De Lien premier キキョウの叔父
Side???
『やっぱり、この街はいつ来ても変わらないわね』
頭上の一面に広がる青、私はその空の下、街の空気を感じながら息を大きく吸いこむ。春風が奏でるメロディーに趣を感じつつ、ゆっくりと目を閉じる。完全に吸った後でゆっくりとはきだし、私はこう呟いた。
種族の影響があってか、風が運ぶ若葉の香りが鮮明に感じられ、私の鼻をくすぐる。それが私の短毛、首元のスカーフを弄び、通り過ぎていく。やがて私と完全にすれ違い、次なるモノへと楽しげに駆けていった。
ここで私は閉じていた目を開け、辺りの風景に目を向ける。通勤ラッシュの時間帯はもう過ぎているため、オフィス勤めのサラリーマンはあまり見かけない。ランチにもまだ早い時間帯であるため、OLの姿も疎ら…。それらに対し、新学期はギリギリ始まっていないため、思い出作りに訪れている大学生、スクール生が多くみられる。また、最寄りの港に船が来ていたのか、トレーナーの姿も多々見かける。彼らは道行く人に声をかけ、新天地での熱いバトルを楽しんでいた。
視線を正面から上に向けると、私の数十メートル先に、一棟の古塔が堂々と鎮座している。それは蒼い空を貫かんと高々とそびえ立ち、辺りにその存在感を知らしめていた。
『調査で一回だけ来たことがあったけど、まさかここに身内が住んでいるなんて思わなかったわね』
そう呟き、私にとって初めてのそのひとに思いを馳せながら、街のシンボルとも言える木造の塔を見上げる。どんなひとか、どんな種族なのか、こう期待に胸を膨らませ、そこに向けて歩き始めた。
私の向かう先にあるのは、この街に何百年も前から存在していたと言われている、マダツボミの塔。私達の私達の調査によると、四層からなるこの塔は当時から僧侶の修行の場となっているらしい。また、この塔は、地方の重要文化財に指定されている。理由は、構造の希少性。塔の大黒柱は、一匹の巨大なマダツボミが変化したものだと言われている。実際に私がそれを調査してみると、確かに一般的な植物の成分ではなく、生体物質が数多く検出された。
話が逸れてしまったから、そろそろ元に戻させてもらうわね。
『それもそうよね。だってタチノさんから聴いたのは、一か月ぐらい前。その時は新学期の準備で忙しかったから、仕方ないわね』
本当はすぐにでも来たかったけど、これも仕事だから…。私はこの一か月間の仕事を思い出しながら、大きな独り言をつぶやく。それはまた駆けてきた春風に乗り、どこかへと旅立っていったような気がした。
とにかく、今まで私にはいなかった、血の繋がったポケモン…、叔父さんに、早く会いたいわ! 目的の塔が近づくにつれて、私はこういう想いに満たされていく。もし例えるなら、どこからか湧き出し続ける湖の水。期待という名の追い風によって、自然と私の足取りは早くなっていた。
『…兎に角、時期も時期だし、混む前に入りたいわね』
遂に私は待ちきれず、四肢に力を込め、走りだす。耳元でヒュウヒュウと音をあげて風が疾走し、駆ける私に逆らってくる。それでも私はめげず、鞄を背負ってるから走りにくいけど、正面から立ち向かった。それが功を制し、向かい風に屈する事なく駆け抜ける事ができた。
数分後、キキョウのランドマークに、水色のスカーフを身につけた一匹のエーフィ…、私が、トレーナーの付き添いも無く立ち入った。
――――
Side???
『ええっと、ちょっとお尋ねしてもいいかしら』
古塔の門をくぐってから十数分後、微かに揺れる足元に注意しながら私は駆け上がった。時々すれ違う僧侶や観光客に二度されたような気がしたけど、何事もなく塔の天守閣まで登りきった。年期の入った建物らしく、私の嗅覚を刺激する香りは、どこか懐かしい。田舎の古い木造建築を思い出させるような、人にも感じられる深い香りが、私の疲れを癒す…、ような気がした。
こういう雰囲気が嫌いじゃない私は、はしごと言っても間違いじゃなさそうな階段から一番近くにいた、一匹の野生のラッタに、徐に話しかけた。
『ん? 構わないが姉ちゃん、姉ちゃん一匹で何の用だい? 観光かい』
話しかけられた、声的に彼は、その声がした方に振りかえる。普段からこんな風に話しかけ慣れているのか、驚いた素振りを見せずにこう反応してくれる。彼は彼なりにこう推測しながら、こう話しかけてきた。
『それもあるけど…、ここにフェ―ルっていう名前のポケモンって、いるかしら』
彼の言葉に、私は一度首を横にふる。目線を彼にあわせてから、その人物の名前を思い出し、こう訊ねた。
『フェ―ルならリーフィアにいるが、あってるかい』
『ええ、多分そうだと思うわ』
『んなら、ちぃと待っといてくれんかな』
『ええ、分かったわ。…じゃあ、お願いしますわね』
そっかぁ…、わたしの叔父さん、リーフィアだったのね。二十年近くここに住んでるって聴いてたから、リーフィアなのも分かる気がするわ。きっと大昔のマダツボミのエネルギーと反応して、草タイプになったのかもしれないわね。
私は質問に頷きながら、こう考えていた。歴史的背景に納得しながら、事を確かめる彼に、こう返事をする。すると彼は、向きを変えて二、三歩駆けて振り返り、思い出したようにこう繋げる。ぺこりと私が一礼したのを確認すると、彼は一目散に走っていった。
『フェ―ル、君にお客さんだよ』 『ん? 僕に? 種族…』 『それが君の息子さんでなくて、エーフィだよ』 空間の真ん中に位置する柱で見えないけど、二つの声が聞こえてくる。始めにラッタの彼がその人物に話しかけ、その相手が不思議そうに、多分首を傾げる…。しかしその声は、最後まで言の葉を言い切る前に遮られてしまっていた。
『息子』という単語を聴き取った瞬間、私の両耳がピクリと反応する。その息子というのが、私にとっての“従兄弟”だと認識するのに、あまり時間はかからなかった。
私にも、従兄弟がいたのね。知らなかったわ…。
『エーフィ…? 』 『知りあいかい』 『いいや、グレイシアとイーブイならそうだけど…、エーフィは知らないなー』 知らないのも、無理ないわね…。私だって、叔父さんがいるって知ったのは、一か月前だから…。
『そうかぁー…。とりあえず、会って話してみたらどうだい? 折角ここまで登ってきてくれてるんだから』 『…そうだね。野生の僕達に客人って珍しいし』 どうやら、話は済んだようね。
前脚を揃えて腰を下ろしていた私は、彼らの会話に何となく耳を傾けていた。要所要所で心の中で返事していると、応対してくれた彼のとは別の足音が聞こえてきた。歩調から推測すると、ゆっくりと撓る塔の揺れに慣れている様子…。テンポが乱れる事なく、スタスタと近づいてきた。
『えっと、君が僕に会いたいっていうエーフィだね』
『ええシルクって言います。…で、あなたが、フェ―ルさんね』
ラッタの彼が言う通り、柱の陰から一匹のリーフィアが姿を現す。彼は私の事を目で確認すると、五メートルぐらい手前から、こう話しかけてきた。
このひとが、私の叔父さんなのね…。さっきの会話を聴いた感じだと、やさしそう…。
彼の第一印象を、私はこう感じた。そして、彼の問いに頷きながら、私は自分の名前を名乗った。
『そう。君は見たところトレーナー就きみたいだけど、トレーナーも無しに何の用かな』
『個人的に重要な事で、話をしたくて、ここに来させてもらったわ』
『重要な…、こと』
『ええ』
こうして面と向き合ってみると、緊張してきたわ。
彼は見ず知らずのエーフィに、こう問いかける。私の持っている荷物が、彼を疑問の渦に連れていこうとしていた。
その彼に、私はなぜ会いに来たのか、要件を手短に伝える。不思議そうに疑問符を浮かべる彼に、大きく首を縦にふった。この時ようやく、私の鼓動が早鐘を打っていることに気がついた。
『あなたは、ファナっていうブラッキーと、エクアというサンダースを、ご存知かしら』
緊張しているせいか、鼓動がさらに周期を短くなる…。私にはそれが、耳元で和太鼓を連打しているぐらい、大きな音に感じられた。
『ファナさんは、あなたのお姉さんのはずだから、知ってるわね』
私は、二十年近く前に亡くした母の名を、ゆっくりと口にする。その瞬間を私は、まるで時が止まっているかのように錯覚してしまった。
『ふぁっ…、ファナ…、十九年前に亡くなった僕の姉の名前を…、どうして…』
『だってファナさんは…、ファナさんは…、私の…、私のお母さんだから…! 』
まだ小さかったから覚えてないけど、そうだから…。
彼女の名前を口にした時、私に熱いものがこみ上げてくる。最後にこう言いはじめた瞬間、とうとう私は堪えきれず、瞳から大粒の光が零れ落ちてしまった。序盤からかなりの嗚咽が混ざり、私は一言ずつ想いを絞り出す。
『おっ、『お母さん』って、そんな筈は…。ファナの娘さんも、あの震災で亡くなったはず…。そっ、それに、君はシルク、て名乗った。だから娘さんのフィ…』
『私は、今の私の名前は、シルク…。シルクだけど、私の…、私の野生時代…、十九年前までの名前は…、フィフだから…! 』
『いや、でも…、そんな筈は…』
『本当よ! 私は、コガネで野生として生まれた…。でも、でも…、四歳の時に…、ビルの崩落に巻き込まれて、両親を亡くした…。全部、母さんの親友だった、オオタチのタチノさんから…、聴いたわ。だから、だから…、フェールさ…、フェールおじさん、私が、フィフだから…! 』
溢れる感情と涙で顔がクシャクシャになったけど、唯一知る身内の彼に、私は想いをぶつけた。
これだけ狼狽えられたから、間違いなさそうね…。