Neuf 不穏な空気
Sideティル
『…、私達が聴いたのは、こんな感じかな』
『なるほどね』
『だが、やはり状況はあまり良くはないようだな』
ところ変わって、ここは三十番道路東街道。舗装された片側一車線の道路では、大型のトラックが轟音をあげて行き交う。ヨシノとキキョウを結ぶ路線バスもまた、両者の間での架け橋を担う。また、この道の両側で沿うように伸びる歩道も、様々な想いを誘っている。車道程ではないけど、そこそこの道幅。人間三人ずつが横に並んで歩いても、十分にすれ違えるほど…、だと思う。ポケモンの俺達にとっても、これだけあったら、十分だね、俺達三匹なら。しかし、バトルをするのには、少し狭い。…でもそこは、問題ない。何故なら、適当な間隔で路側帯みたいな感じで広いスペースが設けられている。簡易的なバトルフィールドになっていて、トレーナー達が自らの実力を熱く示し合っていた。
そんな中で俺達は、一度進む足を止め、情報を整理する。今この場にいるのは、メンバーの中では最年長で、グラエナのラグナ。最年少でチルタリスのラフ。そして、ライトのパートナーで、マフォクシーの俺、ティル。俺達はライトとテトラと別れてから、陸と空、その両方から調査をしていた。内訳はこう。空からは、経験豊富なラグナと、飛べるラフ。正確には、超が付くほどの方向音痴なラフに、ラグナが付き添うかたちになるのかな。二匹には、空からの様子と、この地方の情報屋への聞き込みを頼んだ。陸の俺は、地元のポケモンへの聞き込みと、トレーナーからの盗みぎ…、いや、聴きとり調査。トレーナーもそこそこいるから、バトルを兼ねてね!
で、それぞれがある程度調査が終わったから、西側の道との合流地点の手前で待ち合わせ。陸路の俺が少し遅れて、落ち合ったって感じかな。その後は、交通の邪魔にならない道の脇に逸れて、情報交換。ラグナ達も、そこそこ成果があったみたいだね。
翼をたたんで地に足をつき、人通り話し終えたラフは、『ふぅ』と一息つく。時々翼で身振りを交えながら、何とか話し終えていた。その彼女に、俺は相づちを打ちながら、聞き入る。自分なりに頭の中でまとめながら、こう頷いた。調査中はラフに乗せてもらっていたラグナは、聞き耳をたてながら、右前脚をその場でせわしなく動かしている。短い指の間に細めのペンを挟み、スラスラとノートに情報をまとめていた。その彼はラフが話し終えると、そのペンを地面に置き、同じく置いているノートを、左の前脚でパタンと閉じる。彼なりに分析してから、苦い表情を浮かべていた。
『そうだよね。最近この辺では、特定の種族が進化系も含めてみんな姿を消している…』
『それがジョウトの色んな所で起きてるみたいだもんね…』
何か物騒だなぁ…。一匹二匹なら、トレーナー就きになった事が考えられるけど、今回は、ある種族、一匹残さず…。俺が聴いた話では、三十番道路では、マダツボミとその進化系が一晩でいなくなったらしい。確かに、ヨシノに着いてから、今こうして話している間に、マダツボミ達は一匹も見かけなかった。来る前には、『この辺に沢山いる』って聴いてたのに…。
二匹の話を聴きながら、俺はこう考える。情報と実感の両方を照らし合わせたら、事の重大さが浮き彫りになってきた。この事が色濃く感じられると、俺の気分は自然と重くなってくる。右手で頭を抱え、少し俯きながら、こう呟いた。
ラフも俺と近い事を想ったらしく、普段と比べてかなり暗い声をしている。ショックが大きかったのか、いつもの明るさが全く見られなかった。
…ラフには、ちょっと刺激が強かったかもしれないよね。だって、ラフはまだ十四歳。旅立つのが他のひとよりちょっと早かっただけだから、相当辛いだろうね…。僅差だけど、ラフが一番最近まで野生だったし。
『それだけでなく、トレーナー就きのポケモンでさえ、狙われているという噂だ。傾向としては、俺達のような、ジョウトにはいない種族。他に、カイロスやミルタンクの様な、一部の地域にしか生息しない種族や、個体数が少ない種族、だ』
“プライズ”と“プロテ―ジ”、どっちの仕業かはまだ分からないけど、ただ事じゃないよね、この状況は…。
『トレーナー就きも狙われてる、って事は、私達も油断してられないよね』
『うん。一人だけならまだ対処は出来ると思うけど、二人から三人…、複数で強奪しようとしてくるみたいだし…』
ライトが“エクワイル”に入ってから知った事だけど、二十何年か前に、カントーとジョウトで、これと似たようなことがあったらしい…。でも、ここまで過激じゃなかった、って聴いてるよ。
この調査で一番重要な事を、ラグナは重々しい表情のまま、呟く。そこに俺が、自分に言い聞かせるように、こう付け加えた。
『何か、思った以上に深刻だよね』
『うん。複数で奪う、って言うのが、特にね…』
「やっ、やめてください! この子は私のポケモンなんです! だから離してください」
「そういう訳にはいかないんでね」
「おじさん達がちゃんと育ててあげるから、大人しく渡しな」
『そうそう、こんな感じでね…』
本当に、深刻だよ…。
ラフの言葉で、俺は再び事態の深刻さを実感する。自然と辺りの空気は、空に輝く太陽とは対照的に、暗く、重くなっていた。
と、そこに、そう遠くない場所から、一つの叫び声が聞こえてくる。少女らしい一つの声が、大人と思われる二つの太い声に…
『えっ、なっ、何だって! 』
襲われていた。
それを俺は、辺りに響く大型車の騒音のように、聞き流す事は…、出来なかった。何気なく聞こえてきた声に、気付くと俺は自然な流れでチラッと見、反応していた。でも俺は、数秒の間が空いたけど、大変な事だと気付く。その方に慌てて振り返り、声を思わず荒らげてしまった。
それはラグナとラフも同じだったらしく、俺の驚く声と感情が重なっていた。ラグナは『マジかよ』と、信じられない、というニュアンスを含ませながら、ハッと見、ラフは驚きのあまり、両方の翼を名一杯広げ、後ろに飛び下がっていた。
『「噂をすると…」とはよく言うが、まさかこんなに早く遭遇するとは』
『とっ、兎に角、、早く何とかしないと』
『じゃないと、“エクワイル”の名が廃るよ』
ここからだと、あの二人が邪魔でどんな種族かは見えないけど、もう時間の問題、といっても過言ではなさそう。そもそも、女の子一人に対して、相手は大人二人、しかも、両方とも男。俺達、ポケモンで例えるなら、子供のフラべべ一匹に、カイリキー二匹が襲いかかるようなもの…。極端な例えだけど、これだけの力の差がある。…なら、一刻も早く、助け出さないと!
その光景を改めて見た瞬間、さっきまで支配していた暗い空気がどこかへ行ってしまった。それに代わって、決意、使命感が、俺の感情の大部分を占める事となった。
『ティル兄、私は言われなくてもそのつもりだよ』
『俺達はライトがいなくとも、“エクワイル”の一員であることに変わりない。当然の事だ! 』
ラグナにラフも、そのつもりみたいだね。
当然この状況に、辺りの空気は一気に張りつめる。ラフは気合十分、と言った様子で翼を大きく羽ばたかせる。ラグナも、その相手を威嚇するように牙をむき出しにし、鋭い目つきで睨みつけていた。
『もちろん。 じゃあラグナ、ラフ。テトラがいないから、プランBでいくよ』
一応トレーナーって事になってるライトがいないから、パートナーの
俺が、指揮を取らないと! まして、一組のトレーナーのこの先がかかってるんだから、尚更だよ!
俺は一度、ラグナとラフ、両方に視線を送ってから、瞬時に策を練る。一秒に満たない時間で作戦を導き出し、手短にこう言い放った。
『うん』
『ああ』
俺の呼びかけに、二匹とも大きく頷く。二つ返事で了承してくれて、すぐに行動を開始した。
ラグナ、ラフ、この地方での最初の任務、絶対に成功させよう! そして、襲われてるあの人たちを、絶対に助けよう!
Continue…