Vingt et neuf バトルの結果
Sideイグリー
「ニドいっきにいくよ。にどげり」
『正直言って結構削られちゃったから…、そうさせてもらうよぉー。…二度蹴り』
「コット、体当た…」
『電光石火! 』
三人で戦うバトルも終盤、おれが見る限りでは、コットのほうが優勢と言った感じ。それに対して相手は、結構ふらついていて限界が近そう…。だから相手のトレーナーは、一息でこう言い放って、自分のメンバーに指示を出す。その彼は何とか駆け出し、コットめがけて駆けだした。それに対して。カナは咄嗟にこう声をあげ、決め手になるかもしれない技の指示を出す。出してはいたけど、コットはそれを聴かずに自分の判断で技を発動させる。これはコットに訊かないと分からないけど、きっとコットは相手との距離がほとんど無いから、技の出だしが早いこの技を選んだんだと思う。前足と後ろ足、両方に力を入れ、走り始めた。
その間にも相手のニドランは距離を詰め、少しだけ斜め上に跳ぶ。たぶん足に力を溜めコットに蹴りかかる。一方のコットは、その正面から突っ込み、相手を狙う。跳びあがった相手の下から攻撃を仕掛けるつもりらしく、彼は走りながらその方を見上げる。後ろ足で思いっきり地面を蹴り、彼も同じく斜めに跳びあがる。結果はどうなるか分からないけど、相性だけだとコットの方が不利。だけど残りの体力から考えると、もしかすると圧しきれるかもしれない…、こう思いながら、おれはふたりのバトルの結果を見守る事にした。
『くぅっ…』
『うぅっ…』
『コット! 』
「ニド! 」
結果は、相討ち…。下から跳びかかったコットはそのまま地面に蹴り飛ばされ、足に頭突きを食らった相手はコットと真逆の方向に弾かれる。弧を描いて飛ばされた彼は腹から地面に叩き付けられ、痛みで小さく声をあげていた。
この光景におれは思わず、声を荒らげてしまう。途中で弾かれていたから一発しか当たってないけど、格闘タイプだから、耐えれたかな…。一発だったけど大ダメージを食らったみたいだったから、おれはこう思いながら彼の方に駆けよりたくなった。だけど、まだ決着はついていない。だからおれなこの想いを無理やり奥の方に押し込み、固唾を呑んで見守る事しか出来ない。コットならきっと大丈夫、そう信じ、結果を待つことにした。
『コット君…、急に強くなってて…、びっくりしたよ…』
『ニド君も…、流石…、だね』
だけど耐え切る事が出来ず、コットは崩れ落ちてしまう。相手の方は身体を動かすことさえ出来ず、声を絞り出すだけで精一杯、といったところ…。これだけを呟くと、彼は意識を手放してしまう。それはコットも同じで、辛うじてこう返事しただけで、気を失ってしまっていた。
「これってもしかして…」
「引き分け…? 」
「だと…、思うよ。だってわたしもエレン君もジムバッチは一つだし、同じ日に旅立った…。コットとニドランも相性は普通だからね」
ほぼ同時に倒れてたから、そう、なのかな? 何か詳しいルールがあるみたいだけど、おれにはよく分からないし…。しばらくシーンとしてから、ユリンのトレーナーがこう呟く。相変わらず早口だけど、それでも彼の話し方だと、恐る恐る呟いていた。続いてカナの同級生だっていう彼女が、自信なさそうにこういう。最後にカナが、半信半疑、っていう感じで小さく頷く。それから彼女は彼の方に目を向け、何かを確かめるようにこう呟く。ルールの事を言ってるんだと思うけど、やっぱりおれには、どういう訳があるのかさっぱり分からなかった。だけど、相性のことだけは何とか分かった気がした。だってコットはノーマルタイプで、ニドラン♂は多分毒タイプ。何かモヤモヤするけど、そうなんじゃないかな、とおれは思った。
『何かスッキリしないけど、知ってるカナが言うんなら、そうなんだろうね』
「うんそうだね。…あっそうだ。カナちゃんときみもよかったらこれつかって」
あれ、今、おれの声に答えた…? 気のせい、だよね。おれがこう言うと、ユリンのトレーナーの彼はおれをチラッと見る。小さい動きだったから気のせいかもしれないけど、見上げるおれからはそう見えた。かと思うと、彼は何かを思い出したようにこう言い、鞄の中を漁り始める。おれの場所からは見えなかったけど、彼は取り出したそれをカナ…、それからワニノコのトレーナーの彼女にも手渡していた。
「えっ、いいの? 」
「でもこれって…、元気の欠片だよね? 千五百円もするのに、使っちゃってもいいの? 」
「うん。かえるきはないけどいえにたくさんあるから。ほうんとうはふっかつそうのほうがやすいからつかいやすいんだけどにがすぎるからあまりすきじゃないんだよね。でもこれならつかいやすいから」
『えっ、今何て…』
「本当に? ありがとう! 」
コットも言ってたけど、本当に何て言ってるのか分からないよ。なのにカナ、よく聞き取れたよね。一息で言い切る彼も凄いけど、ちゃんと聴けているカナも凄いよ。何て言っていたのかおれには分からなかったけど、カナには分かったらしい。彼女は彼からそれを受けとると、確かめるようにこう訊ねる。千五百円がどのくらいの値段かは分からないけど、カナの様子からすると、それなりに高いのかもしれない。だけど彼は、首を横にふる。だからきっと、彼は気にしないで、そう言ったのかもしれない。そうだったらしく、カナは嬉しそうに彼からそれを受けとっていた。
「ええっと確か…、小さく砕いて水で流し込めばいいんだよね? 」
「うん」
「おいしい水とかサイコソーダで流し込めばいいんじゃないかな」
「だってそう習ったもんね」
もう一人の彼女は、そうだよね、ってカナに確かめるように訊いていた。それにカナはほぼ即答みたいな感じで、大きく頷く。立て続けにこう訊ね、今度は確かめる事なく自分の鞄の中を漁っていた。コットに訊かないとカナがどのくらい勉強ができたのか分からないけど、その彼女はカナの事を頼っているらしい。それにカナはうん、って大きく頷き、彼女も同じようにそれを取り出していた。
ユリンのトレーナは何をしていたのかわかないけど、その後のカナ達は彼から貰ったそれを使っていた。黄色っぽいそれは案外簡単に崩れ、彼女達の手の中で小さくなる。空いている左手でコットを抱え、カナは持っていたボトルの水で黄色っぽい粉を流し込んでいた。
『…うぅっ』
『コット、気がついた? 大丈夫? 』
『何か口の中が変な感じがするけど…、何とか…』
すると黄色いそれが効いたらしく、気を失っていたコットが急に咳き込みだす。だけどそれがきっかけで、彼は何とか意識を取り戻した。センターの機械もそうだけど、人間の道具って凄いなぁ…、おれは率直にそう思った。だけどそんな思いをすぐに頭の端の方に追いやり、すぐにコットに声をかける。何とか聞き取ってくれたらしく、彼は力ない笑顔を見せてくれた。
『イグリー、バトルの結果、どうなった? 』
『電光石火と二度蹴りの相討ちで、引き分けだったよ』
『そっか…。でもぼくが追い込んだ訳じゃないから、負けたようなものかな』
でもコット、引き分けには変わりなんだから、そう思ってもいいんじゃないかな。相当変な味だったらしく、コットはチーゴの実を噛んだ時の様な顔をしていた。その状態で彼は、さっきのバトルの結果を訊いてくる。だからおれは、決め手になったそれを簡単に伝える。弱点の格闘タイプの技を食らっても、引き分けで耐えれたんだから、おれは十分誇ってもいいと思う。だけどコットは、まだまだだよ、って首を縦には振らなかった。こういうのを何て言うのかは分からないけど、コットって結構自分に厳しんだね、と率直に感じた。
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