De Lien deuxieme 従兄弟
Sideシルク
『…ゆっくりしていって、と言いたいところだけど、用事があるなら、仕方ないね』
『こちらこそ、急に押しかけて、申し訳ないわ』
この場を発つ、と私が告げると、叔父にあたる彼、リーフィアのフェ―ルさんはこう呟く。名残惜しそうに声をあげる彼は、まだまだ話足りない、といった様子。尻尾は若干下がり、彼の心情を表しているかのようだった。
そう思ってるのは、私も同じ。でも私は、その事を極力表に出さず、笑顔で応える。涙もろい私はそうでもしないと堪えられないので、何とかこの場をしのぐ。ちょっとだけ瞳から光が漏れそうになったけど、こう言いながらぺこりと頭を下げた。
おじさん、っていうと、古風な感じのひとかと思ってたから、正直びっくりしたわ。野生だ、っていう事も理由の一つかもしれないけど、想像以上に若々しかった。今まで何匹も変わったひとに会ってきたけど、シロさん並のギャップがあったのは、彼が初めてかもしれないわね。
彼への第一印象をこう感じている私は、提げている頭を上げ、正面を見る。
『仕事の関係ですぐにはムリだけど、また伺ってもいいかしら? 』
『うん。僕はここに住みついてるから、フィフちゃん、いつでもおいで』
『ええ! 』
パッと明るくこう言い放つと、彼も快く歓迎してくれる。身内に会うとこういう気持ちになるのか、と一種の感動を覚えた私は、心の底からの笑みで、大きく頷く。二十年以上もの長い間会えなかった親類の対面を歓迎しているのか、天頂に鎮座する太陽が、より一層輝きを増したような気がした。
『じゃあ、そろそろ行くわね』
また会いましょう! こう願いながら、私はもう一度彼を目に焼き付ける。優しく微笑む彼との再会を誓いながら、私は一歩ずつ歩き始めた。向かう先は、下層に続く階段、ではなく、外に続く窓際。目でその距離、高さを測り、タイミングを合わせて飛び乗った。
『ふぃっ、フィフちゃん! まっ、まさか、ここから跳び下りるつもりじゃあ…』
『ええ、そのつもりよ』
この行動の意図を知らない彼が、取り乱さないはずがない。何ともいえない表情をしながら、私の方に駆けよってくる。おそらく、ここまで慌てるのにも、想像に難くないだろう。何故なら、私が跳び乗ったその先は、いわゆるベランダではない。確かにある場所もあるが、私が選んだ場所には存在しない。そこには、急な角度の瓦屋根しかなかった。
完全に取り乱す彼を背後に感じながら、私は青い空に目を向ける。その先に一つの影を確認してから、落ち着いて彼の方に振りかえる。当然よ! と力強く言い放ち、私は四肢に力を込める。視界の端で例の影が、猛スピードで近づいてくるのを捉えると、私は力を解放し、昼の碧空に跳びだした。
『フィフちゃん…、が、消えた? 』
勢いよく飛び出した私は、あるものの上に着地する。それは、黒光りする瓦の上ではない。それは…、
『シルク、叔父さんと遭えてどうだった? 』
『…一言では言い表せないぐらい、嬉しかったわ! それにフライ、思った以上に話しやすくて、凄く楽しかったわ、』
仲間のうちの一匹、最年少で雄のフライゴン、フライ。彼の背中に寸分違わず着地し、すぐにしがみついた。
その彼はすぐに横目で私を見、こう訊ねてくる。成人間近の彼は、私の感想に興味津々、と言った様子。羽ばたくスピードを緩めず、風にかき消されないように声を張り上げていた。
もちろん私は、うれしさや感動…、色んな感情に高揚する。溢れる想いにテンションが高まり、自らの身体を火照らせていた。
『だってそうだよね。シルクにとっては初めての身内だもんね』
『ええ! 私の叔父さん、リーフィアだったわ。それからフライ、叔父さんから教えてもらったんだけど、私に従兄弟がいるみたいなのよ』
本当に、これには驚いたわ。フェ―ルさんに一匹だけ息子さんがいるみたいだから、たぶんそう。トレーナー就きだけど、彼もジョウトにいる、って言ってたから、会ってみたいわね。
興奮冷め止まない私は、真上に輝く太陽にも負けないような活気で、こう言い放つ。思いがけずもたらされた情報に心を躍らせ、私は彼に思いのままに感情を伝えた。
『従兄弟が? 』
『そうよ。トレーナー就きみたいで、今日旅立つらしいのよ』
『っていう事は、新人さんだね』
『そうなるわね』
首を傾げる彼は、一度高度を上昇させる。正面から吹き抜ける疾風が、私達の尻尾、身につけているものを勢いよく靡かせていった。
きっと例の彼は、新たな生活、出逢いに心躍らせているだろう。私はこう想像し、まだ見ぬ従兄弟へと思いを馳せる。耳元をヒュウヒュウと、甲高い音を響かせているので、聞き逃さないように耳をすませる。私は大声が出せないから、聞き取ってもらえるか心配になったが、返事が返ってきたことに安堵。様々な期待を込めながら、彼の言葉に大きく頷いた。
『だね。今日出発するんなら、イーブイじゃないかな』
『種族は聞いてないけど、キキョウのスクールに言ってたらしいの…。バトルの練習は殆どしてない、って言ってたから、たぶんそうだと思うわ』
『シルクと一緒だね』
厳密にはちょっと違うけど、大体あってるわね。一応ユウキのスクール時代は、バトルはしてたけど、授業でする程度。卒業間際に進化したけど、それから後はバトルは後回し。私自身も研究を見るのに没頭してたから…、似たような感じかもしれないわね、よく考えると。
『そうね』
『だね。もしかすると、どこかで会えるかもしれないね』
『そうであってほしいわ! 』
いや、絶対に会える! そう心の中で断言し、私は一度、眼下の景色に目を向ける。さっきまで居た、叔父の住むキキョウのランドマークが、徐々に遠ざかっていく。
私にとって大切な場所になった古塔、それがは私の従兄弟を見守ってきた。同じくタワーのふもと近くで育った私は、何故か彼に親近感を感じる。その親近感が、私に『彼にも会える』と確信させるのに、あまり時間はかからなかった。私にはいない、って思っていた、叔父に会えたのだから…。
そして私は、視線を前に戻し、叔父から伝え聞いた事を思い出す。それを心の中で何回も唱え、忘れないようにしっかりと記憶するのだった。
思いがけず知る事となった、私にとって唯一の従兄弟。その彼の名前は、コ・・。
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