Trois 早口な少年
Sideコット
「すみません! オイラもとうろくおねがいします」
――はいっ? ――
「うわっ! ビックリした」
カナから受け取った資料を打ち込むために、パソコンを起動させようとしていたウツギさんは、突然響いた大声に驚いて紙を落としてしまった。ぼくとカナもその声にとびあがり、思わずその方に振りかえった。すると通路側の一辺、本棚の間を息を切らせながら駆けてきた一人の少年が目に入った。
その彼は、どちらかというと平均的な身長で、体格もいたって普通…。左腕には真新しい腕時計を装着し、その反対側には青いブレスレットを身につけていた。
「ええっと、きみ…」
「クチバシティから…はぁ…きたエレンと…はぁ…いいます。れんらくいれてないけど…はぁ…オイラもとうろくしてもらって…はぁ…いいですか」
エレンと名乗った彼は、立ったまま膝に手をつき、ゼェゼェ言いながら言の葉を紡いだ。突然の事に圧倒されたぼくたちは、あまりの事にかける言葉を失ってしまった。でも、気まずい雰囲気を何とかしないといけないと思ったらしいカナが、何とかその少年に声をかけた。
『ちょっと、落ち着いたらどう? 』
「構わないよ。初心者用のポケモンは無いけど、いいかい」
「そう…するよ…。オイラもうメンバーがいるから…はぁ…いいですよ」
――あれ? 今、ぼくの言葉に反応した――
肩で呼吸をする彼は、声をかけたぼくに視線を移して頷いた。その彼の反応にぼくは首を傾げる。彼の言葉に何とか平生を取り戻したウツギさんが続き、最重要とも言える事を訊ねた。聞きながらカナの資料を、パソコンがある机の上に置き、彼のために白紙の資料を取りに行った。エレンという彼はもう息が整ったのか、ついていた手を膝から放した。そしてその左側で、腰にセットしているボールを一つ手に取った。
――カントー地方から来てるみたいだけど、もう仲間が二匹もいるんだ。それに、クチバから来たにしては早すぎない? 凄く早口で聞き取りにくいし――
「ええっと、エレン君…だっけ? エレン君ってどんなポケモン連れてるの?」
「オイラはこのしゅぞくだよ。ニドおまたせ」
カナはエレン君の顔を見、その後すぐに手に持ってるボールに視線を移してから、彼の名前を確かめる。彼女の問いに彼は首を縦に振り、そのポケモンの名前を言いながらメンバーを出した。
――やっぱり、聞き取りにくいよ――
『案外早く着いたんだねー』
『ええっと、君の種族ってニドラン♂ だよね?』
『うん、そうだよー』
彼が投げたボールからは、ジョウト地方ではあまり見かけない種族のニドラン♂ が飛び出した。その彼はパートナーとは正反対で、のんびりした様子でゆっくりと言った。その彼…、ニド君にぼくは種族名を聞き、あってた事に安堵した。一方のニド君は、ぼくの問いに口角を上げ、快く答えてくれた。
『ボクはニドラン♂ のニド、よろしくねー』
『うん! イーブイのコット、ぼくの方こそよろしくね』
そして、ぼくたちは互いに右前足を取り合い、握手を交わした。
――ニド君、これからよろしくね――
「エレン君、君の分も登録しておいたよ」
「ありがとうございます」
ぼくたちが話している間に打ち込んでいたのか、ウツギさんがパソコンから離れて話し込むぼくたちの方へ歩み寄ってきた。その彼の手には、印刷したものらしい小さな紙切れが二枚握られていた。カナたちもそれに気づいて話を中断し、ウツギさんに向き直った。
「エレン君、トレーナーになるならクチバでも良かったと思うんだけど、何でわざわざワカバまで来たの」
――カナ、ぼくもそう思ったよ。クチバの方が都会なのに、なんでこんな田舎町に来たんだろうね――
多分さっきまで自己紹介をしていたカナは問題の彼、エレン君に率直な疑問をぶつけた。
「うーんとちょっとね」
その彼は腕を組み、何故か笑って受け流した。
――聞かれたくなかったのかな――
『実はボク達、家出してきたんだよー。エレンのお父さんとお母さんが過保護すぎてね…。一回抜け出したんだけど、連れ戻されちゃってね。それでジョウトまで来たんだよー』
『あっ、そうなんだ』
言葉を濁したエレン君に対して、ニド君は『いい大人なのに子離れ出来てないんだよー』って呟きながら話してくれた。その声にははめ息が混ざり、彼らが必死の思いで抜け出してきたことを暗に伝える事になった。
『色々大変だったんだね』
「まっ、いっか。聞かなくても減るものじゃないし」
――ニド君が言ってくれたけど、言いたくないなら無理して話さなくてもいいもんね――
彼の心情を悟ったのか、カナは砕けた笑いで聞き入れた。
「お二人さん、トレーナーカードは明日には出来るらしいから、キキョウシティで受け取ってくれるかな」
話が終わったタイミングを見計らって、ウツギさんはその二人に割って入り、手に持っていた紙切れを一枚ずつ手渡した。それを受け取ったカナは、一度表裏両面をチラッと見た。
「はい! これをセンターの受付で渡せばいいんですね」
――だって、卒業する前にそう教えてもらったもんね? それにカナの同級生たちは今頃そこで登録をしてもらってるはずだから――
そして彼女はそのB5サイズぐらいの紙きれを、博士から一緒に手渡されたクリアファイルに入れ、原作でいう所の大切なもの入れにそれをしまった。同じく研究所のロゴが入ったそれを渡されたエレン君も、自身のエナメルバッグに片付けた。
『二ド君、キキョウまで結構遠いけど道とか分かる』
『うん。一回だけスクールの研修で行ったことあるから、大丈夫だよー』
――そっか。なら問題なさそうだね――
パートナーが大切な書類をしまっている間に、ぼくは遥々隣の地方までやってきた新しい友達に訊ねる。でもぼくの疑問は杞憂に終わり、彼は首を縦に大きく振りながら肯定した。
「…ット、コット! わたし達もいくよ」
『えっ、うん』
――もっ、もう話し終わったの――
仲良くなった二ド君と話していたぼくは、パートナーの呼びかけに反応する事が出来ず、思わず頓狂な声をあげてしまった。それと同時に、ぼくは驚きと共に彼女の方に振りかえった。
『ボク達も行くのー』
取り乱しているぼくとは対照的に、マイペースなニド君は相変わらずののんびりとした口調で言い、テーブルから跳び下りる。そして我先にと二、三歩歩き始めたエレン君を呼び止めた。
「うん。でもそのまえに…」
――ん? 今、ニド君の声に――
「せっかくだからバトルとかしてかない?」
『ばっ……バトル? 』
『バトルって、誰とー』
「そうだね! だってトレーナーになったら、まずはバトルをしないとね」
――こた…はいっ――
呼び止められたエレン君はすぐに立ち止まり、振り返りながらこう言った。その彼は一度ぼく達をチラッと見、すぐに正面のカナに視線を移した。一方のぼくは、突然の提案に声を荒げる事になり、それが広い研究所に何度も反響した。それは鳴き声でしか聞こえなくても、十分に驚きという感情を伝える事となった。そしてぼく達の反応を無理やり打ち消すように、カナの嬉しそうな応えが響き渡った。
――でっ、でもカナ! ぼく、バトルした事ないんだけど? 技も練習してないから体当たりと鳴き声、それから尻尾をふるしか使えないんだけど――
「それなら僕が審判を引き受けるよ」
「じゃあ、お願いします! 」
ウツギさんは、「バトルなら外で頼むよ」って呟いてからこう言った。その彼に、顔なじみのカナは、弾けんばかりの笑顔で言い放った。言うや否や、二人は先に駆けていったエレン君を追うように本棚の林を突き進んでいった。
『……』
『コット君、気にしないでー。エレンはいつもこうだから』
『はぁ…』
突然の提案に、ぼくは驚きから立ち直れず、言葉を失ってしまった。そんなぼくに対して、ニド君は苦笑いと共に僕を見る。それからすぐに正面を向き、新人トレーナー達を追いかけていった。
――急すぎて心の準備が出来てないんだけど――
数秒遅れてぼくは我に返り、慌てて一行の背中を目指して四肢に力を込めた。
――でも、これからたくさん戦う事になるから、練習にちょうどいいのかな――
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