Huit ポケモンとして
Sideライト
『んんー、やっぱりこっちの方がいいなぁー』
テトラが探してくれた茂みで姿を変え…、いや、本当の姿に戻した。人間の姿とは違い、ラティアスのわたしは、重力から解放され、フワフワと浮いている。身体全体を通して感じる昼前の春風が、わたしのやわらかい羽毛をなでていく。それがとても気持ちいい。感覚を確かめるように、わたしは背中の翼、腕、そして申し訳程度にある、短い脚…、そのすべての筋肉をほぐしながら、目一杯伸びをした。
やっぱり、わたしはポケモンだから、居心地がいいよ。もう変えれるようになって何年も経つから慣れたけど、本当は“歩く”って事に違和感があるんだよねー。わたしって、浮遊する種族だし。
『姿を戻した後のライトって、本当に気持ちよさそうだよね』
そこに、辺りへの警戒心を解いたばかりのテトラが、太陽にも負けない明るさで、わたしの方に近づいてきた。飛行タイプ並みに明るい彼女は、低い位置で浮かぶわたしにこう言う。その後で彼女は、まるで自分の事の様に嬉しそうに、にっこりと笑顔を浮かべ、胸の辺りから生えている触手を伸ばす。それらで、正面で浮いているわたしの短い両手を優しく握ってくれた。
『だってわたしって、トレーナーじゃなくてポケモンでしょ? 』
答えになってるのかは分からないけど、わたしは彼女にこう答える。その声に、わたしは溢れる期待と解放感を乗せ、快晴の春空に解き放った。すると、わたしの気のせいかもしれないけど、林の中を駆け抜ける温かな風が、楽し気に生い茂る木々を揺らしている…、そんな気がした。
『だよね! それにライトって、ラティアスの方がライトらしいって感じだし』
『これが本当のわたしなんだから、当然でしょ? “チカラ”も使えるし』
そもそも、人間に姿を変える事自体も、種族としての“チカラ”の一つだし。
彼女は言うまでもなく、納得って感じで声をあげる。それにわたしも心からの笑顔で、こう答えた。
元々わたしがポケモンっていう事もあって、テトラはもちろん、ティルにラグナ、ラフとわたしの間に、主従関係は存在しない。むしろわたし達の関係は、先輩や後輩…、いや、固い絆で結ばれた親友同士、って言ったほうが正しい。特にテトラとは、彼女自身が色違いという事もあって、また別の事で繋がっていた。
読者の皆さんなら、この事は言わなくても分かるよね? いわゆる、類は友を呼ぶ、っていう感じ、かな?
『それもそうだよね』
『でしょ? じゃあテトラ、そろそろ…』
そう言いながら、わたしは握っている手のうち、左のそれだけを放す。右側で彼女の左の触手握ったまま、向きを変える。百八十度方向転換すると、わたしはテトラを優しく引っ張りながら、前へと進み始める。それと同時に、『早く行こうよ! 』と、彼女を誘おうとした。でも、
「ん?! まっ、まさか、野生のニンフィア!? おまけに色違いなんて…、絶対に捕まえないと! 」
ヨシノの方から歩いてきた人間…、トレーナーと思われる彼の声によって遮られてしまった。その声には驚きだけでなく、進化の条件によってほとんど野生では見かける事の無いニンフィア、それも色違いを見つけた事による高揚感が、彼の声を占領していた。
「おまけに見た事ない可愛いポケモン…、捕まえるしかない! オーロット、ビビヨン、頼んだ!」
その彼は、フワフワと浮遊するわたしにも目を向け、こう言い放つ。言うや否や、腰にセットしているボールを二つ手にとり、放物線を描いて投擲する。すると二つのボールがほぼ同時に開き、赤い光が解き放たれると、種族の違う二種類のポケモンが姿を現した。
『確かに、あんたはカロスでは見かけない種族だな』
最初に口を開いたのは、高さが大体百五十センチぐらいでゴースト・草タイプの種族。オーロットの彼は、わたしを見るなり、もの珍しそうに声をあげた。
『まぁあたし達もこの地方では珍しい種族なんだから、彼女達とおんなじなんじゃなぁい? 』
彼に続く彼女は、いかにも貴婦人、っという印象を辺りに辺りに与えながら話す。わたしは密かに、その通りだよ、と思いながら、彼女の言葉を聞き流した。
『テトラ、戦う準備、出来てるよね』
『そんなの、とっくに出来てるよ。だってライト、最初からそのつもりだったんでしょ』
テトラ、図星だよ。
わたしの思ってる事を言い当てた彼女に、さすがテトラ、と感心しながら、わたしは再び彼女に視線を落とす。その彼女は、自信満々と言った様子で、身体の緊張を解していた。三年も一緒に旅してきたから、彼女の気持ちが、戦闘へと切り替わったのが、手に取るように伝わってきた。それにわたしも気持ちを奮い立たせ、一戦を交える彼女達を真っ直ぐ見据えた。
『もちろんだよ』
『さぁ、あたし達のトレーナーもこう言ってる事だしぃ、楽しませてもらおうじゃないの』
『そのセリフ、そのままあんた達に返すよ』
前を見つめ、相手の種族から相性を確認するわたしは、目線を変えずにテトラの言葉に頷く。このわたしの行動を待ってかなのかは知らないけど、他称高貴な彼女は、体勢を起こしたまま羽ばたき続ける。獲物を見定める狩人のように視線を巡らせ、こう言葉を漏らした。
それに答えたのは、ニンフィアのテトラ。売り言葉に買い言葉、っと言った感じで、彼女はそう言った相手を見上げる。静かに闘志を燃え上がらせながら、こう言い放った。
『タイプ相性で不利なお前等からそう言われるとはな。んだが、その長っ鼻、俺達がへし折ってやるよ』
『わたし達だって、相性だけが全てじゃないって事、証明してみせるよ』
彼女の味方の彼も、見下したような言い方でわたし達を挑発する。わたしの属性まで見抜かれたのには流石に驚いたけど、わたしはそれを表には出さず、平生を装う。そして、こう言う事で自分の気持ちを引き締め、驚きという感情をわたしの中から追い出した。
『その余裕がどこまで続くか、楽しみねぇ。虫のさざめき! 』
『怪しい光』
彼女のこのセリフがきっかけで、わたし自身にとっての最初のバトルの烽火が上がった。
真っ先に行動に移したのは彼女。彼女はエネルギーを羽に集め、振動させる。するとそこからは、テトラが苦手そうな、金属に爪を立てて引っ掻いたような甲高い音が発せられた。
そのすぐ後に動いたのが、オーロットの彼。彼はエネルギーを溜め始めているテトラと距離を詰めながら、技を発動させる。どこからか不気味な光を撃ちだし、彼女に向けて解き放った。
『どうせあんたらは、私達が野生だと思ってるんでしょ? フラッシュ』
『竜の波動』
もちろんわたし達も、黙って攻撃を受ける訳ではない。混乱状態にさせようとオーロットに狙われているテトラは、両方の触手に妖艶なエネルギーを蓄積させる。それを丸く形成し、右、左の順に発射した。
空中に浮遊するわたしは、テトラにも迫る音壁との距離を測りながら、口元に竜の属性を凝縮させる。ホバリングする彼女との距離を詰めながら、口元のソレをはき出し、正面を扇状に薙ぎ払った。
『おいおい、ゴーストタイプの俺にフラッシュが効くと思ってるのか?』
『うん、本気でそう思ってるよ。ムーンフォース連射! 』
自身に向けられた光の玉に、彼は正論を言い放つ。しかし彼女は、その彼の質問とは裏腹に、自信に満ちた表情でこう返した。立て続けにテトラは触手にエネルギーを集め、速射する。先に放たれた光の玉を追うように、薄ピンク色の一部がそれが続いた。
その間にも、彼の光とテトラの光がすれ違う。相性的に安心しているのか、彼はテトラの光弾をかわそうとはしなかった。彼女達の距離は、およそ六メートル。
『お前は、本当に分かってるのか? 俺にノーマル技は効かないと…』
『さぁ、それはどうかな? 』
声のトーンからして、彼は余裕といった様子。回避行動を取ろうとしない。それどころか、接近するテトラもろとも吹き飛ばそうと、技を発動する準備に入っていた。
一方の彼女は、一定の距離を置いていた均衡を破り、一気に駆け出す。タイミングを見計らったように、そう言いながら右の触手を振り上げた。
『どうやらお前は…ウッ…! なっ、何っ? 嘘だろ! 』
すると彼女の光は、突然弾ける。裂け目からは、思わず目を閉じてしまうほどの閃光が容赦なく漏れ出した。それをオーロットは直視してしまう。そのせいで、彼は戦闘中にもかかわらず、固く目を閉じてしまった。その光によって、怪しく光る彼のそれは、かき消されて消滅した。
『なるほどねぇ。竜の波動をぶつけて相殺する…。貴女、なかなかやるじゃなぁい! 』
『言っとくけど、褒めても何も出ないからね』
『追い風』
テトラがムーンフォースの準備をし始めた頃、空気を振動させる音壁と竜のブレスがぶつかり合う。それらは激しい衝撃音を発し、互いに消滅させた。
この光景に、彼女は感心、と言った様子でわたしを見据える。誰がどう見ても上から目線で、わたしの対応にパチパチと拍手をしていた。
余裕でいられるのも、今のうちだよ!
わたしは彼女にこう心の中で訴えながら、こう言い放つ。彼女の癪に障る発言は無視して、次なる行動に移るため、わたしは風を切った。
わたしの耳元を、ヒュウヒュウと甲高い音をあげ、空気が駆け抜けてゆく…。相手が発動させた技の効果もあって、疾走する風がわたしに抗ってきた。
『虫喰い』
わたしと彼女の距離は、直線距離で大体三メートル。彼女は風の力も借りて、急激に迫ってきた。同時に技のイメージを膨らませ、攻撃を仕掛ける。小さな口を目一杯開け、わたしに襲いかかってきた。
『当てさせはしないよ』
『嘘よね? あたしの攻撃が、外れた?』
もちろんわたしは、回避行動をとる。二メートルになった瞬間に、わたしは右向きに体を捻る…。きりもみ回転をする事で、わたしは彼女の接近をスレスレでかわす事に成功した。それだけでなく、わたしは身体を思いっきり逸らす。するとわたしは弧を描く様に進路を変え、宙返りをした。
『ただの、マグレね。シグナルビーム』
彼女は、わたしが九十度回ったタイミングで技を発動させる。真上を見上げ、七色に輝く光線を発射した。
このままだと、あの光線が当たる…。なら、それを打ち消せば、どうって事ない。
『ミストボール』
わたしはこう分析しながら、手元にエネルギーを蓄積させる。それに属性を帯びさせ、丸く形成した。更に四十五度回ってから光線を狙い、プラス五度回ってから撃ちだした。その数、二発。一発は地面と平行に進み、もう一個は光線の先端へと突き進んでいった。
『もう一発! 』
百五十度の地点で、わたしはもう一度同じ技を発動させる。しかし今度はさっきとは異なり、純白の弾を両手で創りだした。それは百七十度きた時点で三十センチまで膨れ上がっていた。ほぼ仰向けになったわたしは、左向きに首を捻り、無理やり進路をねじ曲げた。
その間にも、さっき撃ちだした純白二発と虹色がしのぎを削りあう。平行に進んでいたそれは、光線のちょうど真ん中にぶつかり、二つに分断する。すると心なしか、先端側のスピードが遅くなった気がした。その甲斐あって、二つ目の純白が先端に衝突すると、エネルギーの強さが釣り合い、互いに打ち消し合った。
そこをわたしが通過し、相手のビビヨンの真上を陣取る。翼を極力たたむことで空気抵抗を減らし、わたしは地面と垂直に急降下し始めた。
『よぅし、当たったわね! エレキ…ん?! 』
光線を放っていた相手は、目の前で起きた衝撃音に手ごたえを感じた様子。墜落してきたと思われるわたしに向けて、捕まったら痺れそうな糸を飛ばそうとしてきた。しかし彼女は、その技を失敗してしまった。何故なら、彼女の真下から、薄い桃色の球体が突然飛んできたから。テトラが放ったと思われるその弾丸は、本人が意図してかは分からないけど、もう一匹の敵を牽制するのに十分すぎる働きをしてくれた。
彼女はその事に咄嗟に気付き、慌てて羽を羽ばたかせる。前進する事で、何とかそれをかわした。
…って、わたしもかわさないと!
らせん状に降下するわたしはその事にいち早く気づき、身体を若干折り曲げる。曲線を描いてわたしは彼女を追いかけ、背中に狙いを定めた。
『悪いけど、これで決めさせてもらうよ! 冷凍ビーム』
相手の背中まで、およそ三メートル。わたしは相手との距離を詰めながら、次なる技のイメージを膨らませる。わたしのイメージを満たしたのは、凍てつくように冷たい氷。それを基に、持っているエネルギーを対応する属性に変換する。実体のない氷を口元に集め、竜の波動と同じ要領で凝縮させる。
『なっ…! しまっ…』
喉にありったけの力を込め、ブレスとして解き放った。それはムーンフォースの流れ弾をかわす事に意識が向いている、蝶の貴婦人めがけて一直線に飛んでゆく。不意を突かれた彼女は、声を荒げる。言い切る間もなく、弱点となるその光線がまともにヒットした。
『くっ…、油断…したわ…』
彼女はわたしの不意撃ち耐え切れず、墜落する。背中の両羽を広げる間もなく、地面に叩きつけられた。
よし、まずは一匹。次は、オーロットと戦ってるテトラを手伝わないと!
わたしは戦っていた相手が戦闘不能になったのを確認すると、旋回しながらテトラの姿を捜す。
『くっ…、前が見えない! 何故だ! なぜゴーストタイプの俺に、フラッシュが効くんだ』
『さぁ、なんでだろうね』
『あっ、いた』
ダブルバトルをしてるって事もあって、そんなに時間がかからなかった。見た感じでは、オーロットはそれなりにダメージを受けていたが、テトラはほぼ無傷。一瞬だけテトラが淡い光に包まれたような気がしたから、おそらく願い事を発動させていたのだろう。少しだけど、彼女の傷が癒えていた。
敵対している彼はというと、目が眩んでいるのか、辺りをキョロキョロと見渡している。あり得ない、と言った様子で、完全に取り乱していた。
するとテトラは、何かの技をイメージしながら走り始める。力を蓄えているようにも見えたから、彼女が多分、この勝負の決着をつけようとしていた。
あの様子なら、きっとテトラはあの技を使う…。ならわたしは、テトラの補助をしてあげないとね!
わたしはこう心に決め、彼女の後ろに就く。それと同時に、自分が唯一使える補助技のイメージを膨らませていった。
『特別に教えてあげるよ。それは、私の特性が“フェアリースキン”だからだよ! ギガインパクト! 』
『癒しの波動』
彼女は相手との距離を二メートルまで詰めると、勝ち誇ったようにこう言い放つ。すると彼女は、ため込んでいた力を爆発させ、先が見えない彼に思いっきり突っ込んだ。
その後を追うわたしはというと、手元に癒しの願いを込めて、光を蓄える。それを、タイミングを合わせて、解き放った。
『ギガイン…ゥグッ…! 嘘…だろ…』
『くっ…、ん…? もしかして、ライト? 』
『うん』
テトラの渾身の一撃は、余すことなく命中する。体格的に大きいオーロットはそのまま倒れる。結果的にテトラがのしかかる形となり、彼を押し倒した。その反動で、彼女も大ダメージを被る。しかし、すぐにわたしが放った癒しの光に包まれ、事なきを得た。突然の事に意味が分からなかったのか、彼女は一瞬だけ首を傾げる。でもすぐに分かったのか、後ろで勢いを逃がすわたしの方に振りかえってくれた。
その彼女に、わたしは大きく頷く。それだけで、語らずともその意味を伝える事が出来た。
とりあえず、勝ったね、テトラ!
Continue…