Vingt et huit 三つ巴のバトル
Sideコット
「あっ、そうだ。折角三人いるんだから、トライバトル、してみない? 」
何でかは分からないけど、カナはエレン君が言った事をちゃんと聴き取れたらしい。あぁ、だからね、っていう感じで、こう呟いていた。かと思うと、彼女は何かを思いついたらしく、ポンと手を叩く。スクールの時からの仲のミヅキちゃん、それから昨日仲良くなったエレン君に、こう提案していた。
「いいね! トライバトルってマルチバトルと似たような感じだし」
『どっちも相手がふたりいるって事は、同じだしね』
厳密にいうとちょっと違うけど、ほとんどかわらないもんね。カナの提案に、同級生のミヅキちゃんは乗り気らしい。パァッ、と明るい声でこう言い放ち、快く賛同する。この明るさ、さっき分かれたフィフさ以上かもしれないなぁ…、そう思いながら、ぼくもこう呟く。二人には伝わらない、って分かってはいるけど、それでも自然と漏れ出ていた。
『トライバトル? コット、何なの、その…、トライバトル、っていうのは』
『あっ、そっか。イグリーは元々野生だから、トライバトルは知らないんだよね』
『うん。バトルのルール、っていうのは何となく分かったけど…』
ぼくもスクールについて行くようになってから聴いたぐらいだし、イグリーが知らないのも無理ないかな。ミヅキちゃんの言った事に納得していると、ぼくの横で、イグリーが不思議そうに首を傾げていた。本当に初めて聞いたらしく、彼はぼくにそのハテナを投げかけてくる。それをぼくは咥えるようにキャッチし、すぐに投げ返す。すると彼は、自分の翼で打ち返してきた。
『うん。何となく気付いたかもしれないけど、トライバトルもバトル形式の一つ。ジムでイグリーが戦ったみたいに、何人かで同時に戦うバトルなんだよ』
『そこはさすがに分かったよ』
『でもマルチバトルと違うのが、トライバトルは三人でしか出来ないってこと。トライはどこかの地方の方言で三つの…、ていう意味みたいなんだけど、その意味通り、一対一対一で戦うんだよ』
他にも細かいルールがあるけど、大雑把に言うと、こんな感じかな? 彼が打ち返した言葉の打球を、ぼくは見失わない様に注意しながら追いかける。幸い駆けたぼくの真上に飛んできて、そのまま急降下してくる。そこでぼくは落とさずにキャッチ…、すぐに近くの塁に送球した。
『っていうことは、マルチバトルで、味方がやられて自分だけになった、って考えればいいのかな』
『うーん、ちょっと違う気もするけど…、大体はあってるかな。味方がいない、ってことは間違いじゃないし』
結果、送球した塁はアウト。立て続けに送球した先はセーフ。ダブルプレーにはならなかったけど、ぼくの解説でイグリーは何となく分かってくれた。確かに違う部分もあったけど、大切なところはあってるから、それでいいよね? ぼくはそう思う事にして、無理やり自分を納得させる。完全に分かったもらうまで説明しようかとも思ったけど、ぼく達とは別の事を話しているカナ達の方の話題が切れそう…。だから、スッキリしない部分もあったけど、ぼくはこんな風に締めくくった。
「…じゃあさっそくはじめよっか」
「そうだね」
「うん」
どうやら本当に、話のキリがついたみたい。相変わらず早口なエレン君が、二人にこう呼びかける。それにカナ達も大きく頷き、もちろん! って続ける。それからミヅキちゃんとエレン君は、一度は戻していたボールを再び手に取る。
「コット、いってくれる? 」
『うん! もちろんだよ』
「ニドたのんだよ」
「ワニノコ、絶対に勝つよ! 」
ジム戦ではイグリーだったから、何となくそんな気がしてたよ。エレン君の開戦宣言の直後、カナはすぐにぼくの方に視線を落とす。見下ろすのとほぼ同時にこう問いかけ、その返事を待つ。声では意味は伝わらないけど、ぼくはこう言いながらぴょん、と前に出る。カナの方にチラッと振り返り、ぼくは合図を送る様に小さく頷いた。その間にも、二人は自分のメンバーを出場させていた。エレン君はニド君みたいだから説明を省くとして…、ミヅキちゃんも、たぶん、パートナーを出場させる。それぞれが投げたボールが開くと、ほぼ同じタイミングで、その中から白い光が放たれる。それが雲散すると、ぼくの思っていた通りのじんぶつがそこにいた。
『おっけぇー』
『当たり前だろ! これからジム戦なんだ、こんな所で負けてられねぇーよ』
『ニド君、昨日は負けたけど、今日は負けないからね! 』
だって昨日、あんなに戦ったし、ラフさん達に戦い方のコツとかを教えてもらった…。それにぼくは、あんなに強かったフィフさんの従兄弟…。フィフさんと同じモノが流れてるんだから、ぼくだって…! ぼくがこんな風にこれまでの事を思い出していると、ボールから出場していたニド君達はこう言っている。エレン君とは真逆のニド君は、相変わらずこんな感じ。のほほーん、とした感じで、こう呟いていた。そんなニド君に対して、ワニノコの彼はこんな感じ。自信満々、っていう感じで、こう言い放っていた。
一方のぼくは、対戦相手がニド君だってわかると、すぐにこう話しかける。良い友達、良きライバルの彼に、こう言い放つ、散々だった、昨日のリベンジを果たすために…。自分にもこう言い聞かせ、身構えながら奮い立たせた。
『ぼくだって、負けないからねぇー』
「ワニノコ、まずはイーブイに噛みつく」
『知りあいだか何だか知らねぇーけど、先手はいただくぜ! 』
『うわっ、いきなり? 』
まっ、待って! まだ話してる最中なのに! ぼく達の事なんてお構いなしに、もう一匹の相手が仕掛けてきた。走ってくる方向からして、たぶん狙いはぼく。きっとミヅキちやんは、スクール時代から知っているぼくを先に倒すつもりらしい。だけどぼくは、ニド君と話していたから、少し反応が遅れてしまった。
「ミヅキちゃん、やっぱりそう来ると思ったよ」
「ならオイラたちもコットくんにどくばり」
「砂かけで目を晦まして」
『牽制はバトルの定石だもんねぇー。毒針ぃー』
『そのつもりなら、ぼくだって…』
ニド君も、早めにぼくを倒すつもりみたいだね。最初に指示を受けたワニノコが技を発動させ、ぼくに向かって走ってくる間に、四メートルぐらい離れた所で、ニド君もエネルギーを蓄えていた。彼は口元にエネルギーを溜め、それを毒の属性に変換する。それを小さく分割して、目の前に撃ちだしてきた。
もちろんこのままだとやられるから、ぼくもすぐに行動を始める。前足と後ろ足、両方に力を入れ、一気に駆け出す。同時に、前足の指、指の間で、こっそり砂を握る。
『もらったぁーッ。かみ…』
『そうはさせないよ』
『うわっ、目に砂…、くっ…』
ワニノコとの感覚が一メートルまで迫ったタイミングで、ぼくは一瞬だけ、握っている前足で踏ん張る。すぐに力を解放し、右斜め後ろに向けて地面を押し込む。そうすることで左斜め前に跳び、急に進路を変える。更にその瞬間、握っていた指の力も緩める。すると、ぼくに噛みかかるために体勢を低くしていた、ワニノコの顔に立ちはだかる様に、砂が散りばめられる。結果的にぼくの目晦ましは成功し、相手は咄嗟に目を閉じる。更にそこへ、ニド君の棘が襲いかかる。全部は当たらなかったけど、半分ぐらいは、視界を奪われたワニノコに命中していた。
「つづけてみだれづき」
「電光石火で迎え撃って! 」
『ぼくのこと、忘れてな…』
『忘れる訳ないでしょ! 電光石火! 』
着地したぼくは、すぐにもうひとりの相手の行方を探る。すぐに見つけることができたけど、その時には二メートル手前まで迫られていた。彼は既に技を発動させていたらしく、額の角をぼくに向けて突っ込んでくる。だからぼくは、咄嗟に電光石火で跳び下がる。その甲斐あって、スレスレで彼の攻撃をかわす…。
『ならもう一発』
『うわっ』
『三発目ーっ』
かわすことはできた。だけど彼は、攻撃の手を止めない。正確には角だけど、ターン、と地面を蹴り、跳び下がったばかりのぼくを突いてくる。慌ててぼくは、更に跳び下がる。まだ技の効果が続いていたから、この一撃、それから連続で仕掛けてきた三発目もかわす事が出来た。
『その隙、もらったぁーっ、水鉄砲』
『うわっ…』
『しまった! くっ』
ニド君の技を回避したのも束の間、完全に彼に意識が向いていたぼくは、その水流をかわす事が出来なかった。ぼく達が戦っている傍にいた彼は、ここぞとばかりに水のブレスを放ってくる。それが攻防を続けていたぼく、ニド君の間を駆け抜け、両者を弾き飛ばした。
「一気に攻めるよ! ニドランに噛みつく」
「きあいだめでいしきをしゅうちゅうさせて」
くっ…、ニド君に集中しすぎちゃったかな…。走っていた方とは反対にとばされたぼくは、ちょっとふらついたけど何とか着地する。ずぶ濡れで毛がはりついて気持ち悪いけど、今はまだ戦闘中…。そんな考えを頭の端っこの方に追いやって、追撃に備えて身構えた。だけど、その予想はいい意味で外れてしまう。ワニノコはぼくの方じゃなくて、ニド君の方に駆けていった。
「コット、大丈夫? 」
『うん。ちょっと冷たかったけど、これくらい平気だよ』
「その様子だと、大丈夫そうだね。ならコット、今のうちに教えてもらったアレ、試してみて! 」
『えっ、でもあれはまだ口で教えてもらっただけだから…』
「コット、今がチャンスだから」
たっ、たしかに、そうだけど…。ニド君達の意識がぼくから逸れている間に、カナはこう指示を出す。だけどそれは、正直言って成功しない、ぼくはそう思った。その技を一回だけ見た事はあるけど、あの時は一瞬の事で、ちゃんと見たとは言えない。その本人からやり方は教えてもらったけど、そういう訳でぼくは大きく首を横にふった。だけどカナは、構わずにこう続ける。反対するぼくに、正論で迎え撃ってきた。
『はぁ…、やるだけ無駄だと思うけど…』
ついさっき聴いたばかりなのに、もう忘れてるよ…。折角のチャンスだから、やるだけやってみるけど。バトルの最中だけど、ぼくは思わずため息をついてしまった。それを教えてくれたのは、さっき分かれたばかりのフィフさん。彼女が言うには、スピードスターの星を四つ撃てるようになれば、出来るようになるらしい。だけど昨日のぼくは、三つが限界。昨日の塔の中ではそうだったから、今はどうか分からないけど…。
そう最初は考えたけど、狙われていない今のうちに試したい、そういう思いも心のどこかにはあった。だからぼくは、湧き出しかけたマイナスな考えを無理やりせき止める。その代りに引き出したのが、ぼくの中にある潜在的な能力のイメージ。それを強く意識する事で、教えてもらった技の発動を試みた。
『…! これなら、いけそう』
すると、ほんの少しだけど、技を発動する場面が浮かび上がってくる。それと同時に、口元にスピードスターとはまた違ったエネルギーが集まってくる…。気のせいかもしれないけど、そんな錯覚を感じる。本当にそれを表すかのように、ぼくの口元に薄い水色のエネルギー体が出来始めていた。
『くっ…』
だけど、薄水色のエネルギーは丸くならず、雲散してしまう。パンッと小さく弾けて、薄い水色の光として散ってしまった。
『だけど、あとちょっとでできそう…。スピードスター』
この感じだと、出来るようになるまであまりかからなそうだね、きっと。結局技は失敗しちゃったけど、ぼくは何となく手ごたえを感じる。そう思ったけど、余韻に浸る時間は無さそう。すぐに頭をバトルに切り替え、別の技をイメージする。カナからの指示は無かったけど、ぼくは自分の判断でエネルギーを蓄える。口元に集まったそれを撃ちだし、三つの星として解き放った。
『ひっ…っくぅっ…』
『うっ…、コット君、いつの間に…』
『ダメ押しの電光石火』
ぼくが作り出した流星のうち、二つは近くにいたワニノコに、残りはニド君の方に飛んでいった。必中技のそれは、余す事なく標的を捉える。数が少ないからあまりダメージは与えられなかったけど、奇襲、っていう意味では十分すぎるぐらいの効果を発揮した。
更にぼくは攻撃を続ける。前足と後ろ足、全部に力を入れ、思いっきり地面を蹴る。するとたった一歩だけで、ぼくは三メートルぐらい前に飛び出す。三歩ぐらいでトップスピードに達し、そのままの勢いでワニノコに突っ込んだ。
『俺達のバトルに…、割り込んでくるなんて…』
『そういうきみとニド君も、割り込んできたでしょ? それと一緒だよ』
この間に何をしていたのかは知らないけど、ワニノコの彼は結構追い込まれていたらしい。ぼくが後ろから突っ込んだことで、彼は派手に飛ばされる。これが決定打になったらしく、彼はこれだけを言うと崩れ落ち、意識を手放した。…結果的にいいとこ取りする事になったけど、いいよね?
『ちょうど溜めてたとこだったから、助かったよぉー』
『そんなつもりは無いけど…、ニド君、そう言ってる暇なんて無いんじゃないの? スピードスター』
こう言ったぼくに対して、ニド君は相変わらずの間の抜けた声で答える。正直言ってぼくまで気が抜けそうになるけど、そこは何とか持ちこたえる。途中で言葉を濁しながらも、ぼくは牽制の準備に入る。即行でエネルギーを実体化させ、走りながら解き放った。
『特殊技を使えるんなら、そうかもしれないねぇー。乱れ突き』
ぼくが撃ったエネルギー体が三つに分かれ、星型になったところで、彼も技を発動させる。彼はその場に留まったまま、角に力を蓄え始める。するとそこが僅かに光り始めた。
『えっ、技で防いだ? 』
『くっ…、ちょっと痛いけど…、タダで食らうよりはマシだよぉー』
必中だからダメージを与えられるかと思ったけど、そうはいかなかった。彼は正面から降り注ぐ星に狙いを定め、それを額の角で突く。その行動に正直言ってびっくりしたけど、彼は連続でヘディングするように、それに攻撃する。そうすることでぼくの星を壊し、威力を軽減させる。三個目は技の効果が切れてまともに食らってたけど、それでも彼は何とかぼくの攻撃を耐え抜いていた。
「えっ、そんな使い方があったの? 」
「ちょっとはくらうけどあいてのわざのいりょくをよわくできるんだよ。ニドいっきにいくよ。にどげり」
『正直言って結構削られちゃったから…、そうさせてもらうよぉー。…二度蹴り』
ちょっとふらついてるから、本当にそうみたいだね…。ぼくがこんな風に思っていると、エレン君がニド君に何かの指示を出す。ぼくには聴き取れなかったけど、三メートル先にいる彼の行動で、ようやく分かる事が出来た。ダメージが溜まっているせいでふらついている彼は、力一杯踏ん張り、何とか堪える。思った以上に三発目の流星が効いたらしく、彼はギリギリ、と言った感じ。それでも彼は何とか駆け出し、攻撃を仕掛けてきた。
「コット、体当た…」
いや、カナ! この距離だと絶対に間に合わないよ! おまけに、ノーマルタイプのぼくにとって、唯一の弱点の格闘タイプ…。しかも同じ技で、やられたくないよ!
『電光石火! 』
この瞬間、ぼくにある光景がフラッシュバックする。あの時はニド君に圧倒的なバトルをされて、そのまま押し切られた…。あの時の決めても、格闘タイプの二度蹴り。このままだと、あの時の二の舞になる…。だから、ぼくはカナの指示を聞かず、独断で技を発動させた。咄嗟に使ったから不十分だけど、体当たりよりは早く発動させられる。威力は若干低いけど、相手のニド君はこんな状態。おまけに電光石火はノーマルタイプだから、ぼくの特性の適応力が発動する。相性では不利だけど、この状況なら…! こう確信したぼくは、跳び上がったニド君めがけて思いっきり駆けだした。
昨日のぼくとは違うんだ…。だからニド君、覚悟してよね…!
Continue…