Quatorze 行き違い
Sideコット
『えっ、マダツボミの塔に、ってことは、野生なの』
『うん』
場所が変わり、今ぼくたちがいるのは、春の暖かな日差しが差し込む屋外。心地いい風が吹き、ぼくのフサフサな毛を靡かせていく。イグリーの羽毛も弄ばれていて、若干風で乱れていた。
そんな中、ぼくがあることを言うと、彼は豆鉄砲を食らった時のような声をあげる。驚きやすい彼は如何にもって感じで、感情を露にしていた。
――あの後のことを一言で言うと、少しだけ話してから別れた、って感じかな。カナ達は何の話をしてたのか分かんないんだけど、ぼく達は出身の場所のこと。ラフさんは生まれはホウエンって言ってたけど、色んなところに場所を変えてたみたい。確か春と夏はホウエンで、秋と冬はカントー、だったはず。それから、ぼくも言われるまで確信がなかったんだけど、ラフさん、カナと同い年なんだよ。カナが十四でぼくが十三。一つしか違わなかったから、本当にビックリしたよ。…で、それからは、ラフさん達と別れて次の目的地へ。目的地、って言ってもすぐ着くから、大それた移動はしないんだけど――
『お母さんはトレーナー就きなんだけど、お父さんは野生なんだよ』
『でも、何でマダツボミの塔に? オイラにはさっぱり分からないんだけど』
先頭を歩くぼくは、横目でイグリーをチラチラ見ながらこう話す。もちろん、前に注意を向ける事も忘れずに。幸い近くにはいなかったから、ぼくの注意は杞憂に終わった、今のところ。
『お父さんは元々ウバメの森の出身みたいなんだけど、街が気に入ったからこっちに移ってきたみたいなんだよ。中でも町中を見渡せるのがマダツボミの塔で、そこに住みつくようになったんだって』
ぼくの少し上で羽ばたくイグリーに、ぼくはこう答える。見上げながら喋ってるからちょっと首が痛いけど、気にせず説明を続けていった。
『ウバメの森かぁ。ウバメの森って、一日中暗い森だよね』
『うん。行った事ないけど、そのはずだよ。で、お母さんは生まれた時からトレーナー就き。今のぼく達みたいに、トレーナー…、カナのお母さんとなんだけど、旅してた事があるんだって。結局リーグは制覇出来なかったんだけど、働くようになってから会うようになったんだって』
――お母さんの馴れ初めはあまり聞いた事ないけど、こんな感じだったかな――
話の途中で、イグリーは羽ばたくのを止めて、地面に降りてくる。疲たのかどうなのかは知らないけど、ぴょんぴょんと両脚で跳びながら、ぼくの話しに相槌をうってくれた。
『へぇー』
『でね、お母さんのトレーナーが働いてるのが、塔の下の売店。イグリーは飛行タイプだから、見えるんじゃないかな』
――これは後で聴いた事だけど、飛行タイプは他のタイプよりも目がいいみたい。ノーマルタイプのぼくにはそう言うのが無いけど、他のタイプにもそういうのがあるらしい。ぼくが知ってるのは、お父さんの草タイプ。草タイプは晴れてると、調子がよくなるって言ってた――
隣で聴いてくれてる彼に、ぼくは視線でその方を指す。ぼくにはまだ塔しか見えないけど、その建物がある場所を、彼に教えてあげた。たぶん、行く事は無いと思うけど。
『塔の下、って事は、あの瓦屋根の建物? 』
『うん。塔の下に木でできた建物があるでしょ? あれが…』
「ねぇコット? イグリーも、マダツボミの塔に行ってから、スクールの方に行ってみない」
『えっ、すっ、スクールに? 』
その建物を見つけてくれたのか、彼は嘴でその方向を指す。ぼくにはそびえ立っている塔しか見えないけど、何の事かは分かっているから、『あってるよ』っていう意味を込めて大きく頷いた。
確認の意味を込めて、その建物の特徴を言おうとしたその時、突然後ろからカナが割り込んできた。彼女は徐にぼく達に話しかけると、たぶん塔の右側を指さしてこう提案してきた。
もちろんぼくは、まさか割り込んでくるとは思ってなかったので、変な声をあげてしまう。中途半端な返事になっちゃったけど、彼女の方に半分だけ振りかえった。
「コットのお父さんに会いに行っても、まだ時間が余ると思うし、どうかな。久しぶりに先生の顔も見たいし」
完全に彼女の方を見ると、何か懐かしそう。「みんなもげんきかなぁー」って小さく呟きながら、スクールがある街の東側に目を向けていた。
『うーんと…』
――まだ昼だし、お父さんに会いに行っても、絶対に時間余るよね。だから…――
ぼくはそれでいいとおもうよ。
パートナーの提案を聴いてから、ぼくは一度空を見上げ、考える。どこまでも続く青い空を見ていると、何故かいい案が浮かんでくるような気がした。案の定、すぐに考えが頭を過ぎる。それを文字にして、注意を向けてくれているカナにそのまま伝えた。
「うん、コットもそう思ってたんだね? イグリーはどうする? 初めてだと思うけど」
『おっ、オイラも? 』
完全に油断していたイグリーは、驚きのあまり飛び上がっていた。その彼にぼく自身も驚きつつも、何とか立ち直る。そして、彼の言葉を代わりに伝えるために、ぼくは耳をそばだてた。
『うん』
『おっオイラは…、特に見たいところはないから、それでいいよ。そう伝えてくれる? 』
『任せて! 』
彼から伝言を託されたぼくは、その通りに前足を躍らせる。その軌跡が意味を為し、ありのままに彼の発言を伝える事となった。
そしてその後ぼく達は、お父さんがいるキキョウの古塔へと、話題の華を咲かせながら、歩みを進めていった。
――――
Sideコット
『お父さん、来た…、あれ? お父さん? 』
雑談を交えながら進んでいたぼく達は、あれから数分かけて目的の古塔に辿りついた。四層構造になっているマダツボミの塔、その中をぼくは一段ずつ登っていく。小さいぼくにとってはちょっと大変だけど、何年も通ってるからもう慣れている。身軽に跳び上がりながら、お父さんがいる天守閣を目指した。
イグリーは飛んでだけど、登りきったそこには、見慣れた光景。部屋の真ん中に、太い柱が空間を貫いている。お坊さんとか観光客が中で行き交ってるから、真ん中の柱はゆっくりと揺れている。そのせいもあって、この建物自体も、ちょっとだけ左右に撓っていた。
そんな中で、ぼくはいつもの様にお父さんを呼ぶ。でもその途中で、ぼくはふといつもとは違う事に気付き、その声を途中で止める。疑問を感じながら、ぼくは頭の上にハテナを浮かべ、首を傾げた。
――あれ? お父さん、今日は下に降りて来てるんだね。いつもは屋根裏にいるはずだから、誰かと会ってたのかな? ――
ぼくの視線の先には、来るときはいつも屋根裏にいるはずのリーフィア。何て言ってるのかは聞き取れなかったけど、お父さんは誰かに大声で話しかける、その瞬間だった。
「ん? コットのお父さんがここにいるなんて、珍しいね」
カナもこの事に気付いたらしく、「あれ? 」と不思議そうに声をあげてから呟く。それからぼくの方に視線を落とし、確認するようにぼくに訊ねてきた。
『あのひとが、コットのお父さん? 』
そこにイグリーも加わり、ぼくに訊いてくる。理由は違うけど、同じようにぼくに話しかけてきていた。
『あっ、うん。あのリーフィアがぼくのお父さん。さっき話したよね』
『うん。野生、って言ってたね』
ほぼ同時に話しかけらたから、まずぼくは、カナの方から受け答えする。イグリーを待たせる訳にはいかないから、ぼくはまず、カナの方を見上げる。直接は伝わらないけど、『何でだろうね』って声をあげ、同時に身振りでもそう返事する。その後すぐにイグリーに向き直り、とりあえず頷く。右の前脚でお父さんを指さし、彼の質問にもすぐに答えた。
『そうだよ。…お父さん! 下に降りて来てるって珍しいね。誰か来てたの? 』
『そっか、仲間に…ん? コット、来てたんだね』
彼にこう頷くと、ぼくはすぐにお父さんがいる窓際へ駆けていく。声が届く距離まで近づいてから、大声で呼びかける。いつもと違う点を言いながら、気付いてくれるのを待った。
窓から見える空を見上げながら何かを呟いてたけど、お父さんはぼくの声にすぐに気がついてくれた。ちょっと取り乱してはいたけど、それでも何とかぼくの方に振りかえってくれた。
――空の方を見てたって事は、飛行タイプとか虫タイプの知りあいかなぁー。ドラゴンタイプも来れなくはないけど、この辺にはいないしね。だから、そうかもしれないね――
『うん。ついさっき登ってきたところだよ。…ねぇ、お父さん、何か話してたみたいだけど、誰か来てたの? 』
ぼくはこんな風に予想しながら、お父さんの言葉に頷く。イグリーの事とか、色々話したい事があった。でもその前に、いつもとは違ったお父さんの事を訊ねてみた。
『ええっと、あぁ、うん。…それがコット、大変なことが分かったんだ』
『えっ、たっ、大変なこと? 』
――おっ、お父さん? そっ、そんなに慌ててどうしたの――
ぼくに話しかけられて、お父さんは一度、深呼吸する。何でしたのかは分からなかったけど、たぶん、落ち着こうとしていた。そして彼は、何とか言の葉を発し、その事を伝えようとする。でも、よっぽどその事に驚いていたのか、すぐに平生を失ってしまっていた。
『そうだよ。コット、父さんには姉がいたことは知ってるよね』
『うん。確か、ブラッキーだったよね』
――昔聞いた事あるけど、コガネに住んでた、って言ってたっけ? ぼくが生まれた時には、もうこの世にはいなかったみたいだけど…――
『そうだよ』
『二十年近く前の地震…だっけ? 』
『そう』
――その時にお父さんのお姉さん…、ぼくの叔母さんが、巻き込まれたらしい。叔父さんとその娘さん…、ぼくの従兄弟も…、って言ってた――
『その子供…、コットにとっては従兄弟になるね。その彼女が…、実は…、
生きてたんだ』
『えっ、いっ、生きてたって…。生きてたって、本当に? 巻き込まれちゃったんじゃなかったの』
『それが辛うじて助かったらしいんだよ。彼女は言うには、震災の少し後に一人の少年に拾われたらしい。その少年に育てられたお蔭で、生き延びたそうだ』
『でっ、でも何で急に? 一昨日来たときはそんなこと、一言も言ってなかったのに…』
『父さんもついさっき知ったばかりなんだ』
『さっきって…』
『コットと入れ替わるように帰っていったんだ。種族はエーフィで、名前はフィフ。この後用事があったらしくて、すぐにここを発ったんだ』
『エーフィ、なの? 』
――エーフィといえば、ラフさん達の知りあいも、同じ種族だった気がする。そのひとの名前はこれじゃなかったから、別のエーフィだとは思うけど…――
次々に明かされる真実に、ぼくは言葉を失ってしまう。思いがけず飛び込んできた従兄弟の情報に、ぼくは何も反応する事が出来なかった。だって、これまでずっと、いないって思ってきたんだから…。
Continue…