がほとんどない。冷静に言の葉を並べ、相手との距離を測っていた。
『黙れ! 』
『背中がガラ空きだ』
『くっ』
――あぁ、相手のハッサム、完全にキレてるよ――
すごい勢いで迫ってきている相手は、感情のままにこうはき捨てる。怒りに身を任せて攻撃をする、第三者のぼくには、紅い影がそんな風に見えた気がした。
冷静を保っているラグナさんは、斜め上から降下してくる相手との間合いを見極め、行動に移る。直線距離で二メートルぐらいまで迫ったタイミングで、彼は四肢に力を込める。それをすぐに解放させ、相手に向けて上に跳ぶ。結果的に、紅い鉛弾の上をとり、着地のついでに踏みつける。そのせいで相手は顔から床に叩きつけられ、勢いもあわせてそれなりのダメージを受ける事になった。
これだけでも十分凄かったけど、彼の攻撃? はこれで終わりではなかった。
『悪の波動』
ラグナさんは相手を踏みつけると、またすぐに上に跳ぶ。でも今度は尻尾を左に振り、その勢いで反転する。ちょうど地面に叩き付けられた相手の背中に向き直ったかと思うと、即行でエネルギーを蓄える。一秒もしないうちにそれを発動させ、黒い刃として相手の背中に撃ちだしていた。
『うっ、嘘だろぅ? “紅い旋風”と言われている俺が、かわされ…』
『所詮、お前はその程度の実力と言う事だ』
背後を突かれた相手は、咄嗟にそれをかわそうとする。その甲斐あって直撃ははけることが出来たが、僅かに左足を掠めてしまっていた。
――あの悪の波動って、もしかして牽制するため、だったのかな――
『
どう? ラグ兄の戦法、凄いでしょ』
『うん。あんなに速いハッサムの攻撃をかわすなんて』
相手を牽制し、ラグナさんが着地したタイミングで、ラフさんはこう訊いてくる。背中に乗るぼく、戦っているラグナさん、その両方をチラチラ見ながら、ねっ、ってぼくに感想を求めてきた。
流石に二回目だから、今度はちゃんと返事する事が出来た。流れるような身のこなしに興奮したぼくは、その熱が冷め止まぬまま、こう答える。今まで見た事ないスピードだったから、ちょっと残像が残ってる。そのくらい、ぼくは感動した。だからぼくはラフさんに、ありのままに感想を伝えた。
『
でしょ? でも、ちょっと的外れかなぁー』
『えっ』
『ラグナの武器は、技じゃなくて言葉。相手はラグナが仕掛けた罠に、気付かないうちにはまったって事だよ』
――ちっ、違うの――
思ったままに言った感想を聴いたラフさんは一度、だよね、って大きく、そして溌剌とした調子で頷く。期待通りの答えだったから、ぼくはこの時、こう思っている場合じゃないけど、満足感に浸っていた。でもそれはすぐに、その彼女によって掻き消されてしまう。彼女は小さく首を横にふると、惜しいね、っていう感じで言の葉を繋げていた。
まさかの返事に、戦うラグナさんを観ていたぼくは、彼女の方をハッと見る。じゃあ何なの、って驚きと疑問をそのまま訊き返そうとしたけど、戦う彼、乗せてくれている彼女、この二匹とは別の声に遮られてしまった。声がしたのは、たぶん階段がある方向。大きさからして二、三メートルぐらい離れた場所から、ラフさんに補足を加えていた。
『ラフ、ごめん。下の敵との相性が悪くて遅れちゃった』
『てっ、テトラさん? 言葉って、どういう事ですか』
声がした方に振りかえると、そこには見覚えがある二つの陰。一つは何時間か前、センターで鉢合わせして、倒れるカナを受けとめた彼。何ていう名前か覚えてないけど、ぼくと同じでフサフサの毛を持つマフォ…、何とかっていう種族のティルさん。そしてもう一つは、同じくちょっと前にセンターで話した、色違いのニンフィアのテトラさん。彼女達は本当に戦っていたらしく、喋る息が弾んでいる。彼の次に口を開いたテトラさんは、胸元のヒラヒラに何かの技を構えた状態で、こう言っていた。
『見てないから分からないけど、いつも通りなら威張るを発動させたんじゃないかな』
『威張るって、補助技の、ですか』
『
うん。その証拠にあのクズ、力任せにラグ兄を攻撃しようとしてるでしょ』
ラグナの戦法は、そういう感じだからね。テトラさんはそう言いながら、ラグナさんの方をチラッと見る。同時に留めていた技を放ち、いつの間にか接近していたデルビルを仕留めていた。
『クズはちょっと言いすぎな気もするけど、そんな気が…』
――やっぱりラフさん、口、悪いよね、相手には――
ぼくはこんな事を想いながら、今も戦っているラグナさんの方を見る。するとそこには、ラフさんが言っていた光景…。見た感じ怒りで我を忘れているハッサムが、床とスレスレの位置を滑空し、ラグナさんに迫る。ハッサムの鋏の構えからして、あれは多分シザークロス。決定的な一撃を与えよう、まさにこうしようとしている瞬間だった。
一方の狙われているラグナさんはというと、ぼくから見て手前の方に跳ぶ。軽やかにあしらう彼の姿は、まるで怒り狂う相手を挑発するかのよう。それを表すかのように、彼は相手の行動一つ一つに、コメントを残していた。
『やっぱりそうだと思ったよ。…ところでラフ? この後は私達、何をすればいい』
『下ではあまり技は使ってないけど、すぐにでも発動させれるよ』
ラグナさんの行動は予想通りだったらしく、テトラさんは納得だよ、っていう感じで頷く。かと思うと、何かを思い出したらしく、あっ、と小さく声をあげてからこう尋ねていた。
その彼女に便乗するように、ティルさんはこう付け加える。気合十分、と言った感じで肩の筋肉を解し、ラフさんの答えを待っていた。
『
ええっとティル兄は、ここで私と交代。この感じだと、あのハッサムの相手をすればいいと思うよ。それからテト姉は、私と来て! ラグ兄が一匹で守ってる、コット君のトレーナーを助けに行ってあげて』
『えっ、でっ、でも、ラグナさんって…』
――ラグナさんって、今、目の前で戦ってるよね――
乗せてくれているラフさんの口から、ぼくの思ってもいない言葉が出る。もしかして聴き間違いじゃないか、ぼくは思わず耳を疑い、変な声をあげてしまう。でも確かに、ラフさんはこう言った。だからぼくは、今見ている事と聴いた事の辻褄が合わず、訳が分からなくなってしまった。
『ええっと、君がコット君だね。見た感じ訳が分からない、って感じだけど、後で話すから。サイコキネシス』
『あっ、後でって…えっ? 』
ぼくの反応はさておき、ラフさんから簡単な説明を聴いたふたりは、分かったよ、って大きく頷く。それだけを言うと、彼女は一度ティルさんの方を見、何かの合図を送る。その相手が小さく首を縦に振るのを見ると、カナ達がいると思われる天守閣の反対側へと駆けていった。
テトラさんの合図に頷いたティルさんは、彼女に頼んだよ、って小さく声をかける。その後彼は徐にぼくに話しかけ、こう訊いてくる。ぼくが思っている事を言い当てられたのには驚いたけど、ぼくにそんな暇を与えず、技をかけた。
そのぼくはと言うと、急に話しかけられたこともあって、何回目か分からない頓狂な声をあげる。それを言い切る間もなく、ぼくは何かに、体の中から持ち上げられるような感覚に包まれる。そうかと思うと、ぼくはラフさんの背中から離れ、空中にフワフワと浮く。見えない力によって彼女から降ろされ、何十分かぶりに床に足をつくことになる。前足と後ろ足、その両方がつくと、ぼくを持ち上げていた浮遊感は急に消えたのだった。
『
ティル兄、あとはお願いね』
『うん。ラフの方も』
それだけを言うと、ラフさんは翼を羽ばたかせ、先に走り始めたテトラさんを追いかけていく。だからこの場に残った味方は、攻撃をかわし続けているラグナさん、ぼく、ティルさんの三匹。技を解除した彼は、任せたよ、と飛び去るラフさんの背中に声をかけていた。
『コット君、ラフの背中で十分休めたよね』
『うっ、うん。まだ完全じゃないけど、とりあえずは』
『なら、スピードスターで援護してくれる? 』
――完全に回復してないけど、動けるくらいにはなったかな、たぶん――
ラフさんが飛んでいた方を見ているティルさんは、その方向を変えずにぼくに訊いてくる。それはまるで、ぼくの状態を知っているような、確認するような…、そんな感じ。それにぼくは、半ば流されるように頷き、返事する。予想通りだったらしく、今度はぼくの方を見下ろし、こう頼んできた。
『うん! 足手まといになるかもしれないけど、スピードスターなら』
――それだけなら、たぶん、いける――
彼の問いに、ぼくはこう頷く。自信は無かったけど、何故かそう思う。あんなに強かったラフさんの仲間なんだから、きっとティルさんが何とかしてくれる。そう感じたぼくは、力強くこう答えた。
Continue……