Neuf 吹き乱れる風
Sideコット
『言っとくけど、簡単にやられるオイラじゃないからな』
『ぼくだって、負ける訳にはいかないから、全力でいくよ』
――まだ旅立ってからあまり経ってないけど、あれからぼくは調子がいいんだ! さっき会ったシャワーズのニトルさんから、コツとかを教わったんだから、負ける気がしないよ――
互いに敵対しあうぼく達は、それぞれを牽制し合うように睨み合う。西側の街道から少し逸れた林道は、まるで何かが起こる事を示すかのように静まり返っている。聞こえるのは、どこからか吹いてくる、ヒュウ、と軽やかに駆ける風の音。それによって弄ばれている、木の新芽のカサカサという囁き。それから、耳元で和太鼓を打ち鳴らしているんじゃないか、と錯覚してしまうほど大きな、脈打つぼくの鼓動。そのせいか、この場の空気が異様に張りつめているような気がした。
この緊張を破ったのは、相手のポッポ。彼は種族特有の鋭い目つきで、ぼくを睨む。嘴を開いたかと思うと、宣戦布告とも言える言葉を、春風に乗せてきた。
彼に対し、ぼくも精一杯抗う。睨まれたぼくは、相手を正面に捉え、強い視線を送り返す。彼への警戒を最大まで高めながら、こう言い返す。それからぼくは、前脚を少し屈め、そこに力を蓄え始めた。
『望むところだ』
彼も両方の翼を広げ、こう言い放つ。このかけ声がきっかけで、昼前のバトルが幕を開けた。
――絶対に、まけないからね――
彼が行動を始めるのより先に、ぼくは屈めていた前脚で地面を押し込み、前に跳び出す。後から続く後ろ脚でも大地を蹴って、ぼくは一気に駆け出した。
まばたきをするかしないかぐらいの短い一瞬を置いて、彼も行動を開始する。広げていた両方の翼を、一気に振り下ろす。すると、彼のからだはほんの数センチ浮き上がる。間髪を入れずにまた羽ばたくと、風を切ってぼくの方に迫ってきた。
「コット、まずは体当たり」
相手との距離は、だいたい五メートル。ぼくはこのタイミングで、カナからの指示を受けとった。耳元で風がヒュウヒュウ音を立てていたから聞き取りにくかったけど、それを元に、イメージを膨らませ始める。
『悪いけど、先攻はもらうよ! 体当たり』
三メートル。ぼくはこのイメージ通りに、体中に力を溜める。それと同時に、相手との距離を測りながら、タイミングを伺った。
――この距離なら、あと四歩ぐらいでぶつかる、かな――
『ならオイラも、体当たり』
二メートル。スピードに乗った敵は、翼を目一杯広げながら、こう言う。そうする事で、彼は地面から二十センチぐらいの所を、風を切りながら滑空する。また、彼もぼくと同じ技を発動させ、勢いよく迫ってきた。
――きみも、正面から攻めるつもりみたいだね。でも、そうはいかないよ――
ゼロメートル。
『痛っ! 』
『くぅっ』
狙いを定めたぼく達は、頭と頭でぶつかり合う。結果、互いにダメージを与えあう事になった。まずぼくは、ぶつかる寸前に少しだけ下を向く。そうする事で、ぶつかる場所の面積を増やす事に成功した。しかしぼくは、そこそこスピードがあったけど、左斜め前に軌道を逸らされてしまった。もちろん相手も、真っ直ぐ進みきっていなかった。ぼくから見て、彼は右側へと弾かれていた。
『オイラのパワーと互角なんて、なかなかやるね』
『きみの方こそ』
進む向きを変えられても、ぼくはそのまま走り続ける。左に逸れたから、ぼくは反時計回りで相手の正面にまわり込む。百度ぐらい走った地点で、ぼくは次にもらえる指示を予想する。右の前脚で土の状態を確認しながら、ぼくは弧を描いて突き進んだ。
――だって、ぼくの特性は適応力。それに走るのも得意だから、勢いも乗せられる――
一方弾かれた相手は、向きが変わってから、二、三度両方の翼を羽ばたかせて、体勢を立て直す。たぶん、右の翼だけ早く動かして、左回りに旋回し始めていた。
――きっと、正面を向いた時に、また攻撃してくるね――
ぼくはこんな風に予想しながら、パートナーの声を聴き取る為に、耳に意識を向ける。その間にも、ぼくの視界は、敵の姿をハッキリととらえていた。
「砂かけで目を晦ませて」
『うん』
――相手のステータスを下げるのは、バトルの鉄則だもんね! 今日知ったばかりだけど――
直線距離にして四メートル。遂にぼく達は、再び相手を正面に捉えた。その瞬間、カナはぼくに次なる技の指示を飛ばした。
それを逃さず聴き取ったぼくは、頷きながら相手との間合いを確認する。五、六歩走ってから、足元の土を、短い右前脚の指で握りしめた。
『これでどう』
二メートル。ぼくは前の方が離れた瞬間、その前脚を振り上げる。指の力を抜くと、ぼくから斜め前に向けて、細かい砂がばらまかれた。それは結果的に、正面から迫るポッポの前に壁とした立ちはだかる事になった。
『なっ! 』
このままだとまたぶつかっちゃうから、ぼくは左前脚に力を入れ、思いっきり踏み込む。真っ直ぐ伸ばして、ぼくはすぐに右へと飛び退いた。
突然の事に、相手は狼狽えて…
『んだが、甘い! 』
『えっ』
『つつく』
「コット! 」
『うわっ…! くっ…、何で…? 』
いた。でも彼は、ぼくの予想とは全然違う行動をしていた。
まず、彼は一瞬ビックリしていたけど、構わずそこに突っ込む。砂に触れたタイミングで、彼は体勢を左に傾ける。すると進む向きも左になり、油断するぼくを追いかけてきた。
隙を突いた彼は、ぼくのガラ空きの背中に狙いを定める。慌ててぼくは振りかえって対抗しようとしたけど、それは叶わなかった。彼は嘴でぼくの背中を突き、かなりのダメージを与えてきた。
――くっ…、痛い…。前も、ちょっと霞んできた…。このままだと、負けるかも、しれない――
『何で…、ちゃんと当たったはずなのに…、何で、効いてないの』
大ダメージを被ったぼくは、痛みより前に、身体が疑問に支配されてしまう。前が霞んできたせいかもしれないけど、周りの状況が見えにくくなってきていた。
『何故なら、オイラの特性は、鋭い眼、だからね。だから、オイラには命中率を下げる技は、効かないってワケだよ』
『するどい…、め…? そっか、だから…』
――だから、効かなかったんだね。それに、そんなに簡単に、自分の特性、言っちゃっても、いいの――
何を思ったのかは知らないけど、彼はぼくの言葉に口を開く。ペラペラと自分の事を明かし、勝ち誇ったように声をあげていた。
『だから、だよ。…さぁ、そろそろ決着をつけようか! 』
いつの間にまわり込んだのか、彼はまたぼくの真上を取る。勝利宣言ともいえるこの言の葉を、自分が進む先に解き放っていた。
――くっ…、負けた――
一方、ぼくはと言うと、何とか立ち上がろうとするも、すぐに崩れ落ちてしまう。彼の『決着をつける』という言葉を聴き取った瞬間、ぼくの頭の中を、ある二文字が過ってしまった。
“敗北” ぼくはこう悟り、突っ伏したままの体勢で、ぼくは固く目を閉じた。
『トドメの体当たり』
たぶん、相手とぼくの距離は、八メートル。彼は獲物を狙うオニドリルみたいに、ぼくめがけて急降下してきた。
『カナ、ごめん。勝てなか…』
「コット! 諦めないで! 練習したスピードスターで迎え撃って! 」 『スピード…、スター…? あっ、そっか』
完全に沈み込んでいたぼくの暗闇に、一筋の光が差し込んだ。差し込んだその光…、カナの声が、ぼくの中で光り輝く。この激励が闇を払い、沈んだぼくの心を励ましてくれる…。輝いた後の光は、今度は電気にも似た衝撃にカタチを変える。それがぼくの中を駆け抜け、打開策ともいえる閃きをもたらしてくれた。
――カナ、ありがとう! きみのお蔭で、何とか立ち直れた気がするよ――
いつの間にか、敵はぼくの三メートル上まで迫っていた。パートナーのお蔭で再起動したぼくは、我に返る。力を振り絞って立ち上がり、前脚で思いっきり地面を蹴る。
『なっ、何ッ? 嘘だ…ぐッ…! かっ…、かわされ…、た』
その甲斐あって、ぼくは辛うじて相手の会心の一撃をかわす事ができた。
ターゲットを見失った相手は、突然の事に対応しきれず、地面に突っ込む。痛そうに顔を歪め、声を絞り出す。
――本当に、痛そうだね――
かわしたぼくはと言うと、跳びだしたから、前脚、後ろ脚が地面から離れている。この間に、尻尾を力任せに右から左に振るう。するとぼくの向きは、反時計回りに回転…、相手と向き直っていた。向き直ってすぐに、前脚が地面に着く。そこを屈め、後ろ脚もおんなじ風にすることで、着地の衝撃を地面に分散させた。
――ニトルさん、こうして向きを変えてたんだね――
『形勢逆転、だね』
何とか技をかわしても、ぼくが圧されてることには変わりない。ふらつきながらぼくは相手を見据え、こう言い放つ。
見た感じだと、彼は結構のダメージを受けたらしい。さっきの僕の状態を見せられているかのように、力を振り絞って立ち上がろうとしていた。
そこでぼくは、さっきまで使っていたものとは、また別の技のイメージを膨らませ始める。三秒ぐらいかけて、そのイメージで身体全体を満たしていく。
――これなら、いけそう――
掠れる視界の中で、ぼくはこう確信した。
ぼくはそのイメージを基に、エネルギーを口元に集める。すると多分、無属性のエネルギーが目で見えるようになってきた。
『スピードスター』
ある程度集めてから、ぼくは喉に力を込める。ハッと息を吐き出すように放出し、エネルギー塊を解き放った。するとそれは、ぼくの口から数センチ離れた所で止まる。急に細かく分裂したかと思うと、かたちを変えながら飛んでいった。
動き始めてから数十センチ、それは黄色い星型に形を変える。ヒュッと音をあげながら、ぼくの正面、狼狽えているポッポめがけて飛んでいった。
――もし避けられても、スピードスターは必中の技。おまけにノーマルタイプだから、ぼくの適応力も発動する。だから、いけたね、きっと――
『うわっ…! まっ、まだ、そんな…、技を…、くっ…! やられ、た』
ぼくが撃ちだした数個の流れ星は、余すことなく相手に命中した。
――よし、ここまで体力を削ったら…、いける――
『カナ! 今がチャンスだよ』
「あっ、うん」
ぼくは倒れないように踏ん張りながら、後ろに振りかえる。意味を分かってもらえるかは分からないけど、大声をあげて彼女に合図を送った。この意味に気付いてくれたかどうかは分からないけど、カナは縦に首を振ってくれた。後に、持っている自分のバッグの中を漁り、目的のモノを取り出す。そして、
「お願い、モンスターボール! 」
手に握った赤と白の球体…、ぼくが大嫌いなモンスターボールを、力尽きる寸前のポッポめがけて投擲した。
コツン
それは見事に命中し、辺りに軽い音を響かせる。二つに分かれ、開いたかと思うと、そこから赤い光が放たれる。気絶寸前のポッポを包み込むと、一瞬のうちにボールの中に吸い込まれていった。
ここで、バトルの前とは別の緊張感が、辺りを支配する。好敵手が治まったそれが地面に落ちると、勢い余って、二、三回ぐらい弾む。バウンドが治まると、今度は真横に揺れ始める。
――ぼくには経験が無いけど、きっとボールの中で、必死に抵抗してるのかもしれないね――
ぼくはこんな風に考えながら、結果を見守る事にした。
その結果は…、
Continue…