Vingt et quatre 初めてのジム戦
Sideイグリー
「イグリー、お願い」
『そう言う話しだったもんね』
「ユリンまかせたよ」
『当たり前でしょ! 飛行タイプが相手だから、絶対に負けないんだから! 』
ボールから飛び出したオイラは、ニ、三回羽ばたいてから地面に着地する。朝起きてからコットと話してこうなったから、カナの言葉に大きく頷く。昨日のバトルは散々だったけど、あんな状況を体験したから、勝ち抜ける自信はある。公式戦は初めてだから緊張してきた…、だけど、楽しみの方が大きいかな。こんな風に思いながら相手が出てくるのを待つことにした。
オイラの隣に並ぶように、もう一匹がフィールドに出場する。コットから聴いてたから、驚きはしなかった。…オイラの事は置いといて、隣に出場した彼女は元気よくこう声をあげている。オイラと同じで、自信満々っていう様子で言い放っていた。
「オニスズメ、ヒノヤコマ、頼みましたよ」
『当ったりめぇーじゃん! 』
『さっきは負けちゃったみたいだから、連続で負ける訳にはいかないわ』
この間にも相手がボールから出てきて、それぞれに意気込みを言っている。最初にでたオニスズメは溌剌とした様子で、何ていう種族かは分からないけど、もう一匹は落ち着いた様子でこう言っていた。赤い彼女は地面に降りず、空中でホバリングしている。もしかしたら、あのひとが一番苦戦するかもしれない…。こう思いながら、オイラは相手の様子を探っていた。
『あれ? ジム戦って、一対一じゃなかったの』
『何かそうみたいだね。オイラはポッポのイグリー。よろしくね』
『あっ、うん…。パチリスのユリン。こちらこそ、よろしくね』
もしかして、知らなかったのかな、この辺では見かけない種族だし…。彼女は出場してすぐにオイラの方を見ると、不思議そうに首を傾げていた。戸惑いながら聴いてきたから、オイラはこんな風に思った。オイラも今日知ったばかりだけど、とりあえずこう頷いておいた。
それからは、一緒に戦う事になるパートナーに、こう自己紹介する。本当は色んなことを言うつもりだったけど、今回は公式戦…。喉元まで出かかったけど、それを何とか押し留めた。これに彼女は、戸惑いながらも辛うじて頷く。直後、何かを悟ったらしく、満面の笑みで答えてくれた。
「ユリンれんしゅうどおりいくよ。でんこうせっかでせんせんこげき」
『うん。スピードでは、誰にも負けないんだから! 電光石火』
「イグリーは、風おこしで援護して」
『相手は飛行タイプだから、あまり効かない気がするけど、まぁいっか。風おこし』
はっ、速い! カナともう一人のトレーナーは、ほぼ同時に指示を出す。前もって相談していたのか、二人の声は揃っていた。それにいち早く答えたのは、パチリスっていう種族の彼女。彼女は一瞬のうちに力を溜め、四足で駆け出した。
いきなりだったからビックリしたけど、オイラもすぐにそれに続く。三回羽ばたいて浮き上がり、そのまま翼にエネルギーを蓄える。そこにうっすらと光が纏わりついてから、前に向けて大きく羽ばたく。すると、何もしなければ飛ばされそうになるくらいの強い風が、彼女を追いかけるように吹き始めた。
「オニスズメはいつも通り、ヒノヤコマは電光石火で応戦してください」
『まぁ、言われなくてもそのつもりだったけどな! 』
『定石といえば定石ね。電光石火』
もちろん相手も、攻撃を仕掛けてくる。オニスズメはトレーナーの指示に、声を響かせながら応える。振り返る事はせず、オイラ達に向けて言い放ってるみたいだった。もう一匹も動き出し、こっちに向けて突っ込んでくる。風を起こしながら見る限りでは、彼女は斜め下に向けて滑空してくる。きっと相手の狙いはパチリスの彼女…。それに彼女も気づいたらしく、二メートルまで迫ったタイミングで、斜め上に向けて跳び上がっていた。
『くっ』
『きゃぁっ! スピードで私が、負けた? 』
地面から五十センチぐらいのところで、ふたりはぶつかり合う。オイラの風で相手のスピードを落とせたはずだから、味方が勝つと思っていた。だけどオイラの予想に反して、小さい方が跳ね飛ばされてしまう。相手も少しのけ反っていたけど、彼女は反対方向に派手に飛ばされていた。
「パチリスに追撃ちで追撃」
『この一撃で仕留めてみせるぜ! 追撃ち』
「先生、そうはさせませんよ! 体当たりで庇って」
『一匹になったらマズいからね、体当たり』
ええっと確か、追撃ちは悪タイプの技だったっけ? なら、大丈夫かな。ずっと指示を待っていたオニスズメは、ここでやっと動き出した。彼は助走をつけて飛び立ち、技を発動させる。弾かれた彼女を狙い、距離を詰めてきた。それに対し、オイラもすぐに反応する。技への意識を止め、弧を描く様に滑空する。飛ばされてきたユリンの下を通り抜け、同時に力を蓄える。真下に来たとことで上に進路を変え、迫ってきた相手に狙いを定めた。
『何ッ』
『くっ。ユリン! 』
『ありがとう、助かったよ』
「パチリスに火の粉」
「スパークでみをまもって」
よし。ちょっと痛かったけど、何とか守れた! 相手の下から突っ込んだから、オイラが競り勝った。オニスズメはオイラの行動が予想外だったらしく、声を荒らげながら弾かれる。技とワザでぶつかり合ったから無傷では済まなかったけど、それなりにダメージを与える事ができた。
『初めて組んだにしては、中々の連携ね。火の粉』
『だってエレン達は友達同士みたいだから、当然でしょ。スパーク』
怯みから立ち直った相手は、この隙にまた迫ってくる。もちろん狙うのは、この中で唯一飛行タイプじゃない彼女。何で彼女だけが狙われてるのかは分からないけど、何か考えがあるのかもしれない。口元に炎を溜めながら、獲物を狙うヨルノズクみたいに低空飛行を始めていた。
それに対し、飛ばされていた彼女は空中で体勢を立て直す。着地するとすぐに、エネルギーを体中に行き渡らせる。すると彼女からパチパチと音がしたかと思うと、すぐに短い毛が逆立つ。かと思うと電気が発生し、彼女を包み込んだ。
「イグリー、今がチャンスだよ! 電光石火で追いかけて」
『うん。オイラは狙われてないみたいだから、その隙にね。電光石火』
『しまっ…、ぐっ…! 』
よぅし、ここで一気に攻めれば、倒せそうだね。カナから指示を貰う前に既にこう感じていたオイラは、予め技のイメージを膨らませていた。コットが言うには、電光石火は全速力で飛ぶ時を想像すれば、出来るようになるらしい。一度も使った事は無かったから、オイラはダメ元でそれを試してみる。すると何故か力が湧いて来て、それがオイラを満たしていった。湧き出る力を翼に込め、目一杯速く羽ばたかせる。その甲斐あってすぐにスピードに乗り、飛ばされているオニスズメに追いつくことに成功する。そのまま相手に突っ込み、かなりのダメージを与える事ができた。
『くぅっ…。電気タイプ…、流石に…、堪えるわね』
この間に、相方のユリンも技を命中させていたらしい。彼女の後ろにまわり込みながら状況を確認すると、相手は地についている…。何とか起き上がり、また羽ばたこうとしているところだった。
「いっきにせめるよ。ほうでん」
「その後ろから追いかけて、体当たりで攻撃して」
『もちろん! もう勝ったも同然だね、放電』
『ユリン、流石だね』
『イグリーもね』
そっかぁー、ユリンって電気タイプだったんだね。電気タイプなら、もう簡単に勝てそうだね。オイラの方が後ろにいるし。さっきまで戦っていたオニスズメが地面に叩き付けられていたから、オイラはこう確信する。放電は全体技だけど、今のオイラはユリンの真上にいる。この位置では届かないから、相手にしか当たらない。少なくともオニスズメは倒せると思いながら、技の準備に入った。
「先取りで殲滅してください」
『この時を待っていたわ。先取り…、放電! 』
『体当た…、えっ…、ぐぁぁッ…』
「イグリー! 」
『ぅっ…、ヒノヤコマ…、あとは…、頼んだ…』
うっ、嘘でしょ? あのひと、炎タイプだけじゃなくて、電気技も使えたの? ユリンが電気を溜め始めたタイミングで、相手は何かの技を発動させる。何かを閃いたらしく、すぐに行動に移る。かと思うと、ユリンがするにょりも早く、電気を放出する。攻撃の対象は、空中にいるオイラ…。すぐに気づいたけど、この時にはオイラは、体当たりを発動させて相手との距離を詰めはじめていた。咄嗟に体を反らしてかわそうとしたけど、その時にはもう遅かった。体中を電流が駆け抜け、何事も無かったかのように通り過ぎていく。そのせいでオイラはかなりのダメージを食らい、撃ち落とされてしまった。
いいのか悪いのかは分からないけど、一歩遅れて放たれたユリンの電撃も、敵を捕えていた。ちょうど地面に落ちた瞬間だったから分からないけど、彼はたぶん、意識を手放したと思う、オイラと同じで、効果抜群だから…。
『イグリー、大丈夫? 』
『うぅっ…、正直言って…、厳しいよ…』
前が…、霞んできた…。やっぱり、電気タイプの技は、強いね…。だけど、相手が飛行と多分炎タイプだったのが、不幸中の幸い、かな…。
『だけど、二日連続で…、負けたくない…。だから、このままでは…、
終わらせないよ! 』
昨日はコットが頑張ってた…。なのにオイラは、自爆を食らってすぐに力尽きた…。このままだと、昨日の二の舞じゃないか…。それだけは、絶対にイヤだ! だから…、
だから…! 何とか耐える事は出来たけど、意識を手放すのも、もう時間の問題…。辛うじて起き上がれたけど、オイラはかなりふらついていた。だけど、オイラには、譲れないものがある…。こう自分に言い聞かせ、何とか意識を繋ぎ止める。カラ元気でもいいから、気絶しないためにも、大声をあげた。
『いっ、イグリー? 』
「えっ、これってもしかして…」
何だろう、この感じ…。こんなにピンチなのに、力が湧いてくる…。でもまだ一匹は倒れてないから、間違いなくオイラが狙われるよね。なら、見せかけでもいいから、これを使うしか、なさそうだよね。身体の底から何かが湧き上がってくるのを感じたオイラは、とりあえずそれに身を委ねる。結局何なのかは分からかったけど、今はそうするしかない。他に何も思いつかなかったから、それに頼る事にした。
するとオイラは突然、激しい光に包まれる。何か体に違和感があるような気がするけど、今はそんな事、どうでもいい。ユリンもいるけど、この状況を何とかしたい、ただそれだけだった。
やがて光は弱くなり、終いには何事も無かったかのように収まっていく。あんなに追い込まれていたのに、何故か少しだけ体が軽くなったような気がする…。視界も高くなって、辺りの様子がさっきよりもよく見えるようになった。
『…よし、いける…、これなら、いける! カナ、今のうちに! 』
「これが…、進化…? 」
「ゆっユリンいまのうちにスパーク。イグリーもでんこうせっか」
『あっ、うん。スパーク』
『電光石火』
これが、進化なんだな。カナから指示を貰えるのを待っていたけど、どうやら彼女は自分の世界に旅立っているらしい。バトルの最中なのに、独りで何かを呟いていた。このまま待っていては勝てるものも勝てなくなるので、指示が来る前に自主的に動き始めようとした。だけどその前に、ユリンのトレーナーが声をあげていた。自分のメンバーになら分かるけど、おれにも指示を飛ばしてきた。一瞬戸惑ったけど、とりあえず彼に従う事にした。
「…はっ! 火の粉で防いでください」
『まっ、まさかこのタイミングで進化するなんて、予想外だったわ。火の粉』
どうやら相手のトレーナーも、意識が逸れていたらしい。ユリンのトレーナーの声で我に返ったらしく、慌てて声を荒らげている。それにヒノヤコマも応え、すぐ嘴に火を蓄える。見るからに溜めきっていない状態で、解き放ってきた。
『それはおれも同じだよ。ユリン、トドメは任せたよ』
『うそ…、くっ』
『じゃあ、遠慮なく』
進化出来たけど、おれの電光石火では削りきれないだろうなぁ…。なら、ユリンはスパークを発動させているみたいだし、最期に決めてもらえば、いけるね。今度こそおれはこう確信し、相手を見据える。降りかかる炎が少し熱かったけど、構わずおれは突き進む。狼狽える相手に突っ込んでからすぐに浮上し、この場を相方に譲る。ぶつかっところがひりひりしてきたけど、おれは構わず浮上する。百八十度宙返りした地点で下を見ると、ちょうどユリンが飛びかかろうとしたところだった。
『これで最期っ! 』
電気を纏った彼女は、躊躇うことなく跳びかかる。相手もかわそうとしていたけど、何しろおれの一撃を食らった直後…。堪えるのが精一杯で、間に合っていなかった。
『くぅっ…。私達より、あなた達の連携が…、上だったって事ね』
無防備の状態だったため、ヒノヤコマは何メートルか飛ばされる。勢い余って、二回ぐらい地面に叩き付けられていた。彼女は何とか立ち上がろうとしていたけど、限界だったらしい。これだけを呟くと、力が抜けるように崩れ落ちた。
一時はどうなるかと思ったけど、何とか勝てたかな。