Dix-huit かつての通り名
Sideコット
『ラフ、遅れてすまない』
『
あっ、ラグ兄。むしろ早いくらいだよ。竜の波動』
『スピードスター』
ラフさんの背中の上で技を発動させていると、下の方から急に声が聞こえてきた。エネルギーを溜めている最中だからまだ見てないけど、その声は息を切らせながらも、申し訳なさそうに声をあげていた。
ラフさんはというと、ついさっきまで溜めていたフェアリータイプの弾を撃ちだし、敵の一匹を撃ち落としていた。そのタイミングで声に気付き、たぶん下に目を向ける。気にしないで、そんな感じで彼に呼びかける。でもすぐに気持ちを切り替え、大分減ってきた敵の集団を青黒いブレスで凪払っていた。
―――こんな時に思う事じゃないけど、ラフさん、本当に凄いよ。使ってる技もそうだけど、その威力も凄い。だって、ほとんどエネルギーを溜めてないのに、たった一発、多くても二発で相手を倒してるんだよ。しかも使ってるのは、竜の波動とムーンフォース、この二つだけ。ぼくと一つしか変わらないのに、技を発動させる速さとか動きとか…、全然違うよ。戦ってるところは見た事なかったから実感なかったけど、ニトルさんが言ってた事、本当なのかもしれないね。色んなこと、知ってるみたいだし―――
ラフさんのブレスの効果が終わった直後、ようやくぼくの技が発動された。口元から離れると、それは三つに分裂する。すぐに星型に変わり、ラフさんが仕留めきれなかった相手に飛んでいった。
『くっ』
『次から、次へと…』
『やった、倒せた』
そのうちの一つは、意識が薄れかけているオドシシを正確に捉える。ラフさんが削ってくれていたおかげで、ぼくの一発でその相手は崩れ落ちた。
―――ラフさん、何となくラフさんの考えが分かったよ! きっとラフさんは、倒しきれなかった相手を、ぼくに倒させる。そうだね? ―――
『ひとまずラフ、イーブイは無事のようだな』
『
うん』
『ライトから作戦は聴いているよな』
『
もちろんだよ。私はコット君を守りながら、クズの殲滅でしょ』
『えっ、さっ、作戦? 聴いてたって…、近くに誰もいなかったよね』
―――聴いてた、なら、絶対いるはずだよね。でも、グラエナっていう種族のこのひとが来るまで、誰もいなかったよ? 仲間なんて…。カナは向こうの方で、声は届かないし、イグリーも自爆を食らって、戦えない状態だし―――
ラグ兄、って呼ばれていた彼は、たぶんぼくのスピードスターから、こう判断する。ぼくを乗せてくれているラフさんの方を見上げ、こう確かめる。ラフさんが大きく頷くと、彼は当然の様にこう続けていた。
ぼくの事が話題に出たから、ぼくがいる事をアピールするために、綿みたいな翼? なのかな? 分からないけど、そこから顔を出す。ちゃんといるよ、ぼくはそう言おうとした。でもその間に、ラフさんが彼の問いに、いつの間にか聞いていたらしい、作戦の内容を口にする。一緒にいたけど、その事を知らないぼく。初耳だから、驚きが勝って思った事、自分の存在を伝える事が出来なくなってしまった。代わりにぼくは、当事者のラフさん、グラエナの彼に、感情のまま問いただした。
『
うーんと、ちょっとね』
『今は言えないが、前もって打ち合わせしていた、そう言う事にしてくれないか』
『何か、訳があるんだね。うん、わかったよ』
―――話せない事なら、仕方ないよね。誰にでも、言いたくない事の一つや二つは、あるものだし―――
うまいこと誤魔化されたけど、とりあえずぼくは、こう言う事にしておいた。でもやっぱり何かが引っかかったけど、今はまだ戦闘中。無理やりその違和感を、頭の端っこの方に追いやった。
『
そういえばラグ兄、ライ姉から何にんかでくる、って聴いてたんだけど、どうしたの』
ここでラフさんが、薄いピンク色の弾で相手を撃ち落としながら、こう声をかける。思い出したように呟かれたそれは、戦場になっている天守閣に何重にも響いていった。
『ここに来るまでに三回、攻撃を食らってしまってな』
恥ずかしい事だが…、彼は一通り訳を話してから、ボソッとこう呟く。申し訳なさそうに言ってたけど、耳や尻尾は下がっていない。ラフさんの背中に乗せてもらっているぼくには、そう見えた気がした。
『
だから遅れた、って感じかな。なら、仕方ないよね』
『すまん…、ラフ、後ろ! 』
『
っん? 』
『悪の波動』
『えっ』
―――なっ、何? グラエナさん、急にどうしたの―――
彼の説明に、ラフさんは納得、って感じで応える。その後、だから気にしないで、そう言いたそうに明るく付け加えていた。
それに彼は、相変わらず少し暗めに頷く。もう一度謝って、彼女に何かを続けて言おうとしていた。
でも彼はその後、言葉を連ねる事は無かった。何かに気付いたらしく、何の前触れもなく右の方に大きく跳ぶ。同時に大声でラフさんの名前を呼び、注意を呼びかける。突然の事に戸惑うラフさん、ぼくの事を全く気にする事なく、彼は技を発動させていた。
グラエナさんは多分、着地してからエネルギーを溜め始める。一秒もしないうちにそれを解放し、技を発動させる。すると真っ黒な波が作り出され、驚き慄いているぼくたちのすぐそば、五センチぐらいのところを駆け抜けていった。
『あっ、悪の波動って、こんな技だったっけ』
しかもそれは、ぼくが知っている形ではなかった。普通の悪の波動は、広い範囲に、広がるように進んでいく。でも、グラエナさんの放ったそれは、その範囲が凄く狭い。一言で言うなら、黒いエアーカッター。ほとんど広がる事なく、空気の層をかき分けていった。
『
ラグ兄、ありがとう』
『あっ、ありがとうございます』
『数は減ってきたとはいえ、まだ戦闘中だ。気を抜くなよ』
急に技を向けられて驚いたぼくは、まさかと思い、咄嗟に目を閉じる。でも覚悟していた衝撃がなかったから、すぐに目を開ける。その後、後ろの方で何かがぶつかる音がした。ビックリしたせいで胸が早鐘を打っていたけど、ぼくは構わずにそっちの方を見た。その地点は、多分技を打ち消した後だったらしい。黒か茶色かよく分からない煙と衝撃が、天井の埃を叩き落していた。
ビックリしたのは、ラフさんも同じだったらしい。でも彼女の方が、驚きから立ち直るのが早かった。ぼくが目を瞑っている間に彼女は、グラエナさんの放った技の行き先を確認していたらしい。ぼくが気づいた頃には、その彼の方を見下ろし、こう感謝の言葉を言っていた。
―――ほっ、本当に、ビックリしたよ。でっ、でも、グラエナさんが撃ち落としてくれてなかったら、ぼく達、やられてたよね? きっと。ぼく達じゃなくて、ぼくだけ。ラフさんなら、多分大丈夫だと思うけど―――
『はっ、はい』
『お前も、よく覚えておくといいだろう』
―――グラエナさん、しっかり覚えておきます! ―――
彼の忠告に頷くと、続けてこう言う。それをぼくは、心の中で繰り返す。そうする事で、彼のアドバイスをそこに留めることにした。
『フッ、あのお前が雑魚に指導するとはな。お前もすっかり堕ちたな』
いつの間にか、上がっていた煙が晴れていたらしい。その先から、まるで誰かを知っているような、抑揚のない声が聞こえてきた。
『ざっ、雑魚って、ぼくのこと? まだ旅立ったばかりなんだから、そんな事言わないでよ』
声がした方を見上げると、そこには冷たい視線を送る紅い影…。ぼくを塔の外に吹き飛ばした、たぶんハッサムが、鋏みたいな手を組んでいる。その体勢で、ぼく達の事を見下していた。
―――ハッサムの言う通りだけど―――
ごもっともだけど、…だけど、正直言ってぼくはその相手に反論せずにはいられなくなった。感情のマグマがせり上がってくる。噴火するまでには至らなかったけど、口調を強くするのには十分すぎるくらい効果を発揮したのだった。
『コット、と言ったか…。所詮密猟者のメンバーだ。気にする事は…』
『その密猟組織の元幹部の貴様が言えた事かぁ? “非情の闇”も廃れたものだなぁ』
『なっ、何故その事を…! 』
たぶんグラエナさんは、気にする事は無い、そう言おうとしたんだと思う。でも、ぼくをなだめようとしてくれたけど、その途中で敵のハッサムに遮られてしまっていた。
発言からして、グラエナさんの知りあい? らしいハッサムは、今度は高圧的な態度でこう言い放つ。あたかもグラエナさんの事を知っているかのように、嘲笑っていた。
『ぐっ、グラエナさんが、密猟組織の幹部? ラフさん、どういうことなの』
―――うっ、嘘でしょ? ラフさんの仲間の、グラエナさんが―――
敵が言った事に、ぼくをなだめようとしてくれていたグラエナさんが、突然狼狽えてしまっていた。まだ会ってから殆ど時間が経ってないけど、まさかそうだとは思っていないぼくは、これがきっかけで別の感情に満たされる。熱を失ったマグマの代わりに、何十個もの疑問符が浮かび上がてくる。それがぼくの頭の上を支配するのに、あまり時間はかからなかった。
『
話すと長くなるんだけど、ラグ兄は元々ライトとは別のトレーナーのメンバーだったの。私はあまり詳しく知らないんだけど、そのトレーナーは四年前までそうだったらしいの。でも何かがあったらしくて、組織を追放されたみたい。その後でラグ兄は前のトレーナーと決別して、ライトのメンバーになった。そうだよね、ラグ兄? 』
『ああ、大体あっている。確かに、俺の前のトレーナー…、パートナーだった奴は幹部だった。だが、俺はその四年前に足を洗った。…もうあんな事、こりごりだ』
何があったのかは分からないけど、彼は二度とごめんだ、とでも言いたそうに、淡々と呟く。硬く目を閉じ、首をぶんぶんと勢いよく振っていた。その彼の行動がぼくには、絶対に思い出したくない、そうなりたくない、そんな風に見えた気がした。
―――敵が言いはじめた事だから、どうかは分からないけど…。ラフさんが言うなら、本当、なのかな。もしそうだったら、グラエナさん、色々あって大変だったんだね…。パートナーと決別した、って言ってたし―――
『…ハッハッハッ…。こりごり、か。“非情の闇”の異名を持つ貴様が…、笑わせるな』
『何とでも言うがいいさ。…だが、お前は一体何者だ』
ずっと空中で体勢を維持していたハッサムは、床に降りながら高く笑い声をあげる。お腹の辺りを押さえながら笑ってるところを見ると、相当おかしかったらしい。でもすぐに真顔になり、こう呟く。最後に声を荒らげ、感情を顕わにしていた。
その相手に、グラエナさんは苦笑いを浮かべる。直後、思い出したようにこう言い、相手の方を見上げていた。
『かつての同期の顔を忘れたとは、言わさんぞ』
『同期…、まっ、まさか、あいつか! 』
『そう言う事だ』
心当たりがあったらしく、グラエナさんはハッと声をあげる。予想外だったらしく、信じられない、と言った様子で、その相手の方を凝視していた。
『今では俺のトレーナーは“プライズ”の地佐だ。“イオラ”というコードネームを貰ったあいつ、俺は、その辺の雑魚共とは違う。古いよしみだ、特別に俺の実力を見せてやろう』
―――地佐って何なのか分からないけど、今まで戦ってきた相手とは違う、そんな気がする。ラフさん達が来てくれる前に戦ってた相手も強かったけど、まだぼく達でも何とか戦えた。でもこのハッサムは、みねうち一発でぼくを気絶寸前まで追い込んだ。スピードも、あり得ないぐらい速かった。だから多分、間違いじゃないかもしれない―――
相手が言った事、さっきあった事、この二つを思い出したぼくは、自分なりにこう結論を出す。実際にぼく自身も体感したから、ぼくはこう確信した。
―――分からない事が多いけど、少なくともこう言う事は確か。このハッサム、ただ者じゃないって事が―――
Continue……